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第12話 シオリの矜持


 翌朝、翔の疲労はピークに達していた。


 「しっかり寝てもこの疲労とはな…」


頭痛と怠さが体を襲う。それでも朝の朝刊やニュースなど情報収集は欠かさない。支度を済ませて部屋を出ると、カナとマキが居た。


 「翔…顔色すごく悪いけど大丈夫…?」


 「明らかに過労だよね…休んだ方が…」


2人は本気で心配していた。翔の表情はどんな素人が見ても危ないと分かるほどに疲れている。


 「正直言うと、マジでしんどい。」


今更隠しても仕方ない。


 「だったら休んで…」


カナが懇願するように言い放つ。


 「とりあえず、風紀委員長黙らせないと面倒だからな。」


あくまで優先順序は変えない。そのまま翔は教室へ向かった。


 「樟葉君…ちょっと…本当に大丈夫なの…?」


レイカも同じく心配する。


 「ちょっと…樟葉君大丈夫かな…」


 「風紀委員会が何かしたんじゃない…?」


 「うわー…生徒の身体痛めつけるとかサイテー」


 「あの委員長、マジでウザい…消えればいいのに」


クラス中が翔を心配する。怒りの矛先は風紀委員会だ。


 (この過労は単に俺の体力の無さが原因なんだが…上手く風紀委員会への負の感情を盛り立てられたぜ…)


クスッと笑いながら翔は席で新聞を読む。


 「ねぇ…翔…何か企んでる顔よね…」


カナは見逃さなかった。


 「流石カナ。クラス委員長の目は伊達じゃないな。」


 「良いから何を企んでるのか教えて…?翔は体が疲れてるの分かってて来てるでしょ?」


 「ほう?そう思う根拠は?」


 「翔は取引に集中する為に普段の生活を構築してるはず。当然体が疲弊したら休む方がいいって事も分かってるはず。それを敢えて休まずに来るって事は、休まない事にメリットがあるからでしょ?」


自前の推理を披露する。レイカもマキもこれには頷いた。翔は無駄な事をしないのはもう誰もが知る所だ。


 「よーく分かってるな。その通りだよ。俺の疲労の原因は分かってる通りだ。だが、一昨日、風紀委員会の呼び出しを食らった俺が疲労顔で登校したらどうなる?しかも昨日は休んだ。当然、公欠だなんて知ってる奴はいない。言ってないからな」


 「うーんと…」


後一歩の所で推察しきれないカナ。


 「まさか…アンチテーゼ…!?」


レイカがハッとした顔で聞き返した。思考が先を行き過ぎて言葉不足になる。


 「「え…?」」


カナとマキは付いて行けていない。翔は満足そうな顔をしている。


 「つまり…クラス中に風紀委員会のせいで樟葉君が疲弊しきっていると思わせたのよ…樟葉君は今や人気者だから、どの子も当然味方する。しかも風紀委員会の評判は最悪だから、拍車かけるわよね…このクラス中の樟葉君への擁護こそ、風紀委員会へのアンチテーゼになってるって訳…」


レイカは落ち着いて言葉を付け足した。


 「お見事。さすが桜木だな。世論を味方にしておく事はプラスになる。しかも俺は学園内の秩序を守る組織に喧嘩売ってるわけだからな。風紀委員会は悪というイメージを植え付ける事でクーデターも起こしやすくなる訳だ。見ろよ、学内掲示板。風紀委員会のせいで俺が大変な事になったって書き込みが増えてるだろ?」


そう言ってノートパソコンの画面を見せる。流れは翔を擁護する方に向かっていた。


 「流石ね…でも法務局行ったのとクーデターは結び付かないと思うのよ」


意味深な顔で尋ねるレイカ。


 「へぇ…そこまで見抜いているのか。当然俺は風紀委員長と正々堂々決着をつける。向こうが規則を振りかざすなら、こっちも規則で対抗する。だが、当然バックアップ手段を用意する。この場合、バックアップにも脅しにもなるんだがな?」


ニヤッと笑いながら答える翔。普段よりも狡猾さが滲み出ている。


 「ねえ…翔が風紀委員長を捻じ伏せたら…委員長は学内ヒエラルキー最下位に転落しそうじゃない…?」


マキがふと口を挟む。


 「そうなったら…またイジメになりそう…」


カナとしてはイジメ問題は起きてほしくない。


 「だろうな?最高じゃんか。学園内で権利を振りかざす奴に下剋上。自分らの信じた正義が生徒総員から否定されるんだ。皮肉にしては上出来過ぎだぜ」


そう言う翔の表情はさっきまでと一辺、冷酷だった。


 「え…翔…」


さすがのカナも言葉に詰まる。


 「樟葉君…やっぱ怖いね…」


マキも凍り付く。


 「…まさか委員長リコールを嗾ける気?」


起こりうる選択肢として翔が最も選びそうなものを考えるレイカ。


 (それにしてもえげつない…)


