表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/33

■8-1 キリル編:雷鳴の生徒会長は、努力を隠せない

共有タブレットに通知が来ていた。


【姉:今日キリル】

【姉:雷鳴杯】

【姉:決闘ランキング一位】

【姉:生徒会長】

【姉:双短剣】

【姉:青雷】

【姉:勝ち気】

【姉:負けず嫌い】

【姉:よろしく】


俺はソファに座り、タブレットを開いた。

画面には、青い雷と双短剣のアイコンが表示されている。


【期間限定イベント】

雷鳴杯決闘祭と青雷必殺の夜

対象プリンス:キリル・ラピス


キリル・ラピス。


魔導学園生徒会長。

決闘ランキング一位。


金に近い明るい髪。

勝ち気な青い目。


白と青の学園礼装。

腰には双短剣ラピスツイン


雷魔法を操る、学園最強の決闘者。

画面の中のキリルは、こちらを見下ろすように笑っていた。


ホームボイスが流れる。


『姫。俺の試合を見るなら、瞬きするなよ。勝つところを見逃すな』


「自信がすごい」


次のボイス。


『雷鳴杯では、一位らしく勝つ。それだけだ』


「それだけで済むのか」


さらに次。


『生徒会長としても、決闘者としても、負ける気はない。見てろ』


「ずっと強気だな」


画面の中のキリルは、双短剣の柄に軽く触れている。


手袋をしている。

黒い薄手の手袋。


決闘者らしい装備にも見えるし、学園礼装の一部にも見える。


その時点では、特に深く気にしなかった。

俺はイベント開始を押した。


****


魔導学園最大の決闘大会、雷鳴杯。

画面いっぱいに、巨大な競技場が映った。


円形の決闘フィールド。

空中観客席。


雷を模した青い旗。

魔導結界で覆われた試合場。


観客席には生徒、教師、卒業生、外部来賓まで詰めかけている。

歓声が、画面越しでも強い。


中央の大型スクリーンには、ランキング表が映っていた。


一位。

キリル・ラピス。


その名前だけが、青雷のように光っている。


『雷鳴杯、決勝戦!』


司会の声が響く。


『決闘ランキング一位、魔導学園生徒会長、キリル・ラピス!』


歓声が爆発した。

キリルがフィールドへ入る。


白と青の学園礼装。

腰の双短剣ラピスツイン


手には黒い薄手の手袋。

肩には生徒会長章。


一歩ごとに、足元で青い雷が小さく弾ける。


『キリル会長!』

『一位!』


『今日も勝ってくれ!』


キリルは片手を上げた。

余裕のある笑み。


観客を煽る仕草。

堂々としている。


試合が始まった。

相手も強い。


大型の魔導槍を持ち、雷を弾く防御結界を展開している。

予選から勝ち上がってきた決闘者らしく、動きも鋭い。


だが、キリルは速かった。

雷をまとって踏み込み、相手の槍先を紙一重で避ける。


双短剣が閃く。

青雷がフィールドを裂く。


相手が大技に入る瞬間、キリルはもう読んでいたように懐へ入っていた。


「遅い」


短い声。

双短剣が交差する。


雷光が、競技場を白く染めた。

一瞬の静寂。


次の瞬間、相手の槍が弾き飛ばされる。

結界が砕け、決着の鐘が鳴った。


『勝者、キリル・ラピス!』


観客席が沸いた。


『さすが一位!』

『天才生徒会長!』


『勝って当然だ!』


キリルは双短剣を収め、息ひとつ乱さず立っている。

強い。


普通に、すごい。

決勝戦なのに、勝つまでが早い。


観客が熱狂するのも分かる。

画面の中で、キリルがこちらへ振り向いた。


イベント台詞が表示される。


『どうだ? 技を見たか、姫。これが一位の実力だ』


画面に選択肢が出る。


【すごいです、キリル様】

【さすが一位です】

【まぁ、すごいけど……】


すごい。

それは本当だ。


勝った瞬間、キリルは確かに嬉しそうだった。

ほんの一瞬、目が輝いた。


けれど。

観客が


「天才」


と叫んだ瞬間、少しだけ顔が曇った。

すぐに笑顔へ戻した。


でも、見えた。

さらにキリルは、手袋を直した。


その一瞬、手首に古い傷が見えた。

何度も何度も同じ動きを繰り返してできたような、薄い傷。


勝利の場面には、映らない傷だった。


「……今の、嫌そうだったな」


