第37話 そうだ、庭を歩こう
なまじ教会からの監視を振り切ってしまったがために、その日からのアメリアは、先日購入したドレスを着せられるはめになってしまった。
聖女候補としての役割というのはあるのだが、王太子の気持ちを満足させるために、アメリアはやむを得ずにドレスを着こなしている。
元が平民の出とはいえど、12歳の少女であることに加え、王太子の心を射止めて離さないアメリアの美貌からすると、ドレスが似合うというのは当然の帰結なのである。
この時ばかりは、お姫様になった気分になるアメリアだった。
ところがだ。
お城の中というのは、とても落ち着いていられる状況ではなかった。
アメリアが急性魔力欠乏症から回復できた原因の特定だとか、消えてしまった呪具だったものの追跡だとか、とにかく王家のお抱えの医者や魔法使いは大忙しといったところだ。
アメリア自身も、協力できる点においては、全面的に協力をすることにしている。しかし、その証言のひとつに関しては、あんまり詳しく話すことはできない。
というのも、この世界で崇められている慈悲の女神であるマーシエスと会話している。
さすがにこの世界の宗教の神であるマーシエスと直々に言葉を交わしているというのは、とてもじゃないが話すこははできないというわけだ。
それこそ、即座に聖女認定をされてややこしいことになるはずである。
ということから、協力するとは言ったものの、まったく何も話せないことになってしまうアメリアなのである。
お城に再びやって来たアメリアは、まだ本調子に戻っていないということもあり、引き続き、先日まで滞在していた客間でゆっくりと休んでいる。
三日間も意識不明の状態になっていたのだから、これは当然の結果なのだ。
ただ、アメリアはもう、歩いて自由に歩き回れるほどに回復してしまっている。それでも、経過観察の状況下にあるので、部屋の中に安静にするように言われてしまうのだ。
部屋の中で徘徊するアメリアは、やはりスマートフォンが置かれていた机の上が気になってしまう。
魔力を巡らせてみる限り、もうそこには何の痕跡も残っていない。スマートフォンを取り巻いていた邪気は、すでに完全に消滅してしまっているのだ。なので、現在のアメリアは、約束の期日までただ城に居座っているだけとなっている。
そういう状況にあるからこそ、王太子と王都に出かけた時に購入したドレスを着せられているといわけだった。
部屋で退屈しているアメリアのところに、王太子がひょっこりと顔を出す。
「アメリア、調子はどうですか?」
侍従を伴って、王太子はアメリアのいる客間へとやって来た。
「すこぶる問題ございませんよ」
アメリアはにっこりと笑顔を浮かべて答えている。
どうやら今日のアメリアは、王太子からの誘いを断るつもりはないらしい。
急性魔力欠乏症で倒れている間のお詫びとお礼をしなければならないからだ。
ちょっとこれまでと違った雰囲気をまとっているアメリアのことに気がついた王太子は、ダメもとでアメリアを誘うことにする。
「アメリア」
「なんでございましょうか、殿下」
王太子が呼び掛ければ、アメリアは何用かと不思議そうに王太子の顔を見つめている。
「どうでしょうか。これから僕と一緒に、お城の庭園でも見物をしませんでしょうか」
どうやら、お城の中でのデートのお誘いのようである。
先日の一件は、お城を出てしまったがゆえにハプニングに見舞われた。
そんなわけで、王太子はその点を反省し、安心安全であろうお城の中を、アメリアに対して見せつけることにしたようだった。
どうせ部屋にいてもまったくもって暇なアメリアは、王太子の誘いを受けて、お城にある、基本的には王族しか入ることのできない庭園へと向かうことになった。
外の天気がいいということもあって、アメリアは王族しか立ち入れない庭園へとやって来ている。
庭園に入るなり漂ってくる花の香りに、アメリアは思わずうっとりしてしまいそうになっている。
「どうですか、アメリア。王家が誇る庭園は」
「ええ、なかなか素晴らしい場所だと存じます。なんとも心が落ち着きそうで、しばらくはずっと花をめでていたいですね」
王太子の質問に、アメリアは迷いなく答えている。こんな風に言うあたり、アメリアはこの庭園のことをかなり気に入っているということだ。
王太子もそこまでは読み取れないものの、嬉しそうなアメリアの姿に、かなり満足しているようである。
(思い切って庭園の散策に誘ってよかったです。これで、少しは彼女の気を紛らわせることができればいいのですが)
どうやら王太子は、ここ数日間のできごとのせいで、アメリアが落ち込んでしまっていないか気にかけているらしい。当のアメリアはそこまで気にしていないものの、周囲にはそのように思われているようなのだ。
そんなわけで、王太子はアメリアの気の済むまで、ずっと庭園の中を歩いてあれこれと話をしている。
アメリアはそんな王太子の心情を悟っているようで、気遣って気を紛らわせようとしている王太子の話す内容に、逐一何度となく首を縦に振っている。
そのかいあって、この日一日は、とても穏やかに過ぎていく。
ただ、昼には誘った庭園の散策で、日が暮れるまで時間を潰すことになるとは思っていなかったようだ。
「申し訳ありません。まさかこんな時間になってしまうとは」
「いいえ。部屋に閉じこもっているのもよろしくないですからね。本日はありがとうございました」
申し訳ない王太子に対し、アメリアは屈託のない笑顔を見せている。
精一杯の王太子の気持ちを受け取ったアメリアは、すっかり明るさを取り戻しているのだった。




