第35話 いる理由がない
浄化して置かれていたはずのスマートフォン。それが忽然と影も形もなくなってしまった。このことには城の中は大騒ぎである。
聖女候補とはいえども、重要な客人として迎え入れたアメリアの部屋での盗難とあって、それはもう大騒ぎだった。
部屋に入ったことのある人物たちは全員取り調べとなったのだが、スマートフォンの置いてあるスペースに近付いた者は誰一人としていなかった。
そこで、もう一度スマートフォンの置いてあった場所を見てみることにする。
やはり跡形もなく消えてしまっている。その辺りに落ちている様子もない。まったくどういうことなのか、その場にいる誰もが首を捻っている。
「あれっ、何か落ちていますね」
テーブルの奥の方の床に、何かが落ちていることに気が付いたアメリアは、ぐっと手を伸ばして落ちているものを拾い上げる。三日間も寝込んでいたのに、意外としっかりと動けているようだ。
「紙切れ、ですかね」
拾い上げたのは、小さくたたまれた紙だった。
怪しみながらも、アメリアは紙を開いていく。そこには何か文字が書いてあった。
「『ここにあった板は返してもらった』と、書いてありますね」
広げた紙には、確かにそう書いてあった。
持ち主のところに戻ったのならしょうがないと思うアメリアだったが、それ以外の人たちはそうは思わなかった。
その理由が、あのスマートフォンが魔物が落とした呪具であることである。
せっかく浄化したというのに、呪具の持ち主へと戻ったということは、再び呪具として扱われる可能性が高いのだ。そうなれば、どんな災いを引き起こすことになるのか。それを思えば、アメリアのように悠長に考えられるわけがないのだ。
「そ、それはその通りでございますね。考えが至りませんでした」
気付かされたアメリアはすぐに謝罪をしている。自分の非をすぐに認めた謝罪できるとは、さすがは聖女候補なだけはある。
「奪われてしまったのは僕たちにも責任があります。楽観視していることだけを責められるわけがありません。なので、謝らなくてもいいですよ、アメリア」
「殿下……」
王太子に許されたこともあってか、アメリアは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
なんだかいい雰囲気になりかけているところではあるのだが、そこにグイードが雰囲気をぶち壊す言葉を投げ込む。
「しかし、あの呪具がなくなったとなれば、アメリアが城に滞在する理由がありませんね。すぐにでも神殿へと戻り、次なる時に備えて修行を再開しませんと」
なんとも仕事人間ないいっぷりである。これには王太子は思わず慌ててしまっている。
「あ、あれだけ浄化をする力を持ったアメリアに、まだ修業をさせるつもりなのですか?」
「そうでございます。聖女候補は通常三年間の修行を経て、一部が聖女と認定されます。ですが、アメリアは強力すぎる神聖力を持つので、期間を短縮して修行に臨んでおられます」
王太子の言葉を受けて、グイードは淡々と説明をしている。
「だったら、もう修行は必要ないのではないですか?」
「いいえ」
王太子が食い下がるも、グイードに一蹴されてしまう。
「どうしてですか」
「アメリアがそれを望んだからです」
「なんだって?!」
理由を尋ねた王太子に、グイードはズドンとズバリな回答をしている。
そう、アメリアが今すぐ聖女になるのは勘弁してもらいたいと訴えたのだ。それで、期間を短縮するという妥協を行い、修行を続けることとなったのだ。
このことを聞いた王太子は、アメリアへと確認しようとしてすぐさま顔を向ける。しっかりと顔を向けられて、アメリアは驚いた表情を浮かべるも、その通りだと首を縦に振った。
アメリアの肯定があれば、さすがの王太子もあきらめざるを得なかった。
「分かりました。それでは、アメリアの神殿への帰還を認めます」
「ありがとうございます、王太子殿下」
じっと黙って耐える王太子を見ながら、アメリアはグイードに連れられて、自分の使っている客間から連れ出されてしまった。
その後、国王からの正式な承認を得て、アメリアは城を去って神殿へと戻っていくこととなった。
翌日、アメリアが神殿に帰るために城を出発する。
そのために城の門のところにやって来たのだが、思った以上に見送りの人物がやって来ていた。
ほとんど部屋からは出ていないのだが、アメリアの姿を見たことのある使用人たちから話が広がり、最も聖女に近い聖女候補の姿を見ようとして集まってきたのだ。
そのあまりにも見送りの人物の多さに、アメリアはとにかくびっくりしている。
「それでは、短い間でしたが、大変お世話になりました」
「いや、こちらとしては大したこともできず、本当に悪かったと思っておるよ」
アメリアの頭を下げると、国王はそのように返しながら、王太子にも挨拶をするように促している。ところが、王太子はまったく微動だにしなかった。どこかで気持ちが整理できていないのだろう。
難しい表情を浮かべている王太子の姿に、アメリアはちょっと心配をしてしまう。
「修行が終わった際には、また城に遊びに来てくれ。いつでも歓迎するぞ」
「それはご期待に添えかねますね。配属先は神託によって決まります。望んだからとは申しまして、必ずしもそうなるは限らないのですよ」
国王の希望も簡単に砕くグイード。上位神官とはいえども、なかなかに怖いもの知らずである。
こうして無事に挨拶を終えたアメリアは、グイードとともに城を去り、大神殿へと戻っていったのだった。