俺は三番を押した。


【まぁ、すごいけど……】


画面の中のキリルの眉が跳ねた。


『含みがあるな』


勝ち気な声。

だが、少しだけ刺々しい。


『決勝で勝った。一位の座も守った。雷鳴杯も制した。それでもまだ何かあるのか?』


「今の、嫌そうだったな」


口にした瞬間、競技場の青雷が画面の外へ走った。

ぱち、と空気が弾ける。


リビングの照明が一瞬だけ青く染まる。

タブレットの中の歓声が、耳元へ近づいた。


足元に、青い魔導結界の線が浮かぶ。

次の瞬間、俺は競技場の控室通路に立っていた。


****


最初に飛んできたのは、雷でも剣でもなく、紙の束だった。


「参加登録は?」

「は?」


目の前に、キリル・ラピスが立っていた。

画面で見るより、ずっと目つきが強い。


白と青の学園礼装。

腰の双短剣。


黒い手袋。

そして、手には雷鳴杯の参加者名簿らしい紙束。


「参加登録。選手か、補助員か、外部関係者か。首から札を下げてない奴は警備対象だ」

「いきなり事務処理?」


「生徒会長だからな」

「決闘王者みたいな顔してるのに」


「決闘大会は書類で回ってる」


妙に現実的だった。

キリルは俺を上から下まで見た。


「……姫、ではないな」

「男だな」


「見れば分かる。だが、契約反応はある」

「なら聞くなよ」


「確認は大事だ。試合前に確認を怠る奴は負ける」

「そこまで勝負に繋げるのか」


キリルは少しだけ胸を張った。


「当然だ」


「名前は?」

「晴人」


「晴人」


キリルは名簿に書くように俺の名前を繰り返した。


「姫の代理。外部協力者扱いにしておく」

「勝手に登録するな」


「札がないと追い出される」

「それは困る」


「なら黙って登録されろ」

「雑な親切だな」


「親切じゃない。運営上必要な処理だ」


そう言って、キリルは俺の首に青い仮札をかけた。


【外部協力者】


「何か急にスタッフになった」

「動き回るなら、最低限それをつけろ。あと、結界内には勝手に入るな。痺れる」


「普通に注意するんだな」

「怪我をされると、運営報告書が増える」


「心配じゃなくて書類かよ」

「両方だ」


言ってから、キリルは一瞬だけ口を閉じた。

自分で言った言葉に少し引っかかったような顔だった。


「さっきの話だが」


キリルが先に言った。


「嫌そうだった、と言ったな」

「ああ」


「嫌ではない。勝者が称賛されるのは当然だ」

「天才って言われた時、顔変わった」


「細かいところを見るな」

「見えたからな」


「勝った。それが全てだ」


キリルは手袋を直した。


まただ。

手首の傷を隠すような動き。


俺はそこを見る。


「ところで、その手の傷は、どれだけ練習すればそうなる?」


キリルの動きが止まった。

青い目が、俺を真正面から見る。


「……見たのか?」

「見えた」


「見るな」

「隠すほどか」


「関係ない」

「だから、あれだけの技が出せたんだな」


キリルは、少しだけ言葉に詰まった。

怒ると思った。


けれど、怒鳴らなかった。

ただ、手袋の端を握りしめる。


「勝ったんだ」

「うん」


「それでいい」

「本当に?」


キリルは答えなかった。

控室通路の向こうから、観客の歓声がまだ聞こえている。


勝者を称える声。

一位を称える声。


天才を称える声。

その全部が、キリルの背中を押しているようで、少しだけ押し潰しているようにも見えた。


****


表彰式の前。

キリルは控室裏へ向かっていた。


俺も、仮札をつけた外部協力者という謎の立場でついていく。

通路の奥で、誰かの声が聞こえた。


泣き声だった。

決勝で敗れた後輩決闘者が、壁際に座り込んでいる。


魔導槍を抱え、肩を震わせていた。


「俺なんか、いくらやっても届かないんだ」


近くにいた友人らしい生徒が、困ったように声をかける。


「そんなことないって」

「あるよ。あの人は天才だから勝てるんだ」


キリルの足が止まった。

その顔が、少しだけ強張る。


後輩は涙を拭いながら続ける。


「俺がどれだけ練習しても、一位には届かない。才能が違うんだ」


キリルは、それを聞いていた。

本当は分かっているのだと思う。


