■5-2 ジン編:星祭特急と、言葉を知らない護衛官
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事件が収まると、黒鉄号の車内には拍手が起きた。
最初は、遠慮がちに。
それから、だんだん大きく。
「助かった!」
「護衛官たちが連携してくれた!」
「黒鉄号は止まらなかった!」
乗客たちはジンだけではなく、カイやミラにも拍手を送っている。
カイは照れくさそうに頭をかき、ミラはほっとした顔で一礼した。
ジンは、少し離れて立っていた。
いつものように黙って。
でも、逃げてはいなかった。
さっきの子どもが、母親に手を引かれてジンの前に来た。
子どもは、まだ少し緊張している。
それでも、まっすぐジンを見た。
「お母さん、助けてくれてありがとう」
ジンは黙りかけた。
口を開くまでに、一拍あった。
けれど、今度は飲み込まなかった。
「……無事でよかった」
短い。
それだけ。
でも、子どもはぱっと笑った。
「うん!」
母親も、深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
ジンは少しだけ視線を下げた。
照れているのか、困っているのか分からない。
でも、さっきまでより近く見えた。
カイが小さく笑う。
「隊長、一言で足りましたね」
ジンはカイを見る。
「三言は言ったが」
ミラが横で笑った。
乗客たちにも、少し笑いが広がる。
ジンはやっぱり無表情に近い。
だが、その空気を嫌がっているようには見えなかった。
ジンが俺を見る。
「晴人」
「何」
「なぜ、分かった」
「何が」
「俺が、言葉を諦めていたと」
そんなふうに聞かれるとは思っていなかった。
俺は少し考える。
「お前を見てれば分かるさ」
ジンの目が止まる。
「守ってるのに、伝わってなかった。子どもを止めた理由も、母親を助けに行くことも、言えばよかったのに言わなかった。仲間も、お前に声をかける前に止まってた」
「……」
「冷たいんじゃなくて、言うのを諦めてるように見えた」
ジンは、目を伏せた。
灰色の目が、ほんの少しだけ隠れる。
「お前は」
「何」
「危険だ」
「何で」
「見すぎる」
「見えたからな」
「それが危険だ」
「褒めてるのか?」
「たぶん」
「たぶんなのかよ」
ジンは答えなかった。
でも、口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。
本当に、気がした程度だ。
黒鉄号の車内に、星屑ランタンの光が広がる。
連結部の警告灯が消え、代わりに青い安全灯が点る。
空中に表示が浮かんだ。
【星祭特急黒鉄号:防衛成功】
【魔導鉱石:保護】
【後方車両:連結維持】
【乗客避難:完了】
【護衛官連携評価:更新】
黒鉄号の走行音が、少しずつ遠くなる。
乗客の拍手も。
護衛官たちの声も。
星祭の花火の音も。
窓の外の星灯りが、車内へ流れ込んでくる。
黒い鉄の床に、銀色の光が落ちた。
ジンは大剣《黒鉄断ち》を背に戻し、短く言った。
「晴人」
「何」
「少し、話す」
「珍しいな」
「必要だ」
その言い方が、いかにもジンらしかった。
必要だから話す。
でも、前より少しだけ、自分から選んでいる感じがした。
星屑ランタンが、ふわりと一斉に揺れる。
空中に、新しい表示が浮かぶ。
【ナイトステイが発生しました】
対象プリンス:ジン・クロガネ
帰還条件:対象プリンスとのキス
※条件達成後、現実世界への帰還選択が可能になります
「少し話す、でこうなるのか」
ジンは、展望車両の方を見た。
「移動する」
「どこに」
「静かな場所」
「説明が短い」
「来い」
「命令か」
ジンは少しだけ考えた。
「……頼む」
短い。
でも、言い直した。
