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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
第一章「名探偵の死」
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あおり運転④

 生前、山本が最後に通話した相手が、園田らしかった。

 電話会社から取り寄せた通話記録によれば、山本が姿を消した夜、通話した携帯電話の契約者は園田だった。しかも園田からの電話に山本が応答していることが分かった。

 吉田の報告を受けて、「ちょっと係長のところに行ってくる」と竹村は席を立った。

「大丈夫ですか?」

「まあ、命までは取られないだろう」

 竹村が武部のもとに向かう。直ぐに、「おめえ、何、勝手なことやってるんだ~!」と怒号が聞こえて来た。

 捜査を外されているのに、勝手に山本の事件に首を突っ込んでいたのだ。武部が怒るのも無理はない。竹村は直立不動で武部の小言を聞いていた。こってり絞られるかと思ったが、意外にあっさりと解放されて席に戻って来た。

「絞られましたね」と吉田が同情すると、「なあに。口だけだ。係長だって分かっているさ。俺たちがじっとしていられないってことぐらい」と竹村は意にも介していない様子だった。

「千葉県警に園田の車を徹底的に調べてもらうよう頼んでくれるそうだ」

「ヤマさんが園田の車に乗っていた可能性が高い訳ですね」

「車に乗ったか、或いは・・・」

 竹村の言わんとしていることが分かった。遺体を運んだかだ。

「そろそろ出ましょう。木村さんが待っています」

「ああ。園田の過去については、徹底的に調べろと係長にも言われた」


 山本の実家は江戸川区平井で豆腐屋を営んでいたらしい。父親の代には豆腐屋を廃業し、サラリーマンとなっていた。

 山本の小学校時代の同級生から話を聞いた。増本という眉毛の濃い中年男は、山本のことを覚えていたが、園田については「さあ、覚えていませんねえ・・・途中で引っ越して行った子? そう言われると、そんな子、いたような・・・」とあやふやな記憶しかなかった。

 当然、山本と園田との関係については、何も覚えていなかった。

「やはり、当時、子供だった人は記憶が曖昧ですね。当時、教師だった人を見つけておきましたので、話を聞いてみましょう」と木村は言う。

 江東区南砂へと移動し、哀川という女性を尋ねた。七十代だと言うが、口元のほうれい線以外、これといった皺がない。染めているのか栗毛色の豊かな髪が若々しかった。

 木村が事情聴取にあたる。

「山本君ねえ~刑事さんになったのでしょう。当時から正義感の強い子だったから」と哀川が言う。

 山本が亡くなったという話をすると、「そう・・・あんまりテレビを見ないものだから、知りませんでした。また生徒が私より先に逝ってしまったのね。寂しいわ」と目頭を押さえた。

 園田のことを聞いてみる。

「園田啓汰君・・・ああ、覚えています。確か、五年生の時に転校して行った子でしょう。あんなことになってしまって、可哀そうでした」と言う。

「あんなこと? 何があったのですか?」

 木村が聞くと、途端に哀川は噂好きの主婦の顔になった。「ご両親が離婚しちゃってね。それがもう泥沼離婚だったみたい。原因が奥さんの不倫。それもね、結婚前から続いていたようなの」

 よくある話だ。だが、哀川の話は意外な方向に歪んで行く。「それが発覚したのは、山本君の夏休みの宿題、観察日記だったのよ。山本君から聞いてない?」

「いいえ」

「あの子、子供の頃から観察眼が鋭かったの。刑事に向いていたのね」と哀川が当時の状況を教えてくれた。

 驚いたことに、山本は夏休みの自由研究として隣人の観察を選んだ。当時、山本が住んでいた実家の二階の窓から眺めることが出来る景色を観察し、毎日の変化を記録するというものだ。ある意味、時間を持て余しているのに、面倒くさがり屋の子供ならでは発想と言えた。

 個人情報に煩い現在では考えられないことだ。

 特に観察の対象となったのが隣に住んでいた園田家だった。

「園田家⁉」

「はい。園田啓汰君の家です」

 園田啓汰は山本の隣家に住んでいた。山本の部屋の窓から園田家が一望できたらしい。

「山本君は窓から見渡せる景色の変化点をこまめに記録しました。天気や気温、風の向きから、誰が何時何分に、どんなゴミを出したとか、どんな人が誰を訪ねて来たかと言ったことまで、ノートにびっしりと書き込みました」

「まるで張り込みですね」

「子供の頃から刑事ドラマを見るのが大好きだったみたいですね。そして、あることに気がつきました」

「あること?」

「隣の園田さん家に日中、見知らぬ男性が訪ねて来ることです。山本君は少なくても週に二度、昼間の決まった時間に尋ねて来る男性がいることに気がついたのです。空き巣か何かだと思ったようで、両親に相談したみたいですけど、隣の家をのぞき見するようなことをするなと怒られてしまいました。それでも、山本君、あきらめずに学校の先生に相談したみたいです」

「その先生と言うのが、哀川先生だったのですか?」

「いいえ。五十嵐先生という学年主任の先生で、相談を受けて困ってしまったようでした。いくら当時とは言え、他人のプライバシーに関することです。学校で騒ぎ立てて良いものではありません。五十嵐先生、どうするべきか迷ってしまって、私も相談を受けました。そうこうしている内に、山本君、誰も自分の話に耳を傾けてくれないことを不満に思ったのでしょう。とうとう交番に駆け込んでしまいました。日中、不審者が留守宅を荒らしているのではないかと、警察官が園田家に駆けつける事態になり、奥さんの不倫が発覚した訳です」

「そのことが原因で、園田君の両親が離婚してしまったのですね?」

「はい。もう泥沼離婚だったと聞きました。奥さんの不貞が結婚前から続いていたことを知ったご主人は、園田君を自分の子供ではないと言って、養育を拒否しました。奥さんも奥さんで、意地になってご主人の子供だから、あの人が育てるべきだと言い張って、園田君、可哀そうに両親から捨てられた形になってしまいました」

「それで、どうなったのですか?」

「さあ? 詳しいことは知りませんが、確か・・・母方の両親に引き取られたと思います。転校が決まってからのことは存じ上げません」

「そうですか・・・」と木村が絶句してしまうと、「子供っぽい正義感だったのだと思いますよ。大人の世界のことがよく分かっていなかった。お隣に変な人がやって来る。きっと悪い人だ。何とかしなければ、そう山本君は考えたのでしょう」と哀川は山本の為に弁明して言った。

 哀川家を後にする。三人、無言で車まで歩いた。

 やがて、木村が絞り出すように言った。「哀川先生の言った通り、子供っぽい正義感だったのでしょうね」

「でも、それが今回の事件の引き金になったのかもしれません」

 竹村の言葉に「ええ」と木村と吉田が頷いた。

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