勝利は才能だけではない。

毎朝の基礎練習。


手の皮が剥けるまでの反復。

誰も見ていない夜の失敗。


手首に残る古い傷。

全部、知っている顔だった。


でも、キリルは言わない。

努力を見せるのは恥ずかしい。


自分が必死だったと知られるのが嫌だ。

そんな顔だった。


キリルは後輩の前に立った。


「泣いている暇があるのか」


後輩が顔を上げる。


「キリル先輩……」

「足りないなら、勝つまでやれ」


冷たい声だった。

間違ってはいない。


けれど、今必要な言い方ではなかった。

後輩はさらにうつむいた。


「……はい」


その声は、強くなるための返事ではなかった。

折れかけた声だった。


俺はキリルを見る。


「今の、言い方違うだろ」


キリルがこちらを向く。


「敗者に甘い言葉をかけても強くならない」

「お前、分かってるだろ。必要なのはそれじゃないって」


キリルの目が、わずかに揺れた。

俺は、キリルの手袋を見る。


「その手、隠すな」

「……何を言っている」


「努力を見せろ。勝った後じゃなくて、勝つまでを見せろ」


通路の空気が止まった。

キリルは唇を結ぶ。


後輩も、友人も、こちらを見ている。

キリルの手が、手袋の端を握りしめた。


「簡単に言うな」

「簡単じゃないから、見せた方がいいんだろ」


キリルは、何か言い返そうとして、できなかった。

その表情で分かった。


キリルは努力を軽く見ているんじゃない。

大事にしすぎて、見せられない。


****


キリルの脳裏に、何かがよぎったのが分かった。

青い雷が、彼の指先で小さく弾けた。


「昔」


キリルが低く言った。


「俺は、一位じゃなかった」


静かな声だった。

後輩が驚いたように顔を上げる。


「負けた。何度も。雷魔法の制御に失敗して、双短剣を落として、手を焼いて、指を切って」


キリルは手袋を見た。


「それを見た奴が笑った」


声が少しだけ硬くなる。


「そんなに必死なのかって。一位を目指すなら、もっと余裕ぶれって。天才じゃないなら無理だろって」


後輩が息を呑む。


「だから、見せるのをやめた。勝利だけ見せればいい。努力は見せるものじゃない。必死な姿は、恥ずかしいものだ」


キリルは、そこで言葉を切った。

表情を戻そうとする。


いつもの勝ち気な顔に。

一位の顔に。


でも、戻りきっていなかった。


「キリル」


俺が呼ぶと、彼は睨むようにこちらを見る。


「何だ」


「そのままでいいんじゃないか」

「どのままだ」


「今の、ちゃんと聞こえてた」


キリルは一瞬だけ黙った。

後輩の手が、魔導槍の柄を握り直す。


「先輩も……負けたんですか」


キリルは答えなかった。

でも、沈黙が答えになっていた。


その時、競技場からアナウンスが響く。


『続いて、雷鳴杯特別演武を行います。上位決闘者による模範試合です』


後輩が、はっと顔を上げた。

その目に、焦りが戻る。


悔しさ。

羨望。


置いていかれる恐怖。

後輩は立ち上がった。


「俺も出ます」


友人が慌てる。


「おい、無理だって。魔力残ってないだろ」

「出る」


キリルの顔が変わる。


「やめろ」


後輩は、強い目でキリルを見た。


「天才のあなたには分からない!」


その言葉が、キリルに刺さったのが分かった。

キリルの手が、双短剣に触れる。


いつものキリルなら、力で止める。

勝って、止める。


だが、それでは届かない。

後輩は、自分が届かないと思っている。


天才と自分は違うと思っている。

だから、強引に止められたら、さらに遠くなる。


俺は何も言わなかった。

ただ、キリルの手袋を見た。


キリルも、それに気づいた。


「その手、隠すな」


さっきの言葉が、そこに残っていたのだと思う。

キリルは奥歯を噛む。


そして、ゆっくり手袋を外した。

黒い手袋の下。


手首には、古い傷がいくつも残っていた。

指の付け根にも、薄い痕。


雷魔法の制御で焼けたような跡。

双短剣を握り続けてできた硬い皮膚。


それは、勝利の瞬間には見えないものだった。


「見ろ」


キリルが後輩に言った。


「俺も、最初から勝てたわけじゃない」


