第23話 学園再開
生徒会室で会議を終えた皆は、カナの作った昼食に舌鼓を打っていた。サーブは美鶴が行っている。一流と同格以上の腕前のカナが作る料理を、皇家の執事が運ぶ様はまさに貴族の食事会のようだ。あまりにも美味しい為、全員殆ど口を開かず食べている。
「旨い…!」
翔が叫ぶ。というより叫ばずにはいられない。
「美味しいよ…!行きつけのレストランとか霞んじゃう!」
白蓮も度肝を抜かれていた。
「篁さん、どうよ?俺の提案する、糧食兵は…」
ニヤっと笑いながら聞いてみる。
「もう、ぜんっぜんおっけー!!」
太鼓判である。
「とりあえず、飯の後は庁舎に戻るんだよな?」
予定を確認しておく。
「そだねー何かあるの?」
「後の事はやっとくが、何かあったら連絡くれ」
「わかってるよ。CAT候補生のこと、よろしくね?」
「任せとけって」
翔としてはCATと学園を両立させることは必須だと考えている。アストレアの社会的地位を向上させる為にも。未だに、将来の夢などは無かったが、アストレアの事を守らなくてはという使命感は芽生えていた。自分が中学のころは相当に虐められていた事が後押ししている。しかし、使命感には燃えるものの、アストレアを守る事自体に生きがいを感じるわけではない辺り、翔も自分の中で身の振り方を決めきれずに悩んでいた。それをあまり悟られないようにするのも一苦労だ。カナには半ばバレているし、ハルカも感付いている。
(目先にやるべき事は出てくる…それをクリアする事自体は大して問題じゃない。俺は…日常をどう過ごすべきなんだろうな…)
悩みを意識しない事自体は慣れていた筈だが、最近頭の中に染みついてしまっている。
昼ごはんを終えて、白蓮とミナはヘリで帰っていった。翔とハルカは書類の整理、カナは食器の後片付けに向かう。シオリは風紀委員会室に戻る事にした。
「とりあえず…学園は通常通り再開だな」
書類に判を押しながらハルカに話しかける。翔自身、自分が生徒会副会長である事を忘れかけていた。それ位に忙しかったが、ハルカの会長腕章を見て思い出せた。学園の運営に関する書類は早く処理しないと色々と厄介な為、2人がかりで取り組んでいる最中だ。
「そうねー…でも、私はまだ不安だわ…」
ハルカは翔を信頼しているが、それでも今日までに起きた事はあまりにも現実離れしていた。それでも会長として現実を受け止めるよう努めている。その上で尚、不安が残ってしまっていた。
「気持ちは分かるぜ?でも、学園潰したくないだろ?」
聞くまでもない事を敢えて聞く。それ位しか掛けてあげる言葉が見つからなかった。
「勿論よ…だけどさ、CATっていう組織がちょっと怖いかなって…」
それもそれで当然あり得る感想だ。実銃を所持し、あまつさえサキには反乱まで起こされた。正直言って、心象は良くない。生徒会長としては納得し切れていない部分もある。
「それも仕方ないよなぁ…でも、学園から候補生を出して学園の中で普段行動させるという事には生徒会の目が届くという事でもあるんだぜ?警察の組織だけど、ここは学園の中だ。当然ながら生徒会にも干渉する権利はあるさ」
翔は当然これを想定していたし、そもそも秘匿すべき組織を外に追い出すなんて真似は元から頭にない。重要なのはいかに共存させるかだった。しかも、警察の組織であるので味方に引き入れる事で今後のアストレアの為の活動などが広げられるかもしれない、という目論見もある。
「それならいいけど…」
翔を疑うつもりはないが、不安なものは不安である。説明を聞いてもそれが必ずしもベストなソリューションとはなり得ないのだ。ハルカの心は揺れていた。信じて口を噤むべきか、さらに突っ込んで情報を引き出すか。自分の中にあるいかんともしがたい葛藤を抑えながら書類に目を通していく。普段より効率は悪くなるし、疲れる。
「だったら、シンプルな解決法があるぜ?」
「え?何…?」
そんなものがあるなら知りたい。御都合主義でどうこうなる問題でもないからこそ悩んでいるのだ。
「ハルカ自身がCATに参加するんだ。自分の目でCATという組織を見て、経験してみればいい。どうせ俺も一枚噛む訳だし、この際やってみたらどうだ?」
「…いいかもね…考えておくわ…でも、私にCAT候補生なんてなれるの?」
