第45話 白と黒の風景
大神殿から遠く離れた、少々暗がりの強い空間が広がる地。
そこでも、真っ白な雪が降り続いている。
白く染まりゆく大地の中に、ひときわ不気味な建物が建っている。見た感じはお城のようだが、雰囲気も相まってお城とは思えない建物だ。
「雪か……。今年もこの季節が来たのだな」
城の中で、一人の男性がその様につぶやいている。よく見ると、頭には角を生やしている。
男性は窓の外を眺めながら、感傷に浸っているようなのだ。
「失礼致します。見回りの兵士からの報告が上がってまいりました」
「ふむ。それはいいのだが、部屋の中に入る前にノックくらいしたらどうなのだ」
部屋の中に、どう見ても人間に見えない人物が入ってくる。その人物を見ながら、角の生えた男性は文句を言っている。
雪を見てセンチメンタルになっているところを邪魔されたのだ。それは嫌な気分になるというものである。
「これは失礼致しました。しかし、一刻も早く報告をしたいと思いましたのでね」
「それは別に構わんのだが、お前は我に対する配慮は一切しないといっていることをまずは知れ。殺されても文句は言えぬのだぞ?」
「こ、この側近である私を殺すというのですか?」
角の生えた男性の言い分に、部屋に入ってきた人物は慌てている。
「当然であろうが。いくら魔族とはいえど、他社の事情には配慮をするものだ。お前は魔王である我に対してそのように振る舞っている。つまり、我に対する忠誠などないと言っているに等しい。そんな奴が忠臣なわけがないだろうが。恥を知れ、愚か者が!」
「はっ、こ、これは失礼致しました」
本気で角の生えた男性に怒られて、部屋に入ってきた人物は完全にたじろいでしまっている。
だが、この角の生えた男性は、今とんでもないことを言ってのけていた。そう、この角の生えた男性こそが、現在の魔王なのである。
聖女となったアメリアたちが、いずれ対峙することになるという魔王なのである。
「次は部屋に入る前に必ずノックをしろ。勝手に入ってきたら本気で殺すからな?」
「しょ、承知致しました」
魔王に本気で叱られた人物は、怯えながら謝罪をしている。
「とりあえず、今日のところは報告内容を聞いて処分を決める。さっさと報告をしろ」
「はっ!」
椅子に腰かけた魔王は、両肘を机につきながら、報告にやってきた人物をじっと睨みつけている。
恐怖と不服が入り混じったような表情を浮かべながら、報告を始めている。
「……ふむ。聖女がまた一人死んだか」
「はい。この間に起きた崩落事故の後処理で、神聖力を使いすぎたことによる過労のようでございます」
「……魔族側からすれば、実に喜ばしい話なのだが、人間はどうして都合のいい人間を酷使したがるのだろうかな。まったく、ブラック企業そのものではないか」
魔王は聖女が死んだという話を聞いて、喜ぶどころかどちらかといえば悲しんでいるように見える。
「なんでございますでしょうか、そのブラッ……なんとかというのは」
「気にするな。こちらの話だ。先程の非礼は咎めないでおこう。我までがその様な立場に身を落とす必要はないからな。下がってよいぞ」
「はっ。では、失礼致します」
報告を終えた部下は、部屋をさっさと出ていってしまう。
よっぽど先程の脅しが効いたらしい。
「しかし、なぜ我はこのような単語を口にしたのだろうな。ブラック企業とは、一体どういう意味なのだ」
とっさに口に出してしまった言葉だが、魔王はその言葉の意味を理解していなかったようだ。ところが、ごまかすのはさすがのようで、報告にやって来た部下もしつこく聞いてくることなく、さっさと退散をしていた。そういう意味では、魔王もほっとしたようである。
その魔王は、部屋の中に転がっている薄い板へと視線を向ける。そこにあった板は、ポーラリア王国が大神殿に解呪を求めてきたあのスマートフォンによく似たものだった。
「そういえば、あの板はなんなのだろうな。我は知らない間に持っていたのだが……」
薄い板が何なのか、魔王は分かっていないようだ。
そのため、不気味がって部下に捨てさせようとしていたのに、どういうわけか結局自分の手元に戻ってきてしまった。
ただし、まとっていた禍々しいまでの呪いの気配はすっかりと消え去っていた。
浄化をされたというのであれば、普通の魔族なら嫌うところであるが、どういうわけか魔王は自分の部屋の中に目立つように置いている。
(浄化されている気配はあるのだが、不思議と我にとっては心地よい感じに思えてしまう。本当によく分からん……)
魔王は難しい顔をしながら、ずっと板を眺めてしまっている。
「ええいっ。それよりも聖女が減ってきたというのなら、次の聖女どもが誕生するまでに、少しでも人間どもダメージを与えておかねばな。我らが魔王一族の悲願である、世界征服のために動かねば」
頭を左右にぶんぶんと振るうと、魔王は人間たちの制圧のために、次なる手を打とうと必死になって頭を捻り始める。
今の自分は魔族を統べる王なのだ。そのためにまずは集中をしなければいけない。
目に触れて邪魔になるのであるならば、見えないように板を箱にしまうことにしたようだ。
「これでよし。次の作戦のために将軍と話でもするとしよう」
何かを振り払うかのように、魔王は自室を出ていった。




