第63話 聖女を狙え
その頃の魔王城。
「なに、最西国に新たな聖女がやって来ただと?」
「はい。どうやらまだ幼い子どものようですが、間違いなく聖女だと」
部下からの報告を聞いて、魔王は困った顔をしている。
というのも、先日までその聖女と行動を共にしていたからだ。部下とは接触していたが、口外しないように命じておいたために、配下の魔族たちは魔王が聖女とともに行動していたことを知らないのである。
それと同時に、気になることが魔王にはあった。
呼び出した部下に弱った魔物をけしかけるように伝えておいたのだが、その結果がまだ届かないのである。
別れた位置を考えれば、すでに教会に押しかけているはずである。となれば、途中で討たれたことは間違いない。
聖女の到着を報告してきた魔族を下げさせたあと、あの時に頼みごとをした部下を呼び出す。
「お呼びでございますでしょうか、魔王様」
呼び出しに応じた部下が、魔王の前で跪いている。
「うむ。最西国の教会に魔物をけしかけるように頼んだが、どうなっておる」
「はっ。最西国の騎士によって討たれたようでございます。私めの部下に頼んでおいたのですが、王都の近くを通りかかった際に一人の騎士によって一瞬で倒されたようでございます」
「わざわざ王都の近くを通ったのか」
「ええ、最西国を脅す意味を込めまして、わざと近くを通らせました」
魔王が確認をすると、部下は素直にそのように答えている。
これはなんとも予想外な結果だった。聖女を試そうとしてけしかけようとしたのに、その途中で本当に討たれてしまうとは思わなかったのだ。
ただ、これは明らかに部下の判断ミスだろう。そう考えて、魔王は改めて部下に指示を出す。
「今度は最西国の南側から魔物をけしかけろ。周囲に騎士がいないかどうか、それだけは十分に確認しておけ」
「なぜでございましょうか」
「これは、あくまでも聖女を試すための襲撃だ。前は伝え方が悪かったのは認めよう。とにかく聖女のいる教会を襲撃させろ」
「承知致しました。では、部下に伝えておきます」
魔王の命令を受けて、部下はその部下にやらせようとしているようだ。
ところが、魔王はそれを制止する。
「お前が直に見てこい。今回の聖女が一体どういう人物なのか、それを事細かに余に報告するのだ」
「しょ、承知、致しました」
強く魔王に言われたこともあって、直属の部下はどことなく不服そうな感じで命令を受けている。
ここまで強い不信感にも似た感情を抱くのも無理はないだろう。この魔族は魔王軍にとってはかなり長い間尽くしてきた魔族なのだから。
それだというのに、下っ端魔族がやるような仕事をやれと言われたのだ。プライドが傷ついたのだろう。
しかし、魔王の命令は絶対ということで、この部下はやむなく弱った魔物を連れて教会へと向かっていく。
そうして、教会の近くまでやって来た部下は、教会の外で掃除をしている、ひときわ神聖力の高い少女を見つける。
(あれが聖女ですか? いや、なぜあんなところで掃除をしているのです?)
目を疑った。
下っ端のやるような作業をしているのだから、疑って当然だろう。
だが、これは好都合と、自分が連れてきた魔物をけしかける。
弱っているとはいえど、非力な女子どもなら楽に食い殺せる獰猛な魔物ヘルハウンドだ。
聖女とはいえ、ただの少女。ここで食い殺されればいいと、部下はじっとその様子を見守っている。
「まあ、素敵なワンちゃんですね」
ところが、驚くことなく、ヘルハウンドを両手を広げて迎え入れようとしている。
「いけません、アメリアさん。それはヘルハウンドですよ」
周囲が気が付いて声をかけている。だが、アメリアはヘルハウンドをそのまま両手を広げて迎え入れようとしている。
弱っているとはいえども、獲物を見つけたヘルハウンドは、飛び上がってアメリアに襲い掛かる。
かぶっとかぶりついて、部下はやったと思った。
ところが、すぐにその表情は驚きに満ちていく。
かぶりつかれたというのに、アメリアはにこにことヘルハウンドを撫でている。かまれているのにまったくダメージになっていない。
「何をしているのですか、アメリアさん」
「素敵なワンちゃんを見て、つい……。あ、かまれても大丈夫なように全身防御魔法で覆ってますよ」
なんと、魔物だということに気が付いて、一応防御魔法を張り巡らせていたらしい。部下はそのことに気が付けなかったので、驚愕の表情を浮かべている。
(なんだと……。いつの間に防御魔法を。無詠唱とかできるのか、この聖女……)
その様子を見た部下は、ヘルハウンドを退かせようとするが、なんとこの命令を無視している。
どうしたのだと思って目を向けていると、さっきまでかぶりついていたヘルハウンドは、アメリアをなめ始めているではないか。なんと、懐いてしまったのだ。
「あははっ、くすぐったいですね。そうです、ポチと名付けましょう」
「わうっ!」
さらにはさらっと名付けまでしてしまっていた。
これでこのヘルハウンドは完全に部下の手から離れてしまった。
アメリア自身は大したことをしたつもりはなかったのだが、この様子を見ていた部下は、驚愕の表情を浮かべている。
(こ、これはすぐに魔王様に報告せねば……)
これ以上見ていては自分が気づかれる可能性があると踏み、部下はその場を撤収していった。
こうして、最西国の教会にはヘルハウンドがペットとして飼われることになったのだが、魔王軍には相当の衝撃を与えるできごととなったようである。




