立派なヤクザ①
相変わらず村田は口元を固く結んだまま、一言も喋らない。
「今日も、だんまりを決め込むつもりなのか? お前が一家惨殺の犯人だと言うことは、分かっているんだ。男らしく罪を認めてはどうだ?」と挑発してみたが、村田は乗って来なかった。視線をこちらに向けようともしなかった。
私は机の上に肘を突いて身を乗り出すと、「そうか、まあ、良い。今日は、少しだけ俺の話に付き合ってもらうぞ。何も言わなくて構わないから、とにかく俺の話を聞いていてくれ」と村田に言った。
僅かに村田の表情に動きがあった。何時もと違う攻め口に、村田は興味を持った様子だった。
「ほう、聞いてくれるようだな。あんた、服部、いや当時は長沼恵美子だったな。長沼恵美子って言う女性を知っているか?」
村田は少しだけ眉毛を上げた。心当たりがないようだ。
「そうか、知らないか。まあ、良い。中丸大祐は知っているよな? お前の舎弟だった男だ。その中丸大祐と一緒に育った、まあ、妹みたいな存在だと思ってくれ。母親同士が同じバーで働いていて、仲良くなったらしい。二人は母親の帰りを、何時も一緒に待っていたそうだ」
「大祐にそんな女がいたのか?」村田が口を開いた。
「おっ! 喋った。えへへ、その調子で頼むよ」
「いいから、先を続けろ」と村田が冷たく言った。
「分かった。分かったよ。中丸大祐の事件があった後、母親が遺骨の引取りを拒否してな、無縁仏になりかけていたのを聞きつけて、遺骨を引き取りたいと申し出てくれたのが、彼女だった。当時、まだ十代だぜ。たいしたもんだ」
「そうかい。それは知らなかった。あいつも、大祐も草葉の陰で喜んでいることだろう」
「当時、お前は、兄貴分だった広瀬を侮辱されたことに腹を立てて、武藤を殺害したと殺害の動機を供述している。だが、中丸大祐の復讐で武藤を殺したことは分かっている。中丸大祐が殺害された現場に、武藤はいなかったことになっているが、これは当時バーにいた事件関係者が口裏を合わせたからだ。事件当夜、武藤はバーにいた。
中丸大祐は石塚に殺害されたことになっているが、下っ端が武藤の身代わりになっただけだ。実際、中丸大祐を殺ったのは、武藤だった。そうだろう? 蛇の道は蛇で、お前はそのことを知ってしまった」
「・・・」これには村田は答えない。うかつに口を開いて墓穴を掘ってしまうことを恐れているのだろう。
「まあ、良い。話を続ける。中丸大祐が何故、あの夜、あのバーに行ったのか、お前はその訳を知っているか? わざわざ敵対する暴力団のバーに乗り込んで行って騒ぎを起こすなんて自殺行為だ。駆け出しで、その辺のことが良く分かっていなかっただけだと、当時の捜査員は考えた。だがな、他に理由があったんだよ」
「もったいぶらずに早く言え」村田は中丸がバーに行った訳を知らないようだ。しかも、明らかにその理由を知りたがっている。
「長沼さんは学校の成績が良かったそうだ。奨学金で大学に進学した。中丸大祐はそのことを大層、喜んでいたらしくて、大学の近所にアパートを借りてあげたりしたらしい」焦らそうと話を逸らしたが、村田は「ふふ」と笑っただけだった。
中丸の喜びようが目に浮かんだのだろう。村田の笑った顔を始めて見た。笑うと顔中皺だらけになって、好々爺と言った印象になる。
「ところが、長沼さんは大学に進学して、すっかり舞い上がってしまった。テニス・サークルに所属して、そこの部長に夢中になった。この部長と言うのが裏表のある男でな。テニス・サークルで爽やかな笑顔を振りまきながら、裏でこっそり、学生相手に麻薬を売りつけていたらしい。陰で長沼さんのことを見守っていた中丸はそのことに気がついた。
長沼さんを諌めてみたものの、恋は盲目、中丸の話に耳を傾けようとはしなかった。長沼さんにしてみれば、中丸が彼女の恋路を邪魔しようとしているだけに見えてしまったのだろうな。そこで、中丸は直接、その部長とやらに話をつけに行った」
「なるほどな。その部長とやらには、黒虎会系の武闘派連合麒麟の息がかかっていたと言う訳か。麻薬の受け渡し場所が、あのバーだったんだろう。麒麟の連中にしてみれば、玄武会の青二才が商売の邪魔をしにやって来た訳だ。殺されたって不思議じゃない」
「ほう、流石に裏社会の人間だ。呑み込みが早い。事件の後、その部長さんとやらは、長沼さんに別れを告げて、自ら去って行ったそうだ。中丸の希望通りになった訳だ。だがな、長沼さんが最後に中丸に会った時、部長のことを悪く言う中丸に腹を立てて、喧嘩になってしまった。彼女は今でもそのことを後悔している。そして、中丸が死んだのは自分のせいだと、自分を責め続けている」




