第68話 わんこを触りたい
気が付けば、最西国の教会にアメリアがやって来てからひと月が経過していた。
相変わらず教会の神官や見習いたちからはいい思いを向けられていないが、ヘルハウンドのポチを従えているアメリアには、手を出せずにいた。敵意を持って近づこうものなら、ポチが気が付いて威嚇をしてくるのだ。
さらには寝泊まりしている部屋も聖女の世話役であるタビラの部屋。おかげで、アメリアは特に不自由なく最西国での生活を送れている。
ところが、最西国にやって来たアメリアのところではいろいろと不思議なことが起きている。
その一つがポチの存在だ。
ポチはアメリアに襲い掛かってきたヘルハウンドという魔物だ。
アメリアはそのヘルハウンドをかまれながらも受け入れて、名づけをして懐かせてしまった。
これだけでも十分驚きの話なのに、それに加えて、このポチには不思議な現象が起きている。
それが、段々と白くなっていく体毛だ。何度も説明したように、ヘルハウンドの元の毛色は、くすんだ灰色だ。それが、今ではほぼ真っ白である。
さらに、来た時は弱った様子を見せていたポチは、今はすっかり元気になっている。別に教会での食事がそれほど素晴らしいわけでもないのだが、驚くほど元気になっている。
ここまで変化すると、ポチは魔物という見方ができないほどとなっていた。
そして、もうひとつがアメリアを見つめる視線だ。
ただし、この視線は二つある。
ひとつは、魔王が寄こした監視役の魔族の視線だ。当人はばれていないつもりだろうが、アメリアにだけはバレバレのようだった。
もちろん、ポチも気が付いてはいるものの、敵意がないとして気付いていないふりをしている。
そんなこととはつゆ知らず、監視役の魔族は、今日もアメリアのことをじっと見つめている。
もうひとつの視線は、この教会に神官見習いとして住んでいる少年リオンだ。
彼の方は、アメリアが最西国の教会にやって来た時から、ずっとアメリアを見ている。
もちろん、男性の神官、神官見習いと女性の神官、神官見習いは極力同じ場所にいないようになっている。一緒になるのは、食事と祈りの時くらいである。
その時だけ視線が向くのであるのなら、まあ普通といったところだ。
ところが、このリオンの困ったところは、それ以外の時でもアメリアに視線を向けているところだろう。
特に、ポチがやって来てからはその視線が増えたように思われる。
(今日も、リオン君は私の方を見ていますね。いえ、正確にはポチの方を見ているように思われます)
そう、実はポチのことが気になっているようだった。
最初こそ、同い年と思われる自分に向けられていたと思っていた好奇心の視線は、アメリアに懐いたポチの方へと向けられるようになったのだ。
そのことに気が付いたアメリアは、改めて前世のことを思い出していた。
それは、犬や猫を飼っている人の方へと自然に視線が向いてしまっていた自分の姿である。
ペットの動物に対する好奇心。リオンはそれを抱いていると思われるのだ。
(ふふっ、基本的な心理的な流れは、前世も今世も変わりませんね)
ついおかしくて笑ってしまうアメリアである。
だがしかし、基本的には教会の中は恋愛禁止という決まりがある。なので、さすがにいつまでも見ていられるわけにはいかない。
リオンの視線に気が付いたアメリアは、今日こそはちゃんと言ってあげないとと、リオンへと近付いていっている。
「えっと、私のことをじっと見つめていらっしゃいますけれど、いかがなさったのでしょうか」
アメリアは面と向かってリオンへと話しかけている。
敵意がないこともあってか、アメリアの隣ではポチがかなり繕いだ様子で座っている。
「あ、いや、その……」
話しかけられると思ってなかったのか、今日のリオンはあたふたとしている。
「あまり、異性の神官見習いには近づかないことをお勧めしますよ。こんなところを神官の方に見つかっては、どのような罰を受けるか分かりません」
アメリアはかなり真面目な表情で、強めにリオンへと説教を始めている。
「さぁ、見つからないうちに自分の持ち場に戻りなさい。そうでないと、私の方から神官へ申し付けさせて頂きますよ」
「そ、それは困る。せっかく神官見習いになれたっていうのに、追い返されるのは嫌だからな」
リオンは落ち着かない態度で何かぼそぼそと話している。あまりにも小さいのでうまく聞き取れない。
だけど、それを説明したところで、教会で定められた規則に反しているのは事実なのだ。
それをわかってるものの、リオンは一言だけアメリアに告げることにしたようだ。
「そのわんこ、今度僕にも触らせてくれ」
「ええ、ポチに触るくらいでしたら構いませんよ。私は戻りますので、ポチ、ちょっとリオンさんのお相手をしてあげてください」
「わうっ!」
「えっ、いいの?」
「少しだけならです。では、失礼します」
アメリアは気の済むまでリオンにポチを触らせてあげることにした。
ただ、男女で一緒にいるわけにはいかないので、アメリアはタビラのところへと向かうことにしたようだ。
しばらくしてポチが戻ってきたのだが、かなりモフられていたのか、きれいに整えたはずの毛並みがボロボロになっていた。
「お疲れ様、ポチ」
「くぅ~ん」
アメリアが労ってあげると、ポチはアメリアに甘えるように顔を擦りつけていた。
今のところは、最西国の教会はまだ平和のようである。




