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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(三)「黙秘」
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兄貴とお前だけ②

「あの事件と言うと、中丸さんが殺害された事件のことでしょうか?」

「はい。私、大学に合格してから、すっかり舞い上がってしまいました。母親のもとを離れて、自由になれたことや、大学の自由な雰囲気に接して、我を忘れてしまったのです。柄にも無くテニス・サークルに所属して、大学生活をエンジョイし始めました。そこで、ひとりの男性と知り合いました。当時のテニス・サークルの部長を務めていた男性で、爽やかさの中にちょっと影がある、そんなミステリアスな人でした」

「ミステリアスですか・・・」

「すいません。例えが下手くそで――彼も私のことを憎からず思ってくれたようで、直ぐに親しくなりました。彼のことが好きだったと言うよりも、私のように底辺を這いずり回るようにして生きて来た女が、普通に恋愛をしている、そのことに、一人、酔っていたのかもしれません。

 そんなある日、大ちゃんが尋ねて来ました。そして、何時もどおり、飯を食いに行こうと誘われました。何処でテニス・サークルの仲間と鉢合わせするか分かりません。大ちゃんと食事に行ったことが、彼の耳に入ると嫌だったので、『もう、一緒にご飯を食べに行けない』と伝えました。大ちゃんは『そうか・・・』と寂しそうに答えると、『あいつだけは止めておけ』と言われました。『あいつって誰よ!?』、『あのにやけたテニス部の部長だよ!』と言い争いになりました。陰でこそこそ私のこと、嗅ぎまわっていたんだと思い、ついかっとして、私、大ちゃんに酷いことを言ってしまいました」

「酷いこと、ですか?」

「私が大学生になって、人並みの生活を手に入れたもんだから、ひがんでいるんでしょう? みたいなことを言ってしまいました。それを聞いて、大ちゃんは物凄く悲しそうな顔をしました。大ちゃん、私のことを心配していただけなんです。でも、私、そのことに気がついてあげることが出来ませんでした。それが・・・大ちゃんと交わした最後の言葉になるなんて・・・あの時は思ってもいませんでした・・・」

 恵美子の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が一筋、二筋と零れ落ちた。竹村はポケットから糊の効いたハンカチを取り出すと、恵美子に手渡した。

「あら、ごめんなさい」恵美子は涙が零れ落ちていたことに気がついていなかったようだ。遠慮気味にハンカチを受け取ると、そっと涙を拭った。

「先ほど、あなたのせいで中丸さんの事件が起こったとおっしゃいましたが、中丸さんの事件とその彼氏と、どんな関係があるのですか?」

「彼は表向き、普通の大学生でしたが、実は裏の顔があったのです。テニス部の部長を務める面倒見の良い表の顔とは別に、学内で違法薬物を売りさばく売人の顔を持っていました。彼のことがミステリアスに見えたのは、きっとそのせいだったのです。当時、私は何も知りませんでした。ですが、(じゃ)の道は(へび)で、大ちゃんはそのことに気がついていた。

 大ちゃんが亡くなった現場に、彼がいたことは間違いありません。あの事件の後、『お前、ヤクザの女だったのか!』と罵しられて、彼は私のもとから去って行きましたから。その後、学内の噂で、色々分かって来ました。彼が飲んでいたバーに大ちゃんが現れたこと、そして、大ちゃんとの間でトラブルになったこと、彼と一緒にいた仲間が大ちゃんのことを・・・そして、彼が学内で違法薬物の売人をやっていたこと、などです。根も葉もない噂に過ぎませんでしたけど、私は事実だったと思っています」

「ああ、なるほど・・・」

 当時、中丸大祐が、何故、敵対する黒虎会の縄張りの店に飲みに行ったのか不明だった。捜査本部は単に黒虎会の縄張りだと知らなかっただけだと結論付けたが、恐らく、テニス・サークルの部長と話をつけるために店に行ったのだ。無論、敵対する組織が経営するバーに乗り込むのだ。身の危険は百も承知だったはずだ。

「長沼恵美子に手を出すな!」中丸はテニス・サークルの部長にそう伝えようとした。そして、トラブルになった。そう考えれば辻褄が合う。

 場を仕切っていた武藤は手下に中丸大祐を摘み出せと命じる。ところが、中丸は意外に手ごわかった。手下が倒され、焦った武藤はテーブルの上のワイン・ボトルを掴むと、背後から中丸の後頭部を殴りつけた。

 脳裏に、そんな状況が浮かんだ。

 中丸大祐は武藤高士に殺害され、一緒にいた石塚と言う下っ端が武藤の罪を背負って服役した。そのことを知った村田は組織の意向を無視して、中丸の仇、武藤を討ったのだ。

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