第二話 幻のコケコッコーと、怒りのメレンゲ、ときどき嫉妬
「……ねえシャロ。いくらなんでも、お母さんに黙って出てきちゃうのはまずかったんじゃ……」
「平気平気! 置き手紙してきたし!『ちょっと世界を激甘にしてくる。あとエルマは私がもらった』って!」
「最後のフレーズのせいで、うちの実家が大騒ぎになってる気がする」
新緑の街道を歩きながら、シャルロッテは、愛用の木べらをバトンのようにくるくると回していた。
その隣では、幼馴染のエルマが大きなリュックを背負い、不安げに振り返っている。
シャロの頭の上には、相変わらずピンク色の綿あめこと精霊マカロンが、ヘアアクセサリーのふりをして鎮座していた。
ルピナス村を飛び出した三人(二女一毛玉)の最初の目的地は、隣の商業都市『カラメリア』。
だが、その道中はのどかなスローライフ……とはいかなかった。
「お前たち、甘いモフ! これからの旅路、魔王の残滓と戦うには、シャルロッテのお菓子魔法のレベルアップが不可欠モフ! そのためには、最高級の素材を手に入れる必要があるモフ!」
マカロンが偉そうにチョビ髭を震わせる。
「最高級の素材、ねぇ。この辺だと何があるの?」
シャルロッテが尋ねると、エルマが人差し指を顎に当てて思い出したように言った。
「あ、この先の『コケッコ森』には、幻の鳥『ギガ・コケコッコー』が住んでるって聞いたことがあるわ。その卵で作ったお菓子は、ほっぺたが落ちるほど美味しいんだって。それに、ギガ・コケコッコーの卵は卵白が普通より泡立ちやすいって、お父さんから聞いたことがある」
「それモフ! その卵を使って、至高のお菓子を作るモフ!」
お菓子マニアの血が騒いだシャルロッテは、拳を握りしめた。
「よし、ターゲットはギガ・コケコッコーの卵ね! 今夜のデザートは極上プリンに決定よ!」
こうして三人は街道を外れ、鬱蒼としたコケッコ森へと足を踏み入れた。
森の中は静かで、どこかフルーティーな香りが漂っている。
奥へ進むこと数十分。
開けた草むらに、それはいた。
「……デカいモフ」
マカロンが呟いた通り、そこにいたのは、ダチョウ並みの巨体を誇る、カラフルな羽毛に包まれた巨大なニワトリだった。
そしてその足元には、スイカほどもある、黄金に輝く卵がゴロゴロと転がっている。
「シャロ、あれがギガ・コケコッコーよ! でも、気性が荒いから気をつけて……」
エルマの警告が終わるより早く、シャルロッテはすでに卵に向かってダッシュしていた。
「ひゃっほう! 卵パラダイスじゃーーー!」
「コケエエエエーーーッ!?」
当然、激怒したギガ・コケコッコーが、鋭いくちばしを突き出してシャルロッテに突撃してくる。
「シャロ、危ないっ!」
エルマが悲鳴を上げる。
「フッ、私のスピードについてこられるかしら!? お菓子魔法・第二形態——『ホイップ・ステップ・ジャンプ』!」
シャルロッテがステップを踏むと、彼女の靴の裏から、まるでロケットの噴射口のように大量の「生クリーム」が勢いよく噴射された。
べちゃあ! と地面に広がった生クリームのクッションをバネにして、シャルロッテは重力を無視した大ジャンプを見せる。
「コ、コケ!?」
標的を見失った巨鳥は、地面の生クリームに足を取られ、ズサーーッと派手にスライディングして木に激突した。
「やったモフ! いまのうちに卵を盗るモフ!」
「盗るって言うな、お裾分けしてもらうの!」
シャルロッテは空中で華麗に一回転し、見事に黄金の卵を一個、小脇に抱えて着地した。
しかし、これで終わるほど幻の魔獣は甘くなかった。
木に激突したギガ・コケコッコーが、さらに目を血走らせて立ち上がる。
しかも、周囲の藪から、仲間の巨鳥たちがさらに三羽、ぬっと姿を現した。
「げ、増えた!?」
「コケエエエエッ!!」
「コココココッ!!」
四羽の巨鳥に囲まれ、絶体絶命。
かと思われたが、シャルロッテの口元が不敵に吊り上がった。
「ふふん、ちょうどいいわ。エルマ、さっき手に入れた卵、ちょっと割るからボウルと泡立て器を出して!」
「えっ!? この状況で今からお菓子作り!?」
エルマは混乱しながらも、長年の幼馴染の呼吸で、リュックから手際よく特大のボウルと泡立て器を差し出した。
「シャロ、泡立てすぎると崩れるよ!」
「分かってるって! マカロン、火力をちょうだい!」
「任せるモフ! 精霊の熱魔力、注入モフ!」
マカロンがシャロの頭の上でポーズを取ると、ボウルがほんのりと温まる。
シャルロッテは黄金の卵を片手でパカッと割り、卵白だけをボウルに落とした。
そして、愛用の木べらに魔力を込め、超高速でかき混ぜ始める。
「お菓子魔法、『怒りの百烈メレンゲ』!!」
残像が見えるほどの速度で動く木べら。
