第70話 国王の訪問
「ぐるるるる……」
「どうしたのですか、ポチ」
ある日のこと、アメリアと一緒にいるポチが突然唸り出した。
あまりにも険しい表情なので、アメリアは戸惑ってしまっている。
「どうしたのですか、アメリア様」
タビラの部屋の中だったために、タビラも反応してしまう。
「それが、ポチが突然吠え始めてしまいまして……。飼い始めてからこのようなことは一度もなかったのですが」
タビラに質問をされても、アメリアも状況はまったく把握できていない。
そうかと思うと、ポチは外に向かって走り始めた。
「ポチ、待ちなさい!」
アメリアはすぐにポチを追いかける。
ポチを追いかけてやって来たのは、教会の外だ。そこでは、ポチは外を睨みながらずっと唸っている。
「もう、ポチってば一体どうしたのですか。外に何かあるのですか?」
追いかけてきたアメリアは、ポチの視線の向く方へと顔を向ける。すると、何かがやってくることに気が付いた。
どうやらポチは、教会にやってくる何かに気が付いて吠えているようなのだ。
「ばうっ! がうっ!」
ポチはかなり険しい表情で吠えている。さすがにこれではいけないと思ったアメリアは、ポチを落ち着かせようとする。
だが、それよりも早く、何者かがアメリアのところにやって来た。
「女、お前は誰だ? 教会では見たことのない顔だが」
現れたのは馬に乗った兵士だった。
アメリアを見るなり、睨みつけるような表情で質問をぶつけている。ただ、その口調は明らかに見下した感じである。あまりにも強い敵意に、ポチはずっと吠えついている。
「うるさい犬っころだな。黙らせろ、さもないと斬るぞ」
「はい、すぐにおとなしくさせますから」
兵士の言葉に対して、アメリアは従う意思を示す。そして、すぐにポチをおとなしくさせようとする。
「ほら、ポチ。あっちで私と遊びましょうね」
アメリアはそう声をかけている。ポチを遠ざけることを利用して、とりあえずその場を離れようとしているのだ。
「アメリアさん、まったく急に走り出してどうしたのですか。って、王国の兵士がどうしてこの場に?」
そこへ、あとを追いかけてきたタビラが現れる。唐突に走り出したアメリアを咎めつつ、そこにいた兵士に気が付いて表情を険しくしている。これを見るだけで、教会と王国の仲がよろしくないことがうかがい知れるというもの。
この間も、アメリアに首をつかまれながら、ポチはずっと吠えている。よっぽど兵士のことが気に入らないようである。
ポチをおとなしくさせることに必死なアメリアを見て、タビラはとにかくこの場からアメリアを遠ざけるように仕向けることにした。
「アメリアさん、今日は教会の馬小屋の世話へと向かって下さい。こちらは私たちで対応しますのでね」
「は、はい。では、そのようにします。ポチ、いきましょう」
「わうっ」
アメリアが声をかけると、ポチはおとなしく指示に従っている。どうやら、これ以上自分が吠えていては、ご主人であるアメリアが困ってしまうことを悟ったらしい。アメリアの眷属となったヘルハウンドは、かなり頭はよくなったようだ。
そうして、教会の入口からアメリアとポチは立ち去っていった。
見られたのはまずかったものの、どうにかアメリアを兵士から遠ざけたタビラは、兵士に対するやり取りを再開させる。
「王国の兵士とあろう者が、教会に一体何の用なのですか」
「それに対して俺が答える義務はない。これから来られる方々を、お前たちが受け入れればいいだけだ」
兵士はやたらと強気に出ている。その言葉を聞いたタビラは、すぐに何かを察したようである。
そして、その勘が正しかったことは、その後すぐに証明された。
そう、王族の馬車が現れたのだ。つまりは、国王がこの教会へとやって来たことを示す。
国王とはいえど、先触れもなしに教会にやってくるとは、なんとも罰当たりなものだ。タビラはそのように思って、表情をかなり歪めている。
こう思うのも無理はない。タビラは聖女候補として過ごしたことのある、敬虔で能力のある聖職者なのだ。それゆえに、教会は神聖な場所だと考えている。そこに突然の訪問、しかも、先触れとはとてもいえないレベルの兵士の派遣を行っている。はっきりいって教会のことをなめすぎている行動である。
なので、さすがに王族相手でもタビラの表情はかなり経緯のかけらもないものとなるわけである。
こういうところを見る限り、大神殿とポーラリアの関係はまだ良好なのだと思わされる。
「おお、タビラではないか」
止まった馬車から、国王が姿を見せる。
「これは国王陛下。お元気そうでなによりでございます」
さすがの国王も、タビラ相手となるときちんと対面で話をするようだ。それだけ、聖女の付き人というのは地位が高いのである。
「タビラよ、今日は司教と話がしたい。ここを通してくれるな?」
「はい、もちろんでございます。対話であるのならば、私たちに拒む理由はありませんから」
国王の話をしたいという要求を、タビラはすんなりと受け入れている。
さすがに国王が相手とあれば、下手に事を荒立てるよりは素直に従っておいた方がいいからだ。あんまり仲がよろしくないとはいえど、互いに助け合ってはいるので一応の形を示しておく必要があるのである。
というわけで、教会の中に最西国の国王を迎えることになった。
はてさて、穏便にことは済むのであろうか。タビラの周囲には、緊張が漂っていた。