内心穏やかではなかったが、冷静さを取り繕う。


 「ま、そこら辺はお楽しみだな。おっと、ハルカに放課後、風紀委員長との会談を設定するよう頼まなきゃいけなかった」


再び楽し気な表情に戻る。何を考えているのか図らせない。


 「私は生徒会専務として同席させて貰うわ。」


レイカとしても結末を見届けておきたい。


 「別に、桜木だけじゃなくてカナも仁科も来たらどうだ?」


 「え…?」


カナが驚く。


 「えーと…いいの?」


マキも聞き返す。


 「別に構わねーよ。せっかくのお楽しみイベントだ。観客が居ても全然いい」


疲れた表情ながらに余裕を見せる。3人は翔が怖いと感じていた。


 昼休み、生徒会室にはハルカとシオリが居た。


 「というわけで、放課後に生徒会室に来てね?」


ハルカが翔から頼まれた会談をセッティングする。


 「それは良いですけど…樟葉君は何をするつもりなんでしょうね?」


 (校則違反は事実。それを曲げようなんて考えない事ね…)


シオリは翔の事を大して脅威とは思っていなかった。普段通りの指導を行うつもりだ。


 「分からないわ。私も何も聞いてないから。」


 「会長は何となく樟葉君に甘い気がします。」


シオリの風紀委員長としてのセンスは鋭い。


 「肯定も否定もしないわ?ただ、彼は敵に回したら厄介すぎる存在よ」


しかしハルカも底は見せない。


 「校則違反の者など敵として見るまでもありません。指導するだけです」


 「シオリちゃんは正しいわ?けど正しくあろうとすればするほど、見失うかもしれない」


何かを示唆しているかのような物言い。


 「私は見失ってはいませんよ。ただ職務に忠実に誠実に向き合っているつもりです。お言葉ですが会長こそ見失っているのでは?」


冷静に反論するシオリ。


 「それはどうかしらね?それと学内掲示板であなたの事、かなり誹謗中傷されてるわよ?」


 「それはそれで校則違反ですし、全て取り締まりますよ。」


 「相変わらず、自信満々ね?」


ハルカはニッコリ笑って問いかける。猫耳と尻尾がゆらゆら揺れる。


 「私は正しくあろうと努力し、公正な判断を下してきました。いつも通りですよ」


シオリの猫耳と尻尾がピンと張った。


 「そっか。まぁそれならいいわ…♪」


駆け引きにも似たやり取りはここで終わった。


 (シオリちゃんは…翔を侮り過ぎてるわね…)


ハルカは少し心配になるが、今は目の前の仕事に集中する事にした。どの道、放課後には答えが出る。


  

 その日の放課後、生徒会室にはハルカ、シオリ、翔、カナ、レイカ、マキの6人が集まった。


 「樟葉君?会談には同意したけれど、部外者を招いていいなどと言ってないわ」


シオリが冷徹に指摘する。


 「招いたらダメとも言ってないだろ?それに、裁判でも傍聴制度があるんだ。道理を外れたつもりはないんだが?」


全く動じない翔。


 「えーと、じゃあシオリちゃんと翔の会談を始めるけど、シオリちゃんから何か言う事はある?」


ハルカが取り仕切る。


 「いえ、何も。私はあくまで校則違反を取り締まるだけです。」


 「じゃあ、翔…改善した内容など、シオリちゃんに報告すべきことがあれば言ってね?」


 「分かってる。専門科目の受講をしていない事が問題だと言うからには、免除される理由を作るしかないと思ったわけだ。何しろ、俺は暇でもないからな」


ゆっくり話し始める。


 「だから…!免除する理由などないと言っているでしょう!?」


イラついているシオリ。翔は内心、ほくそ笑む。まさに想定通り。


 「無いなら作ればいいだけだ。簡単な事だろ?」


 「…そこまで言うなら見せてもらおうかしら?その理由とやらを」


シオリが挑む目つきで言い返す。猫耳も尻尾もピンと張ったままだ。


 「もちろんだ。これを見てくれ」


そう言って一枚の書類を取り出して見せた。


 「これは…?」


シオリはそれが何を意味するのかが呑み込めない。


 「ま…まさかこれって…」


レイカにはそれが直ぐに分かった。


 「ま、法務局ってキーワードからこれを導ける桜木はやっぱ大企業の娘だよな」


翔は笑いながら話す。


 「いやいや…翔、これ何…?」

 

