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122 ロウ=ハルシュタインの娘

「なんだか、いまいち緊張感にかけるわね」


大きく伸びをした私を、サラサがたしなめた。

「そんなことおっしゃるものではございません。これも、エルヴィン様の愛がなせる業ですわ」


皇帝陛下との謁見を終え、二か月が過ぎ、私はめでたくロウお父様の養女となった。


侍女のサラサと護衛騎士のドゥーニアは、私がお父様の養女になるのと同時にハルシュタイン侯爵家預かりになり、私付きになった。公爵家を離れる私が心細くないように、というエルヴィンの配慮だ。


それというのも、ハルシュタイン侯爵領は、アザル公爵領からも帝都からも、馬で半日ほどの距離にある。お父様と暮らし始めた私は、これまでのようにエルヴィンに会うことは、なくなるはずだった。


――はずだった、のだが。

敷地の一角に、ある日突然、石造りの小さな建物が建てられた。


転移陣を擁した星脈転移殿アストラ・ポルタ


お父様に尋ねると、愉快そうに肩をすくめた。

「アザル公爵家からの要望だよ。黎明星の乙女の警護のために必要だって言われてね。星脈転移殿アストラ・ポルタは、二十四時間警備が必要だし、人件費も維持費も莫大だから、皇家か公爵家ぐらいしか持てないんだけどね……すべての費用をアザル家で持つと言われてね。いやあ、うちは得をしたよ」


得した、とは言うけれど。これってつまり、私は常に“エルヴィンの視界の内側”に置かれているということでは?黎明星の乙女については、守護星で帝国最強の騎士でもあるアザル公が、引き続き護衛責任者ということになっているけれど、それはあくまで名目上の話ということじゃなかったんだっけ。


そして、その答えはすぐに示された。


◇◇◇


星脈転移殿アストラ・ポルタができた初日。

一番乗りでやってきたのは、エルヴィンだった。


表向きには、ロウ侯爵への挨拶という名目。しかし、実際には、お父様に挨拶をするやいなや、その後は、ずっと私と一緒にいたのだった……。


以来、彼は、毎日のようにやってきた。先日なんて、私のお気に入りの羽根ペンが公爵邸に忘れられていたからと、わざわざ届けにやってきた。いや。公爵様が、ペン1本のためにわざわざここまで来なくてもいいんだけど。


この日も、エルヴィンは当然のようにやってきて、私の隣でお茶を飲んでいた。一つ違うのは、私と彼の間に、もう一人いる、ということだ。


「アリア、今日も良い天気だねえ」

のんびりとしたロウの声が、青空に響き渡った。


エルヴィンが、公爵の仮面を被って言う。

「ハルシュタイン侯爵。お忙しいでしょうから、お付き合いいただかなくとも……」


「エルヴィン。お気遣いありがとう。でもね、娘と過ごす時間は私にとって何よりもかけがえないものだからね。君こそ公爵の仕事が忙しいだろうに、よくもまあこんなに頻繁に、我が娘に会いに来てくれるよね。転移殿まで作って」


言葉には棘があるが、ロウはあくまでも笑顔を崩さない。エルヴィンも、平気な顔で紅茶を飲んでいる。何、この二人。何を張り合っているの。毎回、二人とも私の隣に座ろうとしてくるし、いったいなんなんだろう。


