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着ぐるみモンスター Another  作者: 内田紀人
ミラーカメレオン編

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最終話「不思議なアクセサリー」

ある女子中学生の場合

最終話「不思議なアクセサリー」


 バザーから何日か経った朝。


「……あれ?」


 台所へ入った女性は、棚の上を見て足を止めた。


 見慣れない小さなものが、調味料の瓶の横に座っている。


 子供が人形でも置いたのだろうか。


 そう思ったのは一瞬だった。


 それは大きく伸びをすると、瓶にもたれていた身体を起こした。


「…………」


 女性が見つめる。


 向こうも見つめ返す。


 しばらくの間、どちらも動かなかった。


「……何?」


 女性が先に口を開いた。


 すると、小さなものは目を丸くした。


「見えるの?」


「しゃべった!?」


「やっぱり見えるんだ!」


「ちょ、ちょっと待って! 何なの!?」


 女性が後ずさった拍子に、テーブルへ腰をぶつける。


「痛っ!」


「大丈夫?」


「あなたのせいでしょ!」


「ぼく、何もしてないよ」


「してる! そこにいる!」


「いるだけなのに……」


 小さなものは困ったように首を傾げた。


 そのすぐ横には、数日前から女性が小物入れとして使っている品が置かれている。


 バザーで見つけたものだった。


 珍しい形が気に入って買っただけで、特別なものだとは思っていない。


「ちょっと待って。本当に何なの?」


「何って言われても……」


「動かないでよ!」


「分かった」


「しゃべるのも待って!」


「分かった」


「……返事はするんだ」


 女性は警戒したまま、それでも目の前の小さなものから目を離せなかった。


 朝の台所で、昨日まではあり得なかった会話が始まっていた。


     ◇


「お母さん、あそこ」


「何?」


「あそこに何かいる」


 別の日。


 母親と歩いていた男の子が、自動販売機の横を指さした。


 母親もそちらを見るが、そこには自動販売機と植え込みしかない。


「猫?」


「違う」


「じゃあ何?」


「分かんない。小さい人みたいなの」


「また変なこと言って」


「ほんとだって」


 男の子は目を細めた。


 はっきりとは見えない。


 何となく、人のような形をしたものがそこにいる気がする。


 じっと見ていると、向こうもこちらを見ているようだった。


 男の子は少し迷ってから、試すように小さく手を振ってみた。


 すると、少し遅れて、その影らしきものも手を振った。


「お母さん! 手振った!」


「誰が?」


「あれ!」


「だから何もいないって」


「いるってば!」


 母親に手を引かれても、男の子は何度も振り返った。


 最後まで、それが何だったのかは分からなかった。


 ただ、背負った鞄につけているお気に入りの飾りが、歩くたびに小さく揺れていた。


     ◇


 同じ頃。


「ない……」


 別の家では、若い男性が朝から鍵を探していた。


「ここに置いたはずなんだけどな」


 机の上にもない。


 鞄の中にもない。


 昨日着ていた服のポケットにも入っていない。


「やばい。遅れる」


 焦って机の下まで覗き込み、立ち上がろうとしたところで、なぜか棚の隙間が目に入った。


「……ん?」


 手を伸ばす。


「あった!」


 奥に鍵が落ちていた。


「何でこんなとこに……」


 考えても分からない。


 ただ、見つかったのだからいい。


 そして数日後。


 今度は駅へ向かう途中で信号に引っかかり、乗るつもりだった電車へ間に合わなかった。


「最悪……」


 ホームで次の電車を待っていると、後ろから名前を呼ばれた。


 振り返る。


「え?」


「久しぶり!」


 そこにいたのは、しばらく会っていなかった友人だった。


「何でここにいるの?」


「それ、こっちの台詞だよ」


 二人で笑う。


 乗り遅れなければ会わなかった。


 鍵も、たまたま目についただけ。


 そんなことは誰にでもある。


 それでも最近、似たようなことが少し多い気がする。


「……なんか最近、ちょっとツイてるな」


 男性はそう呟いて、鞄につけた小さな飾りを指先で弄んだ。


     ◇


 もちろん、何も変わらない人もいた。


「これ、やっぱりかわいい」


 バザーで買った小物を机の上に飾り、満足そうに眺める。


 妖精のようなものが見えるわけでもない。


 不思議な声が聞こえるわけでもない。


 妙に都合のいい偶然が続くこともなかった。


 けれど本人は、そんなことを気にすることもなく、気に入って買った品を普通に使っている。


 それだけだった。


     ◇


「則ちゃん」


「何?」


 放課後。


 悟と並んで歩いていた則人は、急に呼び止められた。


「……あそこ」


 悟が道の端を指さしている。


「何かいない?」


 則人がそちらを見る。


 塀のそばに、小さな妖怪が座っていた。


 則人にとっては、別に珍しい光景ではない。


「いるけど……」


 答えてから、則人は悟を見る。


「悟君、見えるの?」


