第五章 その3
前回〈超気配〉などという能力でその姿を消した宇焚。
夕輝は彼の能力について、いかなる能力か訊ねるか果たして。
「〈超気配〉、一体どんな能力なんだ!?」
「ワシの能力〈超気配〉。説明したところでぬしらに破る術は無いので教えてやろう」
俺の予想通り、宇焚は能力の解説を始める。
「この能力はワシが身につけているこの優雅なコスチュームに、ワシ自身の見事なまでの身体の動きを組み合わせることによって〈神々しい気配〉を発生させるいうものじゃ!」
「神々しい気配を発すると、どうして姿が消せるんだよ!?」
「人間は圧倒的に優れたものからは目を背けてしまうものじゃ。なのでぬしらは無意識のうちにワシを〈いないもの〉として扱ってしまうのじゃ」
なるほど。
……って、いや。そんなワケがない。
恐らく現実には「如何わしい服装と、不審な動きのせいで『怪しいもの』を見たくないという心理が無意識に働き、精神的な意味で見えなくなってしまう」という能力なのだろう。
宇焚自身は自分の服装やポーズを素晴らしいと思っているようなので、発せられる気配も神々しいものだと思い込んでいるのだろうが、実際には出ている気配というのも不気味なものに違いない。
だとするとそれは単なる不可視化の能力よりもやっかいだ――と、思っている俺の肩に誰かがトンと軽く叩くような感覚。そして直後、
「どうじゃ、ほれ、こんなに近くにいてもまったく気がつけんじゃろ?」
と宇焚の声が聞こえた。どうやら今の感触は宇焚が俺の肩を叩いたものだったらしい。
「さて、話の続きじゃが……ワシはボスを裏切れん。しかし、仮にボスがぬしらのいうような悪人だった場合、正義の味方としては見過ごせん。そこでじゃ」
「そこで?」
「ワシはぬしらに運命を切り開く覚悟があるのかを試してみようと思う」
「どういうことだ?」
「ワシに一撃でも当てることができたら、ボスの部屋への鍵をくれてやろう」
「え、それでいいのか?」
どちらかといえば理屈で物事を考えそうな学者肌の宇焚が、運命や覚悟みたいな曖昧なものを基準に将来を決めるというのはどこか奇妙な感じもする。
が、彼が研究していた能力は精神エネルギーを利用したもの、そういう精神論的なものも論理と同じぐらいに信じているのかもしれない。
いや、研究とか関係無くヒーロー好きだからそういう「覚悟が道を切り開く」みたいな展開が好きなのかもしれないけど。
ともかく、こちらにとって宇焚の提案は悪いものではないのだ。別に断る理由はないだろう。
「わかった。じゃあその勝負を引き受けよう」
「うん。私も夕輝の意見に賛成するよ」
「よし、じゃあ決まりじゃ。とりあえずワシはこの部屋から出ん。ぬしらはそのワシにボスの計画実行の時間までに一撃喰らわせれば勝ち……ルールはそれで良いな?」
「ああ、それでいいぜ」
「こっちもそれでいいよ」
「ふむ、それじゃあ……始めっ!」
と、こうして俺と観基は宇焚に一発喰らわせるという勝負を開始した……のだが。
五分、十分頑張ってみたところで、俺達の攻撃は宇焚に一発も当たらなかった。
いや。というか、そもそも宇焚がどこにいるのかすら把握できずに時間が過ぎていってしまったのだった。
これはもう、そもそも勝負になっていないとさえいえる状況だ。
こんな見えない敵とどうやって戦えばいいのだろうか。
俺は今までこの手の敵と戦ったことはなかったので、対処法を漫画なんかをヒントに考えてみたのだが、これがどの方法も上手くいきそうになかった。
例えば、部屋中に粉塵を起こして相手の位置を探る方法。
最初にこれが思いついたのだが、今の俺や観基に研究室の床や壁を破壊して砂埃を起こせるような力は無い。そして無論、都合よく粉状のものがあったりもしない。よってこの方法は使えない。