俺は何となく返しに困って、肩をすくめる。
「分かった」
ジンは頷き、先に歩き出した。
****
展望車両の奥に、小さな個室があった。
貴賓用の展望室らしい。
丸い窓。
低いソファ。
黒鉄の壁に埋め込まれた星屑ランタン。
天井はガラスで、夜空が見える。
列車は空中高架を走り続けている。
窓の外では、星祭の魔導花火が上がっていた。
青い星。
金の星。
銀の尾を引く光。
遠くの街が、霧の下で瞬いている。
ジンは扉を閉めた。
その音だけで、外の喧騒が遠くなる。
「座れ」
「お前が座れ」
「俺は立つ」
「話すんだろ」
ジンは少し沈黙した。
「……座る」
素直だった。
低いソファに腰を下ろすジンは、どこか落ち着かなさそうだった。
大剣は壁際に立てかけている。
護衛礼装の黒い手袋を外し、膝の上に置いた。
手は大きい。
傷がある。
何度も剣を握ってきた手だった。
俺は向かいに座る。
「で、話って何」
ジンはすぐには答えなかった。
列車の走行音が、小さく響いている。
しばらくして、ジンが口を開いた。
「言葉は」
「うん」
「遅い」
「それ、もう聞いた」
「でも」
ジンは窓の外を見る。
魔導花火が、灰色の目に映った。
「届いた」
短い言葉だった。
でも、それで分かった。
カイに届いた。
ミラに届いた。
子どもに届いた。
俺にも届いた。
ジンは、それを自分で確かめている。
「届いただろ」
「ああ」
「なら、次も言えばいい」
「難しい」
「だろうな」
「だが、言う」
「それでいいだろ」
ジンがこちらを見る。
「簡単に言う」
「難しく言われても困る」
「晴人らしい」
「俺らしさを把握するな」
「見ている」
「急に返してくるな」
ジンの口元が、本当に少しだけ動いた。
笑ったのかもしれない。
この男は、笑い方まで短い。
空中の表示が、静かに光っている。
【帰還条件:対象プリンスとのキス】
俺は表示を見て、ジンを見る。
「分かってるか」
ジンは頷く。
「晴人が戻る条件……必要なら、する」
「業務みたいに言うな」
「違うのか」
「違う……と思う」
「難しい」
「それは同意する」
ジンは少し考えるように目を伏せた。
そして、短く言う。
「嫌か」
「俺が?」
「晴人が」
「嫌なら言う」
「そうか」
「お前は」
ジンが顔を上げる。
「嫌なら言えよ」
灰色の目が、ほんの少しだけ揺れた。
「俺が?」
「お前が」
「……聞かれると思わなかった」
「何で」
「必要なら、するものだと思った」
「必要でも、嫌なら違うだろ」
ジンは黙った。
その沈黙は、前の沈黙とは少し違った。
逃げているのではなく、言葉を探している。
やがて、ジンは言った。
「嫌ではない」
短い。
でも、はっきりしていた。
「ただ」
「ただ?」
「近い」
「そりゃキスだからな」
「近すぎる」
「嫌なのか」
「違う」
ジンは眉を寄せた。
自分でも、言葉が足りないのを分かっている顔だった。
「怖い?」
俺が聞くと、ジンは少しだけ目を伏せた。
「たぶん」
「たぶんなのか」
「分からない」
「正直だな」
「言えと言った」
「言ったけど」
「だから言う」
ジンはまっすぐこちらを見る。
「嫌ではない。近いのは、慣れない。だが、晴人ならいい」
言った後で、ジンが固まった。
自分の言葉の意味が、少し遅れて届いたような顔だった。
俺まで少し黙る。
「……そういうの、短い方が強いな」
「強い?」
「破壊力がある」
「壊したか」
「いや、そういう意味じゃない」
ジンは真面目に考えている。
面倒だ。
けれど、その真面目さが少しおかしい。
俺は息を吐き、立ち上がった。
ジンの前へ行く。
「立つなよ」
「俺は立っていいだろ」
「揺れる」
「手すりじゃなくて、お前がいるだろ」
ジンが一瞬、目を見開いた。
