第三話 商業都市カラメリアと、黒い利権と、お砂糖の反乱
「……うう、もう一歩も歩けないモフ。我が溶けてピンクのお砂糖水になってしまうモフ……」
「あんたはシャロの頭の上に乗ってただけでしょ! 歩いたのは私とシャロよ!」
エルマの鋭いツッコミが響く中、一行はついに目的地である商業都市『カラメリア』の巨大な城門をくぐっていた。
カラメリアは、その名の通りお菓子や砂糖の交易で栄える大都市だ。
通りにはお洒落なカフェや焼き菓子店が立ち並び、甘い香りが街全体を包み込んでいる。
だが、その華やかさとは裏腹に、街の空気はどこかどんよりと沈んでいた。
「ふむ……。やはりこの街にも『魔王の残滓』の気配が混ざっているな」
そう言って、腰の長剣をカタつかせたのは、道中で同行することになった流浪の女剣士ガレットだった。
クールな美貌で周囲の視線を集める彼女だが、実は重度のお菓子中毒である。
「でも、それだけじゃないみたい。なんだか、お店の人たちの顔が暗くない?」
エルマが心配そうに周囲の露店を見つめる。
見れば、どのお店のショーケースも品薄で、活気がない。
「おい、そこのお嬢ちゃんたち! うちの最高級のクッキーはいかがかい! たったの銀貨三枚だよ!」
呼びかけてきた店主に、ガレットが眉をひそめた。
「銀貨三枚だと? ただのクッキーが、普段の五倍の値段ではないか。ぼったくりか?」
「滅相もない! これでも赤字なんだよ!」
店主は涙目で頭を抱えた。
「最近、街の『スイーツギルド』の組合長が変わってから、お砂糖の税金が十倍になったんだ! ギルドに逆らえば砂糖を回してもらえないし、まともな値段じゃお菓子が作れないんだよ……!」
「お砂糖の税金が十倍!? そんなの暴利だわ!」
シャルロッテが怒りでツインテールを逆立てた。
おてんば魔女にとって、お砂糖の不当な値上げは世界の終わりをも意味する。
「でも、ガトーさんも昔はこんな人じゃなかったんだ。組合長になったばかりの頃は、小さな菓子店にも砂糖を安く回してくれてたのに……」
店主は腑に落ちないように首を傾げた。
「フッ、これぞまさに『黒い利権』モフ。魔王の残滓が、ガトーとかいう組合長の強欲を膨らませているに違いないモフ!」
マカロンがチョビ髭をキリッとさせて推理する。
「よーし、お砂糖の恨みは恐ろしいってことを、そのギルドの奴らに教えてあげるわ!」
「シャロ、また暴走する気!? 相手は大泥棒じゃなくて街の権力者だよ!?」
慌てるエルマをよそに、シャルロッテは木べらを構えてギルドの本部へと直行した。
城塞のように立派なスイーツギルドの本部。
その豪華な応接室では、砂糖壺を思わせる真っ白な上着を着た、丸々と太った新組合長、ガトーがふんぞり返っていた。
その周囲には、目が赤く光るガッチリとした体格の「ギルド護衛兵」たちが控えている。
やはり、ここにも魔王の残滓の影響が出ていた。
「おーっほっほっほ! ここがお砂糖泥棒の本拠地ね!」
バーン! と音を立てて扉が開き、シャルロッテが乱入してきた。
「なんだ、お前たちは? 不法侵入だぞ、つまみ出せ!」
ガトーが不機嫌そうに合図すると、二人の護衛兵がシャロを掴もうと迫る。
「シャロ、後ろは任せて」
ガレットが前に出ようとしたが、シャルロッテがそれを手で制した。
「ガレットは待ってて。お菓子職人の喧嘩は、お菓子でカタをつけるのが流儀よ!」
シャルロッテは懐から、ルピナス村から持参した特製の「粉砂糖」の袋を二つ、両手に構えた。
「お菓子魔法・第三形態――『パウダーシュガー・スモークスクリーン』!」
シャロが粉砂糖を両手で派手にぶちまけると、部屋の中が一瞬にして真っ白な煙(粉砂糖)で満たされた。
「うわっ!? 目が、目が甘い!」
「口に入ると、妙に美味しいが前が見えん!」
護衛兵たちが混乱する。
「エルマ、今のうちにガトーのデスクにある『甘味流通録』を! 砂糖配給台帳のところよ!」
「えっ、あ、うん! 任せて!」
