第55話 西への旅立ち
ゆっくりと休めるはずだったのだが、アメリアはものすごく早い時間に叩き起こされてしまった。
「おはようございます、アメリア様。お体をお清めいたします」
「は、はい……」
何事かと思ったアメリアは、寝ぼけながらも入ってきた女性神官たちの言葉に返事をしていた。
昨日の夜にも体をしっかりと洗ってきれいにしたのだが、今日は聖女に認定される儀式があるということで、なおさら念入りに体を清めることになるらしい。
このためだけに大司教が自ら水を汲んできて、聖女候補の指導を行うフォトニアが女性神官の代表として清めた水を使って、体を清めるのである。
なんと、大神殿のトップが総出で用意してきた水である。アメリアはなんともおそれ多く感じてしまっている。
それが終わると、今回の修行が行われ始めた頃に針子の神官が作り上げた聖女用の衣をまとう。ただの服であれば王都の仕立て屋などに注文するところなのだが、今回の服装は聖女の服ということであり、すべてを大神殿で用意したのである。
それを聞いただけで、聖女という存在が大神殿にとってもどれだけ重要な存在かというのが痛いほどわかってしまう。
多くの人たちの想いのこもった服を身に着けながら、アメリアは改めて聖女という存在の重要性とその責任の重大さを認識している。
聖女の衣を身にまとったアメリアは、いよいよ聖女の認定の儀に臨むため、礼拝堂へと向かう。
やって来た礼拝堂には、多くの神官と聖女候補たちが集まっている。
この認定の儀式を終わらせてしまうと、みんなともお別れとなる。そのことを思うと、アメリアは少し悲しい気持ちになってしまう。特に、よく一緒にいたクレアたちのことを思うと寂しくてしょうがない。
だが、聖女になると決めた以上は、そのことは分かっていたはずである。改めて、自分の心の弱さというものを実感させられている。
これだけ多くの人が集まる礼拝堂だが、しんと静まり返っており、新たな聖女の誕生を見守る場として、厳かな雰囲気に包まれている。
聖女候補の最前列には、アメリアの次に聖女に近いとされるクレアが陣取っている。そんなクレアの表情は、どこか無理をしているような風にも感じられる。それはまるで、泣くものかという強い意志を感じられる状態だ。
そうした様々な気持ちが渦巻く中、アメリアの聖女認定の儀式が始まった。
大司教による長々とした説教から始まり、アメリアを聖女として認定するという宣言が行われる。
それが終わると、聖女育成の責任者であるフォトニアが出てきて、アメリアの頭に聖女としての装飾として不足していたヴェールをかぶせる。
この一連の流れが終わると、いよいよアメリアは聖女として正式に任命されたことになる。
この瞬間、先程まで静かだった礼拝堂の中に、全員からの拍手の音が響き渡る。
全員からの拍手に応え、アメリアは跪いて祈りを捧げる。すると、礼拝堂全体の中に、光の粒が舞ったではないか。
間違いなく、慈悲の女神マーシエスから愛されているのだろう。そう思える光景だった。
儀式が終わると、聖女候補たちは修行へと戻っていく。
アメリアは大司教やタビラたちと一緒に別室へと移動していく。
「さあ、これがここで食べる最後の食事となります。アメリア、最西国へと行っても、変わらぬ信仰と心を持っていて下さいね」
「はい、お約束いたします」
大司教からの言葉に、アメリアは素直に答えている。
こうして、大神殿における最後の食事を済ませたアメリアは、タビラと一緒に最西国行の馬車に乗り込む。
真冬の時に比べれば街道も通りやすくなったとはいえど、最短でも15日前後はかかる長旅だ。なんとも気の遠くなる旅である。
馬車にはタビラについてきた最西国の騎士たちの護衛がつく。とはいえ、時期が時期だったこともあり、片手で数えられるくらいの少数精鋭である。長旅ともなれば、かなり心もとない人数といったところである。
「それでは、タビラ。アメリアのことを頼みますよ」
「はい、ニシア様の時同様に、聖女の補佐として尽力させていただきます」
大司教が声をかければ、タビラはしっかりと答えている。これまで20年少々、最西国の先代聖女であるニシアを支えてきたのだ。その実績があるからか、タビラはかなり自信ありげである。
アメリアの方も大司教たちと言葉を交わし、いよいよ大神殿を出発する時が来た。
この大神殿までアメリアを連れてやって来たグイードも、とても感慨深そうにアメリアの乗る馬車を見守っている。なんといっても、アメリアを連れてこの大神殿へとやって来たのが、たった一年前のことなのだから。その時のことを、つい昨日のように思い出している。
「行ってしまわれましたね」
「そうですね。ですが、私たちにはアメリアが最西国でうまくやっていけるように祈ることだけです。さぁ、アメリアに続く聖女を、育てあげませんとね」
「はい、そうですね」
馬車がすっかり見えなくなると、大司教たちは気持ちを切り替えていた。自分たちがアメリアにしてやれることは、もう何もないのだから。
いよいよ、アメリアの活動の場所が、大神殿から最西国へと移ることとなった。
これからのアメリアには、一体どのようなことが待ち構えているのであろうか。




