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部員全員が揃って、その後黄門先輩の家に行く。

 「くっくっく」

 治とピーチャンが感動の再会を果たし、感傷に浸っていると、不意に黄門先輩の高笑いが静寂を切り裂くように辺りに響き渡った。

「ど、どうしたんですか? 黄門先輩」

 僕は先輩がついに壊れてしまわれたのかと思い、心配になって声をかけた。

 先輩は口を開け、春の空気を吸うと、ゆっくりとそれを吐き出した。

「よくやった。お前達」

「え? どういうことですか? 黄門先輩」

「分からないのか?」

「は、はい。ちょっとよく分かりません。よくやったというのは一体どういうことでしょうか」

「まだ、気づかないのか。俺達の人数を数えてみろ」

 人数を数える? 人数なんて数えなくても分かっているはずだ。でも黄門先輩が言ったので僕は一応人数を数えてみることにした。

 まずは、黄門先輩、そして僕、今、絶賛芋食い中の、みーちゃん。治。全部で4人だ。

「4人ですけれど」

 僕が黄門先輩に言うと、黄門先輩は何で分からないんだといったように首を横に傾け、目を吊り上げ、口の右側を大きく持ち上げた。口からは先輩の犬歯がまるで吸血鬼のように覗いている。

「馬鹿か。5人いるじゃないか。5人!」

 先輩は顎である方向を指した。

 顎の方向の先にいるのは……。治と、ピーチャンだった。まさか。

「ま、まさか。ピーチャンを部員にするつもりじゃないでしょうね」

 僕が言うと、黄門先輩はさも当然と言った様子で言った。

「当たり前だ。あいつしかいないだろう。最後の部員は。あんな狂った鳥は見たことがない。体長が一メートルあって、日本語がペラペラだと? ふざけんな。最高だぜ。あいつが最後の部員で決まりだ」

 黄門先輩は珍しく興奮している様子だった。

「で、でも。ピーチャンはただの鳥ですよ。この学校の生徒ですらありませんよ」

 僕が言うと、黄門先輩は「俺に任せとけ」とどこか自信ありげな様子で言った。

 「どういうことですか? 黄門先輩。何か秘策でもあるんでしょうか?」

「まあ、黙って俺の言うことを聞いていれば間違いはないよ」

 余裕しゃくしゃくの黄門先輩。

 黄門先輩は「詳しくは明日だな」と言うと「じゃあ、今日はこれで解散」と言い残し校門から去っていった。

 黄門先輩の姿が彼方へと消えていくのを見送った後、僕は皆に聞いた。

「一体黄門先輩はどうするつもりなんだろうか。流石にピーチャンがこの学校に入学するのは難しいとおもうんだけれど」

「そうですね。ピーチャンは人間じゃないですからね」

 みーちゃんがむーーっとしかめっ面をしながら呟くように言った。

「まあ、とにかく明日になったら全てが分かるさ」

 治はどこか能天気な様子で言った。 

 僕達の話を聞いていたピーチャンはまるで仲間になりたそうな瞳をしているゲームの中のモンスターのような瞳で僕達を見つめていた。

「みーちゃんは、どこに住んでいるの? そう言えば。僕達は電車でここまでかよっているんだけれど」

「私ですか? 私も電車でここまで通っています。フンドシ駅から来ています。

「え? フンドシ駅? 僕達もそこからここへ通っているんだよ。随分と奇遇だなあ」

「え? お二方もフンドシ駅から通ってきているんですか? 本当にすごい偶然ですね。何か目に見えない宇宙的意思みたいなのを感じますね」

「そこまでおおげさではないだろうけれど。僕は○○丁から来ているんだよ」

「そうなんですか。私も住んでいるのは○○丁です」

「そ、そうなんだ。僕は2番地なんだ」

「私もそうです。最近引っ越して来たばかりなんですけど」

 何やら変な予感を感じたので僕は自分の住所を全て彼女に話した。

 すると彼女はたいそう驚いたように瞳を大きく見開いた。

「それ、私の家の隣じゃないですか! やっぱりあなたはストーカーさんだったのですね!」

 彼女はぷんすかぷんすかと怒っている。

「いや、僕の家の隣に引っ越して来たのはみーちゃんの方じゃないか。僕の方が先にその土地に住んでいたんだし」

「そ、それは……。ハ、ハッ、そ、そうです。分かりました! あなたは予知能力があるんですね。それで私の家族がその土地に引っ越してくるのを予言して前もってその隣の家を買っていたということですね!」

 訳の分からない電波的なことを喋り始めるみーちゃん。みーちゃんってこんなキャラだったんだ。

 それにしても本当に凄い偶然。前言撤回だ。やはり何かの宇宙的意志を僕も感じた。隣に最近新しい人が引っ越してきていたのは知っていたけれど、まさかみーちゃん家族だったとは……。ここから僕のラブコメが始まるのか??

 僕はぷんぷん怒っている彼女を見て苦笑し、ため息を漏らすのであった。

 駅に着き、バスに乗り治と別れると、僕とみーちゃんは二人きりになった。

 まだ見知ったばかりなのもあり、別段みーちゃんに対するこれと言った特別な感情はないのだが、やはり男女が二人家へと帰っているとどこか気まずい雰囲気のようなものを感じた。それを知ってか知らずか、みーちゃんは立ち止まると肩にかけたバックを「よいしょ」と肩から外すと、バックをおもむろに開いた。

「どうしたんだい?」

 みーちゃんは無言でバックを漁ると、「これどうぞ」と僕に焼き芋を差し出してきた。

「え? この焼き芋僕にくれるのかい?」

「はい。おすそ分けです」

 みーちゃんは僕にまるまる一本の皮付きの焼き芋を差し出した。

「あ、ありがとう」

 僕はそれを受け取ると、皮を剥き一口齧った。

 焼き芋になってからずいぶんと時間が経っていたからだろう。焼き芋は固く、冷たかったが、みーちゃんの心遣いを感じた僕の胸の中は焼き芋とは対照的にほっこりと温かかった。

「どうですか? 美味しいですか? 私の育てている焼き芋は」

 そういえば、みーちゃんの家は農家さんだったんだっけ。

「うん。とても美味しいよ。ちょっと固くなっているけれど、糖度が普通の芋よりも高くてまるでスイートポテトを食べているかのようだよ。本当に美味しいよ」

「おお、すごいです。違いが分かるお人なのですね。その焼き芋は糖度が一般の焼き芋よりも5度も高いんですよ」

「そうなんだ」

「はい。だから今この焼き芋は人気がAHOO-ランキングでも急上昇中なんです」

「それはすごいな」

「はい。とても嬉しいです」

 自分の作っている焼き芋について無邪気に語るみーちゃんの瞳はガラス玉のように澄んでいて僕にはとても眩しく映った。

 僕も昔はこんな純粋な瞳をしていたのだろうか。みーちゃんの瞳は僕にとってあまりに眩しすぎて火傷しそうだった……って熱っ!!

 みーちゃんが僕の食べている焼き芋を下からガスバーナーで炙っていた。

「あ、熱いよ、みーちゃん!!」

 僕はあまりの熱さにとっさに焼き芋を地面に叩きつけようかと思った。

「す、すみません。さっき、焼き芋が固いとか言っていたので、温めてみました」

「だからって、ガスバーナーで焼き芋を炙るなよ! って言うかガスバーナーを学校に持ってくるなよ!」

 僕が怒るとみーちゃんはしゅんとした顔つきになった。

「すみません。喜ぶと思ってやったことなのですが」

 それを聞いて僕も少し強く言いすぎたと反省した。

「僕の方こそ強く言い過ぎてごめんよ。僕のことを思ってみーちゃんは焼き芋を温めようとしてくれたのに」

 すると、みーちゃんは急に強気な態度に戻った。

「そうですよ。せっかくあなたの為に焼き芋を温めてあげたのに。恩をあだで返すとはこのことですよ」

 でもそう口にするみーちゃんだが、本気で怒っているようではなく、どこか冗談っぽい口調だった。

「ああ、それと焼き芋の皮はアスファルトに捨てないで下さいね。皮が地面に還りませんから。捨てるなら誰も住んでいない野原とかの土に捨てて下さいね」

「うん。分かった」

 そんな会話をしながら僕達は家へ帰っていると、気づけば自分達の家はもう目の前だった。楽しいことは時間が過ぎるのが早く感じるというけれど、本当にあっという間の時間に感じた。みーちゃんと帰る家路はとても楽しかったということだろうか。

