第65話 アメリアとポチと
ポチと名付けられたヘルハウンドは、くすんだ灰色だった毛並みが、白っぽい灰色になっていた。それは光の加減では銀色に見えるという実に不思議な感じの毛並みだった。
「魔物など汚らわしいと思っておりましたが、まさかこのようなことになるとは……」
「ええ、私も初めて見る光景です。ですが、アメリア様に懐くヘルハウンドは、なんとも普通の犬にしか見えませんね」
目の前では、アメリアがヘルハウンドと戯れている。というか、神官見習いとしてやることをしているところに、ヘルハウンドがからみに行っている。それだけ懐いているということなのだ。
「ポチ、自分の足の汚れくらいはきれいにできますか?」
「わうっ!」
ポチはアメリアの呼び掛けに返事をすると、なにやら魔法を使っている。
その光景を見て、司教とタビラがびっくりしている。
「なんと、ヘルハウンドが魔法を使いましたか」
「そんなわけがありませんよ。吠えつく、かみつく、引っかくしかできないんですよ? 魔法なんて……使ってますね」
ヘルハウンドが鳴くと同時に、足からなにやら光があふれている。
どうやら外を走り回って汚れた足の裏をきれいにしているようなのだ。
そもそも魔法を使うことのできないヘルハウンドが、アメリアの呼び掛けに応じて生活魔法を使っているのである。なんという奇跡的な光景なのだろうか。
魔法を使った後のポチの足裏を、アメリアがが細かくチェックをしている。
「はい、確かにきれいになっていますね。いい子いい子」
アメリアは掃除の手を止めて、ポチの頭を撫でている。アメリアに撫でられて、ポチは目を細めて嬉しそうにしている。
「アメリア様には、テイマーの素質もあるのでしょうかね」
「どうなのでしょうか。魔物を従えたという聖女の話はまったく聞いたことがありませんし、テイマーが魔物を手懐けるのはとても大変だとは聞いております。こんな簡単にいくものなのでしょうかね」
二人はただ、アメリアたちの様子をじっと見つめていることしかできなかった。
その目の前では、アメリアと犬がじゃれ合うという、なんとも平和な光景が続けられているのだった。
ところが、この光景も、他の神官や神官見習いにとっては、ものすごく目障りになっていた。
アメリアのことを聖女だと紹介しなかったせいで、余計な軋轢が生まれてしまっているのである。
しかし、何か手を出そうとしても、常に誰かしらに守られているので、まったくもって隙が無い。司教やタビラがいなくても、ポチが常に張り付いているので、本当に手を出せなくて困っている。
そんな中、たった一人だけ、アメリアに平然と近づこうとする人物がいた。
神官見習いの少年であるリオンである。
彼だけは最初からずっとアメリアのことを気にかけており、ことあるごとに視線を送っていた。
そこに現れたヘルハウンドのポチ。リオンはそのポチのことがとても気になっているのである。
「ポチ、あっちの方のごみを拾ってきて下さい」
「わうっ!」
外掃除をしている時に、アメリアは自分の側からポチを離している。
その時、ポチはごみを拾いに行かずに、予想もしていない方向へと走っていく。
「わっ! 何をするんだよ!」
物陰の方へと走っていったかと思うと、声がしてくるではないか。
驚いたアメリアは、その声がする方向へと歩いていく。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
アメリアが声をかけると、そこにいたのはリオンだった。
「えっと、あなたは確か……」
アメリアは名前を思い出そうとするも、なぜか出てこない。
「わわっ、なんでもないよ。って、放してくれよ」
その隙に逃げようとするリオンだったが、がっつりと服をポチに引っ張られてしまっており、逃げられないでいた。
「あっ、そうです。リオンさんですね。こうして顔をしっかりと合わせるのは初めてですね。私はアメリアと申します」
「え、えと……。僕はリオン、よろしく……」
アメリアが挨拶をすると、リオンはものすごく恥ずかしそうに挨拶を返している。
そのどことなく初々しい挨拶を聞いて、アメリアはつい前世を思い出してしまい、口に軽く握った拳を当てて笑ってしまう。
「な、何がおかしいんだよ」
「いえ。ちょっと懐かしい感じがしたので、つい。申し訳ありませんでした」
リオンが怒ると、アメリアはにこやかな表情のまま謝罪している。なんとも懐かしい感じがしたからだ。
その穏やかな表情を浮かべるアメリアを前にして、リオンは恥ずかしがっているのか、まったく顔を向けようとしていない。さらには、どんな話をしていいのか分からずに黙り込んでしまっている。
せっかく目の前にアメリアがいるというのに、よくある思春期男子の状態になってしまっている。
「こらーっ、リオン! サボってるんじゃありません!」
「うへっ、バレた」
遠くから神官に呼ばれてしまうリオンは、困った顔をしながらあたふたとしている。
「ポチ、放してあげなさい」
「くぅ~ん」
アメリアの命令に従い、ポチは口にくわえていたリオンの服をパッと離している。
「さっ、これ以上怒られないうちに戻って下さい。ポチが気になるようでしたら、司教様かタビラさんにお伝えして下さいね」
「べ、別にそんなんじゃないし……」
「リオーンッ!」
「じゃ、じゃあな」
神官の呼ぶ声が響く中、リオンは時折アメリアの方に振り返りながら、ゆっくりと走って去っていく。
あまりにも可愛らしい反応に、アメリアは思わず楽しそうに笑ってしまうのだった。




