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次の日、仕事をしていても昨日のLavidaの彼の事を考えていた。
「………ちょう。副社長?……遼太郎様!!」
目の前から聞こえた大きな声に、思わず肩を少し跳ねさせた。
顔を上げると、黒井がこちらを訝しげな顔で見ていた。
「何回も呼んでいるのですが、体調でも優れないのですか?」
「いや、大丈夫だ。すまない。」
少しばかり上の空だったかもしれない。
「昨日の記事の件ですが、先程、弁護士から連絡があり、今日中にも抗議文を双方に送付できるとの事でした。」
記事の事など、昨日のLavidaでの件で頭から抜け始めていた。
「ああ、分かった。引き続き頼む。」
「分かりました。」
仕事に集中しなければならないが、あの顔がチラつく。
気持ちを切り替えるように息を吐き出し、書類に目を通し始めた。
十三時になり、昼食を外でとろうと一階に降りたら、ロビーの受付場所が少し騒がしい。
近づいて行くと、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「お願いです。副社長に会わせてください!」
「ですので、事前に約束がなければお会いする事はできません。」
「そこを何とかお願いします!会えるかどうか聞いてみてくれるだけでも良いんです。じゃないと僕、お店に戻れないんです!お願いします。」
「そう、言われましても…。」
受付の女性社員が、心底困ったという声を出していた。
その人物を見ていると、向こうもこちらに気づき目が合った。そして、いかにもアッと声を漏らしそうな表情をした。
栗色の髪に白い肌。ずっと、頭にチラついていたLavidaの店員。宇崎と呼ばれた青年がそこに居た。
彼に近付き声をかける。
「ここで何をしてる?」
さっき、副社長と言っていたから自分に用事があるのだろう。
「突然来てすみません。昨日の事でお話がしたくて…。お時間ありますか?」
昨日は、あんなに真っ向から立ち向かってきたのに、今は何だかしおらしく感じる。
「時間ならある。別な場所で話そう。」
「あ…ありがとうございます!」
胸に手を当て、ホッとしたように綻んだ顔を見せてくれた。その表情を見て、胸の奥をくすぐられるような気持ちになった。
それは、受付の女性社員も同じようで微笑みながら彼を見ていた。
副社長室で話すことになり、また上の階に戻ることになった。
部屋の近くの廊下で黒井に会ったので、飲み物を持ってくるように頼んだら、後ろに居る彼に驚いていた。
自分も最初、ロビーにいた時は驚いた。
黒井はからかい混じりに「いじめたら駄目ですよ?」と自分に囁き、彼の横を通るときには、何故か頭をポンと撫でてから歩いて行った。
「…知り合いだったのか?」
「いえ、昨日初めてお会いしました。」
撫でられた頭を手で押さえ不思議そうにしていた。何故、撫でた?
部屋に入ると来客用のソファーに彼を座らせ、自分は向かいにあるもう一つのソファーに座った。
「それで、話とは?」
話を切り出すとガバッと立ち上がり、そのままの勢いで頭を下げた。下げた勢いで栗色の髪がサラリと揺れた。
「昨日は立場を弁えず出過ぎた発言をしていまいました。お召し物も弁償させて頂きます。本当に申し訳ございませんでした。」
さらに深く頭を下げる。
「頭を上げて欲しい。」
立ち上がり彼の肩に手を添える。
頭を上げた彼の顔を見ながら答える。
「君に言われた通りだ。昨日は、虫の居所が悪くて八つ当たりしてしまった。」
―鬱憤を晴らしているようにしか見えません。
そう言われて、激昂したのは図星だったからだ。
「だから、君が謝る必要はない。もちろん、弁償だって必要ない。謝るべきはこちらの方だ。君と、もう一人の彼にも申し訳ない事をした。すまなかった。」
そう言って頭を下げる。
父親から、御蔵の人間が簡単に頭を下げるなと言われてきた。
でも、今はそんな事どうでもいい。
彼の前では素直な自分でいたい。
「御蔵様、頭を上げて下さい!謝らないで下さい!」
そう言われて頭を上げると、眉を下げ困った顔でこちらを見ていた。
「君は、昨日の自分自身の行動が間違っていると思ったのか?」
「そ、それは…。」
「俺は、責任ある立場の人間が社員を守ったのは正しいと思ったんだが、間違っているか?」
「いえ、間違っていません!」
力強い目。
昨日はあんなに見ていたくないと思っていたが、今はずっと見ていたい。
「それじゃあ、この話はもう終わりだ。」
「分かりました。」
渋々納得しましたという顔をしている。
見ていて飽きないな。
「あ!あの、これ良かったら召し上がってください。」
そう言って、紙袋を渡してきた。
「お口に合うか分かりませんが、ここのお店の味噌まんじゅう美味しいんです。僕のオススメです。」
味噌まんじゅう…渋いチョイスだな。
「ありがたく頂くよ。」
コンコンっとドアが鳴り、入ってきたのは黒井だった。
「失礼します。お茶をお持ちしました。」
テーブルにお茶を出し、黒井の視線が紙袋で止まっていた。
「そこのお店の味噌まんじゅう、美味しいですよね。」
「食べた事あるんですか!?」
「はい。よく買いに行くんです。」
にこやかな顔で答えている。
彼を見るその目線が甘いのは気のせいだろうか?
少しばかり味噌まんじゅうの話をして、黒井は退出した。
「ところで、さっきお店に戻れないとか言っていたが、どうして戻れないんだ?」
「その…、店長から、御蔵様を怒らせたのはお前のせいだって言われまして、直接会って謝罪するまでお店に戻ってくるなと言われました。」
あの人…よく店長に就けたな。
「じゃあ、お店に戻れるな。」
「はい!」
湯呑みを両手で持ってニコニコとしていたが、何かに気付くと慌てだした。
「すみません。今は仕事の休憩中でして、もう戻らないと行けません。なので、失礼させて頂きます。」
時計を見て慌てたのだろう。
「下まで送ろう。」
「あの、ここで大丈夫です!」
「一階まで行けるか?迷わないか?」
「……お願いします。」
顔を少し赤くさせ、恥ずかしそうにしてる姿に思わず笑ってしまった。
出口まで送ると、何回もペコペコと頭を下げながら帰って行った。
あの後、昼食をとって部屋に戻り仕事をしていたら、黒井が入ってきた。
確認して欲しい書類があると持ってきたので、書類に目を通していると、黒井に対し疑問に思った事を思い出したので、聞いてみた。
「さっき、何で彼の頭を撫でたんだ?」
「あぁ…。あれは、緊張した顔をしていたので和らげてあげようと思いまして。」
「知り合いでもないのにか?」
「何だか小動物を見ているみたいで、撫でてあげたくなりました。」
小動物か、分からなくもない。
「可愛らしい方でしたね。」
眼鏡の奥の目を細めながらフフッと笑みをこぼした。
黒井は明らかに彼に対して、好感を持っている。
そして、自分はそれを面白くないと思っている。
自分に色々な表情を見せて欲しい。
彼の事をもっと知りたい。
今まで、誰かに対してこんな風に思った事はない。
彼と出会ってから、俺の中で何かが変わり始めているのかもしれない。




