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120 愛する女性



「陛下の御前にて、アザル公爵が、こたびの件を奏上いたします」

エルヴィンが一歩、前へと出た。


目の前にはイヴァン=アーヴェント=ノワール皇帝陛下。

そのすぐ傍らに、アレクセイ。

そして、片隅には、リュシアン。


私たち二人は、陛下へ事の顛末を報告するため、星冠宮の謁見の間にいた。


ザフィール陛下に対する暗殺未遂事件。

その際に用いられた凶器への疑念。

マリウス所長の拘束。

そして、自身が守護星として目覚めたこと。


一つひとつ、事実だけを拾い上げるように、エルヴィンの報告は続く。


皇帝陛下が、すべてを聞き終えたところで、ゆっくりと頷いた。


「よく分かった」

短い一言。それだけで、報告が受け取られたことが分かる。


「星脈については――別の方面からも報告があると聞く」

陛下は、視線をわずかに横へ向けた。

「魔導院長、リュシアン=オルフェウス」


名を呼ばれ、リュシアンが前に出る。所作はいつも通り落ち着いているが、目の奥には忙しさの名残があった。つまり、――目の下にものすごいクマがある。なんだ。いったい何があったんだ。


「魔導院より、星脈多発事案のご報告を」

そう前置きしてから、彼は語り始めた。


黎明星の力が、ある段階を越えて満ちたこと。

呼応するように、各地で星脈の強い反応が観測されていること。

そして――


「乙女の力を持つと思われる者が、帝国内でも複数現れております。数は多くありませんが、確実に増えています。アレクセイ第一皇子殿下のご指示により、帝都魔導院は非常体制へ移行。探知網の再編もすでに完了しております」


その言葉を聞いて、私は思わず小さく息を吐いた。これまでの違和感が、一本の線で結ばれていく。魔導院の人たちが、なぜあれほどせわしなく動いていたのか。これだったんだ。黎明星の力の影響で、聖女が各地で出現し始めていたんだ。


皇帝陛下は、再び頷いた。

「……星が満ちれば、波紋も広がる。避けられぬ流れだな」


そして、私とエルヴィンに視線を戻す。

「アザル公。そして黎明星の乙女、アリアよ。ザフィール国より、縁談取り下げの申し入れがあった」


アレクセイが教えてくれた通りだった。けれど、改めて正式に告げられ、ほっとする。


「かの国の内政に加えて、乙女が複数現れたことも伝わったのだろう。黎明星を独占するという前提が、成り立たぬからな。そなたたちの此度の働き、見事であった。望みがあれば申せ」


空気が、静かに張りつめる。エルヴィンは一瞬だけ息を置いた。やがて、澄んだ声が響く。


「陛下、恐れながら申し上げます。黎明星の乙女アリアを、ロウ=ハルシュタイン侯爵の養女とすること。ご裁可を賜りたく存じます」


陛下の眼差しが、ゆっくりと細められる。


「黎明星の乙女の処遇は、軽々に決めるものではない。……だが、そなたの気持ちは受け取った」


エルヴィンは、深く頭を垂れた。

「ご厚情、心より感謝いたします」


その声は硬い。ただ――頭を下げたまま、感情を、ぐっと堪えている。

その横顔を、私はそっと見ていた。


やがて、皇帝陛下は侍従へ低く何かを囁いた。護衛と侍従が静かに退いてゆく。重い扉が閉じられ、広間には、陛下、アレクセイ、エルヴィン、そして私だけが残された。


「……さて、エルヴィン。ここからは、おまえの伯父として話そう」

そう前置きすると、陛下は柔和な笑みを浮かべた。目尻に少しの皺が浮かぶ。


「おまえは、アリアをどうしたい」


エルヴィンの指先に、力が入った。

「私は、アリアを自分の妻としたいと思っています」


「アリアは黎明星の乙女だ。その意味が分からないおまえではないだろう?」

「熟慮の末です。……筆頭公爵である私の妻になれば、黎明星の乙女を帝国に留め置くことができます。帝国に忠誠を誓い――」


「違うだろう。エルヴィン」

陛下の声は、穏やかだった。


「自分の想いを言ってごらん」

その顔は、政治を語る皇帝のそれではなかった。幼いころから彼を見てきた、肉親の顔だった。


エルヴィンは、しばらく黙っていた。

それから、ゆっくりと口を開く。


「私は、彼女を愛しています。できうるならば――愛する女性を妻とし、共に末永く暮らしたい」


その言葉は、あまりにもまっすぐで。彼の顔は、少し、駄々をこねる少年みたいだった。


私は、俯いた。

顔が、ほのかに熱い。


「陛下。恐れながら発言の許可を」


そのとき、よく通る艶やかな声がした。

アレクセイだった。


「黎明星の乙女の行く末は、確かに国家の意志とは無縁ではないと存じます。しかしながら、乙女もひとりの意思を持った人間です。どうか、乙女の願いが叶う道をお示しになられますよう」


陛下が、意外そうな顔をした。

「……アレクセイ。おまえがそう言うとは」


「私が願うのは、乙女の幸せです」

アレクセイの声は、まっすぐだった。


陛下に逆らってまで、こうして言葉を尽くしてくれる。彼が皇家の人間でありながら、私のためにそうしてくれることが、ありがたかった。じいんと、胸の奥が熱くなる。


私の様子をちらりと見ると、イヴァン陛下は短く笑みを浮かべた。

「乙女も、同じ気持ちということか」


やがて陛下は玉座から立ち上がり、私たちの方へと歩みを進めた。そしてエルヴィンの前に立つと、ゆっくりと彼の頭を撫でた。それからアレクセイを見る。


「おまえたちが、こんな風にわがままを言うのは、初めてのことだね」


その一言に、エルヴィンもアレクセイも、黙って頭を下げた。


やがてイヴァン陛下は、皇帝の顔へと戻った。


「乙女はハルシュタイン侯爵家に入るがよい」


一拍。


「そしてアザル公爵。そなたを乙女の婚約者候補として認めよう」


謁見の間に、静けさが戻った。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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