「じゃあ、また明日」

「はい、また明日です。登校時間は別々ですけれど、学校でまた会いましょう」

「うん。じゃあね」

「はい」

 僕は軽く右手を上げた。

 みーちゃんは、軽く僕にお辞儀をした。

 僕達はそれぞれの家へと帰って行った。

 その夜、僕は自分の部屋のカーテンとレースを開けた。

 月の光が窓から差し込んできて僕を照らす。

 綺麗なお月さんだなあ。

 それにしてもなんか、音部の部活見学に行ってから、とんとん拍子でどんどん進んでいくなあ。僕が部活に入り、治も入り、みーちゃんが入り、そしてオウムのピーチャンだ。まあまだピーチャンに関してはどうなるのかは分からないけど。黄門先輩のことだ何とかしてくれるだろう。

 ここ数日の出来事を思い出し、感慨に浸っていると心地よい、眠気が僕を包み、僕はそれに身を任せた。

 次の日、通学途中に治と行き会った。いつも治とは別段時間を指定しているわけではないのだけど、なぜだがほぼ毎日治と出会う。

 毎日決まったバスや、電車の時間に乗っているわけではないのになぜなのだろうか。何か不思議な縁みたいなのを感じるが、だからといって治を別に特別意識しているわけではない。

「ピーチャンどうなると思う?」

 治に聞くと、治は「どうなんだろうなあ」とそっけない態度を示した。

「何か冷たいんじゃないか?」

「いや、そんなことないよ」

 言う治の声は欠伸交じりの眠たそうな声だった。

「治どうしたんだ? そんな眠たそうな声を出して……」

 僕は言いながら治の顔を覗き込む。

「ええ!」

 治の目の下にはクマが出来ていて、目は虚ろでまるでゾンビのような腐ったような瞳をしていた。

「治、どうしたんだよ。そのクマ。まさかあんまり寝ていないのか?」

「あんまりじゃないよ。一睡もしていないよ。ふぁーあ」

 治は口元を右手の甲で覆いながら大きな欠伸をする。

「何があったんだよ。寝てないって。徹夜で麻雀か? それとも深夜アニメか? それともエロい番組かか? まさか治に限って徹夜で勉強ってことはないよな。一夜漬けの治だもんな」

「何だよ一夜漬けの治って。まあたしかに俺は勉強は試験前に速読で一夜漬けしかしたことないけれどさ。まだテスト前日でもないしそんなことはしないよ。麻雀は昨日はしていない。深夜アニメも昨日は見ていない。エロ番組でもないよ。俺はただの人間には興味ないんでね。ゴリラの雰囲気を包み隠さずに醸し出す女が好きなんだよ。だけど、今の所そんな女には出会ったことがない。あーあどこかにいないかなゴリラの雰囲気を包み隠さず醸し出す女」

「何だよその特殊な女。そんな女いねーよ。でもじゃあ一体何で徹夜なんてしたんだよ」

「まあ、ピーチャンがな……」

 そう言われて僕は思いだした。昨日治はピーチャンと一緒に自宅に帰ったのだった。

「そう言えば治、昨日ピーチャンと一緒に帰ったんだだったな」

「ああ」

「じゃあ、ピーチャンが原因で寝れなかったっていうのか?」

「ああ」

「ピーチャンの寝相が悪かったとか……?」

「いや。ただ単にピーチャンが俺を寝かせてくれなかったんだよ。甘えてきてさ……」

 治は眩しい朝の青空をどこか遠い目で眺めている。

「ま、まさか。ピーチャンと一夜を共にしたのか?」

「変な言い方するなよ。誤解されるような。ただ単にピーチャンが「思い出話をしましょう!」と言ったからピーチャンと朝まで思い出話や僕の今までのここでの暮らしとかを延々と朝まで話していただけだよ」

「そうなのか。ちっ」

「今舌打ちしたよな。したよな?」

「してないよ。あっ、ところでピーチャンとは一緒に登校じゃないのか?」

「ああ、ピーチャンは「治さんと登校するのは恋鳥みたいで恥ずかしいです」って言ってさ。後で一鳥で登校するから先に行っててだってさ」

「恋鳥? 一鳥?」

「恋人、一人の鳥版の言い方らしいよ」

「ああ、なるほど」

 僕達はそんなゆるりとした会話をしながら学校へと向かった。

 学校に到着するとちょうど、ピーチャンが眩しい光を放つ空を滑空しているのが目に入った。

「ピーチャン到着だね」

「ああ」

「でも、ピーチャン学校の生徒じゃないんだよね」

「そうだな。ただの鳥だからな」

 するとピーチャンは空から急下降して学校内の芝生に勢い良く降り立った。

「ピーチャン降りたよ。行ってみよう」

 僕が治を促すと、治は無言で頷いた。

「ピーチャーン!」

 僕が声をかけながらピーチャンの元へと向かっていると、ピーチャンの正面には誰かがいて、ピーチャンはその誰かと話しているようだった。

「ピーチャン、誰と話しているんだろう」

 僕は首を横に傾け、ピーチャンと話している主の顔を覗くように見る。

 ああ、黄門先輩だ。

 ピーチャンは上空から芝生近辺にいた黄門先輩を発見して黄門先輩の前に降りたのだ。

 僕と治はピーチャンの所へとたどり着いた。

「はあっ。はあっ。お、おはよう。ピーチャン、黄門先輩」

「おはよう」

 僕と治はピーチャンと黄門先輩に挨拶をした。

 僕はここまで走ってきて、息がもう切れているのに、治はやはりゴリラに育てられたからなのか基礎体力があるようで、息切れ一つしていなかった。いいなあ。僕は初めてゴリラに育てられた治のことをちょっとだけ羨ましいと思った。

 「おお、君達か。おはよう」

 黄門先輩は僕達を睥睨するように見つめながら言った。

「何の話をされていたのですか? 黄門先輩」

「いや、ピーチャンの学校の入学について話をしていた所だ」

「もしかして、もう入学が決まったのですか?」

「いや、まだ決まってはいない。だからこれから朝一で校長の所に行って入学をお願いしてみようと思う」

「ええっ。今からですか?」

「そんなに驚くなよ。そうだ。今からだ」

「でも、校長先生が鳥の入学を認めてくれるでしょうか……」

「お前は失礼な奴だな。こいつは鳥であっても鳥ではない特別な鳥なんだよ。お前に聞きたいが、お前はこんなに日本語がペラペラな鳥をどこかで見たことがあるか? ないだろう? こいつは本当に特別な鳥なんだよ。校長にピーチャンを見せれば校長だってピーチャンに惚れこんでしまうだろう」