全くもって想像の範疇を超えた答えだ。ハルカは運動などをしてきた訳でもないし、もちろん訓練などというものとも無縁だ。そんな自分に参加してみたらどうだと言い切る翔には驚く。だからこそ、気になる。なぜそんな事が言えるのか?ブラフではないだろうと思うが、それでも自分ではCAT候補生は力不足だと感じている。
「まあ、実際には参加してみなきゃ分からないが、1つ言えるのは、アストレアなら身体能力は一般人より高い。それだけでも十分、特殊部隊へ入る素質があると言える。だからハルカもやってみなきゃ分からないだろうぜ?それに支援班に入ることもあり得る。とりあえず、筋肉あればいいとかいうそんな単純なもんでもないぞ」
翔としてはCAT候補生は多いほうがいい。早く部隊として纏めあげて訓練を始めれば、いざ何かあった時に行動できる。行動することで成果を挙げれば、CATの存在を隠蔽せずともよくなる。隠蔽をやめられれば、アストレア未来を明るくできるはずだ。翔はアドバイザーとしては参加するが、現場で動くのはアストレアである。だからこそ、1人でもメンバーを集める。
「そっか…じゃあ参加志願しようかな…?」
「よし。学園の運営が通常通りになったらCATの方の活動も始めるから、その時が楽しみだ」
ハルカの参加表明は翔としてもありがたい。何も知らないメンバーを入れるなら、よく知っている面子で揃えたい。
「その運営だけど…空き地への誘致が終わるまでどうやって乗り切る…?正直、もうお金が…」
そう。お金がない。教師陣の反乱などでうやむやになっていたが、お金がないという現状は変わっていない。対策は決まっても、現金がすぐに必要な場面は支払の際に発生する。今はその現金の調達が課題なのだ。さらに借金などしたら破産必至。自転車操業の限界だ。
「そうだな…とりあえず、生徒会のパソコンかしてくれ」
翔がやろうとしている事など、最早考えずとも分かる。
「まさか…FX?」
「生徒会のパソコンで稼げば、生徒会が稼いだ事になるだろ?」
「まぁ…そうだけど…」
正論ではある。しかし、何となく申し訳なさがあった。FXは翔が生きるためにやり始めた事だ。だからこそ、自分の物にならないお金を稼がせる事には抵抗を感じる。
「言っとくが、自分で稼ぐ時と違って、そこまで真面目にやらないぞ?」
「え?どういうこと?」
真面目にやらずに稼げるのか?そんな疑問がすぐに浮かぶハルカ。高1の頃から碌に学校へ行かずに稼いだ事を知っているので、不真面目なやり方で稼ぐなどと言われても納得できない。
「普段は、極限まで損が出ないようにしてるが、とりあえず金が欲しいってだけならすぐ稼げるんだよ。」
「それって楽なの…?」
ハルカにとってはそこが肝心だ。翔に負担が掛かる事は避けたい。
「そうだな。設定だけして後は放っておくだけだしな」
「え…」
あまりにも予想外だった。
(放っておいて儲かるなら、何の苦労もないんじゃないの…?)
ハルカは困惑する。
「目標額が決まっていて、ある程度の期間があれば稼ぐペースを決められる。そのペースさえ守れるなら損が出ようが関係ないんだ。そういう考え方もあるんだぜ?」
「な…なるほど!」
やはり翔はちゃんと考えている。
「とりあえず、学園の口座の資金を増やしておくから、支払は心配しなくていい」
「ありがとね…」
とりあえず、これで資金面は解決する。
「俺の分の書類は全部終わった。少し休んでくる」
「お疲れさま。ゆっくり休んでね」
翔は鍛えているわけではないので、体力がない。ミナの縮地を見切って背後を取ったが、それだけでもかなり疲れていた。おまけに会議に書類仕事ともなるとあっという間に底をつく。これがFXだったら気合や根性で、などとなるが休めそうな時にはすぐ寝る。そのままソファで横になった。
「ハルカ、いるかしら?」
生徒会室に入ってきたのはレイカ。
「あら、レイカ。どうしたの?」
「出来上がった報告書持ってきたのよー」
「またサボったりしてないでしょうね…?」
完全に疑いの目である。
「してないわよ…あれ?樟葉君は?」
「そこのソファで寝てるわよ?」
「これからも忙しくなるのに、大丈夫かしらね…」
CATとの協調路線を歩む以上、これまでより忙しくなるのは目に見えている。翔の体力が心配だ。