後輩が言葉を失う。


「この技は、三百回失敗した」


観客席へ向かう通路にいた生徒たちが、ざわつく。


「三百……?」

「ラピスツインの青雷交差か?」


キリルは手を隠さなかった。


「制御を間違えれば、自分の腕が焼ける。踏み込みが半歩ずれれば、剣を落とす。雷を急げば、体が先に壊れる」


後輩は、魔導槍を握りしめたまま動けない。


「勝ちたいなら、順番を飛ばすな」


キリルの声は、冷たいだけではなかった。

怒っている。


でも、それ以上に、止めようとしていた。


「必殺技は、焦って出すものじゃない。積み上げた動きの最後に出るものだ」


後輩の目から、涙が落ちた。


「でも……俺は」

「お前は、今日負けた」


キリルは言った。

はっきりと。


「俺も負けたことがある」


後輩が顔を上げる。


「だから、次に何を練習するかを決めろ。今、体を壊して証明するな」


沈黙。

そして、後輩の手から力が抜けた。


魔導槍の先が、床へ下がる。


「……はい」


今度の返事は、折れていなかった。

泣いてはいる。


でも、立ち直るための返事だった。


****


特別演武は、予定を変えて行われた。


キリルが中央に立つ。

後輩決闘者は向かいに立っているが、戦うためではない。


技を見せるため。

学ぶためだ。


観客席はざわついている。

キリルが手袋を外したままフィールドへ立ったからだ。


「キリル会長、手袋を外してる」

「傷……?」


「練習の跡か?」


キリルの耳が少し赤い。

かなり恥ずかしいのだろう。


それでも、隠さなかった。

俺はフィールドの端に立っていた。


外部協力者の仮札が、妙に目立つ。

キリルがこちらを見る。


「晴人」

「何」


「そこの補助結界を起動しろ」

「俺もやるのか?」


「言い出した責任だ」

「生徒会長、責任って言葉好きだな」


「大会運営では大事だ」

「急に事務的になるな」


「早くしろ」

「はいはい」


俺は補助結界の操作盤へ走った。

青い魔導石に手を置くと、フィールドの端に薄い結界が立ち上がる。


キリルは後輩へ向き直った。


「青雷を短剣に流す時、最初から最大出力にするな」

「はい」


「足から先に逃がせ。腕に溜めるな。焼ける」


キリルは双短剣ラピスツインを抜いた。

青雷が刃に走る。


「一段目」


雷が小さく光る。


「二段目」


雷が刃の縁に沿う。


「三段目」


キリルの足元で、青い魔導紋が開く。


「ここで踏み込む」


一瞬。

キリルの体が雷になったみたいに前へ出た。


だが、攻撃はしない。

後輩の目の前で止まり、双短剣を交差させる。


青雷が、空中に美しい十字を描いた。

観客席から息を呑む音が聞こえる。


「すごい……」

「今のが青雷交差の基礎?」


「基礎であれなのか」


キリルは後輩を見る。


「やってみろ。最大出力は禁止だ」

「はい!」


後輩は魔導槍を構える。

まだぎこちない。


雷の流れも不安定。

だが、さっきのように無茶な出力ではない。


キリルは隣で見ている。


「違う。肩に力を入れるな」

「はい」


「足。逃がせ」

「はい!」


「焦るな。勝とうとするな。まず制御しろ」


後輩の雷が、少しずつ整っていく。

小さな青い光が、槍先にまとまった。


観客席から拍手が起きる。

後輩は驚いたように目を見開く。


「できた……」

「まだ初歩だ」


キリルが言う。

でも、口元は少しだけ緩んでいた。


「でも、できた」


後輩は笑った。

キリルは視線を逸らす。


「……なら、次は百回やれ」

「はい!」


「三百回までは、俺が見る」


後輩が固まる。


「え」

「何だ」


「見てくれるんですか」

「言っただろ」


「はい!」


観客席が沸いた。

今度の拍手は、勝利だけへのものではなかった。


「すごい……あのキリル先輩が、あんなに練習してたなんて」

「一位って、積み重ねなんだ」


「天才ってだけじゃないんだな」


キリルは顔を赤くして、外した手袋を握っている。

隠したい。


でも、隠さない。

その両方が、同時に顔に出ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