第36話 心配な王太子
アメリアが去ってしまい、その瞬間から王太子はすっかりと黄昏てしまっていた。どうやら、王太子はアメリアに対してただならぬ感情を抱いていたようなのだ。
「どうした、マリオ。今日はお前の好物だというのに、まったく手が付けられていないではないか」
「ああ、そうでしたか」
食事の席で国王が声をかけるも、王太子はまったくといっていいほど元気がない。
なんともぼーっとした様子で国王の言葉に反応している。
「申し訳ありません。食欲がないので、僕は部屋に戻ります」
王太子は席を立って食堂から出ていってしまう。
その時の覇気のなさといったら、国王たちも目を丸めてしまうほどだ。相当にアメリアが城から去ってしまったことにショックを受けているようである。
「陛下、マリオはもしかして、あの聖女候補に対して恋心を抱いていたのかもしれませんね」
様子を見ていた王妃は、国王にそのように話している。さすがは母親というか、我が子の心の状態に敏感なようである。
「そうなのか? ……いや、アメリアと一緒に城の外へ出かけていった際には、それは楽しそうにしていたな」
「それだけではありませんよ。あのアメリアという聖女候補が急性魔力欠乏症で倒れた時には、焦燥しきった顔で助ける方法を必死に探していましたもの。普段のあの子からはとても考えられないくらいに」
「ふぅむ……」
国王の思い当たる節と、王妃からの証言を元に考えると、王太子はアメリアに対して、間違いなく特別な感情を抱いていたのは間違いないようだ。
だが、国王は食事の手を止めて腕を組んで悩み始めてしまった。
「それが事実ならば、すぐにでも婚約者候補として迎えてやりたいものだが、いかんせん、相手は聖女候補だ。一国の勝手な行動で連れ出すわけにはいかぬだろう」
「そうですよね。それに、我が国は大神殿を抱えている国ですので、聖女を置くことができませんからね」
王太子の気持ちを考えると、すぐにでも行動してやりたい両親だが、周辺諸国どころか、世界中を敵に回しかねないために、さすがに行動をすぐに起こすわけにはいかないようである。
「いや、まだ聖女候補という点を利用すれば、あるいは……」
ところが、国王が何かに気が付いたようだ。
そう、聖女でなければよいということだ。
幸い、アメリアはまだ聖女候補であり、正式な聖女ではない。そして、大神殿のある場所は自国ポーラリアの国土内にある。
大神殿の中は王族の権力が及ばない場所とはいえど、もしやと考えたようなのだ。
「よし、すぐに大神殿へと向かう馬車を追いさせよう。すぐに私が筆を執る」
自分の息子のためだと、国王はものすごく行動が早かった。食堂にいるというのに、紙とペンを持ってこさせた国王。すぐさまアメリアに同行しているグイードと大神殿向けた手紙を認め始めた。
さっさと書き終えると、早馬に持たせてすぐにグイードたちを追いかけさせた。
「やれやれ、我が息子にも困ったものだ」
「本当でございますね。ただ、本人が申しておりませんのに、私たちの憶測だけで動いてよかったのでしょうかね」
「やむを得まい。それにあのアメリアという聖女候補は、すでに聖女と認定できる域にいるらしいからな」
王妃がちょっと心配そうにするものの、国王は大丈夫だという判断をしているようだ。
とはいえ、国王らしからぬ判断をしたとは思ってもいるらしい。
なにせ、これが原因で大神殿との関係がこじれかねないからだ。
それでも、息子のために何かをしてあげたいと考えるのは、親というものなのだ。
「何かあった時は、私が責任を取る。あの状態は、私たちがどうこう言ってどうにかなるような状態ではないのだ」
「そうですね。もうちょっと踏ん切りがつくようにしてあげませんとね」
「だな。マリオがここまでショックを受けるとは思ってもみなかったし、もう少し気を配っておれば、引き留められたやもしれんな……」
だが、後悔してももう影響が出てしまったあとだ。
国王たちにできることは、アメリアがこちらへと引き返してくれることを祈るだけである。
勝手なことは分かっている。危険な目に遭わせたことも事実だ。それでも息子のためになんとかしてやりたい、それが親の心情というものだった。
その翌日の夕方ことだった。
昨日出発させた早馬が戻ってきた。あまりにも早い帰還に、国王たちは驚かされる。
だが、それ以上に驚かされたのは、早馬の騎士とともに乗っている少女の存在だった。
そう、なんとアメリアが説得に応じて、戻ってきてくれたのだ。
「おや、一緒にいた神官はどうしたのだ」
「王命に与り、戻ってまいりました。グイード様は私が説得して、報告のために戻っていただきました。なので、私一人でございます」
質問に対するアメリアの答えに、国王は驚かされた。
なんと一国の王の要請に、大神殿の神官が聖女見習いの言葉があったとはいえど、応じてくれたのである。
これはなんともありがたいことだと、国王は大神殿の方向を向いて頭を下げている。
「浄化した呪具はなくなりましたが、呪具の残滓がどこにもないとも限りません。なので、残り十日少々、お世話になります」
アメリアはそういって、笑顔を見せていた。
これで王太子のことは大丈夫だろう。ほっと胸を撫で下ろす国王なのであった。




