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■5-2 ジン編:星祭特急と、言葉を知らない護衛官

****


事件が収まると、黒鉄号の車内には拍手が起きた。

最初は、遠慮がちに。


それから、だんだん大きく。


「助かった!」

「護衛官たちが連携してくれた!」


「黒鉄号は止まらなかった!」


乗客たちはジンだけではなく、カイやミラにも拍手を送っている。

カイは照れくさそうに頭をかき、ミラはほっとした顔で一礼した。


ジンは、少し離れて立っていた。

いつものように黙って。


でも、逃げてはいなかった。

さっきの子どもが、母親に手を引かれてジンの前に来た。


子どもは、まだ少し緊張している。

それでも、まっすぐジンを見た。


「お母さん、助けてくれてありがとう」


ジンは黙りかけた。

口を開くまでに、一拍あった。


けれど、今度は飲み込まなかった。


「……無事でよかった」


短い。

それだけ。


でも、子どもはぱっと笑った。


「うん!」


母親も、深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


ジンは少しだけ視線を下げた。

照れているのか、困っているのか分からない。


でも、さっきまでより近く見えた。

カイが小さく笑う。


「隊長、一言で足りましたね」


ジンはカイを見る。


「三言は言ったが」


ミラが横で笑った。

乗客たちにも、少し笑いが広がる。


ジンはやっぱり無表情に近い。

だが、その空気を嫌がっているようには見えなかった。


ジンが俺を見る。


「晴人」

「何」


「なぜ、分かった」

「何が」


「俺が、言葉を諦めていたと」


そんなふうに聞かれるとは思っていなかった。

俺は少し考える。


「お前を見てれば分かるさ」


ジンの目が止まる。


「守ってるのに、伝わってなかった。子どもを止めた理由も、母親を助けに行くことも、言えばよかったのに言わなかった。仲間も、お前に声をかける前に止まってた」

「……」


「冷たいんじゃなくて、言うのを諦めてるように見えた」


ジンは、目を伏せた。

灰色の目が、ほんの少しだけ隠れる。


「お前は」


「何」

「危険だ」


「何で」

「見すぎる」


「見えたからな」

「それが危険だ」


「褒めてるのか?」

「たぶん」


「たぶんなのかよ」


ジンは答えなかった。

でも、口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。


本当に、気がした程度だ。

黒鉄号の車内に、星屑ランタンの光が広がる。


連結部の警告灯が消え、代わりに青い安全灯が点る。

空中に表示が浮かんだ。


【星祭特急黒鉄号:防衛成功】

【魔導鉱石:保護】

【後方車両:連結維持】

【乗客避難:完了】

【護衛官連携評価:更新】


黒鉄号の走行音が、少しずつ遠くなる。

乗客の拍手も。


護衛官たちの声も。

星祭の花火の音も。


窓の外の星灯りが、車内へ流れ込んでくる。

黒い鉄の床に、銀色の光が落ちた。


ジンは大剣《黒鉄断ち》を背に戻し、短く言った。


「晴人」


「何」

「少し、話す」


「珍しいな」

「必要だ」


その言い方が、いかにもジンらしかった。

必要だから話す。


でも、前より少しだけ、自分から選んでいる感じがした。

星屑ランタンが、ふわりと一斉に揺れる。


空中に、新しい表示が浮かぶ。


【ナイトステイが発生しました】

対象プリンス:ジン・クロガネ

帰還条件:対象プリンスとのキス

※条件達成後、現実世界への帰還選択が可能になります


「少し話す、でこうなるのか」


ジンは、展望車両の方を見た。


「移動する」

「どこに」


「静かな場所」

「説明が短い」


「来い」

「命令か」


ジンは少しだけ考えた。


「……頼む」


短い。

でも、言い直した。


俺は何となく返しに困って、肩をすくめる。


