第五章 その1
前回、何とか強敵・偉止を無力化した夕輝達。
いよいよ、敵のアジトに乗り込むことにするのですがその前に……。
さて。
事情聴取とか、そういうやっかいなことに巻き込まれる可能性を察した俺たちは、駆けつけた警察官達と偉止が揉めている間にこっそり公園を脱出。
そして、偉止がちゃんと連行されていく様子を遠目に確認してから、事務所に戻ることにした。
直接、敵のアジトである研究所に向かわず、事務所に戻る理由は二つ。
まず、気絶した釉美さんが心配だということ。
釉美さんと一緒にいる亜犯は元は敵とはいえ性格的にも、あるいは能力的にも釉美さんを任せられる人物ではある。そもそも、もし任せられないような危険人物なら観基の能力でとっくに見抜かれているはずである。
なので、釉美さんの手当や、いざというときの護衛は彼に任せておけば問題はない。
だがそれでも、釉美さんの負ったダメージが予想以上に深刻だったらと思うと、一応様子を確認しに行きたいというのは、まあ、人として当然のことだろう。
が、無論それだけが理由で戻るわけではない。
もし、この緊急事態に、そんな理由だけで戻ったら釉美さんに「私の心配をしている暇があったら、早く研究所に行け」と言われてしまいそうだが、他にもちゃんとした理由があるのだ。
それは、釉美さんが意識を取り戻していた場合、彼女から「研究所への侵入方法」や「研究所の内部の様子」について聞くというものである。
……いや。
そういうのは事前に打ち合わせしておけとつっこまれそうだが。
本来は釉美さんも俺たちと研究所に向かうはずだったので、その辺りについては時間の都合もあって、まるで話し合っていなかったのだ。
実のところ、研究所の場所だけならば知っているので直接乗り込んでもいいのかもしれないが。
それで何かトラップが張ってあったりした場合、取り返しのつかないことにもなりかねないので、念のため、釉美さんからあれこれ情報を聞いておこうということだ。
俺たちが事務所に戻ると、意識を取り戻していた釉美さんは、亜犯の入れた緑茶をすすっていた。
その思っていたよりは元気そうな様子に、俺はとりあえずは安心したが、すぐに「そういうえば庇ってもらったのに、まだその事に関して何も言っていなかった」ということを思い出す。
しかしこの場合、礼を言うべきなのか、それとも、謝罪するべきなのか。
礼をいうにしろ、謝罪をするにしろ、俺の未熟さを指摘されて叱られる気がしてしまうのだが、だからといって何も言わないでいるというのも、それはそれで問題だし……。
そう、悩んでいたら、釉美さんが、
「おかえり。で、偉止はどうなった?」
と、先に声をかけてきた。
その口調は、怪我をする前とあまり変わらず、別段、具合が悪いという様子も無ければ、俺に対して怒ったり呆れたりしているという感じもしない。
案外、気にしていないのかもしれないが、そう装っているだけかもしれないし……、様子を窺っておこう。
「偉止の奴は無事に片づけたんだけど……その、釉美さんの方は……」
「私? 私がどうした?」
「いや、俺のせいで怪我しちゃって、その、具合は……」
「ああ。別に大した問題じゃあない」
「いや、でも」
「なんだ? もしかして、自分のせいだと気にしているのか?」
考えを読まれてしまった。
まあ、自分で話していて明らかに不自然に思われているだろうなあ、という喋り方だったから、読まれて当然というか。
というより、自分からは言い出し難かったから、釉美さんに気がついて欲しいので、あえてそういう喋り方をしていたという下心が無いとは言い切れないのだけれど。
とりあえず、指摘されてしまったのだ。素直に認めておくとしよう。
「……そうなんだけど……」
「なら心配するな。こういう仕事をしていれば人を庇って、怪我をするぐらい、よくあることだろう?」
「でも、今回は俺が未熟なせいで怪我をしたんだし、やっぱり俺が悪いっていうか……」
「本当なら君を庇ったままあれをかわす予定だったのだ。私もまだまだ未熟だということだ。だから、気にするな」
あの体当たりに咄嗟に気がついただけでもかなりの実力だと思うのだが、それを「人を庇ったまま、かわせなかったから未熟」と行ってしまう辺り。戦士として、彼女が持っている誇りというのは相当高いのだろうか?