 「私も見たことない書類…」


カナもマキもシオリと同じく書類が理解できない。


 「翔、説明してくれる…?」


ハルカが促す。


 「ああ。これは法人登記事項証明書だ。」


聞きなれない言葉にその場の全員が首を捻る。


 「つまりだ、俺は昨日付で法人つまり会社を設立した。そして俺は代表取締役社長って訳だ。」


 「それが何だって言うの?!」


シオリが若干、怒気を込める。


 「決まってるだろ?俺は個人から法人の代表になったわけだ。そして会社とは業務を行わなければならない。代表取締役社長としての業務があるから、と言えば専門科目の受講免除理由としては充分だぜ?」


 「本学園は…アルバイト禁止よ!」


 「分かってないな。アルバイトってのは雇用されて働くんだ。校則はそれを禁止している。だが俺は代表取締役社長だ。いわば雇う側の人間なんだよ。だからその規則には抵触しない。」


 「なるほど…でも、生徒の勝手な事情で受講免除とする事はできないわ!」


食い下がるシオリ。


 「おっと、その前に確認しておくが、校則には生徒が会社を設立してはならないなんて規則ないからな?設立は自由な訳だ。さらに、代表取締役は必須な人材だ。」


 「どういう意味よ…」


シオリの理解の範疇を超えつつある。


 「会社法…ね…法律で会社には代表取締役をおかなければならないと決まっているわ。」


レイカがすかさず付け加えた。


 「さすが桜木。その通りだ。つまり俺は法的に保障された立場だ。」


 「それでも私は、止むを得ない事情とは認めない!ちゃんと専門科目を受講するべきよ!」


 「じゃあ指導すると?」


翔がニヤッと笑う。


 「当然よ!」


 「刑法第234条、威力業務妨害罪。」


その言葉が場の空気を凍てつかせた。


 「俺の設立した会社の業務内容はFXだ。その業務を妨害したら当然ながら…犯罪になるんだぜ?」


 「は…犯罪…」


シオリはその場にへたり込む。


 「風紀委員長が正義だと信じたものが所変われば犯罪になるんだ。どんな気分だ?」


翔は至って冷静だ。


 「そんな…私…」


完全に玉砕した。


 「あんたは校則を味方にしているが、俺は日本の法律を味方にしてる。それを証明しているのがこの登記事項証明書なんだよ。」


証明書に手を置き、静かに語った。


 (これが翔なんだ…)


 (樟葉君…怖い…)


カナもマキも何も言えなかった。


 (まさか…会社作っちゃうなんて…)


レイカも驚く。


 「でも樟葉君…会社にしちゃうと税金大変でしょう?」


ふと疑問に思った事を尋ねた。


 「いやー…所得税って累進課税だろ?今の稼ぎだと法人税払う方が安いんだよ」


 「それ…とんでもない稼ぎね…」


 「まぁな。前々から考えてはいたけど、風紀委員長がうるさいから早めたんだ」


落ち込むシオリをよそに話す。


 「待ちなさい…専門科目の件は…認めるわ…でも、学内掲示板で私への誹謗中傷が起きている件はどう説明する気?」


シオリは震えながら再起した。猫耳も尻尾も垂れ下がっているが、眼は死んでいなかった。


 「説明もクソもないぞ?だって俺は何も書き込んでいないし、勝手に騒いでるだけだしな?何なら俺の生徒アカウントからのアクセス履歴見ればいい。」


そのセリフにレイカ、カナ、マキは戦慄した。


 (樟葉君…朝に疲れた体引きずって登校したのは…委員会へのアンチテーゼを起こす為だったのに…まさかのここで知らん顔なんて…桜木の経営陣並みに冷酷よ…)


 (翔…自分の味方してくれてるのにここで切り捨てるなんて…)


 (…冷たすぎる)


3人共、あまりの事に何も言えない。


 「なるほど…じゃあ書き込んだ生徒を全て指導して今回は終わりにするわ…」


シオリは疲れ切った表情だ。


 「おっと、指導はしたきゃすればいいが…掲示板見て気づかないのか?そんなけ風紀委員会への反感があるってことは…今なら委員長へのリコール請求、通りそうだよなぁ?」


翔の笑みは最早、悪魔じみている。


 「…どういうつもりよ」


 「俺はあんたに目をつけられたくないし、下手に校則変えられたら対処が面倒になる。特に俺が法人の代表ともなると争いは訴訟で解決って事になりかねないからな。あんたは潰しておきたいんだよ。リコールして辞めさせたい。丁度、世論は俺の味方っぽいし?」