また、自分の血を相手に浴びせ、色をつける方法も考えた。
が、この方法を実行するためには一度、大雑把とはいえ相手の位置を捉えないとならない。相手の位置が分からなくて困っているのに、相手の位置が分からないと実行できない計画を立てても意味がない。よってこの方法も使えない。
大量出血すれば血を浴びせられるかもしれないが、この先にまだボスもいる状況でそんなことは論外であるのは言うまでもない。
後は、物音で相手の位置を予測する方法。これは実際にやってみた。
しかし、しばらく耳を澄ましているうちに、この研究室はかなり特殊な構造になっているらしく音が奇妙な響き方をするということが分かった。これでは音から相手の位置を探ることはかなり難しい。
いや、というよりそれ以前に。
宇焚が動かなければ彼の発する物音は静かな呼吸と、後はせいぜい心音ぐらいしかしないのだ。常人並みの聴力しかない俺や観基にはそれらの音を捉えるなんていうことは非現実的な話なのだった。
そして。
これがさっき俺が宇焚の能力について「単なる不可視化よりもやっかい」と考えていた理由なんだが、普通なら不可視化能力に圧倒的に有利に働く観基の予知能力もまた、彼の能力には無意味である。
何故なら観基の能力は基本的に「知りたいもの」を捉える能力なので、「知りたくないもの」を捉えようとすると無理が生じてしまうのだ。
宇焚の能力は相手の精神自体に働きかけるものらしいので、いくら観基が理性で「居場所を知りたい」と思っても心の奥底が「知りたくない」と思ったしまう以上、予知能力による相手の位置の探索は不可能だということだ。
もし、それでも強引に能力で位置を探ろうとすれば、観基は居場所を捕らえた途端に倒れてしまいかねない。それでは相手に攻撃をする余裕などはない。
と、このように実はこの戦い、俺達にとってかなり不利なものなのだが、そんなでも俺達が宇焚の提案を呑んだのは。
位置が察知できない敵とまともに戦って、遠距離攻撃ばかりされたらやっかいだということや。姿が見えないまま、研究室から脱出されて鍵を持ち逃げされたら、それこそお手上げだからということがある。
が、提案通りに戦ってみるとこれはこれで対処法が思いつかないのだった。
「おい宇焚! お前ちゃんとこの部屋にいるんだろうな?」
俺は一応、宇焚が約束を破って逃げ出した可能性も考えてヤツに呼びかけてみる。
「ふむ、いるぞい。声を出させてワシの位置を探ろうというハラかもしれんが、無駄なことよ」
宇焚は俺が喋らせることで位置を探ろうとしていたのだと解釈したらしい。
まあ、確かにそういう意図もあったが、しかし、既に部屋の特異な構造を知っている俺としてはそっちはあまり期待していなかった。
「しかし、ぬしらがまったく動かんから面白くないのう……」
いや、別に俺達は宇焚を楽しませるために戦っているワケではないのだが。
しかし、宇焚がこの戦いに退屈てしまうと色々とまずい気がする。もしかしたら勝負の途中で宇焚が「やっぱりぬしらは大したことがないのう」とか言いだして鍵を持ってどこかに云ってしまうかもしれないし。
などと俺が思っていたそのとき。
俺の肩に再び、誰かが叩くような感触があった。
「これから、ワシがいる場所のヒントとして、軽めの攻撃をぬしに喰らわせてやる。なぁに、少しばかりパンチやキックを喰らわせてやるだけよ」
どうやら、一方的な勝負に飽きた宇焚が俺達にヒントを与えることにしたらしい。
面白くないからヒントを与えるとか、宇焚のヤツはこの勝負に勝つつもりがあるのだろうか? もしかして、これも天才ゆえの余裕というやつなのか? それともヒントを与えるというのは建前で本当は何かを企てているのか?
