第34話 真夜中の異変
医者が峠と告げた真夜中のこと、アメリアのところにひとつの影が現れる。
すべての光が落ちた真っ暗な空間では、それが誰だかわからない。
部屋の中には王太子とモネがいるのだが、完全に眠ってしまっており、誰もその人物に気が付くことはなかった。
(なにやら胸騒ぎがすると思ってこんなところにやって来たのだが、どう見てもこやつはマーシエスの加護を受けた人間ではないか)
死んだように眠っているアメリアの顔を見ながら、その人物は冷静にアメリアのことを見つめているようだ。
(マーシエスの加護を持つ人間など、将来の脅威にしかならない。だが、こやつはどういうわけか、殺す気にはなれんな……)
その人物は自分の中にあるふたつの気持ちに戸惑いを覚えているようだ。
(それにしても、急性魔力欠乏症か。妙な状態に陥っているものだな。こやつの本来の魔力からすれば、そうそう陥ることのない状態だろうが。……ちょっと興味があるな)
男性と思われるその人物は、懐から何かを取り出す。その瞬間、アメリアの体から、不思議な反応が起きている。
その状況に気が付いた人物は、思わずぎょっとした顔をしてしまう。
(こやつ、まさかこの状態から生命力を魔力に転換させようとしているのか?)
思ってもみなかったことが起きており、その人物は慌ててしまっている。
(魔族ならまだしも、人間がそれをしては、寿命を大幅に削ってしまうぞ)
人影は取り出したものを素早くアメリアの口に含ませる。
それと同時に、アメリアの体から発生していた魔力の緊張がふっと和らいだ。
(人間のくせに面白いことをしようとしていたものだ。なるほどな、俺にこれを見せるために、胸騒ぎが起きたというわけか)
人影は次第に状況が落ち着いていくアメリアを見て、なぜか安心しているようだった。
(面白いことを見せてくれたお礼だ。今日は何もせず、このまま戻るとしよう。お前とは、またいずれ会える気がするからな)
人影は最後にアメリアの髪をそっと撫でると、そのまま姿を消してしまった。
そして、辺りは再び静寂に包まれた。
夜が明ける。
「う……ん……」
王太子が目を覚ます。
目をこすりながら、周りの状況を確認する。
窓の外はすっかり明るくなっており、王太子は眠ってしまっていたことを自覚したようである。
「はっ、もう朝になってしまっています。アメリアは無事なのですか?」
状況を把握した王太子が体を起こして慌てている。混乱しているためか、寝ぼけていた先程以上に状況を把握できないでいるようだ。
「王太子殿下、おはようございます」
慌てふためく王太子に対し、優しげな声がかけられる。その声を聞いた瞬間、王太子の動きがぴたりと止まる。
聞こえてきた声は、もう再び聞くことはないと思っていた声だからだ。
「アメリア、目が覚めたのか?!」
「はい、もう大丈夫ですよ。死の淵から、帰ってまいりました」
王太子の問い掛けに、アメリアはにっこりと微笑みながら、なぜかそんな恐ろしいことを口走っている。どうやら当人は、死にかけた自覚があるようなのだ。
「まったく、この三日間、私たちがどれほど心配したと思っているのですか! とにかく、無事でよかった……」
三日間も眠っていたと聞いて、さすがのアメリアも驚いている。少しばかり寝ていた自覚はあるのだが、まさか三日間とは思ってもいなかったようだ。
しばらくすると、アメリアが目を覚ましたことを聞いて、国王とグイードがやって来る。
無事に目を覚ましたことを安堵しているようだったが、その時にあまりの形相でいろいろと聞いてくるものだから、アメリアは困惑してしまう。
どうにか間にモネが入ることでひとまず落ち着いたようだったが、あとでゆっくり話を聞かせてくれるように頼まれてしまった。
アメリアは勢いのせいで了承したようだが、病み上がりの人物に対してあまりにもしつこかった。なので、モネの報告で騒ぎを聞きつけた王妃が、国王を引き取りにやってきた。
王妃の方もアメリアのことは気にかけていたようだが、国王たちとは違ってもうしばらく安静にしているようにと注意だけして去っていった。
「ははっ、私はまだただの聖女候補だといいますのに、みなさん、かなり大げさに反応しますね」
「それはそうですよ。現状もっとも聖女に近いと言われていらっしゃるアメリアさんが死にかけたのですよ? 騒がない方がおかしいというものです」
「そうなのですね」
モネの話を聞いて、何かむずがゆく感じるアメリアである。
「そういえば、あのスマ……板はどうなっていますでしょうか。三日間も様子を見ることができなかったのです。気になってしまいますね」
「あっ、そういえばそういうのがありましたね。分かりました。お手伝いいたします」
スマートフォンのことを思い出したアメリアは、モネに手伝ってもらって、ベッドから立ち上がる。三日間も眠っていたので、体がすぐには動かないのだ。しょうのない話である。
モネの肩を借りながら、部屋の片隅に置かれているはずのスマートフォンのところへとやって来たアメリア。
そこへ視線を向けた時、アメリアは驚きの光景を目撃する。
「あ、ありません! なくなっています」
そう、机の上に放置されていたはずのスマートフォンが、なくなってしまっていたのだった。




