第60話 西の果ての目的地
関所の門が開き、アメリアは最西国へとついに足を踏み入れる。
だが、最初は峠道であるので、景色はあんまり代わり映えがしなかった。
とはいえど、最西国に入ると一気に空気が変わったのを感じ、アメリアはなんだかわくわくした気持ちになっていた。
この空気の変化には、ソノも反応している。
(これが先代聖女の力の残滓か。影響はないものの、気持ちいいものではないな。やはり、聖女は殺してやりたいところだが……なぜかこやつは殺す気になれない。本当に分からないな)
御者台から馬車の方を見て、ソノはよく分からない気持ち悪さを感じていた。
魔王であるソノからすれば、聖女は間違いなくただの敵である。だというのに、アメリアに対しては不思議と殺意が起きないのだ。
その不可解な状況に、ソノは機嫌が悪そうである。目の前をじっと睨みつけたままお行儀良く座っている。
やがて、砦につながる山道から平坦な場所へと景色が変わる。ポーラリア王国の山間部であったよう盗賊による襲撃も起こることもなく、本当に平穏無事に山を下ってこれたのだ。
もちろん、これにだって理由がある。
魔王軍の中でも魔王に心酔している部下が、わざわざ隠れて活動していたの。我らが魔王様に害をなす者には裁きをという、実に物騒な考えである。
当然ながら、盗賊だけならず魔物たちもいたのだが、その心酔している部下が全部黙らせたのだ。
こういった裏事情があり、アメリアたちの馬車は何事もなく平地へと出てこられたというわけである。
山を下りてきたアメリア一行だが、目的地となる最西国の教会にはまだまだ到着できない。王都と同じく、国境から三日かかる場所に存在しているのだ。だが、王都とはずいぶんと場所が離れている。
文字通り大陸の西端にある場所であり、山を下ってきた真西の海に近い場所に、その教会は建っている。王都は教会よりもそれなりに北寄りにある。
意外と国家の中枢と大神殿は、このように少し離れた場所に構えていることが多い。おそらくは、権力がひとところに集約してしまうことを嫌ったのだろう。
実際、ポーラリア王国の王都と大神殿も、結構離れた場所に存在している。
二泊目を終えて、いよいよ教会も目の前だという時だった。
「それでは、俺はこれで失礼をする。ここまでくればもう安全だろうからな。俺の役目は終わったも同然だ」
そう、ここまで用心棒としてついてきてくれていたソノが離脱を宣言したのだ。
そもそも最西国まで送り届ける約束だったので、ソノの言い分はまったくもって問題のないもので、正当性があるものである。
ところが、教会までついてきてくれると思っていたアメリアは、思いっきり驚いた表情を浮かべている。
「もうお別れなのですか? 最後まで来て下さると思っていましたのに」
「ここはもう最西国内だ。俺の同行した理由は、すでに達成されている。ここまでついてきたのは、念のためだ」
朝の出発の段階で宣言されたので、アメリアはソノを問い詰めてしまっている。だが、ソノの心の方はもうしっかりと定まっているために、アメリアの言葉もまったく意味をなしていないようである。
アメリアが必死に説得を行うも、結局そのの心を覆すことはできなかった。最終的に様子を見かねたタビラが、アメリアを制して決着した。
「悪いな。その代わり報酬は要らない。お前が聖女として立派になること、その約束を報酬代わりに受け取るとしよう」
ソノはそうとだけいうと、朝食を平らげてさっさと姿を消してしまった。
結局、アメリアはそのを引き留めることができなかった。
しかし、どういうわけかアメリアには、またどこかで会える予感を感じていた。なぜそんな予感がしたのかは、まったく根拠がない。あくまでも本人の勘によるものらしい。
そんなわけで、ソノが離脱した。馬車の一行は、アメリア、タビラ、護衛の騎士二人に御者という五人の状態に戻っていた。
確かに、この馬車には教会の所有であることを示す装飾が施されているので、聖女が先日まで存在していた最西国の中では襲われる可能性は低いだろう。それこそ魔族や魔物くらいである。
だが、最後まで何があるか分かったものではない。教会に到着するまでの間、タビラと護衛がひたすら周囲に警戒を向け続けていた。
そうして、日が暮れ始めた頃だった。
「見えましたね。あれが最西国の教会でございます」
窓から外の様子を窺っていたタビラが、窓から顔を引いてアメリアに話しかけている。
その言葉を受けて、アメリアもタビラと一緒に窓の外へと視線を向ける。
「あれが、最西国の教会。先日まで聖女様がいらしたという建物なのですね」
「はい、その通りでございます」
アメリアの視界に入ってきたのは、大神殿よりも小さいものの、アメリアがかつて暮らしていた教会に比べればどのくらい大きいのだろうか。まったく想像できないほどの大きさとなっていた。
この教会で、これから先は聖女として生活することになる。
はたしてどのような出来事がこの先待ち受けているのだろうか。
馬車はいよいよ、最西国の教会に到着するのである。