 黄門先輩は心底ピーチャンの才能に惚れ込んでいるようだ。

「コ、コウモンサン。ハ、ハズカシイデス」

 ピーチャンは羽をバタバタと羽ばたかせて、照れくさそうにしている。

「そう、謙遜するなってピーチャン。まあ俺に任せておけ」

 黄門先輩は胸の前で腕を組み、首を縦に何度も振りながら言った。

「じゃあ、放課後音部の部室でな。おい、ピーチャン」

 黄門先輩は言うと、校長室のある窓を指差しピーチャンの背中にまたがった。

「フ、フェ?」

 突如、黄門先輩に背中にまたがられ困惑とも驚きとも取れる表情をするピーチャン。

「あそこまで行けるか?」

 黄門先輩が言うと、ピーチャンは「ハ、ハイ」と少し緊張と戸惑いが混じったような声で言った。

「さあ行け! 我がしもべよ!」

 黄門先輩がピーチャンに向けて、力強い声を発すると、ピーチャンは羽を大きく素早く羽ばたかせた。

 大地を蹴るピーチャン。

 ピーチャンの体が地面をゆっくりと離れる。

「コウモンセンパイ。ジャ、ジャアイキマス。シッカリツカマッテイテクダサイ」

「おう」

 ピーチャンそれ聞くと、自身の羽の羽ばたくスピードを更に上げ、校長室のある窓へと勢い良く飛び立って行った。

「ハハハハハハッ! 最高の気分だぜ!」

 黄門先輩の高らかな声が空から僕達に響いてきた。

 僕と治はその様子をしばらく見つめていた。

 すると、ガチャーン! という大きな音が僕達の耳に聞こえてきた。

「あーあ」

 黄門先輩を乗せたピーチャンが校長室の窓ガラスを勢い良く突き破ったのだ。当然窓ガラスは粉々に砕けている。

「アクティブな奴等だな」

 治が顔色一つ変えずに平坦とした口調で言った。

「いや、もっと驚けよ。校長室の窓ガラスをぶち破ったんだぞ」

「まあ、いいじゃないか。若気の至りという奴だろう」

「なに悟っちゃってんだよ!」

 僕は黄門先輩とピーチャンが心配になりながらも、もう時間がギリギリだったので急いで治と一緒に自分達のクラスへと向かった。

 午前の授業が終わると、僕と治は黄門先輩のクラスへと足を運んだ。

 朝の出来事のその後を聞きに行く為だ。

 心の中は不安が立ち込めていた。

 ピーチャンの入学に関してのみならば、門前払い、あるいは最悪厳重注意だけで終わるのだろうけれど、校長室の窓ガラスをぶち破って中に侵入したとなれば話は別だ。厳重注意だけですめば良い方だろう。最悪、停学、退学もありえるかもしれない。あーあ。せっかく音部という素晴らしい部活を見つけて部員もあと一人というところまでこぎつけて、もう音部設立まで目と鼻の先だっていうのにまさかこんなことになろうとは……。

 僕は黄門先輩の何者も寄せ付ず、一人孤独に咲き誇る黒い花のように輝く、独裁的なカリスマ性にはたしかに強く惹かれているが、後先を考えないで行動することに対してはもうちょっとどうにかして欲しいと思った。

「ここだな。黄門先輩のいる教室は……」

 僕は恐る恐るクラスの引き戸をゆっくりと開けた。

 教室の扉を開き、中を覗くとクラスの方達が数人僕達の方へと視線を向けた。

 しかし、ただ視線を反射的に向けただけで、特に僕達に興味を持ったというわけではないらしく、すぐに視線は自分達の会話しているグループや、スマホなどに戻って行く。

 僕は少し安堵しつつも、更に教室内を見回し黄門先輩を探す。

「あっ、いた」

 黄門先輩は教室内の窓際の一番後ろの席で、読書をしている最中だった。

 タイトルはここからは遠くて分からないけれど、なんだか怪しい本だということは表紙に描かれている黒装束の絵から推測することが出来た。黒魔術か何かの本だろうか。

 僕は先輩に聞こえる程度と思われる声の大きさを出し、先輩を呼んだ。

「先輩ーっ、黄門先輩ーっ」

 僕の声に黄門先輩はすぐに気が付き、僕達の方を見て、片目を少し大きく見開いた。

 黄門先輩は読んでいた本をパタリと大きな音で閉じると、イスを引きゆっくりとした動作で立ち上がり、僕達の方へと歩いて来た。

「おお、どうしたんだお前等? 放課後に会おうって言っていたじゃないか」

「す、すいません。でもどうしてもピーチャンのことが気になってしまい、昼休みに来てしまいました」

「なるほどな」

「で、で。どうだったのですか? ピーチャンは? ピーチャンはこの学校に入学することが出来たのでしょうか?」

 黄門先輩はにやりと口元を引き上げた。

「結論から言うと、まるだ。ピーチャンは何の問題もなく入学することが出来た」

 黄門先輩が言うと、治が「おお」と感嘆の声を上げた。

「でも一体どうやってピーチャンは入部出来たのでしょうか?」

「では、校長室の窓ガラスをぶち破って、入った今朝のことを詳しく話そう」

 黄門先輩は今朝のことを話し始めた。

「まず、俺とピーチャンが窓ガラスをぶち破り、校長室の中に入った時、校長室に校長はいた。値段数百万円はしそうな黒皮のソファーにどっしりと腰かけていたよ。そして、窓ガラスを割ったと同時に校長は飲んでいた一杯一万円すると言われている、猫の体内で発酵されてウンコと共に出てくるコーヒー豆を使ったコーヒーを飲んでいたんだが、それを盛大に吹き出した。ああ。校長は最初たいそう怒っていたよ。何せ、自分の頭に装着しているカツラを着脱して、そのカツラ内から名刀、正宗をと同様の切れ味を持つ鉄のブーメランを取り出し、俺達の方へ構え力強くそれを放ったのだからな。まあ、威嚇の意味だったのかもしれないけれど、そのブーメランによって校長室はもう散々な有様に変容してしまったよ。ソファーは真っ二つに裂け、大理石の床もスパッと切れ、トロフィーなんかを飾ってあるガラスケースもズタズタになり、樹齢千年の樹木から作られた校長机も物の見事に破壊されたんだからな。で、そのブーメランがどうやって止まったのかって言ったら校長が懐から取り出したコンニャクでそのブーメランを受け止めたんだけれどな」

「斬○剣か!」

 黄門先輩は僕の突込みに表情一つ変えることなく話を続けた。

 「興奮状態で、錯乱状態に陥っている校長先生だったのだが、状況はすぐに変わった。ピーチャンが校長を説得し始めたからだ。ピーチャンは校長に「コウチョウセンセイ、オ、オチツイテクダサイ、ワタシタチハマッタクモッテムガイノソンザイデス」と言ったんだ。すると校長が驚愕で目を大きく見開いたんだ。『な、何だこの鳥は……? 何でこんなに日本語がペラペラに喋れるんだ』ってな。そこで俺はすぐに校長に交渉をし始めたんだ。「校長、このオウムはピーチャンと言うんだけど、こいつをこの学校に入学させてはくれないか?」『にゅ、入学だと?』「ああ、そうだ。こいつはただの鳥ではないんだ。こいつは日本語をペラペラに喋ることが出来るし、人間を背中に乗せて空を飛ぶことも出来るんだ。しかも判断力も人間並みだ。こいつを入学させれば、たちまち我が校のマスコット的存在になり、入学者も一気にうなぎのぼり間違いなしだし、それが元でテレビ取材班が殺到する可能性も大いにある。つまりこの学校の宣伝にはピーチャンは大いに役立つっていうことだ。だから、ピーチャンは鳥だけれど、こいつを入学させてはくれないか」こんな会話を俺と校長は交わしていたんだ。すると校長は目を輝かせて『よし。分かった』と承諾してくれたんだ」

「校長先生軽っ!」

 僕はびっくりして体を大きく仰け反らしながら言った。

「ああ、だが正確に言うとピーチャンは入学というよりは、ペットとして飼うと言うほうが正しいがな」

「ぺ、ペット扱い??」

「ああ、やはり入学には色々と手続きがあるらしくてな。だが、ペットならそれらの面倒な書類は一切必要なくなる。だからピーチャンはペットとしてこの学校に入学することになったんだ」

「でもそれじゃあ、音部の部員としては認められないんじゃないか?」

 治が黄門先輩に聞いた。

「それは大丈夫だ。校長が特別に学校ルールを変えてくれたからな。変えてくれたルールには<新たなる団体部活を作るのは5人以上必要である。ただし校長の承認を得られれば、ペットも一匹だけ人間として扱うことが可能になる>っていうルールを設定してくれたからな」

「えっ! 校長先生学校のルール変えてくれたの?」

「ああ、だからピーチャンはこの学校で生徒じゃなくてペットとして入学したが、部活に関しては校長の新たに作られたルールにより人間扱いだ。つまりどういうことか分かるな?」

「も、もしかして……」

「ああ。そうだ。そのもしかしてだ。これで音部の部員が5人揃ったことになる。つまり音部が正式に設立されたということだ」

「「おお」」

 僕と治は同時に喜びに声を上げ手を大きく叩いた。

 「そうですか。いよいよ部活が正式に発足することが出来たのですか」

 僕は感極まり、武者震いした。

「そうか。いよいよか」

 治も感慨深げな表情をしている。

「じゃあ、今日の放課後から早速部活動を開始ですね」

「ああ」

「今日から一体どんな部活動をするんでしょうか」

「それは放課後になってからだな。いや今日は部活が設立された記念として部活動はやめて、お祝いでするか」

「お祝いですか」

「そうだ。ジュースや菓子やピザなどを食べながら、今後の活動内容について皆で話し合おうじゃないか」

「いいですね。それは。でも、気になることが一つだけあるのですが、部室で飲食はいいのでしょうか」

「飲食? ああ、それは特に問題はない。部活を提出する時の書類に音について研究する為にジュースや菓子を含むあらゆる食品を持ち込む許可を取っているからな。開封した菓子や開けたジュースなどはエコの観点から捨てたらもったいないので、食べる許可ももらっているしな」

「抜け目ないですね。黄門先輩は流石です」

「俺を舐めるなよ。まあ、だが今日お祝いをするのは部室ではない」

「えっ? じゃあ、どこでお祝いをするんですか?