「生徒会の業務をもっと効率化していきたいわね…予算さえあれば委員会を増やして仕事減らせるんだけど…」
「とりあえず…出来る所から手を付けましょ…」
「そうね…レイカはこの後どうするの?」
「えーと、学内点検ね」
あれだけの騒動が起きた後だ。施設点検は必須と言える。
「分かったわ」
「じゃあ、またねー」
レイカが退室した。
(ちょっと休もうかしら…)
肩を回すハルカ。疲れが溜まってきている。休憩がてらリラックスの為に紅茶を淹れる。
(やっぱり…紅茶を飲む一時は休まるわ…)
開け放した窓からそよ風が入る。陽ざしも心地よい。
(翔、ぐっすり寝てるなぁ…)
ソファで寝ている翔を見ながら微笑んだ。生徒会室には2人しかいない。静かで穏やかな時が流れる。
(私もなんだか眠い…)
ティーカップを置き、椅子にもたれる。眠気には勝てず、そのまま目を閉じた。
「…会長、起きてください-…」
ハルカの肩を揺らして起こしているのはシオリだ。
「んんっ…」
ハルカが目を覚ます。ぺたんとしている猫耳も起きる。
「会長…?」
「あら…シオリちゃん…ふわぁ…」
伸びをしながら返事する。ぐっすり眠ったおかげか体は軽い。
「起こしちゃってすみません…ですが、書類にサインを頂きたくて…」
「大丈夫よー。」
書類を受け取ってサインする。
「体大丈夫ですか…?」
「私は平気よー?まぁ翔は心配だけど…」
「翔って運動神経自体は悪くないと思うんです…体力が人並みにつくだけでも化けますよ」
「とりあえず、倒れない程度には何とかして欲しいかな…」
目の前で倒れられるのは心臓に悪い。
「とりあえず、少しここに居てもいいですか?」
「ええ。いいわよ?」
シオリは翔の向かいに座る。
(翔、ほんと体力ないのね…技術はあるのに…)
ミナの背後を一瞬で取って見せたあの光景は強く目に焼き付いている。あまりにも勿体ない。
(訓練再開したら、トレーニングしてあげようかな…)
シオリなりに翔へしてあげられそうな事を考えていた。
(どうしたんだろ…なんか眠い…)
シオリも連日の作戦で疲れが溜まっていたせいか、そのまま眠りに落ちた。
(あらあら…やっぱり皆疲れてるわよね…)
ハルカは今回の騒動の解決に奔走した皆を心配していた。
「皇さん、入ります」
サキが生徒会室にやって来た。
「三島先生、どうしました?」
「その…生徒会に迷惑掛けてしまってすみません…」
頭を下げて謝罪する。
「まあ…いいですよ。樟葉君がうまく取り計らってくれましたし…」
「はい…」
「ですが、皆の疲労が心配です」
率直に今の懸案事項を告げる。
「そう…ですよね…」
「ちょっと三島先生、手伝ってくれますか?」
「もちろん」
その後、2人で秘密の打ち合わせを済ませた。
夕方、翔が目覚める。
「悪い…寝ちまってたな」
「いいのいいの。疲れてそうだったし…」
「ありがとな。今日は部屋戻るわ…」
「うん、ゆっくり休んでね…明日は平常授業だから…」
「授業寝るかもしれん…」
「翔ったら…」
苦笑するハルカ。翔は欠伸しながら生徒会室を後にした。
日が落ちて夜、
「シオリちゃーん…」
ハルガがシオリを揺らす。しかし起きない。
「こうなったら…フーッ!」
シオリの猫耳に息を吹きかける。
「はにゃぁあああ…!?」
シオリが飛び起きる。
「かわいい猫声♪よく寝れた?」
優しく微笑むハルカ。
「か…かいちょぉ…」
涙目のシオリ。
「疲れてそうだったからね…でももう夜だし起こしたの」
「ありがとうございますにゃ…」
猫声が止まらないシオリだにゃ。
「かわいいっ…♪」
同じアストレアでも萌えるものは萌える。
「…ほんとすみません…帰りますね…」
ようやくちゃんと目覚めたシオリは頬を赤くしながら帰っていった。
(なんだろうなぁ…こんな日常が続いて欲しいわね…)
ハルカとしては皆が楽しく平和に学園生活を送ってほしいと願っている。
(私もそろそろ帰ろうかしらね…)
机の上を片付けて、消灯する。そして、生徒会室を後にした。
翌朝、翔はいつも通り身支度する。部屋を出ると、
「おはよっ!」
カナが元気に声を掛けてきた。
「ああ、おはよ」
首に猫耳ヘッドホンを掛けて新聞を読みながら登校する。
「いやぁーやっと日常に帰ってこれたねっ」
「そうだなぁ」
いつも通りの光景である。2人は一緒に教室へ入っていった。