エルマは霧の中を素早くすり抜け、机の上の甘味流通録を掴んだ。砂糖配給台帳には、不自然に引き上げられた税率がびっしりと記されている。
「おのれ、小賢しい真似を! 総員、その生意気な娘を捕らえろ!」
ガトーの怒号に、煙が薄れた室内で、残りの護衛兵五人が一斉にシャルロッテに飛びかかった。
「ふふん、甘党の皆さん、デザートの時間よ!」
シャルロッテは木べらに全魔力を込め、床に向かって思い切り叩きつけた。
「砂糖菓子拘束!!」
瞬間、部屋の床一面に、ドロドロに溶けた熱々の「透明な飴細工の液」が波のように広がった。
「な、なんだこれは!? 足が抜けない!」
護衛兵たちが足を止められた。
だが、それだけでは終わらない。
「冷え固まりなさい! 急速冷却!」
シャルロッテがパチンと指を鳴らすと、お菓子魔法によって飴液が一瞬でカチカチに硬化。
護衛兵たちの足元は、ガラスのように美しいが、絶対に壊れない「巨大なべっこう飴」の台座に埋め込まれてしまった。
「う、動けん……! 身動きが取れん!」
「しかも、ほんのりイチゴの香りがして、なんか悔しい!」
「ひえええっ!? わ、私の自慢の私兵たちが、一瞬でお菓子の一部に!?」
ガトーが腰を抜かして椅子から転げ落ちる。
「残るはあんただけね、悪徳組合長!」
シャルロッテが木べらを突きつけると、ガトーの体からドロリとした黒い霧(魔王の残滓)が湧き出し、苦しそうに霧散していった。
正気に戻ったガトーは、「ひ、ひぇぇ、ごめんなさいぃ!」と涙目で両手を上げた。
「わ、私は……何をしていたんだ……?」
そのあとガトーは床に落ちた砂糖配給台帳を見つめ、青ざめた。
「最初は、少し利益を増やすだけのつもりだった。なのに、もっと、もっとと……いつの間にか、砂糖を独占することしか考えられなくなって……うう、本当に申し訳ない……! すぐに不当な税を撤廃し、お砂糖の価格も元に戻します……!」
ガトーは床に額をこすりつけ、涙ながらに誓った。
それを聞いたシャルロッテは、満足そうに頷く。
「ふぅ、これでお砂糖の税金は元通りね!」
「……見事な手際モフ。お菓子を罠にする発想、やはりお前はただの食いしん坊ではないモフ」
マカロンが感心したように頷いた。
「さすがは私の見込んだ魔女だ。……ところで、床のべっこう飴、少し削って食べても良いだろうか?」
ガレットが真剣な顔で剣を抜こうとして、エルマに「ダメに決まってます!」と叱られていた。
無事に砂糖配給台帳を街の衛兵に提出し、ギルドの不正を暴いた三人(と一毛玉)。
☆
夕方、街の広場では、砂糖の価格が元に戻ったことを祝って、即席のお祭りが始まっていた。
「シャロ、お疲れ様。はい、お水」
エルマが優しい笑顔でコップを差し出す。
「ありがと、エルマ。やっぱりエルマの隣が一番落ち着くわ」
シャルロッテはエルマの肩に頭を預け、のんびりと広場を眺める。
「……シャロ、その、ガレットさんのことなんだけど」
エルマが少し小声で、シャルロッテの服の袖をいじりながら言った。
「ん? ガレットがどうかした?」
「……ううん、なんでもない。シャロが、あ、あの人のことを『可愛い』とか思ってなきゃ、それでいいの」
エルマは顔を赤くしてぷいっと横を向いた。
ヤキモチ全開である。
「あはは! ガレットは格好いいけど、私の特別(一番)はエルマだけよ!」
シャルロッテが笑ってエルマの手をギュッと握ると、エルマはさらに真っ赤になって「もう、ばかシャロ……」と呟いた。
そんな二人の様子を、ガレットは広場のベンチで、シャルロッテが作ったお詫びのクッキーを幸せそうに頬張りながら見つめていた。
「モグモグ……。若いというのは、実に甘酸っぱくて美味だな……」
「お前が一番お気楽モフ」
マカロンの呆れ声が、お祭り騒ぎの街に溶けていった。
しかし、平和が戻ったのも束の間。
広場の中央にある、街のシンボル「巨大噴水」の様子が、どこかおかしくなり始めていた。