俺には宇焚が何を考えてそんな行動を取るのかさっぱり分からないが、宇焚は宣言通り、俺に対して攻撃を繰り出してくるようになった。
で、その威力。「軽く」と言っていた割には結構強い。
これが宇焚感覚での「軽い攻撃」だとしたらアイツは単に天才科学者というだけではなく、戦闘面でもそれなりの実力者だったということになるなというぐらいの威力はある。
まあ、ただ宇焚が宣言とは違って強めの攻撃を俺に喰らわせているのは、俺がこの物語の冒頭で紹介してから一度も有効活用していなかった、あの防御に優れた戦闘服を着ているため、力を込めて攻撃しても問題ないと判断したからなのかもしれないし。
あるいは、偉止のときに少し触れたように、格闘技を学んでいる俺が四方八方からの攻撃に備えてとった、空手でいうところの三戦立ちに近い姿勢を見て、手を抜かなくても良いと考えたからかもしれない。
まあ、どんな理由かはともかく。
宇焚の攻撃は予想以上には強かったのだった。
が、しかしそれはこのまま攻撃を受け続けたらマズイとか、そういう強さのものではなかった。
ならば下手に避けようとせず、このまま攻撃を受けていた方がいい。
何故なら今までの人生で戦闘をそれなりにこなし、経験を積んできた俺には、相手の突きや蹴りの当たった位置や角度から、大体相手が今どこにいて、次にどっちに移動するのか推測することができるからだ。
ということで、俺は何発か攻撃を耐えて宇焚の大方の位置を把握し、その辺りに向かって大雑把に手にした警棒を振り回した。
普通の戦いならこんな適当な攻撃は大したダメージがない上に、攻撃を放った後に大きな隙ができてしまうのでやらない方がいいのだが、今回は相手に一撃当てればいいだけなのでこういう雑だが当たる可能性が高い攻撃の方が効率的だと俺は思ったのだ。
だが、しかし。
残念ながら俺のその攻撃は宇焚に擦りもしなかった。
まあ、見えない敵と戦うのは初めてなのだ。
いくら相手の位置を大方予測できるといっても、それは理屈の上での話、すぐには上手くいかなくても仕方がないだろう。
と、最初の一撃を外した時はそう思ったのだが。
流石に三度、四度と空振りを繰り返したときには自分の戦闘技術はこんなにも低いのかとやや不安になり始め。
そして十度攻撃を外したときには、もう、これは戦闘技術の問題ではない、何か別の問題があるはずだと気がつき始めた。
更にそのまま半ば惰性的に攻撃を続けて十四回目を外したとき、俺はとある仮説にたどり着いた。
それは宇焚が、普通の人間が戦うときにする動きと比べて、かなり異質な動きをしているせいで、今までの経験によって築かれた俺の「相手の位置を推測する力」が役に立っていない、いや、それどころかかえって枷になっているのではないかというものだ。
宇焚の能力〈超気配〉がヤツの説明通りの能力だったとすれば、ヤツが攻撃するときの姿勢や、移動のときの足裁きは普通の人が取るようなものではなくなっているはず。
もし、そうだとすれば俺がいくら「普通の人が戦闘をするときの動き」を基準に宇焚の位置を想定したところで、それはまったく的外れな予測になってしまっているはずだ。
そして、宇焚の戦闘スタイルが常識的な動きと違うということがわかったところで、俺にはその妙な動きを想像することができない。
つまり宇焚の攻撃をヒントに反撃することは、俺には不可能だということになるのだった。
結局。
俺はおおよそ五十回ほど攻撃を続けた。攻撃回数が二十回を越えてからはちゃんと数えていなかったのだが、感覚的にはだいたいそれぐらい攻撃した。
だがしかし、それらは全て宇焚に擦りさえしなかった。
そして、俺はこの攻撃を空振りすることを繰り返したために著しく体力を消耗してしまったのだった。
勿論、普通なら五十回程度の攻撃で疲れたりはしないのだが。
今回は相手の位置を推測するという頭脳面での体力消費もあるし、なにより、一つ一つは軽いものとはいえ宇焚の攻撃を耐え続けているという辛さもある。
その為、疲労が溜まって動きが鈍くなり、攻撃されても直ぐに反撃できなくなってきたのだった。
その様子に、宇焚は。
「なんじゃ、もう終わりか。これ以上は時間の無駄の気がするのう」
と口にした。
まずい。
このままでは宇焚は戦いを途中で放棄して逃げてしまうかもしれない。そうなると、ボスの部屋への鍵が手に入らなくなってしまう。
何とかしなくては。
そうだ、宇焚は俺達の覚悟を試していると言っていた。つまり、宇焚の能力もまた精神力で破れるものだったりするのかもしれない。ならば、今度こそ――
って。
どうすればその「覚悟」とかってできるんだ?