「アリア。そういえば、スタットラット公爵家から舞踏会のお知らせが来ていてね。おまえも屋敷の中にいてばかりだとつまらないだろう。私と一緒に行こうか」

「まぁ。スタットラットといえば、三大公爵家ですわね。きっとお屋敷や庭園も、それは見事なのでしょうね」


ほのぼのとした親子の会話に、エルヴィンが割って入る。


「ハルシュタイン侯爵。舞踏会に行くなら、私に付添役を務めさせていただきたい」


「エルヴィン、君がその殺人的な仏頂面でついてきたらアリアがかわいそうだろう。それに君はもうアリアの家族ではないんだから、付添役は無理だよ」


ぐぬぬ、という音が聞こえてきそうなぐらい、エルヴィンが歯を食いしばっている。ロウはそれを横目で面白そうに見ながら続けた。


「そういえば、スタットラット公爵家の次男はお人柄も良く、とても魅力的な方だと聞く。アリアにぴったりかもねえ」


がたり、と音を立てて、エルヴィンが椅子から立ち上がった。

「彼がアリアを望むのであれば、決闘を申し込みます」


何言ってるんだ。エルヴィン。スタットラット家の次男はまだ九歳よ。知ってるでしょ。そんな子に決闘を申し込んでどうする。正気に戻って。


ロウが思わず、胸をおさえて笑った。

「ほんとうに、君はからかいがいがある」


そして、眼鏡の奥が鈍く光る。

「まぁ君の気持ちも分かるよ。君は、アリアの結婚相手でも、婚約者でもない。皇帝陛下からは、婚約者()()とされているだけだからね」


ロウがエルヴィンの傷口に塩を塗り込んだ。


聖女候補が各地に現れたことで、私の黎明星の乙女としての価値は相対的に下がると思われていた。しかし、魔導院の調べが進むにつれ、聖女候補の少女たちには、ごくわずかの力しかないことが分かってきたという。帝国は、私の処遇をまだ決めかねて、候補のまま留め置いているのが実情だろう。


「まぁ、たとえ皇帝陛下から結婚の勅許があったとしても、まだアリアには家にいて欲しいけどねえ。せっかく可愛い娘と一緒に暮らせるようになったんだもの」


ロウは私の肩をぎゅっと抱き寄せた。エルヴィンが拳を握り締め、こちらを睨んで耐えている。


私がハルシュタイン家の人間になってから、エルヴィンは私に触れるのを極力避けるようになった。おそらく令嬢としての評判を気にしてくれているのだろう。手をとったり、腕を組んだり、およそ貴族の振舞いはするが、それ以上に触れてはこない。本来は、これが普通の貴族の距離感なんだろう。でも、これまでのエルヴィンに慣れていた私は、なんだかちょっと寂しい感じがして、もやっとするところもあるのよね。


この日のお茶会は、いつものようにロウお父様がご満悦のまま終わり、エルヴィンは公爵領へと帰っていった。


◇◇◇


夜。

ロウお父様から呼ばれて、執務室へと向かった。


部屋に入り、導かれるままに長椅子に座る。真新しい革の匂いが、漂う。長らく当主不在だった侯爵邸は、ロウが当主になってから大規模な増改築をし、壁紙や絨毯、家具に至るまで、そのすべてが新しいものになっている。張りのある革の椅子は、正直言って少し居心地が悪い。


「アリア、実は帝都魔導院(アルカナ・アストラ)から手紙がきてね。どうやら彼らは、アリアに聖女候補たちの力を確かめてほしいようだ。皇帝陛下の御璽もあったから、拒否することはできないが……、一応聞いておくね。おまえはどうしたい?」

「私は構いません。聖女候補の子たちのことは、私も気になっていましたから」


ふう、とロウが短い息を吐いた。


「私が気にしているのは、帝都魔導院に行って、力ある聖女がおまえだけだということが決定的になれば、そのまま魔導院で保護されてしまうのではないかということなんだよ」


そ、そうか。魔導院に呼び出されて、そのままドナドナされる可能性があるのか!!それは、全然考えてなかったけど、だいぶ困る。


「ただし、魔導院に入るのは、悪いことばかりではない。リュシアン院長や守護星のイリヤもいるからね。おまえを命がけで護ってくれるだろう。警備も厳重だ。それは、私にとっては本当に安心できることなんだよ。でも、おまえは――」


ロウお父様の眼が優しくなった。

「エルヴィンがいいんだね?」


私は、素直にうなずいた。


「うーん。せっかく娘と会えたと思ったら、もう嫁いでしまうだなんて。ルベリアーナ、僕は悲しいよ」

ロウが、いきなり虚空を見つめて祈り始めた。


「お父様……?」

「ごめんごめん。これでも私は、君の幸せを願っているんだからね」

「それはもう、強く感じていますわ。常日頃から」

「ははは。おまえたちの気持ちは分かっているからね。私も少し、動くとするよ」


そう言うと、ロウは手元にある何かの書類をじっと見つめた。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「まあ、アリアはひとまず魔導院に行っておいて。護衛をつけるから。……帝国最強の護衛騎士を、ね」


それが誰なのか。

名を聞かなくても、分かりきっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

最終話まであとわずかとなりました。

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