第56話 道中険しく
アメリアを乗せた馬車は、無事にポーラリアの国を抜けていく。
よくよく思えば、アメリアがポーラリアの国から外に出るのはこれが初めてである。
アメリアが育った場所は、ポーラリアの辺境の地。田舎も田舎の出身である。なので、王都に行った時もわくわくしたものだが、今回の旅路もかなりの高揚感を抱いているようだった。
「アメリア様、どうか落ち着いてください」
こう言うのは、先代の聖女であるニシア付きの神官だったタビラである。
アメリアが正式な聖女となったことで、敬称が『さん』から『様』へと変化している。
「ごめんなさい、タビラさん。初めての国外なので、つい興奮してしまいました」
アメリアは謝罪しながら、おとなしく座り込んでいる。
やはり、聖女という存在は、ミーハーは受け入れられないようだった。
そんなわけで、アメリアはおとなしくひざに手を置いて、慎ましやかに座っている。
やがて、国境が近づくと、あたりの景色が山がちになってくる。つまり、最西国方面へは、山を越えなければならないということだ。
この険しい地形を、雪の中、タビラは大神殿まで出向いてくれたのだ。アメリアの中には驚きと感謝が生まれてくる。
「タビラさん、怖くはなかったですか?」
地形のことを知って、アメリアは思わずタビラに尋ねてしまう。
すると、タビラは優しそうな表情を浮かべて、アメリアのことを見ている。
「怖くなどありませんでしたよ。新たな聖女が誕生するというのです。その使命がある中で、何を恐れる必要があるのですか」
タビラはアメリアに対して言い切っていた。それだけ、聖女に対する想いが重いということなのだ。聖女になれなかったタビラには、聖女のために尽くすという使命が生じていたのだ。そのためならば、たとえ火の中水の中、信仰を試されている気持ちで立ち向かっていったことだろう。
アメリアからすれば、驚きでしかない覚悟だった。
(聖女にかかわる人たちは、ここまでの覚悟を持っていらっしゃるのですか……)
前世が日本人であるアメリアは、決意をすることはあっても、覚悟を決めるということまではした記憶がなかった。今世でもそこまでの覚悟といわれれば、とても怪しいところである。
さすがに今回の聖女の件に関しては、おそらく初めてである覚悟をしたはずだ。それでも、タビラの話を聞いて、自分が今までかなりぬるい生活をしていたことを自覚させられるというものだ。
今世の世界というのは、それほどまでに厳しい世界なのだと、改めて認識させられたのである。
そんな驚きを感じたアメリアを乗せた馬車は、いよいよ国境を越えることになる。国境へと向かう山道を進んでいるのだが、なぜか今日は雲行きが怪しいのである。
「アメリア様、もしかしたら何かあるかもしれません。私たちは少数精鋭ですが、必ずやアメリア様を最西国へと送り届けてみせます」
タビラが不吉なことを話している。
だが、これはなにも杞憂ではすみそうになかった。アメリアもまた、何か怪しい気配をしっかりと感じ取っているのである。
(なんだか嫌な予感がします。何もなければよいのですが……)
杞憂で済んでほしいアメリアではあるものの、聖女の予感というものが、そんな生やさしいものであることなどあるわけがなかった。
国境の門までもう少しという峠道に差し掛かった時、それは目の前で起きた。
「止まってください!」
アメリアは叫んだ。
その声を受けて馬車や警備の騎士の馬が歩みを止める。その直後、進行方向の崖が崩れたのだ。
雪が降り続いていたとはいえ、地盤がそう緩んでいる状態ではない。つまり、人為的に起こされた崖崩れなのである。
「タビラさん、悪い気配がします。警戒を」
「承知いたしました」
ひしひしと伝わってくる悪寒に、アメリアは気持ち悪さすら感じ取っている。
そして、その勘は当たってしまった。
崖崩れとは反対側から、人の近づいてくる気配がする。
現れたのは、どう見てもまともではない連中。そう、盗賊の類だった。
「へっへっへっ……。こんな山道を、そんな少数でどこへ行こうってんだい?」
正体を偽る気はないという感じだ。
それもそうだ。ここは国境の関所へと向かう人の気配があまりしない場所。つまり、うろついている連中はすべからく怪しいのだ。隠す意味がないので、怪しい連中は最初からアメリアたちを襲う気でいるわけである。
「お前たち、この馬車がどういうものか知っての狼藉か?」
「知らねぇなぁ。俺たちはその日暮らしも厳しいんだ。少しくらいのお目こぼしをもらってもいいってもんだろうがよ」
護衛の騎士が脅そうとしても、まったく通じない。生活に困窮しているがゆえに、生きるか死ぬかをずっと経験しているのだろう。どうせ死ぬのなら、お前らも巻き添えにしてやろう。そういう気持ちでいっぱいというわけだった。
まったくもって予想だにしない悪意を向けられたアメリアは、この世界の現実というものをまざまざと見せつけられている。
このような状況を放っておいて、聖女として活動していけるのだろうか。その覚悟に揺らぎが起きようとしている。
ところが、次の瞬間だった。
「ぐぎゃあ!」
「うべらっ!」
次々と盗賊連中が倒れていく。
何が起きたのかは、タビラも騎士たちもまったく分からない。
すべての盗賊が倒れた時、そこにはなんとも美麗な男性が立っていたのだった。