ギガ・コケコッコーの卵白は、シャロの魔力とマカロンの熱、そして超高速の攪拌によって、一瞬にして爆発的なボリュームの「メレンゲ」へと変化した。
ボウルから溢れ出た真っ白な泡の壁が、みるみるうちにシャルロッテたちを包み込んでいく。
「コケッ!?」
突撃してきた巨鳥たちは、弾力のある強固なメレンゲの壁に衝突し、ポヨンッとコミカルに弾き返された。
「すごい……! メレンゲが頑丈なシェルターになってる!」
エルマが目を輝かせる。
「それだけじゃないわよ。お菓子作りは、最後まできっちり仕上げなきゃね!」
シャルロッテはメレンゲの壁の隙間から木べらを突き出し、残った卵黄に砂糖と魔力を混ぜて、一気に周囲へ振り撒いた。
「カスタード・フラッシュ!!」
黄金の光を放つカスタードクリームの弾丸が、巨鳥たちの足元へ降り注ぐ。
メレンゲで弾かれ、カスタードで足元をドロドロに固められたギガ・コケコッコーたちは、完全に戦意を喪失した。
「コケ、コケェ……(もう無理ぽ)」と情けない声を上げながら、トボトボと森の奥へと退散していったのだった。
お詫び代わりなのか、黄金の卵もいくつか残していった。
「ふぅ、大勝利! これで極上プリンが作れるわ!」
シャルロッテは額の汗を拭い、満足げに笑った。
「……お前、本当に戦い方が変則的すぎるモフ。
お菓子への冒涜なのか敬意なのか分からんモフ」
マカロンが呆れつつも、ちゃっかり残ったカスタードを指で舐めている。
無事に森を抜けた三人は、夕暮れ時、カラメリアの街の門の手前にあるキャンプ地で一息つくことにした。
さっそく、シャルロッテは残った卵と牛乳、砂糖を使い、即席のお菓子魔法で特製の『黄金プリン』を作り上げた。
「はい、エルマ! 一番出来の良いやつ、エルマの分ね!」
シャロは、夕日に照らされてプルプルと揺れる、見るからに濃厚そうなプリンをエルマに手渡した。
「わあ……ありがとう、シャロ」
エルマは嬉しそうにスプーンを入れ、口に運ぶ。
「っ……! 美味しい……! すごく濃厚なのに、後味が上品で、なんだか体の中から元気が湧いてくるみたい……!」
「へへ、よかった。エルマのために危険を冒した甲斐があったわ」
シャルロッテは嬉しそうにエルマの顔を覗き込む。
相変わらず距離が近い。
エルマの頬が、夕焼けのせいだけではなく赤く染まる。
と、そのとき。
「おい、そこのお嬢さん方。随分と美味そうなものを食べているじゃないか」
低いながらも、どこか鈴の音を思わせる澄んだ声が響いた。
振り返ると、そこには一人の旅人が立っていた。
黒いマントを羽織り、腰に細身の剣を帯びた、銀灰色のショートカットの麗人。
切れ上がった琥珀色の瞳と、クールな美貌を持つ、年上の女剣士だった。
「……あ、あの、何かご用ですか?」
エルマが少し警戒しながら尋ねる。
女剣士は、シャルロッテが持っているプリンの鍋をじっと見つめ、それからシャルロッテの顔を真っ直ぐに見つめた。
「私は流浪の剣士、ガレット。……そのプリンから、ただならぬ聖なる魔力を感じてな。もしよければ、私にも一口分けてくれないだろうか? お礼に、この先の街の案内をしよう」
ガレットはそう言うと、シャルロッテの手をそっと握り、ふっと妖艶な笑みを浮かべた。
端正な顔立ちの美人に迫られ、さしものおてんばシャルロッテも「え、あ、うん。いいよ!」と少しドギマギしてしまう。
ガレットが一口味見した、その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……と、エルマの後ろから不穏なオーラが立ち上った。
エルマはスプーンを握りしめ、見たこともないような「冷たい笑顔」をガレットに向けた。普段は柔らかな青い瞳が、今だけはひやりと細められていた。
「……あら。街の案内なら、私でも地図がありますから大丈夫です。シャロのプリンは、シャロが『私のために』作ってくれたものですから。ね? シャロ?」
エルマの手が、シャロの肩にギチギチと食い込む。
「エ、エルマ? 目が笑ってないんだけど……!?」
「気のせいだよ(にっこり)」
「おほーっ! これは見事な三角関係の予感モフ! 甘いプリンの後に、ドロドロの愛憎劇モフ!」
マカロンが嬉しそうに野次馬根性を丸出しにする。
「まあまあ。プリン一口のお礼と言っただろう? カラメリアまでは私も同じ道だ。案内くらいさせてくれ」
「……本当に、案内だけですか?」
エルマがじとっとした目を向ける。
「もちろんだ。……ついでに、また菓子を作るなら味見役も引き受けよう」
「やっぱりそれが目的じゃない!」
こうしてガレットも、カラメリアまで同行することになった。
予期せぬ美少女(?)剣士の登場で、カラメリアの街を前に、シャロの周りの空気は一気に「激辛」へと変貌しつつあった。