「それは音部の部員の誰かの家に決まっているだろう」

「えーー! 僕んちは嫌ですよ」

「俺の家もだめだな。汚いし」

「じゃあ、残るは女の家しかないか」

「女の家って……。黄門先輩、彼女の意見も聞かずに勝手に僕達が決めちゃだめですよ」

「なんだ。お前。あいつとできているのか?」

「そ、そんなんじゃないですよ。ただ彼女の意見も聞かなきゃだめだって言っているだけですよ」

「お前は押しが弱い男だな」

「黄門先輩が押しが強すぎるだけですよ。じゃあ、しょうがないので僕の家でやりましょう」

 僕が手を挙げると、治が目を見開いた。

「おい、お前ん家、結構厳しい家じゃなかったっけ? 本当に家に部員の皆を入れてくれるのかよ。お前の家まで行って、やっぱだめでしたは通用しないぞ」

「う……。ううっ……」

「ほらみろ。やっぱり怪しいじゃないか。ちっ、しょうがないな散らかっていて本当はピーチャン以外は家に入れたくなかったけど、誰も該当する者がいないなら俺ん家でやるしかないか……」

「治こそ本当にいいのかよ。お前初めて自分の部屋に他人を入れるのは初めて彼女が出来た時だって言っていなかったっけ?」

「ぐ、ぐねねねっ」

「ほらっ、やっぱり悩んでいるんじゃん。だから僕ん家でいいってば」

 僕は再び右手を挙げた。

 すると治が「いやいややっぱりお前の家はお前の親が入れてくれないと思うぜ」と言った後「やっぱり俺の家でいいよ」と治も自分の右手を挙げた。

 それを見ていた黄門先輩が「何だお前等、そんなに自分の家に他人を入れたくないのか。仕方がないな」と言って自身の右手を独裁者のように力強く挙げた。

 僕と治はそれを見て、自分達の挙げていた手を下ろし、黄門先輩の方に向けて、即座に言った。

「「どうぞどうぞ」」

「おい、お前等」

「黄門先輩、嫌なのですか? じゃあやっぱり僕の家で」

「いやいや、俺の家で」

 僕と治が言って、再び手を挙げると、黄門先輩も再び手を挙げ「じゃあ俺の家で」と言った。

 そして僕と治はまた瞬時に手を下ろし黄門先輩の方へと向けて言った。「「どうぞどうぞ」」

 こうして音部が結成されて始めての部活動の内容は黄門先輩の家でお祝いパーティーをすることに決まった。

 「ところで、黄門先輩の家はどこにあるんですか」

「俺の家? ああ、俺の家なら田園白金ヒルズにあるよ」

「え、ええええええ!!」

 で、田園白金ヒルズ? 超セレブしか住むことが出来ないと言われている、超高級住宅街じゃないか。

「すげえな。それは」

 治も眉を少しだけ上げ、驚いた顔を見せた。なかなかないよ。ゴリラ育ちの治の驚く顔は。だって彼は以前、山梨組の若い衆に囲まれた時だって、顔色一つ変えずに空手で若い衆を蹴散らしたんだから。

 そういえば、なんで治は絡まれたんだっけ。ああ、そうだ。覚醒剤の受け渡しの現場に治と僕がちょうど通りかかったんだっけ。ああ、怖い怖い。今思い出してもちびるよ。っていうか少しだけもう、ちびっちゃったよ。もう、僕は高校生なのに! 最悪の高校デビューだよ。ま、まあいいや。誰にも言わなければばれることはないし。どうせちびったっていっても、数滴程度だし、誰もかれも気づくはずはないよ。あー、良かった良かった。漏らしたのが数滴で。

「ん? なんかアンモニア臭くないか?」と、黄門先輩。

 え? そんな。まさかばれるはずはないよね。だって僕は数滴しかちびっていないんだよ。それはプールに落とした、数滴の血と対して変わらないはずだよ? ってサメはプール量の水に数滴落とした、血の匂いを嗅ぎつけるって聞いたことがあるけれど、もしかして黄門先輩の嗅覚はサメ並み!?

 あ、あああああ。

 僕は動揺を何とか隠そうと、平気のへいちゃんな顔をした。ってへいちゃんってどこのどいつだよ。

「ああ、本当だ。言われてみればアンモニアの匂いがここいら近辺に漂っているな」

 お、治も!? 治も嗅覚が鋭いの!? 最悪だよ。今まで気づかなかったよ。これからは気をつけなくてはっていう前に、今現在の危機を乗り越えなければ。

「本当だ。何だかアンモニアの臭いがする」

 お、終わった。全てが終わった。

 黄門先輩、治なら、まだしも女子部員にまで数滴の僕のおしっこちびりの臭いを気づかれるとは。

 何だよこの部活の部員。どこの海の王者だよ!

「フカく、考えすぎだよ。そんなにシャークに障る出来事でもないだろう?」

 僕は起死回生の、一発ギャグを言った。

「は、ははははは」と顔を少し、歪ませて楽しそうに黄門先輩。

「はは」と珍しく小さく笑う治。

「ぷ、ぷぷぷぷぷぷっ!」と、笑いをこらえようと、口元に手を当てながら、女性部員。

 ど、どうやら、僕のこの起死回生の自分的出来は30点のギャグは自分の想像以上に部員たちの、笑いのツボを刺激してくれたらしい。

 ホッ、良かった。

 僕はふうっと安堵のため息を吐き出した。

 「なあ、それより不思議に思うことはないか?」

 治が唐突に皆に話し始めた。

「不思議に思うこと?」

 僕は治に聞き返した。

「ああ」

「一体何のことだ?」

 黄門先輩が、回りくどい言い方の治にちょっと苛立ったような様子で、治に聞いた。

 女子部員も何のことなのかさっぱりといった様子で、治のことをじっと見つめる。

「ああ、何だかやけに時が流れるのが遅い気がするんだけど気のせいかな。あるいは俺だけなのかな」

「時の流れるのが遅い気がする? 一体どういうことだ? 治」

 僕が言うと、治は首をぶんぶんと横に振った。

「すまん。何でもない。たぶん勘違いだ」

「途中でやめるなよ。気になるだろうが。ちゃんと最後まで話せ。部長命令だ」

 黄門先輩が、治を睨むように見ながら言うと、治は「分かった。最後まで話そう」と言った。

「いや、何だか、時が一年ぐらい止まっていたような気がするんだよ。何ていうか上手くは言えないんだけど、何だろう。さっき黄門先輩の家に行くっていう話をした後から、実際はほとんど時間が経っていないのに、もっと果てしなく時が経ってしまったような気がするんだ。いや、制服とか、時計とかは全然その時から同じく時を刻んでいるんだけど、なんだろう。違和感っいうのかな。ずいぶんと、何かが変わってしまった気がするんだ。俺達の性格も含めて。

「そうかなぁ。気のせいだろ」

 僕は言った。

 黄門先輩を横目で見ると、黄門先輩が神妙な面持ちで何が考え事をしているのが見えた。

「ど、どうしたんですか? 黄門先輩」

 僕は黄門先輩のあんな悩んだ表情は初めて見たので、何事か、と思い、黄門先輩に聞いた。

「いや、俺も心のどこかで違和感を感じていた。それが今、治の話を聞いて、自分の感じていた違和感と合致した」

「えっ? じゃ、じゃあ、黄門先輩も!?」

「ああ、俺もさっき俺の家に行くっていう話から、今の間に一年ぐらいの時間が経ったような感覚、ずれを感じているんだ」

 そ、そんな。こ、黄門先輩まで。これ絶対、人から聞いた話に影響を受けて自分も影響されたよね。もらいあくびならぬ。もらい話だよ。まったく治も余計な話をして。

「わ、私も……。そう、……思っていました」

 ほら、来た。二連ちゃんで、もらい話だよ。僕は絶対にそんな話を聞いても、同じように感じないからね。

「ねえねえ。みんな。じゃあ、何、僕達は皆、いや僕達だけじゃなくて、この世界は皆、時が一年ぐらい停滞していたっていうの?」

「ああ、そういうことだ」

 治は僕以外の皆が同じ意見だったので自信をつけたのだろう。自信満々にそう言った。

「じゃあ、何? 僕達の時間は誰かによって操られているの?」

「かもしれないな」

 黄門先輩が、舌打ちをしながら言った。

「う、うううっ、こ、怖いです」

 女子部員は小刻みに子猫のように震えている。

「じゃあ、僕達の世界の人は何者かによって、一年ぐらい時を止められたっていうことか。じゃあ、そんなことが出来るのは、神とか悪魔ぐらいだろ? 神か悪魔かは分かんないけど。じゃあ、一体何の目的で僕達の時間をその何者かは一年も止めたっていうんだよ」