だとしたら、これ以上謝るのはかえってプライドを傷つけるかもしれない。
「で、偉止は片づけたみたいだが……ヤツとの戦いで何かなかったか? もし、何かまずいことがあったのなら自分も加勢するのだが?」
釉美さんの方も偉止の体当たりの一件をこれ以上引っ張る気は無いらしく、俺たちと偉止の戦いについての話に戻した。
彼女の質問に対して俺は。
「いや、特に何も。これなら俺たちだけで片づけられると思う」
と返答しておく。
この答えは当然嘘で、本当は俺の能力が当面の間使えなくなっているんだが。それを釉美さんに告げて、彼女に心配をかけたくなかったのだ。
何故なら。
さっきまで元気そうだと思っていた釉美さんだが、よく見ると湯飲みを持つ手が震えていたり、飲んでいるように見えた緑茶も口をつける程度でそんなにすすっていなかったりしたので、
実は具合が悪いのを隠しているのではないかと思ったからだ。
確認のため、亜犯から研究所内の状況について聞き出している観基に向かって「釉美さんは本当は具合が悪いんじゃないか?」という疑問を念じて訊ねてみる。
すると、それに気がついた観基は亜犯との会話を一時中断して。
「さっきの偉止との戦いも、夕輝があっさり片づけたし、この調子なら事件は余裕で片付くと思う。だから釉美さんは念のため休んでいていいよ」
と釉美さんに声を掛けた。
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。
しかし。そういうダメージを負っていると知ると、釉美さんは「気にするな」と言ったものの、俺のせいでこうなってしまった事に関してやはり責任を感じてしまう。
だからといって、これ以上謝罪しても仕方がない。
俺に今できる唯一の謝罪の方法は、この事件を無事に解決して釉美さんや、異世界にある彼女の住んでいる国を救うことしかないだろう。
よし、気合いを入れ直して頑張ろう。
と思った俺に、釉美さんは。
「いや、しかしならばせめて加勢する以外に何か協力できることとかはないだろうか?」
と訊ねてきた。
彼女としては「自分の国の危機に休んでいる暇など無い」というところなのだろう。その気持ちはわからなくもないが、協力できることか……
そうだ、釉美さんが持っている刀を貸してもらうというのはどうだろう? 今の俺は能力を封じられているのだから、武器ぐらい携帯していた方がいいかも……いや。
剣術の嗜みが高校時代の体育でやった剣道ぐらいしかない俺が刀を使っても生兵法は大怪我の基か。刀を借りるのはやめておいた方がいいだろう。
しかし、武器か……あ、そういえば。
「釉美さん、ちょっと待っていてください」
思い出した事があったので、俺は釉美さんや観基たちを残して、事務所の庭にある物置に向かう。
そして、そこに入っている段ボール箱の中から、俺が多少は使えそうな武器を見つける。
それは以前、観基がコネを持っている研究施設に実験的に開発してもらったが、試作品なのでまだ実戦には使えないはずの「特殊な特殊警棒」だった。
特殊警棒というのは本来、携帯しやすいように伸縮する事以外、別段特殊な能力は備わっていないのだが。
この特殊な特殊警棒は、俺の能力に呼応して威力が調整でき、場合によっては丸めた新聞紙で殴った程度の威力(ミルウォール・ブリックではない、普通に丸めた新聞の棒を基準としている)からタングステン鋼で殴ったぐらいの威力……だったか、そのくらいまで威力を変える事ができる。という設定で研究開発されているものだ。
だが、研究途中のため、能力と関係無く威力が勝手に変化してしまって扱いにくく、結果として今だ実戦投入されていないのだった。
しかし、今の俺は偉止によって能力が封じられているので、この警棒が突然強度を変えるということはない。
また、警棒に関しては武器としてちゃんと開発が終わった後に使いこなせるよう、それなりの訓練を積んでいるので多少は扱うことができる。
なので今回はこの「特殊な特殊警棒」を「普通の特殊警棒」として使おうと考えたのだ。
こうして、釉美さんのおかげで武器を使うことを考えついた俺は警棒を持って物置から釉美さんの元に戻る。
「おまたせ」
「ん? その警棒は?」
「いや、これがあるのを思いだして、使おうかと」
「それはいいんだが……それと私が協力できることに何の関係があるんだ?」
確かに、釉美さんから見れば、俺が何の脈絡もなく警棒を持ってきたようにしか思えないだろうからその疑問はもっともだ。
とはいえ、「釉美さんが刀を使っているから、俺も武器を使おうと思って」と言ったところでそれを「協力」とは解釈しないだろうし……まあ、とりあえずは正直に打ち明けよう。
「実は協力してもらいたいことが大して思いつかなかったんで、武器を準備しながらあれこれ考えていたんだが」
「いたんだが?」
「まあ、亜犯を見張ってもらうぐらいしかないかなあ……と」
「亜犯を見張る、か。しかし私が見るところ、アイツは信頼できると思うのだが?」
「いや、一応アイツ自身も俺たちに味方しているワケじゃないといっているし。それに宇焚やボス本人が亜犯を助けに来る可能性もゼロとはいえないし」
「ふむ……」
釉美さんは少し悩んでいる様子だ。
おそらくそれを〈釉美さんが協力できる仕事〉として任せる俺の考えを読んでいるのだろう。
観基みたいに能力を持っていなくても「裏切る可能性も、助けに来る者が現われる可能性も非常に低いヤツを見張る」というのを任せるというのが、悪く言えば遠回しに「足手まとい」といっているというのは誰でもわかることだが。
今回の場合、「足手まとい」扱いしているのはは悪意があってしているのではなく、釉美さんが体調が悪いことを察して、その気遣いでしているのだというのもやはり誰でもわかることだろう。
「わかった。その仕事を引き受けよう」
釉美さんは、最終的にはここで休むことを選んだ。
無理や我儘を言って戦いに望むのではなく、自分が足手まといと知れば戦いから退くという判断ができる辺りは、勢いでがむしゃらに突っ込んでしまうことの多かった俺からすれば、やはり戦士として優れた人なんだなあ、などと感心してしまう。
いや、というより。
自分の国の危機に関して、会ったばかりの相手に全てを任せられるかを推察して決断するというのは、俺が想像している以上に重いのではないだろうか?
などと俺が釉美さんの心境を考えていると観基が、
「さて、こっちも話は終わったし……じゃあ、夕輝。そろそろ行こうじゃないか」
と声を掛けてきた。
どうやら、ついに敵の本拠地に乗り込むときが来たらしい。
俺は釉美さんの期待に応えられるようにと、強く心に決め、
「それじゃあ、行ってくる」
と亜犯と釉美さんに声をかけてから事務所を後にしたのだった。
(続く)
さて、今回で敵のアジトに乗り込むことにした夕輝達。
そこで彼らを待ち受ける変た……いや、強敵とは果たしてどんな奴なのか!?