「分かった」


ジンは頷き、先に歩き出した。


****


展望車両の奥に、小さな個室があった。

貴賓用の展望室らしい。


丸い窓。

低いソファ。


黒鉄の壁に埋め込まれた星屑ランタン。

天井はガラスで、夜空が見える。


列車は空中高架を走り続けている。

窓の外では、星祭の魔導花火が上がっていた。


青い星。

金の星。


銀の尾を引く光。

遠くの街が、霧の下で瞬いている。


ジンは扉を閉めた。

その音だけで、外の喧騒が遠くなる。


「座れ」

「お前が座れ」


「俺は立つ」

「話すんだろ」


ジンは少し沈黙した。


「……座る」


素直だった。

低いソファに腰を下ろすジンは、どこか落ち着かなさそうだった。


大剣は壁際に立てかけている。

護衛礼装の黒い手袋を外し、膝の上に置いた。


手は大きい。

傷がある。


何度も剣を握ってきた手だった。

俺は向かいに座る。


「で、話って何」


ジンはすぐには答えなかった。

列車の走行音が、小さく響いている。


しばらくして、ジンが口を開いた。


「言葉は」


「うん」

「遅い」


「それ、もう聞いた」

「でも」


ジンは窓の外を見る。

魔導花火が、灰色の目に映った。


「届いた」


短い言葉だった。

でも、それで分かった。


カイに届いた。

ミラに届いた。


子どもに届いた。

俺にも届いた。


ジンは、それを自分で確かめている。


「届いただろ」

「ああ」


「なら、次も言えばいい」

「難しい」


「だろうな」

「だが、言う」


「それでいいだろ」


ジンがこちらを見る。


「簡単に言う」


「難しく言われても困る」

「晴人らしい」


「俺らしさを把握するな」

「見ている」


「急に返してくるな」


ジンの口元が、本当に少しだけ動いた。

笑ったのかもしれない。


この男は、笑い方まで短い。

空中の表示が、静かに光っている。


【帰還条件:対象プリンスとのキス】


俺は表示を見て、ジンを見る。


「分かってるか」


ジンは頷く。


「晴人が戻る条件……必要なら、する」

「業務みたいに言うな」


「違うのか」

「違う……と思う」


「難しい」

「それは同意する」


ジンは少し考えるように目を伏せた。

そして、短く言う。


「嫌か」


「俺が?」

「晴人が」


「嫌なら言う」

「そうか」


「お前は」


ジンが顔を上げる。


「嫌なら言えよ」


灰色の目が、ほんの少しだけ揺れた。


「俺が?」

「お前が」


「……聞かれると思わなかった」

「何で」


「必要なら、するものだと思った」

「必要でも、嫌なら違うだろ」


ジンは黙った。

その沈黙は、前の沈黙とは少し違った。


逃げているのではなく、言葉を探している。

やがて、ジンは言った。


「嫌ではない」


短い。

でも、はっきりしていた。


「ただ」


「ただ?」

「近い」


「そりゃキスだからな」

「近すぎる」


「嫌なのか」

「違う」


ジンは眉を寄せた。

自分でも、言葉が足りないのを分かっている顔だった。


「怖い?」


俺が聞くと、ジンは少しだけ目を伏せた。


「たぶん」


「たぶんなのか」

「分からない」


「正直だな」

「言えと言った」


「言ったけど」

「だから言う」


ジンはまっすぐこちらを見る。


「嫌ではない。近いのは、慣れない。だが、晴人ならいい」


言った後で、ジンが固まった。

自分の言葉の意味が、少し遅れて届いたような顔だった。


俺まで少し黙る。


「……そういうの、短い方が強いな」


「強い?」

「破壊力がある」


「壊したか」

「いや、そういう意味じゃない」


ジンは真面目に考えている。

面倒だ。


けれど、その真面目さが少しおかしい。

俺は息を吐き、立ち上がった。


ジンの前へ行く。


「立つなよ」


「俺は立っていいだろ」

「揺れる」


「手すりじゃなくて、お前がいるだろ」


ジンが一瞬、目を見開いた。