先のセリフとは真逆の手のひら返しだ。これにはレイカ、カナ、マキも絶句する。


 「…」


シオリはついに言い返せなくなった。


 「俺に変な喧嘩売ったせいで、自分の立場が消える気分はどうだい?自分の正義はこうも容易く打ち破られるって事が分かっただろ?」


 「私は…この仕事に誇りを持っていた…なのに…」


 「残念だったな。たかが風紀委員長の誇りなんて、社会じゃ何の価値も持たないんだよ。会社が法律で保護されているのは、経済活動を行うからだ。要するに金を儲けるから。それは国益につながる。社会では金稼いで、経済動かす奴の方が偉いってことだよ。わかったか?金を稼ぐって意味が」


 「…いやだ…やめたくない…」


シオリは泣いていた。自分の好きな事を奪われるのは辛いものだ。


 「だろうな。だから取引だ。リコールは起こさない。その代わり、そっちは今回の件を一切目を瞑る。これでどうだ?」


 「わかった…」


ついに折れた。鋼の心を持つとも言われていた風紀委員長が折れた。


 「さっきまでの翔にしては最後、優しかったね…?」


カナが口を開く。


 「まぁな?だって可愛いし」


その言葉を聞いてシオリ含む全員が翔を見る。


 「ちょっと…翔。それどういう意味?」


ハルカが憤慨する。


 「そのままだが?赤紫のベリーショートに華奢な体だし、猫耳も尻尾も可愛らしいしな?」


その言葉でシオリは真っ赤になる。


 「く…樟葉君は私なんか嫌いじゃないの…?」


目を逸らしながら小声で尋ねる。風紀委員長とは思えない可愛らしさだ。


 「ああでも言わないと、取引に乗ってくれそうになかったからな?こんなに可愛い子を放っておけるかよ?ぜひお近づきになりたい」


 「…は…はずかしいってば…」


猫耳と尻尾がふにゃける。


 「校則を守る風紀委員会は確かに必要だ。学園の治安維持にはな?でも、正義の振りかざし方は考えないと足元すくわれるって事さ。平たく言えば、もうちょっと視野を広く持てって事」


 「は…はい…」


シオリには今の翔がかっこよく映っていた。


 (樟葉君って…クール系なのかな…)


 「ま、有栖も何かあったら相談してくれていいからな?こんな解決の仕方する俺だけど」


 「あ…ありがとう…私の正義は曲げたくないけど…でも…押し付けにならないようにする…困ったときは頼るね…」


シオリは完全にデレていた。


 「気にすんなって。俺も有栖と和解できて良かったよ。」


 「う…うんっ…」


 「んじゃ…まぁ…こ…れ…から…も……」


その時、翔が倒れこんだ。



 夜、翔は生徒会室で寝ていた。ハルカの指示でシオリ以外は帰っている。


 「ここまでの過労だったなんて…」


シオリが複雑な表情で話す。


 「前から疲れ溜まってたみたいで…」


 「保健委員長が相当心配していましたね…」


 「そうなのよ…とりあえず今は寝かせてあげるしかないわ…で、どうだった?翔は」


 「…侮っていました。私はプライドを持ってこの仕事をやっていましたけど…ものの見事に打ち破られちゃいましたし…」


 「それでも続けるのね?」


 「勿論ですよ。またプライドを持てるくらい努力します。樟葉君は今までの私を変えるきっかけになってくれましたし…正直、生徒の反感を買っている自覚はあります…だから今日のことを教訓にしたいなと」


 「それでこそシオリちゃんだよっ」


 「普通の生徒ではないですけどね…樟葉君。でもルールを守っていた…曲がった真面目さがある気がします…だからこそ、参考にできそうです。」


 「私と同じ見解ねっ」


2人が和やかに話していると…


 「また寝ちまったか…」


翔が起きた。


 「大丈夫…?樟葉君…」


シオリが心配する。


 「大丈夫だよ。とりあえず部屋に帰るけどな…」


 「えっと…その…色々ありがとうっ…」


 「気にしなくていいさ。俺は俺なりの正義を貫いただけだ。」


翔とシオリがお互いを認めるいい日になった。


 (翔ってなんだかんだ言って和解ちゃんとしてくれる…やっぱ優しいな…)


ハルカも一安心した。



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