それから、そっと手を伸ばす。
俺の手首を掴んだ。
強すぎない。
でも、しっかりしている。
揺れた時に支えるための手。
危険から遠ざけるための手。
今は、離れないための手に見えた。
「支える」
「今は転ばない」
「念のため」
「便利な言葉だな」
ジンは答えない。
その代わり、手首を掴む指が少しだけ強くなった。
キスは、始まるまでが長かった。
いや、長く感じただけかもしれない。
ジンは何度も言葉を選ぼうとして、結局、何も言わなかった。
でも、沈黙の意味は分かった。
嫌ではない。
近いのは慣れない。
晴人ならいい。
それだけで、足りていた。
俺が少し身をかがめると、ジンもわずかに顔を上げた。
唇が触れる。
短いキスだった。
ジンらしく、必要な分だけ。
そう思った瞬間、ジンの手が俺の手首を離さなかった。
離すタイミングを逃したみたいに。
それとも、もう一度言葉の代わりを探したみたいに。
唇がもう一度触れた。
今度は、少しだけ長い。
熱は控えめだった。
でも、確かだった。
離れると、ジンは俺の手首を見ていた。
まだ掴んでいることに気づいたのか、すぐに離そうとする。
「悪い」
「別に」
「強かったか」
「大丈夫」
「そうか」
ジンは手を下ろした。
それから、小さく言う。
「……足りたか」
「帰還条件の話か?」
「それも」
「他は?」
ジンは黙った。
また言葉を探す顔。
俺は待った。
今度は、急かさなかった。
ジンは、ゆっくり口を開く。
「俺の言葉」
灰色の目がこちらを見る。
「足りたか」
それを聞かれるとは思わなかった。
少し考えて、答える。
「足りた」
ジンは、ほんの少しだけ息を吐いた。
安心したように見えた。
空中に表示が浮かぶ。
【帰還条件を満たしました】
現実世界へ戻りますか? YES/NO
ジンは展望室の窓際に立ち、外の星祭を見ていた。
いや、さっき俺が立つなと言ったからか、すぐ座り直した。
律儀だ。
「戻るのか」
「戻る」
「そうか」
「何か言うことあるか」
ジンは少し考える。
「ある」
「珍しいな」
「晴人」
「何」
「また乗れ」
短い。
でも、さっきよりずっと届いた。
俺は少しだけ笑った。
「切符なしで?」
ジンは、真面目な顔で言う。
「通す」
「職権乱用だろ」
「俺が守る」
「答えになってない」
「なっている」
「そうかよ」
ジンは小さく頷く。
俺はYESを押した。
星屑ランタンの光が広がる。
最後に見えたのは、展望個室の窓際で、外の花火ではなく俺を見ているジンの顔だった。
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現実に戻ると、俺はリビングのソファに座っていた。
タブレットの画面には、星祭特急黒鉄号の結果が表示されている。
【期間限定イベント】
星祭特急黒鉄号と沈黙の護衛官
【イベント評価:最大】
【限定スチル:獲得】
【追加ボイス:保存】
【ナイトステイ記録:保存】
画面には、黒鉄号の展望個室が映っていた。
ガラス天井の向こうに、星祭の魔導花火。
壁際に立てかけられた大剣《黒鉄断ち》。
低いソファに座るジン。
こちらへ短く手を伸ばし、手首を支えるように触れている。
タイトルが表示される。
【限定スチル:足りた言葉】
「……短いのに、強いな」
呟いてから、少しだけ画面を見続けた。
ジンの表情は、ほとんど変わらない。
けれど、最初より少しだけ近く見える。
姉からメッセージが飛んできた。
【姉:通知来た】
【姉:限定スチル取れてる!?】
【姉:展望個室!?】
【姉:手首!?】
【姉:ジンが!?】
画面の中で、ジンの追加ボイスが再生待ちになっている。
俺は何となく押した。
『……また乗れ。今度は、俺が案内する』
短い。
けれど、それで十分だった。