「それは、分からない。だが、やはり何か理由があるのだろう」

 治が言った。

「まあ、だが、そんな答えの出ない問いを考えても仕方がないだろう。さあ、もうそんな話はやめにするとするか」

 黄門先輩が会話を中断するように、言った。

「そうだね。あ、今思いついたんだけど、もしかしたら僕達、小説の中の人物だったりして、それで作者が小説を一年ぐらい更新しなかったから、僕達の時が止まっていたのかもしれない。……なんてね」

「ハ、ハハハハハッ! ま、まさかな」

 黄門先輩が乾いた笑いをしながらそう言った。

「そ、そうだよ。そんなはずはないよ」

 治も、動揺を隠さないで言った。うわあ。治今日は同様の動揺が童謡の歌みたいに繰り返し続いているよ。

 僕は韻を踏みながらそう、思った。

「う、ううううううっ」

 女子部員は相変わらず、東野カナの「あ痛くて」の歌のように、あ痛くて、あ痛くて、痛みで震えているようだった。

 そういえば、この女性部員名前なんだったっけ……。あ、そうだ。みーちゃんだ。今思い出した。何で彼女の名前、忘れていたんだろう。

 本当に一年、時間が経過したっていうことはないよな……。まさか……な。

 僕はそんなこと、あるはずがないと頭で必死に否定したが、体はぶるっと身震いをした。

「じゃあ、行こうか俺の家へ」

 黄門先輩が、先頭に立ち、肛門を見せながら、じゃなかった。後ろ姿を見せながら、僕達を駅の方へと先導した。

「駅の道までは、分かりますよぉ」 

 みーちゃんが、頬をぷくーっと膨らませながら、馬鹿にしないで下さい的な表情を浮かべて言った。

「はっはっは、それはそうだがな。俺はこの部活の部長だ。トップだ。日本で言えば、総理大臣だ。あべしんぞうだ。アメリカで言えば、ばらくおばまだ。ドイツで言えば、メルヘンだ」

「いや、メルケルですよ!」

「ん? そうか? で、続けると、学校で言うと、校長先生だ。戦国時代で言うと、武将だ。陸で言うと、ライオンだ。海で言うと、サメとか、シャチとかクジラとかその辺だ。スマップで言うと、中居だ。空を飛ぶ乗り物で言うとロケットだ。海を渡る乗り物で言うと、しんかい6500だ。人間で言う所の、頭だ」

 何だか正しいんだか、正しくないんだかよく分からないなあ。かなり適当だし。サメとかシャチとか、クジラとかちゃんと選んでないし、人間だって、頭も大事だけど、心臓も大事だからなあ。どっちが偉いとは限らないし。

 僕は突っ込みどころが曖昧でよく分からなかったので、うんうんと頷いて、納得しているふりを続けた。

 みーちゃは首を傾げ、はてなを頭に浮かべている。

 治は完全に黄門先輩の話を左から右に受け流していた。というかただ、無視していた。

「ええい、お前達、頭が高い、こちらにおわす、俺を誰だと心得る! おそれおおくも、音部の部長でおわせられるぞ」

 黄門先輩は、その名前と同じ水戸黄門のドラマのように格さん役の人なしで、自分で言った。

 それは実にシュールな光景だった。

 駅に着くと、僕は喉が渇いた。

「ちょっと、喉が渇いたんで、ジュース買ってきます」

 ジュースが売っている場所は、駅の僕達が通る道の少し、離れた場所にあった。

「あ、ジュースか。俺も買おう。っつーわけでジュース俺の分も買ってきて」

「え? でもお金は?」

「はっはっは。ちゃんと出すさ。自分の分だけな」

 黄門先輩がさも当たり前のように堂々とした声音で言った。

 自分の分は自分で出してくれるのは嬉しいけど、でもおごってくれてもいい気がするけどなあ。だって買ってきてあげるんだから。まあ、部長命令だから仕方がないと言えば仕方がないけれど、でも、知らない人から見れば僕はただのぱしりにしか見えないのではないだろうか。そんなことはないだろうか。考えすぎだろうか。詮索しすぎだろうか。妄想しすぎだろうか。空想しすぎだろうか。びびりすぎだろうか。人の目を気にしすぎだろうか。考えていると。

「おい、何ぼさっとしているんだよ。早く買ってこいよ」と黄門先輩は言って、僕にお金を一枚を投げた。

 僕は投げられた銀色のコインを恰好よく、まるでカクテルのパフォーマンスのように、スマートな動きで、受け取った。だけど、投げられたのは一枚の銀色の穴の開いていないお金だ。そこで僕は当然のごとく気づいた。

「えっ? 先輩、百円じゃ、今はジュースを買えませんよ。先輩はいつの時代に生きているんですか?」

 僕が少し皮肉を込めて、言うと、先輩はにたりとした笑みを顔に張り付けた。

「ふっふっふ、良く見てみろそれはただの百円玉じゃない」

「えっ?」

 僕は自身の手に握られた、固い銀色の硬化を凝視した。

「あ、五百円?」

「はっはっは。そうだ。それは五百円玉だ。どうだ。すごいだろう。俺はセレブだろう」

「何が凄くて、何がセレブなのかは分からないが、五百円玉であれば、ジュースを買うことは出来る」

「先輩、何を買ってきますか?」

「はっはっは。おい、女子部員、いや、みーちゃん。何が飲みたい?」

「えっ? 私ですか? もしかして、もしかして、もしもしかしてもしもしかしかして、私に、こんな私にジュースを、ご馳走して下さるというんですか?」

 みーちゃんは頭の中が、混乱しているようで、言葉がどこか、いや言葉はかなりおかしかった。

「おう、ジュースご馳走してやるよ。お前達のおかげで俺も音部で活動出来るようになったんだからな」

 ふっふっふ、と嬉しそうに笑う部長。いやー、笑顔が似合わない。いや、少年みたいな笑顔は似合わない。極道みたいな笑顔は似合うけど。……暴言かな。暴言じゃないよね。いいよね。これぐらい。だって頭の中で考えているだけだもんね。どうせ、誰も気づかないもんね。僕の頭の中の言葉なんて。

「おい、お前! ……覚えていろよ」

 頭の中の声が聞こえていた!?

 僕はガクガクブルブル、略してガクブルした。でも今回は、運よくちびらなかった。

「おい、治お前も奢ってやるよ。」

「いいんすか? 先輩」

 治が珍しく部長を見た。普段はほぼ無視、あるいは虫のように気に止めていないのに。普段はイカレキャラの部長が優しくしているので、意外に思っているのだろう。

「おい、お前もだ」

「えっ? ぼ、僕も?」

 僕ちゃんも奢ってくれるの? 

 最後にオチで僕だけ奢ってくれないのかと思っていたのだけれど、何だかんだで部長は優しいのもしれない。と思ったけど、やっぱ勧誘の時のことを思い出したので、すぐに否定して、自分の心の中を、部長に操られないように、武装した。バリアを張った。予防線を張った。蚊帳を張った。だって、部長気を許すとすぐに人の血を吸う蚊みたいな存在なんだもん。あっと、また暴言だ。悟られるな悟られるな悟られるな。

「おい、お前! ……覚えていろよ」

 って、また聞こえていた? 天丼? お笑いでいう、天丼?

