117 告白
エルヴィンが私を抱き寄せると同時に、
帝国騎士たちが、なだれ込むように所長室へと入ってきた。
命令、確認、合図。短い言葉が飛び交う。
机に手をついていたマリウス所長が、こちらを見た。さきほどまでの昂りは、引き潮のように退いている。
「……貴女に、もっと早くお会いしたかった」
まるで、これまでの彼の欲のすべてが漂白されたかのような、落ち着いた声。その眼は、静かな湖のように澄んでいた。でも、私は答えなかった。彼を許すことは、まだできない。してはいけない。
「マリウス所長。あなたを拘束します」
淡い灰金の髪をした騎士が淡々と言った。魔封じの金具が、静かに鳴る。マリウスは抵抗しない。手を差し出し、拘束を受け入れ――ただ一度だけ、私の方を見た。そのまま何も言わず、連行されていく。
騎士団員が慌ただしく部屋を出てゆき、扉が閉まった。その音が、終わりの合図のように響いた。残された室内に急に余白が生まれる。私はようやく、エルヴィンの胸元へ視線を落とした。衣服の下で淡く灯る獅子の紋――第三星の象徴。
「……守護星……だったんですね」
エルヴィンは私の視線に気づくと、ほんのわずか口元を引き締めた。そして、こちらを見て言った。
「……ずっと、そうであればいいと思っていた」
「え……?」
「アレクセイやリュシアンが守護星に選ばれるたび、私の中で、ひそかに羨む心があった」
彼は自嘲するように笑いかけ――それを途中でやめた。笑いにする話ではない、と自分で止めた顔だった。
「だが今、分かった。なぜ私は、ずっと選ばれなかったのか。守護星になれるのは、見返りを求めず、おまえを愛した者だけなのだろう」
エルヴィンは続けた。
「私はずっと、おまえから愛されたいと思っていた。欲していた。欲していることを、捨てられないまま……守るふりをしていた」
「だが――」
彼は、私の指先を包むように手を重ねる。
「あの匣の中で、私は、おまえさえ生きていてくれれば、他に何もいらないと思った。自分の命さえも。……思えばあの時に、ようやく私は“守護星”になる器を得たのだな」
欲を捨てた、と彼は言う。けれど私には、捨てたのではなく、彼の中にもともとあったものが表出しただけのように思えた。
「私は、あなたが戻ってきてくれると信じていました」
私がそう言うと、エルヴィンは少し笑った。
「そうだな。おまえならきっと星の力も曲げてしまう」
「なんですか、その言い方。まるで私が、手の付けられない乱暴者みたい」
「違いない」
私たちは、緊張をほどくかのように少し笑いあった。しばしの温かな時間のあと、エルヴィンがふと、視線を外して言った。まるで、今さら思い出したように。
「……そういえば、匣の中でおまえの声が、聞こえていた」
「……え?」
私は固まった。
「全部ではない。だが、ところどころ……はっきり」
彼は咳払いの代わりに息を吐き、言葉を選ぶように続ける。
「マリウスに言ったことも。祈りのことも。……それから」
そこまで言って、彼が一瞬だけ言い淀む。
「……それから?」
私が促した瞬間、首筋が熱くなった。分かってしまったからだ。何を言われるのか。
エルヴィンは、観念したように言う。
「おまえが、私のことをどう言ったのかも」
私は、反射で両手で顔を覆った。
「聞こえていたのですか……!」
「ああ。聞こえていた」
なぜ、確認のように重ねてくるの。追い討ちが丁寧すぎて、逃げられない。
「ち、違うんです……あれは、違わないけど!……もう……!」
自分の口が勝手に転ぶ。言葉が崩れるほど、恥ずかしい。
エルヴィンは、そんな私を見て――ほんの少しだけ、口元を緩めた。その表情が、ずるい。
「もう一度」
「……え?」
「もう一度、言ってほしい」
私は顔を上げた。信じられないものを見るように彼を見てしまって、さらに恥ずかしくなる。
「おまえの口から、直接聞きたい」
彼の声がまっすぐに響いた。
彼の目の前で。あの言葉を。私がエルヴィンのことをどう思っているか、なんて。そんなの、恥ずかしすぎる。でも――確かに、言わないわけにいかない気がしてきた。エルヴィンのあの告白に、いつかは答えなければならない。そしてそれは、今を置いて他にない。
「……わ、私……」
息を吸う。言葉を整える時間なんてない。整えようとしたら、絶対に言えなくなる。――勢いで言うしかない。
「私は……あなたが……好きっ!……愛していますっ!」
言い切った途端、空気が変わった。エルヴィンが瞬きを忘れたように止まって――そして、頬に赤みが差していく。ゆっくり、しかし確実に。
声が出ないのか、出さないのか分からない沈黙が落ちる。
「……エルヴィン……?」
呼ぶと、彼はようやく息を吐き――片手で顔を覆った。額から鼻先まで隠しているのに、耳まで赤い。
「……じかに聞くと、大した破壊力だ」
掌の下から、低い声が落ちる。
「……心臓に悪い」
そんな言い方、しなくても。
「だって、言えって言ったのは……!」
「分かっている」
エルヴィンは深く息を吐き、ようやく掌を下ろした。赤みは残っている。残ったまま、彼は私を見た。その瞳はわずかに揺れていた。
「私も、おまえを愛している」
やがて身を低くし、静かに片膝を折り、私の手を取った。
「守護星は、乙女に誓いを立てるのだったな」
彼はゆっくりと、手の甲に口づけを落とした。名残惜しそうに唇が離れる。しかし、すぐにまた手に柔らかな感触が戻り、また離れる。次に口づけが落とされたあと、唇はなかなか離れなかった。
「あの……!」
こらえきれず、声が先に飛び出した。
「ち、誓いの言葉を、お忘れでは!?」
彼は、少し考えるようなしぐさを見せたあと、私を見上げた。
「愛している」
静かな、声だった。
「この命が尽きるまで、おまえを愛すると誓う」
碧の瞳に、力がこもった。
「命が尽きても、まだ愛すると誓う」
そう言って彼は、手の甲に口づけた。
なっ……これは誓いの言葉じゃないのでは。ただの愛の告白では。
声を上げようとしたそのとき――
エルヴィンが顔を上げた。
彼は、口元を緩めて、実に艶やかな笑みを浮かべていた。
私は、抗議の声を上げるのを、諦めた。
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