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一章7 サリエル

 とある世界の小さな村に一つの命が芽吹いた。

 当たり前の光景であり、ありきたりの日常の一部。だが、その日に生まれた一人の女の子は特別であった。


「ねぇ、あなた! この子にはきっと神の奇跡が宿ってるわ!」


「おぉ! この赤い瞳、間違いないな。これでこの村も救われるのか!」


 太陽のような煌きで鮮やかな赤色をその瞳に宿していた。それはこの世界では特別な意味を持っている。赤い瞳を宿す者には人々を癒す力、作物の成長を促進させる力を持つからである。

 そして、人々はそれを神の瞳と称し、『神眼(しんがん)』と呼んだ。


 窓辺から差し込む陽光はその赤子を優しく包み込み、より一層神秘的にさせる。母親に抱かれ、父親から撫でられる。両親以外も、祝いに来ていた村の人たちが温かくその赤子を見守っていた。

 その光景はまるで一人の神を崇めているような光景であった。


 月日が経てば、その赤子も当然成長する。黒い髪に神秘的な意味を持つ赤色の毛が混じり、その愛らしい容姿が人々を虜にした。

 街を歩けば皆からチヤホヤされ、買い物をすれば過剰なほどのおまけを付けてくれる。

 そんな村の人達に笑顔を振りまけば皆が幸福に満ち、言葉を発せばそれを信じて疑わない。彼女の言動の一つ一つが神の奇跡と捉えられてしまうほどに村人達は彼女に熱狂的だった。


「それで、今日はどこがいたいんですか?」


 十歳になった彼女は今日もまたいつものように怪我をした人達の治療を行っていた。

 患部に手をかざし、その赤い瞳で見つめれば徐々に回復する。その光景はまさに奇跡そのものであり、彼女が神と奉られるとしてもおかしくなかった。

 その優しく、包容力のある声は人々を安堵させ、落ち着かせる。特に小さな子供相手であれば、それだけで泣き止むことも珍しくない。


「つぎのかた、どうぞー」


 彼女がそう声を掛ければ、木製の扉がギシギシと音を鳴らしながら開く。

 そして扉の前に立っていたのは中年の背の高い男性だった。右手には杖、左手には天秤のようなものを持っており、漆黒の外套で身を纏い、頭上には小さな丸帽子を乗っけていた。

 いかにも不審者という格好をしていたが、それよりも驚くべきことがあった。

 それは彼の顔が全く見えないということ。何か靄がかかっているような、ただぼやけているだけの様な、見えそう見えないライン。ただ、彼がどんな表情をしているのか、辛うじて分かる程度である。


「ふむ。なるほど」


 彼は部屋のあちこちに視線を向ける。まるで品定めをしているかのような所作でいかにも怪しげな杖を地面につき、不敵な笑みを浮かべる。

 そして天秤を前に掲げ、いかにも胡散臭い声で語り始めた。


「吾輩の名はミカエル。この世界でもーっとも貴き者です」


 その唐突な自己紹介には天使と揶揄されることもある彼女もドン引きしていた。

 いきなり押し寄せてきて、勝手に品定めをし、いきなり自己紹介を始めた。その挙句、自分が貴き者だと豪語しているのだ。彼女がドン引きする理由としては十分であった。

 これには誰もが同じ反応を示すだろう。


「それで、貴方の名前を聞いてもよろしいですかな。可憐な少女よ」


「え、えっと、わたしの名前はさりえるです」


 いきなり名前を聞かれた彼女は戸惑いながらも、取り敢えず名前を名乗った。

 おどおどしながらも、笑顔を保ちながら名乗る様子はまさに――。


「――小リスのようですな。花で例えるならば……、そう! ラナンキュラス!」


 ミカエルと名乗ったその男は両手を大きく広げ、上を見上げる。そしていかにも上機嫌な笑みを浮かべ、視線をサリエルの方へと移す。

 すると天秤の上に薄っすらと何か物体のようなものが浮かび上がる。


「さて、と。それでは始めましょうか。メジャウィングタイムを」


 薄っすらとしか見えなかった不確定な物体にやがて少しずつ輪郭を帯びてくる。左側には白金に光るラッパが実体化した。だが、右側には何も変化がなかった。

 すると天秤が左の方へと少しずつ傾いていく。ある一定の傾きを得たところで鈍い音を鳴らしながら一気に最大限まで傾いた。


「ああ、そうそう。何も教えないのは可愛そうなのでこの天秤について教えてあげましょうか」


 彼は一歩前へと踏み出し、天秤を手放す。すると、天秤は宙に浮き、重力に逆らってその場に留まり続けていた。


「この天秤は魂を測り、より重い方が勝者となり敗者に如何なる命令をも一つ下す事が出来るのです。つまり、貴方は私の命令に従うしかありません」


 勝ち誇った様に漫勉な笑みを浮かべ、サリエルの前まで歩いていく。

 サリエルは無理やり笑顔を保ちつつも、後ずさる。そして、手に壁が着いたときにはそのまま目を瞑り、逃げることを諦めた。


「貴方のその目の力は正義に反します。吾輩自らが貴方に天罰を与えましょう」


 ミカエルの手がサリエルの左目に向かって伸びていく。そして左目に手が着いた瞬間、周囲に淡い光が放たれる。最初は赤色、最後には黄色に光る光景は魔法のようであった。

 光が消えればミカエルは手を下ろし、部屋から去っていく。


「貴方が犯してきた悪は死刑なんかでは生ぬるい。それでは、吾輩はこれにて失礼します」


 そこにはもうミカエルの姿はなく、壁にもたれかっかたか弱い少女が一人。そして取り繕った笑顔は消え失せていた。



 その日を境にサリエルの人生は変わった。


「悪魔だ」

「俺達を騙しやがって」

「とっと消え失せろ」


 サリエルの左目が赤色から金色に変わった。たったそれだけのことで村の人達は彼女に対する態度を変えてしまった。

 村を出れば冷たい視線で見られ、罵倒され、石やごみを投げらる。部屋に閉じこもればこの村から早く出ていけと扉を叩かれる。目が合えばそっぽを向かれ、買い物をしようとも相手にされず門前払い。


「あんたなんか産まなきゃ良かった」

「お前はもう娘じゃない」


 そして実の両親からさえも見捨てられた。


「なんで、私だけ……」


 何不自由なく生き、皆から愛されていた。両親からは深い愛情を、村の人達からは神のように奉られてきた。誰かが怪我をすれば治してあげ、感謝される。笑顔を取り繕っておけば皆が良くしてくれる。本当に幸せな毎日であった。


「え、笑顔だったらいいのかな……」


「きっしょ」

「何あれ? 不気味だわ」

「怖いわ」


 今ではもうその取り繕った笑顔では相手にされない。それどころか気持ち悪がられる。

 彼女は全てを失った。目の色が変わってから、彼女の人生は苦痛へと変わった。もうこの村に彼女を愛する者など存在しない。

 彼女の中にはもう何も残っていない。彼女の人生は虚無をただ笑顔で覆い隠していた中身のないものであった。






 一か月後、その村は世界から消え去った。

※第一回 役に立つ?ちょっとしたメモ

 ラナンキュラスはキンポウゲ科キンポウゲ属に属し、和名では「花金鳳花ハナキンポウゲ」と呼ばれているそうです。原産地は中近東からヨーロッパ南東部。花言葉は「虚栄」、「魅力的だけど虚しい」なんだそうですよ。

 皆はどんな花言葉が好きなのかな?


次回の更新は4月25日です!!

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