それから、そっと手を伸ばす。


俺の手首を掴んだ。

強すぎない。


でも、しっかりしている。

揺れた時に支えるための手。


危険から遠ざけるための手。

今は、離れないための手に見えた。


「支える」


「今は転ばない」

「念のため」


「便利な言葉だな」


ジンは答えない。

その代わり、手首を掴む指が少しだけ強くなった。


キスは、始まるまでが長かった。

いや、長く感じただけかもしれない。


ジンは何度も言葉を選ぼうとして、結局、何も言わなかった。

でも、沈黙の意味は分かった。


嫌ではない。

近いのは慣れない。


晴人ならいい。

それだけで、足りていた。


俺が少し身をかがめると、ジンもわずかに顔を上げた。


唇が触れる。


短いキスだった。

ジンらしく、必要な分だけ。


そう思った瞬間、ジンの手が俺の手首を離さなかった。

離すタイミングを逃したみたいに。


それとも、もう一度言葉の代わりを探したみたいに。

唇がもう一度触れた。


今度は、少しだけ長い。

熱は控えめだった。


でも、確かだった。

離れると、ジンは俺の手首を見ていた。


まだ掴んでいることに気づいたのか、すぐに離そうとする。


「悪い」

「別に」


「強かったか」

「大丈夫」


「そうか」


ジンは手を下ろした。

それから、小さく言う。


「……足りたか」

「帰還条件の話か?」


「それも」

「他は?」


ジンは黙った。

また言葉を探す顔。


俺は待った。

今度は、急かさなかった。


ジンは、ゆっくり口を開く。


「俺の言葉」


灰色の目がこちらを見る。


「足りたか」


それを聞かれるとは思わなかった。

少し考えて、答える。


「足りた」


ジンは、ほんの少しだけ息を吐いた。

安心したように見えた。


空中に表示が浮かぶ。


【帰還条件を満たしました】

現実世界へ戻りますか? YES/NO


ジンは展望室の窓際に立ち、外の星祭を見ていた。

いや、さっき俺が立つなと言ったからか、すぐ座り直した。


律儀だ。


「戻るのか」

「戻る」


「そうか」

「何か言うことあるか」


ジンは少し考える。


「ある」


「珍しいな」


「晴人」

「何」


「また乗れ」


短い。

でも、さっきよりずっと届いた。


俺は少しだけ笑った。


「切符なしで?」


ジンは、真面目な顔で言う。


「通す」


「職権乱用だろ」

「俺が守る」


「答えになってない」

「なっている」


「そうかよ」


ジンは小さく頷く。

俺はYESを押した。


星屑ランタンの光が広がる。

最後に見えたのは、展望個室の窓際で、外の花火ではなく俺を見ているジンの顔だった。


****


現実に戻ると、俺はリビングのソファに座っていた。

タブレットの画面には、星祭特急黒鉄号の結果が表示されている。


【期間限定イベント】

星祭特急黒鉄号と沈黙の護衛官


【イベント評価:最大】

【限定スチル:獲得】

【追加ボイス:保存】

【ナイトステイ記録:保存】


画面には、黒鉄号の展望個室が映っていた。

ガラス天井の向こうに、星祭の魔導花火。


壁際に立てかけられた大剣《黒鉄断ち》。

低いソファに座るジン。


こちらへ短く手を伸ばし、手首を支えるように触れている。

タイトルが表示される。


【限定スチル:足りた言葉】


「……短いのに、強いな」


呟いてから、少しだけ画面を見続けた。

ジンの表情は、ほとんど変わらない。


けれど、最初より少しだけ近く見える。

姉からメッセージが飛んできた。


【姉:通知来た】

【姉:限定スチル取れてる!?】

【姉:展望個室!?】

【姉:手首!?】

【姉:ジンが!?】


画面の中で、ジンの追加ボイスが再生待ちになっている。

俺は何となく押した。


『……また乗れ。今度は、俺が案内する』


短い。

けれど、それで十分だった。


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