 ああ、天丼汁だくで、天丼の汁に溺れたい。(穴があったら入りたい的な意味で言いました)

「じゃ、じゃあ、皆さん何を買ってきますか? 一人ずつ言って下さい」

「一人ずつ? そんな面倒臭いことするなよ」

 部長が言った。

「え? じゃあ、どうやって皆が買ってくるのを、僕は知ればいいんですか?」

「だから、いっせーのせ、で言うんだよ。簡単だろ? だってお前を除けば三人しかいないんだから」

「そ、そうですね」

 僕は言ったが、内心では、僕は聖徳太子じゃねーよ。と反論、毒づいていた。まるで、タランチュラのように、サソリのように、コブラのように、そして、グレートムタのように。

「お前も言うんだぞ」

「は、はい」

「じゃあ、いっせーのせ」

 部長が言ったので、僕は部長とみーちゃん、治が口を動かし、開くのに合わせて、僕も自分の飲みたいジュースを大きな声で叫んだ。

「「「「ドクターペッパー!」」」」

 見事にDPという単語がハーモニーを奏でた。

「って、どんな偶然だよ! 何でみんな。ドクターペッパーなんだよ。おかしいだろ。おかしすぎるだろう。もちろん僕も含めてだ!」

 僕は猛烈に自信を反省したとともに、実は内心、宝くじでも当たったかのような喜びを感じていた。

 そして僕は自販機へと向かった。

 お金を入れる、ドクターペッパーを4本だ。一本130円だ。そう、130円×4=520円だ。そう、500円では買えなかったのだ。

 うん。そんなことだろうと思ったよ。

 僕は、部長の方を探るような目で見た。

 部長はにやにやとその光景を見て笑っていた。

 確信犯か!!

 僕は心の中で、大声で突っ込むと、足りない20円を財布の中から取り出し、自販機のコイン投入口へと流し込んだ。

 コインはあざ笑うかのように、僕の入れた十円玉を、拒否して、お釣りの場所へと吐き出した。っこの野郎!

 それを何回か繰り返してようやく自販機に十円玉を受け取ってもらうことができ、無事にドクターペッパーを僕は自販機から受け取ることが出来た。わ、わーい。

 僕はその4本DPを皆の元へと持っていき、駅の入口で「かんぱーい!」とDP乾杯を皆で上げた。

 くぅーっ! この炭酸たまらないなあ。

 僕はCMタレントのように、少し大げさに演技をして、DPを飲み干した。

 飲み終わったDP缶をゴミ箱に捨てると、僕達は駅の構内に入った。

 切符代は黄門先輩が出してくれた。なぜなら、治とみーちゃんは、田園白金ヒルズ駅まで行くまでの、そして帰りの切符代がなかったからだ。僕も切符代は払えるぐらいはあったが、それでも、そんなに余裕はなかった。それを聞いた黄門先輩が、「俺の家に行くことに決まったんだから、まあ、もてなしてやるか。切符代ぐらいは皆の分出してやるぜ」とここでもドクターペッパーに引き続き、黄門先輩が大盤振る舞いで、切符代を支払ってくれることになった。とはいえ、さっきのドクターペッパーの足りない分の二十円は僕が出したが。でも、まあ二十円でジュースが飲めたので良しとするか。

 改札口を潜って電車を、しばし四人で待つ。

 すると、後ろの方から、ピーと、声が聞こえた。

 何だ? と思って後ろを振り返るとそこには、大きな鳥が……。ぴーちゃんだった。

「ぴ、ぴーちゃん……」

 ピーちゃんは哀しげな瞳で僕達、音部の部員のことを見つめていた。

「い、今までどこにいたんだい?」

 僕はピーちゃんに優しく声をかけた。すると、ピーちゃんが僕のことをねめつけた。ずっと皆の所にいたよ、とでも言いたげな様子で。

 う、うわぁ。す、すっかり忘れていたよ。ピーちゃんのことを、何で忘れていたんだろう。そこでまた、時間が停滞していたという、皆の意見を思い出したが、僕はその考えを振り払うように首を横にぶんぶんと振った。

「ああ、ピーちゃんがいたのか。じゃあ、俺は電車に乗る必要はなかったのか」

 治が言った。

「ピー!」

 すると、ピーちゃんは、「その通り!」とでも言わんばかりに、胸を張った。

「いや、だけどよ。じゃあ、治がピーちゃんに乗って俺の家に向かうとしてもよ。電車の後を追っかけなくてはならないじゃん。だって、お前俺の家知らないだろ? どの駅で降りるかはさっき言ったから、覚えていると思うけど」

「ああ、そうか。ピーちゃんに乗って、黄門先輩の家に行くとしたら、電車について行かなくてはならないから、大変か。じゃあ、やっぱり、切符買って正解か」

「私もそう思います」

 みーちゃんが、こくこくと首ふり人形のように首を何度も縦に動かして頷く。

 ピーちゃんはどこか寂しそうに澄んだ青い空を眺めていた。一体ピーちゃんは今、何を思っているのだろうか。自分が必要とされていなくて、心の中に穴がぽっかりと開いたような気分なのだろうか。

 僕にはよく分からなかった。

「じゃ、じゃあ、どうする? ピーちゃんは。どうやって移動する?」

「は、何言ってんだお前、電車に乗っていくに決まっているだろう」

 治が少し怒った声で言った。

「で、でも、ピーちゃん切符買ってないみたいだし」

「なんで、ピーちゃんが切符を買う必要があるんだよ。ピーちゃんは大人でも子供でもない、ただの鳥だぞ。だから、切符代なんて払う必要ないんだよ」

「で、でも、それはいいのかなあ。動物を電車に乗っけて」

「いいに決まっているだろう? たまにいるじゃないか。電車が開いている時に、電車としらないで、電車内に乗り込んだ猫とかが。まあ、俺は見たことはないけども。どこの誰かからか聞いた話だけども」

「あっ、そっか。じゃあ、ピーちゃんは、知らんぷりして、電車が開いている時に、電車内に飛び込んだっていう設定で電車に乗ればいいんだ」

「そうそう。お前は心配しすぎなんだよ」

 治が少し、呆れた様子で僕に言った。

 ピーちゃんを含む僕達、4人と一匹が電車内に乗り込むと、電車の扉はまもなくして閉まり、ゆっくりとガタゴトと音を立てて、電車は動き出した。

 「それにしてもピーちゃんはでかいなあ」

 僕は席に優雅にどこぞやの大統領夫人のように優雅に座っているピーちゃんを見て言った。

「そりゃあ、そうだろう。一メートルもあるんだから」

「そんなにあるんだ。聞いたことある気もしなくもないけど。そういえばさ、僕達、今日学校さぼってね?」

「は? 何言ってんだ?」

 黄門先輩が、若干キレ気味に片眉を上げて僕に言った。

「だって、まだ放課後じゃないではないですか。今は時間的に昼休みですよ」

 それを聞いて、皆一様に「あ!」と言った。

 そ、そう言えばそうだ。今日の放課後に俺の家に行くっていう話を昼休みに皆でしていたんだ。そしたら、いつの間にか皆で俺の家に向かっていた。たまげたなぁ。変なこともあるもんだなぁ。

 やっぱり時間の感覚がおかしい。でも、もうどうでもいいや。今更昼に抜け出した、学校に戻る気もないし、戻ったとしても、帰れと言われそうな気がするし。分かんないけど。さぼりたくてさぼったわけじゃないし。先生には明日急性体調不良で帰りましたって言えばいいか。僕は自分で頭の中で勝手に無理やり納得した。納得させた。これが正しいとは思ってはいないが。

「ところで、ピーちゃんって何の鳥でしたっけ」

 僕は聞いた。

 すると、ぴーちゃんは不愉快そうな顔をした後、しょうがないなというような、やれやれ仕草をした。鳥のくせに。

 ピーちゃんは座席から立ち上がると、電車の通路の真ん中ぐらいに来た。そして叫んだ。

「オウム、ドゥドゥルドゥー、オウム、ドゥドゥルドゥー」

「あ、もしかして……にわとり?」

 僕はピーちゃんを指差して言った。

 すると、ピーちゃんが口をおもむろに開いた。

「ちげえよ。にわとりじゃねえよ。オウムだよ。にわとりっぽく、ひっかけっぽく言ったけど、オウムだよ。それに最初の文字でオウムって言ったよ!」

 ピーちゃんが切れた。というか、言葉を発した。

「ぴ、ぴーちゃんって話せたんだっけ」

「そ、そうだな。俺もすっかり忘れていたよ」

 治も不思議そうな顔をして言った。

 皆のピーちゃんの記憶が、ピーちゃんの言葉を聞いて、だんだんと戻ってきた。

「そういえば、ピーちゃん音部の部員だったよな」

「う、うん。そういえば」

 みーちゃんが言った。

「そういえば」

 治も言った。

「たしかに」

 僕も頷いた。

 何で皆、ピーちゃんのことを忘れていたんだろう。でもまあ、いいや。部員全員これでそろったっていうことだ。さあ、いざ黄門先輩の家へ。

 電車は緩やかな速度で、僕達を運んで行った。

 「ねえ、ピーちゃんは、どっから僕達をつけていたの?」

「は? 学校から皆で仲睦まじく駅まで和気あいあいとハートフルに向かっている間、全てだよ」

 ピーちゃんは吐き捨てるように言った。というか実際にペッと唾を、タンかもしれないけれど、電車内に吐き捨てた。まあ! ピーちゃんったらいけない子!

