第39話 我が子を案ずるあまり
三日後、約束通り、アメリアは馬車に乗って大神殿へと戻っていった。
王太子は止めようとしたものの、大神殿との仲がこじれることを嫌った国王が、馬車を用意して送らせたのだ。
さすがの王太子も、こうなるとただ見送ることしかできなかった。
だが、王太子はどうしてもアメリアへの未練を断ち切れずにいた。
国王もそのことはよく分かっている。分かってはいるが、相手は聖女候補なのだ。王太子とはいえども、そう簡単に手の出せる相手ではない。
こちらからアプローチして、アメリア自身に断られたのだ。国王は説得のために、王太子と二人で話をすることにした。
「マリオよ」
「はい、父上」
呼び出した王太子は、意外と落ち着いた雰囲気で国王と向かい合っている。
「お前は、そんなにアメリアのことを忘れられないか?」
「はい、もちろんです」
ここではっきりと答えてくるものだから、国王は困った表情を浮かべてしまう。
諦めてくれたのなら、そこで終わりにしようと思ったのだが、困ったことに王太子は未練のことを即時肯定してきたのだ。
「そうか……」
こうもはっきりと肯定されてしまうと、国王もこの後どのように話を続ければいいのか困ってしまう。
分かってはいたものの、自分に似て少々頑固のようだと思う国王なのである。
「お前の気持ちはよく分かった。だがな、今はとにかく我慢してもらうしかない。少なくとも、聖女としての修行が終わるまでの間はな」
「はい、それは分かっております。教会の手厚い庇護下にあるので、手を出せないとのお話でしたよね」
「その通りだ」
王太子から確認された内容を、国王はしっかりと肯定している。
実際にその通りなのだ。聖女候補となれば、修行中の三年間は、神殿が許可を出した場所にしか出向くことができない。今回のように一国のお城に出ていくなど、まずありえないことなのだ。
今回、それが可能になったのは、魔物がもたらした呪具というまがまがしい物品があってこそだった。
呪具はすぐにアメリアの手によってしっかりと浄化されてしまったが、王太子の心はしっかりとアメリアに囚われてしまっている。そういう意味では、呪具はその役目を果たしたともいえる。
そして、その呪具だったものは行方不明になり、約束していた一か月という期間も過ぎたので、アメリアはポーラリア王国の城から去っていった。
今では、王太子の心には、アメリアを失った虚無感のみが残されている状態なのである。
国王は王太子と話をしていて、やはりどこか元気がないようだとひしひしと感じている。気丈には振る舞っているものの、やはり聖女候補であるアメリアに、その心はしっかりと惹きつけられてしまっていた。
そこで、国王はとあることを王太子に吹き込むことにした。
「マリオよ。この話は知っているか?」
「父上、どのようなお話でしょうか」
国王が話し掛けると、王太子は素早い反応を示している。
国王がこれから話す内容というのは、とある聖女とのちに勇者と呼ばれた人物に関する話である。
かつては今と同じように多くの国が存在していた。当時は乱世にあって、人間同士の間でも争いが絶えないような時代だったのだという。
そんな時だった。人間たちの争いに介入するように、魔族たちが攻め込んできたのである。
魔族という連中は、魔王と呼ばれる強力な魔族を担ぎ上げ、人間たちの支配をもくろんだのだ。
そこで、人間たちは争っている場合ではないと、魔族に対抗すべく一致団結をすることとなる。
だが、いくら人員を送り込めど、強力な魔族たちの攻撃に耐えきることなど不可能だった。この戦いでは、それは多くの人間が死に絶えたのだ。
段々と魔族たちに攻め入られ、どんどんと追い詰められていく人間たちだったが、自分たちの居場所を失うものかと必死に抵抗する。
圧倒的な能力差に追い詰められた人間たちは、本当に諦めが悪かった。
そんな中、戦況に変化が訪れる。
なんと、魔族に対して対抗できるだけの力を持った人間が現れたのだ。
その人間は一人ではなく、男性一名、女性一名だった。二人の正体は、世界の国の中でも弱小国家であった王国の王子と、その王国で暮らす女性神官だった。
この二人の活躍により、絶望的だった戦況が一気に好転を始め、ついには魔王と呼ばれた魔族を打ち倒したのだった。
この時の功績により、王子は勇者と、女性神官は聖女と呼ばれるようになったのだ。
「戦いにおける切り札を生み出した国こそが、私たちの住むポーラリア王国なのだ。その時の功績が称えられて建てられた建物こそが、あの大神殿というわけだな。時の女性神官が慈悲の女神マーシエスを信奉していたことで、今では多くの国の国教となったというわけなのだ」
「そのような歴史があったのですね」
国王から聞かされた話を聞いて、王太子はとても驚いている。
「しかし、それがどうしてアメリアとの話になるのですか」
「あの呪具のこともあってな、私はおそらく魔王の再臨が近いと予測している。そこでだ、マリオ。お前が聖女とともに行動する勇者となるのだ。そうすれば、おそらく聖女となるアメリアとともに行動ができるようになる。なにせその時の王子と女性神官は結婚し、現在の王家の礎を築いたのだからな」
「な、なるほど、そういうことなのですね」
国王の話に納得しかない王太子である。
このようなことを吹き込まれた王太子は、少し考えたのちに、強い決意を表す。
「分かりました、父上。僕は勇者となれるように頑張りたく思います」
「そうか。お前ならきっとなれると信じているぞ」
話を終えた王太子は、すぐさま城の訓練場へと向かっていく。
苦し紛れだったとはいえど、国王が話した内容は、ひそかに国に伝わっている話なのだ。本当ならばもう少し待ってから話すつもりだったのだが、あれだけアメリアに執心となれば、話さざるを得なかったようである。
だが、魔王の再臨はあくまでも国王一人の思い込みでしかない。本当に復活するのかは、誰にも分からないことだった。
とはいえ、王太子がふさぎ込むことをどうにか阻止した国王は、ほっとした気持ちで城の中へと戻っていったのだった。




