一章4 最悪な目覚めと枕
――ここは何処なのだろうか。
真っ暗な空間に閉じ込められており、床も壁もどこにあるのか分からない。
地面についているような感覚でも宙に浮いているような感覚でもない。或いは夢を見ているような感覚でもない。
そう、これは、昔の記憶を思い出すような感覚だ。
※ ※ ※
「…レイ、は……、生き、て、ね」
血塗れになった少女がそこにいた。
右手は無くなっており、腹部には数か所に深い傷があり、その傷口からは大量の血が流れ出ていた。
その血の量はとても助かるような状態ではない。もってあと数十秒といったところだろう。
少女は最後の力を振り絞って、手を伸ばそうとするが、途中で力尽きてしまう。
身に覚えのない少女のはずなのだが、どこかで会ったような感覚がする。
それもあってか、自然と涙が流れ、余計に心が痛む。
※ ※ ※
「なんで、なんで、なんで…、こうなったんだ……」
一人の青年が泣いていた。
見た目はぼんやりとしていて、容姿が分からず誰なのかは分からない。
ただひたすらに泣き足掻いており、ただひたすらに何かを憎んでいるようだ。
青年の隣には誰かが倒れている。
誰が倒れているのかは分からないが、きっと青年の大切なの人だったのだろう。
――大丈夫か?
そう声を掛けようとしても声が出なかった。
正確には音が響かなかった。だから、青年の耳に「大丈夫か?」の言葉は届かない。
レイはただその青年を見守ることしかできないのだ。
「何を間違えた、何が駄目だったんだ! ここまで頑張ったじゃねぇかよ! その結果がこれなのか? なんで、なんで、こうなるんだよ! どうすれば良かったんだよ!!!」
青年の声は狂気じみていた。今、近づけばすぐに殺されそうなくらい狂気じみていた。
レイの知らない記憶、存在しない記憶のはずなのだが、なぜだかその狂気さを知っている。
「もう、どうすれば――」
※ ※ ※
「死にたい。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい」
先程の青年が頭を抱えながら、ぶつぶつと呟ていた。
その狂気さは先程以上のものであり、見ているこちらまで気分が悪くなってくる。
そこから出る負のオーラは尋常じゃなく、病んでしまいそうになる。
その青年はゆっくりとこちらの方に向いてくる。
その瞬間、レイの体に鳥肌が立ち、震えた。そして、心の底から『怖い』と思った。
その鋭い目つきでこちらを睨みつける。それは最早、人間が出せる狂気さを優に超えているだろう。
※ ※ ※
気持ち悪い。
存在しない記憶なのか、夢なのかは分からないが先程の光景が頭に残り続け、その感覚さえも残っている。
憎しみや悲しみといった負の感情がいろいろと混ざり合ったような、そんな感覚だ。
今までで一番最悪な目覚めとでもいえるだろう。
「あ、やっと目が覚めたんだ?」
声は上の方、レイの頭上から聞こえてきた。
声の主の方に振り向こうとすると、自分が地べたに寝転がっていることに気が付いた。その地べたはなんだか柔らかい気もする。
「まだ、安静にしておいた方がいいよ」
こちらの身を案ずるかのような優しい声、そして地べたにしては柔らかすぎる感触。
レイは自分が記憶を失う前の出来事を思い返し、一つの結論に辿り着いた。
それは男子高生ならば、誰もが羨ましがる状況、そう、すなわち膝枕。
――これが、膝枕というものか!!
この柔らかく、もふもふとした感覚は人を堕落させてしまうほどの力がある。
膝枕というのは想像よりも遥かに柔らかいのだな、と思う。
「いや、これ、ただの枕じゃん」
膝枕だと思っていたのが普通の枕でした、なんて悲しい現実が起きている。
それでもこの枕が心地よすぎるのでそれを存分に堪能する。
「どう? この枕、気持ちいいでしょ」
ぼやけていた視界ははっきりと映るようになり、目の前には自慢げな顔をしているサリエルの姿があった。
「確かに、これめちゃくちゃ気持ちいいな」
「良かったぁ。頑張って作った甲斐があったよ」
「頑張って作った……?」
物凄く、嫌な予感がしている。レイの直感があの枕はただの枕ではないということを告げている。
その証拠に枕の色が青く、人形みたいな毛並みをしている。
サリエルはこちらの様子を伺うかのようにじっと見つめ、何か悪だくみしたかのように口元をにやけさせた。
そして、レイはそんなサリエルに恐る恐る尋ねた。
「この枕ってさ、さっきの人形の化け物…じゃないよな?」
「そうだけど」
嫌な予感は見事に的中させてしまった。こういう時に限って予想が当たってしまうのだ。
レイは勢いよく飛び起き、青い枕のもとから離れる。先程まで自分のことを殺しかけた人形で作られた枕を使っていたと思うと、寒気が走る。
その枕を平然と提供してくる彼女の神経はどうなっているのだろうか。
「いきなり動くとあぶないよ」
「誰のせいで飛び起きたとでも思ってるんだ?」
「うーーん、誰だろ?」
サリエル以外に原因になる人なんていないはずなのだが、サリエルは茶化すように微笑んで、知らないふりをした。
彼女は作った枕を回収し、小さな袋の中に入れた。
明らかに入らない大きさの枕がすんなり入ったが、今更それくらいの事で驚いたりはしない。そもそも、異世界に来ているということが異常事態。不思議な事が一つや二つ起きるだろう。
「なんか、目覚めるまで居てもらって悪いな…」
「別にこれくらい平気だよー。それにどこかふらついたら迷子になっちゃうし、久々に楽しい会話ができたし。責任を感じる必要はないからね」
サリエルは微笑みながらも、余計な事を言うなというのを目線で釘をさしている。
彼女から見たレイの印象はデリカシーのない男と思われているので、これ以上は印象を下げたくはないのでここは黙っておいた。
「それじゃあ、四階層入口まで目指そう!」
「ちょ、待ってくれ」
サリエルはレイの言葉を無視して、そのまま先にへと進んで行く。レイはそれに追いかけるような形でついて行き、自分が先導する。
そもそも、このゲームにサリエルなんていうのは出てこない登場人物なのだ。そうなると、他の召喚された人なのかと思うが、それにしては妙に落ち着きがあり過ぎている。だから、このゲームにいるキャラクターなのは確定だ。もしかすると、まだ本編では見ていない登場人物なのかもしれない。
「それにしても凄いすらすら進むね。レイは何かの超能力者だったりすの?」
「いや、別にそんなことはないよ。ただちょっとしたコツがあるだけだよ」
超能力者がこの世界で何を意味するのかは分からないが、特に体に変化が起きているわけではないので、それは無いだろう。
それにこの五階層の特徴と言えば、やはりスタート時に通路が変化するところだ。ただでさえ、道に迷いやすい迷路なのだが、それがランダムに変わるのだから、一回死ねばまた道が変わってしまう。このギミックのせいで攻略を苦戦する人も結構いる。その分、死に要素は人形に捕まることくらいなので死ぬことは滅多にない。
「どんなコツがあるの?」
「右手を当てて、ただ進むだけだよ」
迷路には大体、壁が存在する。その壁の片側を辿れば、簡単にゴールまで辿り着ける。もし、ループしているなら、別の道を選んでまたやればいい。これは難しい迷路、特に全体が見えない迷路ではこうするのが一番簡単で有効的だ。
初見ではこれが迷路だということに気づかず、各部屋にある謎を解いてしまいがちだが、生憎、レイは一回やったことがあるからラッキーとも言える。
レイとサリエルは雑談を交わしながら、順調に進んで行った。
次回の更新は明日です!