 治はしょうがないな、と言いながら、制服のポケットから水で流せるティッシュを取り出すと、ピーちゃんの吐き捨てた、唾かタンを優しくまろやかにオブラートに包むようにくるんだ。治偉い! よっ! 飼い主の鏡!

 治は「ちょっとトイレに行ってこれ水に流してくる」と言うや、さっさと電車内のトイレへと向かって行った。

 行動が早いなあ。治は。僕とは大違いだ。だって、僕は自他ともに認める優柔不断人間だからだ。例えば、朝食のパンにマーガリンを塗るか、イチゴジャムを塗るか、チョコを塗るか、マーマレードを塗るか、ピーナッツを塗るか、納豆を塗るかで悩んで、30分ぐらい悩みに悩んでそれが原因で、遅刻したことがあるぐらいなんだ。まあ、実は言うと、もうかれこれ、6回もあるけどね。何を塗るかで遅刻したことが。でも、実はかなり重要な選択だとは皆思わないかい? 皆って言っても誰も僕の心の中を覗いてはいないだろうけれど、あっ、でも黄門先輩だけは別か。だってさっき二度も僕の心の中を読んで、覚えていろよ! なんて捨て台詞を僕に吐いたんだから。でもまあ、黄門先輩は治が黄門先輩に接しているのと同じように今は考えて、頭を切り替えよう。そうだ。黄門先輩は、無視だ。そして彼は虫だ。そう考えるとなんか気が楽になるよね。で、さっきの話の続きだけれど、パンにどの朝食を塗るかってけっこう重要な選択だと思うんだよね。人生は選択の連続だ、と誰かが言っていた気がするけれど、本当にその通りだよ。まず、僕が朝にパンにチョコを塗ったとしよう。すると、僕の体の中に、チョコレートが入っていくんだ。そして吸収されるんだ。チョコにポリフェノールが入っているから、僕の体の血管とかが強く柔軟になるかもしれない。ということは、僕がチョコを塗ったパンを食べたことで、僕は、血管がつまりにくくなるかもしれない。つまり、僕に血栓ができた時、血栓によって、僕は将来死ぬか、生きるかの選択をパンに塗ったチョコで決めているのかもしれないというわけだ。もし、僕がチョコを塗らないで、違うのをパンに塗って食べたら、将来のある時点で血栓で死ぬかもしれない。だけど、チョコを塗ったことによって、血栓が回避され、僕は死ななくなるかもしれない。つまり僕はその選択によって、将来の運命を決めようとしている可能性すらあるというわけだ。そうなんだ。もしかしたら、数年、いや数十年、その選択によって僕の寿命が変わるかもしれないっていうことなんだ。だったら僕の優柔不断の理由も分かるはずだよね。分かってほしいよね。分からざるを得ないよね。分かれ! 命令形にもなっちゃうよね。だからどうか、僕をそんな優柔不断な僕を責めないで。僕はМじゃないし、だからと言って、Sでもない。ちなみにLでもない。って僕はマックか!

 僕は頭の中で一人、治が戻ってくるまでの間、ぶつぶつと呟いちゃったりした。

 「ねえ、でもどうして。ピーのこと忘れて、皆、黄門さんの所へ行こうとしていたの?」

 ピーちゃんは自分のことをピーと呼びながら、哀しそうな双眸を僕達に向けて言った。

「ごめんっ、ピーちゃん。本当にごめん」

 僕は荒んだ心の荒くれピーちゃんに申し訳ないと本心で思いながら言った。

「ごめんね。ピーちゃん、気づいてやれなくて」

 みーちゃんも、申し訳なさそうな表情でピーちゃんに言い、カバンから家から持参した焼き芋を、ごめんねのしるしに、ピーちゃんにあげようとしたが、ぴーちゃんは頑なにそれを拒否した。でも、口からは涎が出ていてその涎が、下に伝っていた。本心では欲しいのかもしれない。けど、それを詮索するのは武士道に反するからやめた。別に僕は武士じゃないけど。サムライでもないし、SAMURAIでもないし、ジェントルマンでもないし、銭とるマンでもない。……うん。すべっている気がするけど、気にしない。だって僕強い子だもん。(自己防衛が働いた)

 しかし、部長は違った。全然僕と、みーちゃんとはぴーちゃんに対する対応が違った。月とすっぽん、天と地、元総理大臣の孫のDAIGOとメンタリストのDaiGoぐらい大きく違った。

 僕とみーちゃんが飴だとすると、部長の黄門先輩はおなじあめでも、雨で、しかも血の雨だった。

「甘えてんじゃねえよ! ピーチャン! いちいちいちいち、ぐじぐじ、うじうじと、文句ばっかり垂れて、他人に吐き出してんじゃねえよ」

 言葉の文字だけ見れば、それはただの説教にしか見えないかもしれない。だが、部長が発するとその言葉の一つ一つは鋭さと破壊力を備えた刃と化す。部長のドスの聞いた言葉は、まるで言葉に呪いを宿したかのようで、切れ味は、ネイ○ールとメ○シを足したような鋭さで、さらにそこに、松崎し○るを足したような黒さが加わる。……。ってその黒さじゃない! 

 僕は自分で自分を突っ込んだ。

 ピーちゃんは黄門先輩の叱責、(あるいは黄門先輩流の矯正の言葉かもしれない)にしゅんとして、翼を小さく折りたたんだ。

 一メートルある体長がまるで、スズメにでもなったかのように見える。

「ご、ごめんピー。ピー、ちょっと調子に乗りすぎたかもしれないっピー」

 少しした後、ピーちゃんが誰を見るでもなく、視線をどこかへ向けて、そう言った。

「ピー、こっちを見ろ」

 黄門先輩がピーちゃんに声をかけた。

「ぴ、ピー?」

 ピーちゃんは恐る恐るといった様子で、黄門先輩の方に顔を向けた。

 黄門先輩は、どこかのボスのように無言で頷いていた。

 ピーちゃんは、うるうると目を滲ませていた。

 そして、その時、テッシュを持って、トイレへと行っていた治が、トイレから帰ってきた。

「どうしたんだ? 何かあったのか? 雰囲気がおかしいぞ。変な空気感がお前達の間に漂っているぞ」

 治が、懐疑心を露わにした顔で言った。

「な、何でもないっピー。ちょっとした意見交換があったっピー。少しだけ、衝突したけど、それはピーが悪かったっピー。もうその件は完全に解決したっピー」

「意見交換か。ふーん」

 治はあまり興味がないような、口調で言ったが、内心はどう思っているのかは分からない。

「まあ、いいや。よっこらせっと」

 治は、俺達の間に割り込むように、横断して開いている席へと座った。

「次は~ぁ、田園白金ヒルズぅ~、次は~ぁ田園白金ヒルズぅ~」

 どこか癖のある車内アナウンスが電車内に響き渡った。

「お、そろそろ到着だな」

 黄門先輩が誰に言うでもなく呟いた。

 「さあ、ついてこい」

 電車を降りると、黄門先輩が言った。

 僕達は、アヒルの子供よろしく先輩の後を、ひょこひょことついて行った。

「つーか、こんな凄い駅だったのかよ」

 治が改札を抜けた駅の構内をきょろきょろと見回しながら呟いた。

 治が驚くのも無理はない。なぜなら田園白金ヒルズ駅は他の駅とは一線を画していたからだ。

「本当だ。凄い駅だね。何ていうか、住む世界が違う感じがするよ。まるでどこかの国の美術館でも歩いているかのようだよ」

 僕は呟いた。

 駅は降りた時はいたって普通だったのだが、階段を上り改札を抜けると、トンネルを抜けたら、そこは雪景色だったみたいな感じで、急に世界が変わったような感じになったのだ。まるで飛行機で別の国に降り立ったみたいに。

