第32話 狭間に迷いて
意識を失ったアメリアは、不思議な空間に立っていた。そこは、とても見覚えのある場所だった。
「アメリア、またここに来てしまいましたね」
「マーシエス様? ということは、ここは死後の世界ですかね」
少し咎めるような雰囲気があったので、アメリアは何かを察してしまう。
それは、この世界に転生する時のことだ。
あの時も、事故で死んだアメリアは、この不思議な空間に飛ばされていた。
マーシエスから干渉してくる時とはまったく違う、どことなく無機質で歪んだような空間。それが今ある世界、死後の世界だった。
「正確にいうと、まだあなたは死んではいません。前世での死の瞬間が蘇ったことで、あなたは大それた魔法を使ってしまいました。それによって一時的に危険な状態に陥っているのですよ」
「それって、私は大丈夫なのですか?!」
マーシエスが心配そうにいうものだから、アメリアは思わず大声を出してしまう。これはおそらく、転生してから初めてではないだろうか。つまり、それだけ驚くことというわけなのだ。死にかけているだから当然である。
マーシエスが把握する限りは、現在はお城の中で治療が行われているとのこと。
とはいえ、失われた魔力の回復を促進するための治療程度しかできない。
下された病名は、『急性魔力欠乏症』というもの。文字通り、急激に魔力を消耗するなどして、魔力がほぼ空になってしまった状態のことを指す。
この世界では、魔力の枯渇はそのまま死に直結する危険な状態。だからこそ、王太子は懸命な治療を施そうとしているのだ。
「王太子殿下に、そんな心配をおかけしているなんて……」
アメリアは、両手で口を押さえたかと思うと、マーシエスの方へと慌てて視線を向ける。口から手をどかすと、すぐさま訴え始める。
「マーシエス様。どうか私をすぐに元の場所へと送り返してください。お願いします」
深く頭を下げて嘆願するも、マーシエスの表情は厳しい。
「……いいえ。ここは私がどうこうすることもできない状況です。目を覚ます可能性があるとしたら、それは……」
マーシエスはアメリアへとちらりと視線を向ける。
「私?」
視線に気がついたアメリアは驚いている。
「ええ、すべてはあなた次第です。私は導くことはすれど、そこまで手を貸すということはできません。過剰な干渉は、人間にとってよくないことですからね」
「そ、そうですか……」
マーシエスの言葉を聞いて、アメリアはなんとなくながら理解する。
しかし、このままではいけないので、アメリアはどうにか対象方法を考える。
その中でアメリアは何かの方法を思いつく。
「そっか、そうすればいいのですよ」
「アメリア、何をするつもりですか」
アメリアの覚悟した表情を見て、マーシエスはかなり慌てた様子を見せている。
「体力の方があるのなら、寿命をちょっと削って魔力に変換すればいいのです。恋人と再会できるだけの余裕があればいいのですから、多少縮まろうとも構いません!」
そう、アメリアが思いついたのは、生命力を魔力に転換する方法だった。
どちらかが枯渇して死ぬというのなら、一方で枯渇しそうなもう一方を補うという、なんとも禁忌じみた方法を思いついたのだ。
「やめなさい。真の聖女であるあなたが取る方法ではありません!」
マーシエスは必死に止めている。
慈悲の女神が必死に止めようとするあたり、この方法は間違いなく正当な方法ではないのだろう。
だが、このまま魔力切れで死ぬくらいならば、この程度のことなど些事。アメリアの覚悟は決まっていた。
「恋人がこの世界にいると仰ったのはマーシエス様ではないですか。それが果たせぬまま、死ねるわけがないのです」
アメリアは自分の胸に手を当てて、魔力ではなく、生命力を魔力の流れに乗せていく。
この方法、どこで教わったというわけでもない。だというのに、アメリアは一発で見事実行に移している。それだけ、前世の恋人に会いたいのだ。
この世界のどこにいるともわからない相手だが、それがアメリアがこの世界で生きるすべてなのである。それを叶えるためならば、多少の禁忌など、今のアメリアにとっては些事なのだ。
その瞬間、マーシエスは現実の方に目を向ける。
覗き込んだ先では、ベッドに横たわる現実のアメリアの手を握って、必死に祈る王太子の姿がある。
その様子を眺めていたマーシエスの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
なんと、現実のアメリアの体に動きが見えたのだ。同時に、こちらにいるアメリアの姿が、少しずつぼやけ始めた。
「そんな……。このようなことが本当に……」
慈悲の女神マーシエスからしても、それは信じられない光景だった。
一度死にかけた人物が蘇るなと、そう起こることではないのだから。
不可能を可能にする。聖女というのは、なんとも恐ろしい存在なのである。
「本当に、あなたは不思議な方ですね。やはり、転生させようと思った私の判断は間違いありませんでした」
「ええ、そうでしょう。ですが、私はきちんとマーシエス様の使いとしても働くつもりでおります。どうか、これからもお見守りください」
「もちろんですよ。では、お戻りなさい」
マーシエスのこの言葉を最後に、アメリアは狭間の世界から完全に姿を消してしまうのだった。
はたしてアメリアは本当に無事に戻れたのだろうか。




