第57話 謎の男性
盗賊が倒れたかと思うと、そこに立っていたのは一人の男性だった。
何が起きたのかは、馬車の外にいたタビラたちにもまったく分からなかった。だが、そこにいた男性が何かをしたのは間違いなかった。
「な、なんですかあの男は……。一体何をしたというのですか」
タビラはまったく動けないでいる。
しばらくすると、馬車の扉が開いてアメリアが降りてくる。
そして、そこに立っていた男性を見て、思わず固まってしまった。
「アメリア様、なぜ降りてこられたのですか」
タビラに注意をされる。
しかし、アメリアの顔は目の前に現れた男性に完全に釘付けになっている。
「あの……、ありがとう、ございます」
どこか恥ずかしがっているような感じで、アメリアは男性にお礼を言っている。
「気にするな。俺はただ、妙な動きをしている連中を見かけたので、あとを追ってきただけだ。まさか、馬車を襲うとは思わなかったがな」
男性は淡々と答えている。
その男性を見て、なぜかアメリアはぼーっとした表情を浮かべている。何かを感じ取っているのだろうか。どう見ても普通の感じには見えない感じである。
「力の感じからすれば、君は聖女のようだな。ならば、目の前の惨状も自力でどうにかできるだろう」
「あっ……」
男性に言われて、アメリアは進行方向で土砂崩れが起きていることを思い出した。
「はっ、そうです。まだこれを起こした連中が近くにいるやもしれません。アメリア様、油断をなさらないで下さい」
タビラは思い出したかのように、再び周囲を警戒している。
その様子を見た男性は、なぜか腰に手を当ててため息をついている。
「怪しい連中ならすべて倒してある。一応殺してはいないが、再起は不可能だろうな」
「そ、そうですか……。盗賊とはいえ、ちょっと可哀想な気もしますが」
男性の言葉に、アメリアは思わずそのように口走ってしまう。良くも悪くも聖女らしいところだ。
だが、男性はここでもため息をつく。
「聖女というのは、頭の中がおめでたいようだな。確かに、助けられるものならすべてを助けたいだろうが、それは叶わぬこと。時には冷酷な判断を下さねばならないこともある。世の中を甘く見るでない」
おめでたいと言われてしまって、アメリアはちょっとむっとしてしまう。
アメリアとしては、心外だったのだろう。
だが、同時になぜか懐かしい感覚に襲われてしまう。なので、怒ったかのようになったのはほんの一瞬で、自分の胸に手を当てて、すぐに首を捻り始めてしまった。
「やれやれ、危機感が薄いようだな。俺がこの盗賊どもと同じようなやつであったならば、どうするというのだ」
「いえ、それは大丈夫です」
男性が試すかのような言い方をすると、なぜかアメリアは即答していた。
根拠などないはずなのだが、アメリアはなぜか確信めいた表情をしていた。一体どこからその自信はやってくるのだろうか。
さすがの男性も、このアメリアの反応は予想外だったようだ。眉を思いっきりひそめてしまっている。
「あの、せっかくですので、目的地までご一緒していただけないでしょうか。お礼は致します」
「あ、アメリア様!?」
あまりに唐突な申し出だったので、タビラは驚いてしまっている。
男性も困惑しているようだが、どういうわけかアメリアの頼みを断れない感じになっている。
(なぜだ。なぜ断れない)
普段通りならすっぱりと断れるはずなのに、男性は断れなかった。
結局、諦めたように肩を落としてしまっている。
「……分かった。目的地の手前までなら、ついて行こう」
男性が受け入れていると、アメリアは両手を組んだ状態で表情を明るくしている。
「ありがとうございます。私はアメリアといいます。先日聖女になったばかりの新人聖女でございます。えっと……」
お礼を言い始めたアメリアだが、男性の名前が分からずに、そこで詰まってしまっている。
「……俺はソノ、だ。ソノダじゃない、ソノだからな」
「ソノさんですね。よろしくお願いします」
男性が名乗った名前に、一瞬だがアメリアは奇妙な感覚に陥った。
(ソノ……。そういえば、私の前世の恋人の名字は、園木でしたね。……いえ、まさかね)
アメリアがこのように思ってしまったのは、自分の名前のことがあるからだ。
アメリアの前世の名字が『雨宮』なのである。自分の今の名前と、前世の名字が似通っているために、ふと前世のことが思い出してしまったというわけだ。
「アメリア様、先を急ごうにも、この土砂を取り除きませんと」
「そ、そうですね。では、ちょっと力を使うこととしましょう」
様子を見かねたタビラの声に反応して、アメリアはその場で祈りを捧げ始める。
(最西国の人たちのため、私たちは急がねばなりません。さぁ、行く手を阻むものを、取り除いて下さい)
アメリアは強く願いを込めている。
聖女になるにあたって、マーシエスから聖女の力の使い方の一部は、教えてもらっていた。その通りに、今祈りを捧げているのである。
しばらくすると、アメリアの体から光の魔力が漏れ始め、その光が崩れ落ちた土砂へと注いでいく。
聖女となったばかりのアメリアは、早速その力を発揮しようとしているのだ。