 まず、改札には数十人警備員が配置されていて、警戒態勢が敷かれているみたいだった。

 手には棍棒を持っており、その棍棒を固い大理石の床にドンドンと叩き、改札を通りぬける客を威嚇している。

「この改札を抜けたら、ちょいと気をつけなければならないよ」

 黄門先輩が僕達に言った。

「え? 何を気を付けなければいけないんですか?」

 みーちゃんが首を軽くひねって、黄門先輩に聞いた。

「ああ、ここは市の条例でタバコを吸ったり、ゴミを捨てたりするのはめちゃくちゃ厳しいんだ」

「ええ、そうなんだ」

 だけど、厳しいっていってもどのぐらい厳しいんだろうか。黄門先輩の言っている厳しいっていう基準がまだよく分からない。

「うん。例えばだけど、鼻くそを丸めてポイ捨てしたら、罰金300万円だ」

「ちょ、まじかよ!」

 治が少しびびりながら言った。

 治はそんなに金を持っている人ではないというのは、今までの付き合いで知っていたので、治がびびるのも無理はない。

「うん。そうだ。だって故意にゴミを捨てたことと、一緒だからね。まあ、動物の場合は、意識していないとみなされて、罰はないけど。だけど、ピーちゃん、お前は気をつけなければならないよ。なにせ、お前は人間の言葉をはっきりと喋れるんだからね。もしお前が人間の言葉を理解して、ペラペラ喋っているのを気づかれれば、お前はただの鳥としてではなくて、一人の人間として扱われる可能性も否定は出来ないよ」

「ええ? じゃあ……」

 ピーちゃんが困惑して言った。

「ああ、お前がもし人間として判断され、ピーちゃんが駅とかで糞を落としたら、罰金600万円だな」

「ええ? 600万円? さっきより値段が上がっているっピー」

「そりゃあ、そうだろう。だって糞なんだから」

「でも、どうしようもなく、脱糞したかもしれないっピー」

「ああ、その可能性もある。だが、罰を免れるのは厳しいかもしれない」

「何でっピー?」

「なぜなら、この駅に着く前に、あるいは改札を潜り抜ける前にトイレを済ませていなかったからだ。改札を抜ける前にトイレがあったろう? そこに入らないで改札を抜けてから、脱糞したとしたらそれはおそらく故意とみなされるだろう。自身の体調を管理していなかったともみなされてな」

「そ、そんな。厳しいっピー。厳しすぎるっぴー」

「まあな。だが、それがこの田園白金ヒルズっていう駅なんだよ」

 黄門先輩はしごく当然といった感じで、ピーちゃんに言った。

 改札口を抜けた駅構内は全て大理石の床で出来ていて、もしうっかり転んで頭でもぶつけたりでもしたら大変なことになりそうだと僕は思った。大理石の上には赤いジュータンが一直線に引かれていてお客さんを出入り口まで、優雅に誘導していた。逆に滑って危なくないか? そして駅の天井には煌びやかな眩い光を地面へと落とすシャンデリアがいくつも彩られていて、駅の壁にはどこかで見たことのある油絵や水彩画、掛け軸などが置かれており、その近くにも高級そうな色々な形と色をした壺などが置かれていた。そして、もちろんその絵や、壺の傍にも、警備員が配置されており、連絡を数秒単位で誰かと取り合っていた。

「なんだよこれ。総理大臣の警備じゃあるまいし……」

 呆れたような口調で治が言った。

「そ、それにしてもすごい駅です。あっ! 私あの壁の絵、テレビで見たことあります」

 みーちゃんが、絵の一つを指差しながら、驚いた声で言った。

 ぴーちゃんは脱糞をしないように、自身の肛門付近を手で隠すようにしながら皆について行った。

 黄門先輩はこれが通常とでも言わんばかりの平常心で、駅構内を歩いて行った。ってまあ実際にこれが黄門先輩の日常なんだろうけど。

 そうか、これだけの駅なのに何で人がそれほど多くないのかと思ったら、ようやく理由が分かったぞ。これだけの、絵画や壺、シャンデリアなどが飾られており、豪奢な構内なのに、人が少ないのは皆、一般人だから、罰金を恐れているんだ。だって、鼻糞を捨てただけで、罰金300万円だぜ。信じられねえよ。そりゃあ、こんな駅に例え、高級感や、異風景が広がっていようと、興味本位で、この駅に降りようと思う人はいないはずだ。

 僕はあまりの荘厳な雰囲気の駅に少し冷や汗をかいた。

 汗は額をつーっと、伝って顎へと降りる。

 あっ、もしこの汗が床に落ちたらどうなるんだろうか。流石に汗は罰金ないだろう。しかもわざと汗が垂れたわけじゃないし。

 でも僕は万が一をと思って黄門先輩に聞いた。

「黄門先輩」

「何だ?」

「も、もし汗が床に落ちても罰金はないですよね。流石に」

 すると黄門先輩は眉根を寄せた。

「何言っているんだ? ないわけないだろう。汗だって自己管理をちゃんとしていれば床に垂れる前にふき取ることが可能だ。だから、汗だって、床に落ちたら罰金だ。まあ鼻糞よりは少ないがな。60万円だ」

「!!!!!!!!」

 僕は拭いた。全力で光陰矢のごとし顎から、今にも床に落ちそうな汗を拭きとった。

 はあ、はあっ。ここじゃこんな駅にいたんじゃ僕の寿命がいくつあっても足りないよ。

 僕は頭から血の気が引いていくのを感じた。

 「黄門先輩、この先はどうなっているんですか?」

 あまりにも不安になったので、僕は聞いた。

「ああ、この先駅の階段を下りると、場所代として一分につき100円かかることになる」

「ええ、一分につき100円?」

「そうだ。だから一日、この地域を歩いていると、144000円かかることになる」

「そんなぁ」

「心配するな、全部俺が出してやるからよ」

「でも、どうやってそれを監視しているんですか?」

「気づかないのか?」

 黄門先輩は言うと、空を見上げた。

「あっ? 何か飛んでいる?」

「そうだ。あれは、この駅を降りた者を自動で追跡する超小型ドローンだ」

「あ、あれテレビでこの間やっていましたけど、電池が切れないらしいですね」

「ああ、そうらしいな。最近の科学技術には目を見張るものがあるな」

「そうですね」

「でも、あのドローン、もしかしてトイレの中とかまで入ってきちゃったりしちゃいます?」

「ああ、入るな。だが心配するな。入っても、録画モードにはなったりはしないからな。ただ対象者を認識しているだけで、映像に記憶するのはトイレを出てからだ」

「はぁー。よくできていますねぇ」

「そりゃあ、ドローンだからな」

 回答になっているのか、なっていないのかよく分からない返答だった。

 僕は、ギャグを言ってみた。

「ドローンだけに、早くこんな金がかかる場所からドローンしたいですね」

「そうだな」

 黄門先輩は表情筋をぴくりとも動かさずに、声音も一切変えずに、感情がまるでこもっていない声でそう相槌を打った。うわぁ。なんか人に喋ったのに、まるで大理石にでも向かって喋ったみたいだ。

 僕はぞくりとした感覚を覚えた。

 僕達はドローンに追尾されながら、黄門先輩のある家を目指し歩いて行った。

「この町はまあ、ある意味独立した国みたいなもんだからなあ。ちょっと初めて来る人は戸惑うかもしれないな」

 黄門先輩の言う通り、町はどこか異質の雰囲気を醸し出していた。

 歩いている人は様々で、日傘をさして、ドレスを着ている人がいたり、軍服を着ている人がいたりして、どこか少し前の時代を感じさせた。

「ここは色々な人がいるからねぇ。ああいう恰好の人もいれば、縄文時代の恰好を模した人も町を闊歩しているよ。なんていうか、ある意味金さえあって、犯罪さえしなければ、何でもOKみたいな感じかな。まあ、ちょっとしたテーマパークみたいなもんかもね」

「なるほど、テーマパークですか。そう思うと、なんかそうとしか思えなくなりましたよ」

「そうだろう? 少しは気が楽になっただろう?」

「そうですね」

 僕は少し安心した。

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