いつも俺はどうやって敵と戦ったり、事件に挑んだりする覚悟を決めていた?
今の俺も十分覚悟をして戦いに臨んでいるつもりなんだが、それでも何かが足りないっていうのか?
あ。
ひょっとすると今の俺は宇焚のペースに乗せられているから、普段みたいな精神状態じゃあなくなっているんじゃないか? それでいつもみたいに覚悟を決めるってことができなくなっているんじゃないのか?
しかし、そうすると、このヤツのペースを何とか崩さないとならなくなるけど……それができたら苦労はしないワケで。
果たしてどうするべきか……
と、俺がそんなことを悩んでいると。
そんな俺の側にいた観基が、
「ああ、もうこれ以上の時間は必要ないよ」
と呟いた。
そして、それと共に飛び出したのは、弾丸。
殺傷力のない、例のゴム弾だった。
いつの間に観基は銃を構えていたのか、そしてどうやって狙いを定めていたのか。
戦闘に集中していた俺はそんなことにまったく気がつかなかったのだが、どうやら観基はかなり正確に宇焚の位置を捕らえていたらしく。
一発だけ発射された弾丸は、宇焚の腹部に命中した。
そしてそのダメージによって宇焚は気絶し、その場に倒れ込んだ。当然、動けなくなったので宇焚は能力も使えなくなり、ヤツの姿は俺達にも見えるようになった。
宇焚のヤツは気絶してしまったので鍵をもらうということはできそうにないが……まあ、意識がないのだから今のうちに鍵を奪ってしまえばいいだろう。だが。
「観基、一体お前はどうやってあいつの位地を探ったんだ?」
俺にはこれが疑問だった。
先に説明したように、宇焚の能力が「見たくない」と心に感じさせるものなら観基の能力で宇焚の居場所を探るなんてことはできないはず。だが、実際に観基はそれをやってのけた。
ということは、無理して相手の位置を特定しても攻撃するだけの余裕が……。
「いや、別に宇焚の位置を探って当てたワケじゃあないよ」
「え? じゃあ」
「宇焚自体の場所がわからないのなら、この部屋全体を把握して、それで〈わからない所〉を見つければいい」
「……ああ、その手が」
「夕輝。君はさっきの戦い、それに途中で気がついていたからわざと空振りを連発して私が部屋中を把握するまでの時間稼ぎをしてくれたんじゃないのかな?」
「ええ? ま、まあ、そうだ」
実際は宇焚に俺の攻撃が当たらないことに関しての仮説が頭に浮かんだ後の二十回目以降は一か八か、偶然でも当たればいいな、という気持ちで戦っていただけなんだが。結果として観基の役に立っていたのだ、真実は明かさない方がいいだろう。
ん?
しかし、観基なら俺が、時間稼ぎをするために戦っていたなんて勘違いをするはずがないんじゃないか?
だって、あいつは俺の考えている事が読めるはずだし。
確かに部屋全体を把握しようとしていた時はそっちに集中していたから、こっちの考えを読んでいなかったのかもしれないが、今は何かに集中しているワケではないんだから難なく俺の考えを……
あ。
まさか。
気がついた俺が、観基の方に歩み寄ろうとした。
その時だった。
観基がその場に倒れ込んだのは。
強敵、宇焚を破った観基。
しかしその観基もまた倒れてしまった。
果たして残された夕輝はどうなるのか!? 次章に続く!!




