第29話 王都を見に行こう
王都に滞在して七日目。アメリアはお城の門にいた。
それというのも、昨日の夕食の際に、王都に出かけてみないかといわれたのだ。王都を歩いてみたかったアメリアは、その申し出を二つ返事で受け入れていた。
そして、門にやって来たアメリアだったのだが……。
「王太子殿下とご一緒ですか」
「僕では不満ですかね」
そう、王太子と一緒なのである。
これは当然ともいえる結果である。
アメリアは聖女候補とはいえど、大切な国の客人なのである。なので、誰かがついて行かなければならない。そこで、年の近い王太子が同行することになったのである。もちろん、護衛も数名一緒について行く。
「自由に見られると思っておりましたのに、ちょっと残念ですね」
「仕方ありませんよ。初めての王都で迷子になられては困りますからね。案内役が僕では不安ですか?」
困ったような顔をしてお願いをしてくる王太子。さすがにアメリアは、聖女候補として反応に困るというものだ。
結局、王太子が同行するという形で、アメリアは二人で王都をめぐることになる。
ただし、当然ながら二人とも普段の姿のまま出ていくわけにはいかない。しっかりと変装している。
アメリアの修道者の服装も、王太子も広く庶民にまで知られている。なので、二人ともそこそこの貴族の服装を身にまとっている。王太子はさらに髪型や髪色を変えたり、眼鏡のようなものをかけたりと分からないようにしている。
「さぁ、行きましょうか、アメリア」
「はい、王太子殿下」
「ダメですよ、アメリア。今日だけは、僕のことはお兄様と呼んでください」
「し、失礼致しました。お、お兄様」
「うん、それでよし。今日だけは僕たちは兄妹という設定だから、忘れないでね」
お兄様と呼ばれた王太子は、とても満足そうに笑っている。
その無邪気な笑顔に、アメリアはどことなく安心したようだ。
(って、何を安心してるんですか、私は。……でも、こうやって見ていると、王太子殿下って、前世の恋人とどこか重なりますね)
一瞬、王太子になびきかけた心を律し、アメリはひとまず気を引き締め直す。
こうして、アメリアは王都へと繰り出すこととなった。
お城を出発した馬車は、ゆっくりと中央の上流階級の区画を通り過ぎていく。住民はほとんど貴族なので、貴族外といっても差し支えないのだが、貴族だけが住んでいるわけではないので上級階級地区と呼ばれている。
「今日、僕たち見て回る場所は、平民街です。父上や母上とは、何度か出歩いたことがありますので、ある程度のことは知っています。分からないことがあれば、聞いて下さいね」
「よ、よろしいのでしょうか。兄妹という設定ならば、私も知らなければおかしく思われるのでは」
王太子から説明を受けたアメリアは、思わずそんな質問を返してしまう。だが、王太子は笑顔をアメリアに向けている。
「問題ないですよ。貴族令嬢の多くは、意外と屋敷の外には出ていきません。出ていったとしても、自然の多い場所に向かいますので、街中という場所に疎いことが多いのですよ」
「そ、そうなのですね。王太子殿下、教えていただき、ありがとう存じます」
王太子に向けて頭を下げるアメリアだが、王太子はアメリアを注意する。
「もう設定を忘れたのですか。僕のことは、お兄様でしょう?」
「あっ……」
言われた設定のことを指摘されて、アメリアは少し恥ずかしがっている。どうもお芝居というのは苦手のようだ。これも聖職者として真面目に生きてきたからなのかもしれない。
こんな調子で大丈夫なのだろうかと、アメリアは少々ばかり不安になってきたようだ。
「大丈夫ですよ、僕がうまくリードしますから」
「よ、よろしくお願い致します、お……お兄様」
「はい、よくできました」
王太子が自信たっぷりに任せろと言っているそばから、アメリアはまたやらかしそうになっていた。
(ふぅ、前世でもよく真面目だとか馬鹿正直だとか言われましたからね。いけませんね、本当に演技には向いていませんよ、私は)
こんな少々微笑ましいやり取りが行われている間に、馬車はいよいよ平民街に到着する。
ポーラリア王国の王都は八角形。周囲を大きな壁が建っているその北部の中央辺りに、周囲を水を湛えた状態でお城が建っている。
アメリアたちが今やって来たのは、その八角形になっている王都のほぼ中央に位置する噴水広場。この辺りには、王都の主要な施設が建ち並んでいる。
その一画には、馬車を停めておくスペースがあり、アメリアたちが乗ってきた紋章のない質素な馬車もそこへとやって来る。
到着すると、護衛が扉を開き、王太子がまず降りる。
「さっ、お手をどうぞ、アメリア」
「あ、ありがとうございます、お、お兄様……」
まだ王太子のことを兄と呼ぶのは恥ずかしいらしく、アメリアはまたすんなりとは呼ばないようだ。
そのアメリアの様子を見て、王太子はおかしそうに笑っている。
王太子に手を引かれ、無事に馬車から降りたアメリア。
これからいよいよ、王都の散策が始まるとあって、その胸の内は高鳴っているのだった。




