兄貴とお前だけ①
八千代市緑ヶ丘は東葉高速線の開通と共に発展した新興地域だ。高層マンションが建ち並んでいるが、元来、沼地であったらしい。
小奇麗なアパートの二階に、服部恵美子は住んでいた。証券会社に勤めるサラリーマンと結婚し、二児の母となっている。昼間は近所の喫茶店でパートの仕事をしていると言うことで、喫茶店に恵美子を訪ねた。
「いっらっしゃいませ」と迎えてくれたのは、ショートカットの、笑うとえくぼが出来る童顔の女性だった。小柄で青いエプロン姿が良く似合っている。中村大祐の事件から十七年が経つ。当時、未成年だったとしても、三十歳過ぎのはずだが、若く見える。
「警察のものです」と名乗ると、「ああ、はい」と頷いて、「店長!」と奥に一声かけてから、「こちらへ――」と喫茶店の隅の席に案内してくれた。
日中とあって、客が少ない。私たちは気を使って、「コーヒーをお願いします」と頼んだ。我々の前に腰を降ろしかけていた長沼は「あら」と笑顔をひとつ返してから、慌てて席を立った。
三人分のコーヒーが運ばれて来て、事情聴取が始まった。
「今日、お伺いしたのは、中丸大祐さんについて、いくつかお聞きしたいことがあったからです。中丸大祐さん、ご記憶ですよね?」竹村が口を開く。
恵美子がひとつ、こくんと頷いた。
「中丸大祐さんの事件の後、あなたが遺骨の引き取りに名乗り出られたとお聞きしました。中丸さんとは、どういったご関係だったのでしょうか?」
「大ちゃん・・・名前を呼ぶのも懐かしい気がします。忘れてはいけないのだと思いますけど、ついつい忙しさにまぎれて、彼のことを思い出すことが少なくなってしまいました」長沼は一瞬、遠い目をした後で、「ごめんなさい。大ちゃんとの関係をお尋ねでしたね」と言って話を始めた。「大ちゃんとは、それこそ兄、妹のようにして育ちました。何時も一人っきりだった私にとって、大ちゃんは兄であり、友だちであり、そして全ての悪意から私を守ってくれる、庇護者のような存在でした」
中丸大祐の母親と恵美子の母親は同じバーで働く同僚だった。どちらも母子家庭、同じような年頃の子供がいることで、親しくなった。二人は仕事の間、子供たちを一緒に遊ばせることで、不安と罪悪感から逃れようとした。
「何時も、大ちゃんは『エミは母ちゃんたちのようになってはダメだ』と口癖のように言っていました。だから、私は母と違って、水商売には染まらずに、こうして普通の主婦として、幸せを手にすることができました。でも、大ちゃんは・・・」また、恵美子が遠い眼をする。
「中丸さんは広域指定暴力団の『玄武会』の構成員だったようですね?」
「大ちゃんは常に体の中で炎がめらめらと燃えているような人でした。燃えて、燃えて、若くして燃え尽きてしまいましたけど・・・些細なことで、直ぐにキレて、しょっちゅう、暴力を振るっていました。それはもう、子供の頃から喧嘩ばかりで・・・でも、私に手を上げたことなんて、一度もありません。いえ、むしろ、私を庇って喧嘩をすることが度々ありました。大ちゃんの、あまりの過保護ぶりに、嫌気がさした時期があったくらいです」恵美子が微笑む。
幼少期より体格の良かった中丸は体を張って恵美子を守っていた。
「大ちゃん、どうせ自分はまっとうに人生を送ることなんて出来ないと思い込んでいたようでした。その分、私には普通の生活を送らせらせたかったのだと思います」
「普通の生活ですか?」
「はい。私、学校の成績が良かったものですから、高校三年生の時に、担任の先生から大学を受験してみてはどうかと言われました。うちの家庭環境を考えると、大学に進学なんてとても無理だったのですが、『金のことなら、俺が何とかする。お前は大学に行け!』と大ちゃんが言ってくれたので、試しに大学を受験してみました。
どうせ受かる訳ないと思っていたのですが、結果は合格でした。大ちゃんは、それはもう躍り上がって喜んでくれました。結局、担任の先生が奨学金の申し込みをしてくれて、それで大学に通うことが出来ました。大ちゃんは私の知らない内に、大学の近くにアパートを借りてくれたりしました。大学に通っている間も、様子を見に来ては、『たまには美味しいものを食べろ』と食事に連れて行ってくれたり、『もう少し女の子らしい格好をしろ』と言って、服を買ってくれたりしました」
「中丸さんと、かなり親しかった訳ですね」
竹村が言うと、恵美子は目にいっぱい涙を浮かべて言った。「あの・・・あの事件も、もとはと言えば私のせいだったのです!」中丸大祐の殺害に恵美子が絡んでいると言う。




