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名探偵の回顧録  作者: 西季幽司
回顧録(三)「黙秘」
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兄貴とお前だけ③

 恵美子はハンカチを押し当てて、「全て、全て私のせいなんです。大ちゃんが死んだのは、私のせいなのです」と声を殺して泣き始めた。我々は恵美子が落ち着くのを黙って待つしかなかった。

 恵美子の鳴き声がすすり泣きに変わり、そして止んだ。

「すいません。お恥ずかしいところをお見せしました」恵美子が涙を拭う。

「中丸さんの口から、松永典久と言う人の名前を聞いたことはありませんか? 保護司をなさっていた方で、中丸さんの保護司を勤められていました。中丸さんとの間で、色々あって、保護司は辞められたのですが――」

「保護司の先生ですね。ええ、覚えています。随分、熱心に大ちゃんの面倒を見て下さっていました。傷害事件を起こして少年鑑別所に入れられ、出所した後、行くところがなくて、一時期、保護司の先生の家でお世話になっていたことがありました。大ちゃんのこと、親身になって世話して下さっていました。大ちゃん、口では、『あの野郎、細かいことに、一々、口出ししやがる。いつかぶん殴ってやる!』なんて乱暴なことを言っていましたが、心の中で、喜んでいることが、私には直ぐに分かりました。

 誰も私たちのことなんて、まともに気にかけてくれませんから。保護司の先生に親身になってもらい、戸惑っていただけだと思います。大ちゃん、嬉しかったはずです。でも、それをどう表現して良いのか分からなくて、つい反抗的な態度をとったり、乱暴なことを言ったりしていたのです。

 大ちゃんのせいで、松永さんでしたっけ? その方が保護司を辞めなければならなくなった時は、もの凄く落ち込んでいました。『あの人には、一生かけても償いをする』なんて、本気で言っていました。決して、松永さんが憎くて暴力を振るったのではないと思います。きっと、何かの弾みでそうなったのだと思います」

「服部さん、もうひとつだけ、教えて下さい。村田勇と言う名前に聞き覚えはありませんか? 暴力団の構成員で、中丸さんと同じ組に所属していました。二人は非常に親しい関係にあったと推察しているのですが、中丸さんの口から村田のことを聞いたことはありませんか?」

「村田・・・勇さんですか・・・」恵美子は二度ほど、ハンカチで目尻を押さえてから、「大ちゃんが『兄貴』と呼んでいた方が、確か村田と言う名前だったと思います」と答えた。

「兄貴、ですか!?」やはり村田と中丸の間に、師弟関係があったのだ。

「私たちと似た境遇で育った人のようでした。だから、大ちゃん、『兄貴は俺の気持ちが分かってくれる』って言っていました。

 時々、顔を腫らして会いに来ることがありました。『どうしたの?』って聞くと、『兄貴に、ぼこぼこに殴られた』と言って笑っていました。

 私がその人の悪口を言うと、『兄貴の悪口を言うな! 兄貴は俺が憎くて殴っているんじゃない。俺のことを考えて殴ってくれているだけだ』なんて嬉しそうに言うのです。気の短い大ちゃんが、人に殴られて嬉しそうにしているのを見たのは初めてでした」

「二人は非常に親しかったと言う訳ですね」

「はい。なんでも、兄貴と言う人は一匹狼で、ずっと舎弟を取らなかったそうです。大ちゃんが始めての舎弟だったそうです。大ちゃん、随分、目をかけられていたのでしょう。先ほども言いましたけど、私たち、人から認められたり、愛されたりした経験がありません。兄貴と言う人から目をかけられることが嬉しくて、大ちゃんは殴られても蹴られても、ついていったのだと思います。

 大ちゃんがよく言っていました。『俺に親はいないが、兄貴とお前がいる』って、『この世で、俺のことを理解してくれるのは、兄貴とお前だけだ』って――」

「辛いことを思い出させてしまいました。すいませんでした」恵美子の証言から、村田と中丸が親しい関係にあったことが分かった。

「いいえ。今日は、大ちゃんのことをいっぱい思い出すことが出来ました。私、彼のこと、絶対に忘れちゃいけないのに、最近は思い出すことが少なくなりました。刑事さん、こちらこそ、彼のことを思い出させてくれて、ありがとうございました」と恵美子が頭を下げた。そして、俯いたまま、ハンカチで目頭を押さえていたが、やがて晴れ晴れと顔を上げると、「ごめんなさい。ハンカチ、洗濯してお返しします」と言った。

「いえ。どうせ安物のハンカチです。この先、そのハンカチを見れば、彼のことを思い出すかもしれません。だから、持っていて下さい」竹村が言うと、恵美子は「刑事さん、なんか大ちゃんみたいですね。見かけと違って、優しいし。ハンカチ、預からせて下さい。いつかきっと、お返しします」と言って笑った。

 我々は恵美子が勤める喫茶店を後にした。

 一旦、本庁に戻って報告を行ってから、恵美子から聴取した内容を村田にぶつけるつもりだった。村田は相変わらず黙秘を続けている。恵美子の話は村田の口を開かせるきっかけになるかもしれない。

「先輩、顔は怖いけど、根は優しいなんて言われていましたね」車を走らせ始めると、早速、吉田が冷やかした。

「顔が怖いなんて、彼女は言ってないだろう?」

「言ってたじゃないですか、『見かけと違って』って。あれは、見かけは怖いという意味ですよ。でも、先輩、紳士ですね。ハンカチをあげちゃって、本当、僕、感心しました」

「あははは。実はあのハンカチ、女房がデパートで買ったブランド物でな。人にあげたなんて、女房に知れると、怒られるんだよな・・・」

「あらららら~」竹村の萎れた様子に、流石の吉田も冷やかす気になれなかったようだった。

 会話を聞いていると、彼らの間柄が羨ましくなる。私も木村とそういう、ざっくばらんな関係を築けば良かった。

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