「見えるっていうか……何かいるのは分かる」


「どんなの?」


「小さくて……人みたいな感じ? でも、ぼやけててよく分かんない」


「へえ……」


 則人が妖怪を見る。


 妖怪もこちらを見ていた。


 まず則人と目が合い、それから悟の方を見る。


 自分が見られているのか確かめるように何度か視線を動かしたあと、妖怪が恐る恐る片手を上げた。


「あ」


 悟が目を細める。


「今、手振った?」


「振ったよ」


「やっぱりいるんだ」


 悟も恐る恐る手を振り返す。


 すると妖怪は嬉しそうに、今度は両手を大きく振った。


 則人には、その口が動いているのも分かる。


「見えてるの?」


 妖怪の声が、はっきり聞こえた。


「何か言ってる?」


 悟が聞く。


「『見えてるの?』って」


「則ちゃんには聞こえるんだ」


「悟君は?」


 悟は耳を澄ませる。


「何か声っぽいのはするけど……何言ってるかまでは分かんない」


「そっか」


 則人は少し考えた。


「前からこんな感じだった?」


「ううん。最近かな」


「いつから?」


「分かんない」


「そっか……」


 二人は再び歩き出した。


 しばらくして、則人の視線が悟の鞄へ向く。


 歩くたび、小さな飾りが揺れている。


 バザーの日に悟自身が五百円を出して買ったものだった。


「……悟君」


「何?」


「それ、気に入ってる?」


「これ?」


 悟が飾りを見る。


「うん。結構気に入ってるよ」


「ずっとつけてるの?」


「せっかく買ったし。何か変?」


「ううん」


 則人は首を横に振った。


「何でもない」


 たまたまかもしれない。


 悟自身も、いつから見えるようになったのか分かっていない。


 それでも則人は、揺れている飾りをもう一度だけ見た。


     ◇


 それから少しして。


 最初は、一つの投稿だった。


『この前のバザーでアクセ買った人いる?』


 ほどなく返信がついた。


『買ったよ。千円くらいのやつ?』


『たぶん同じ。ちょっと聞きたいんだけど、買ってから変なことない?』


『変なこと?』


『笑わないでね。なんか小さいのが見える』


『何それ怖い』


『妖精みたいなの』


『写真撮って』


『撮ったけど写らない』


 そのやり取りに、別の誰かが入ってくる。


『私も一回だけ見た気がする』


『え、マジ?』


『気のせいかもしれないけど』


『私は何も見えない』


『私も。でも最近ちょっとツイてる気はする』


『どういうこと?』


『欲しかったものが最後の一個だったとか、会いたかった人に偶然会ったとか。その程度』


『それただの偶然でしょ(笑)』


『自分でもそう思う(笑)』


 さらに別の人が、


『うちは何も起きてないよ。普通にかわいいから使ってる』


 と書き込む。


『妖精とか絶対ネタ』


『でも同じバザーで買った人が何人か言ってない?』


『どこの店?』


『あの変わったアクセ売ってたところ』


『あれか。私も見た』


 話はまとまらない。


 見えたという人もいれば、何も見えないという人もいる。少しツイている気がするという話には、ただの偶然だという返信がつく。


 誰も、それを大事件だとは考えなかった。


 だからこそ、怖い噂としてではなく、ちょっと変わった話として少しずつ広がっていく。


『結局、あれって何なんだろ』


『知らん(笑)』


『なんか不思議なアクセサリーだね』


『何それ』


『でも一番合ってるかも』


『不思議なアクセサリーか』


 誰が最初にそう呼んだのかも、すぐに分からなくなった。


 ただ、その呼び方だけが少しずつ人から人へ渡っていった。


     ◇


 その頃。


 上の世界では、次のバザーの話がすでに始まっていた。


「次はもっと作るぞ!」


「人間は小さいものを好むのではないか?」


「いや、細かく作ったものも売れたと聞いた」


「今度は違う形も試してみよう」


「ところで、クッキーはいつ来る?」


「それは今、確認してもらっている!」


 自分たちの品物が、人間の間で妙な噂になり始めていることなど、誰も知らない。


 ミオも咲子も、もちろん知らなかった。


 彼女たちにとって、初めてのバザーは無事に終わった。


 妖怪たちにとっても、自分たちが作ったものを人間が気に入り、自分の意思で選んでくれた。それだけで十分に大きな出来事だった。


 けれど、人間の側では別の小さな変化も始まっていた。


「それ、落としたよ」


「え?」


「足元」


「あ……ほんとだ。ありがとう」


 今までなら届かなかった声が、誰かに届く。


「探してる人なら、さっき向こうにいたよ」


「え? 何で知ってるの?」


「見たから」


 昨日までなら生まれなかった会話が、ほんの少しだけ生まれる。


 それを奇跡と呼ぶほど、大きなことは何も起きていない。


 ただ、見えなかったものが少し見えるようになり、聞こえなかった声が少し届くようになった。


 そして、それだけのことで始まる関係もある。


 人間たちは、そんな出来事の理由をまだ知らない。


 妖怪たちも、自分たちの作った品が何を起こしているのか知らない。


 だから今のところ、人間側についた名前も、その程度のものだった。


 ――不思議なアクセサリー。


 けれど、妖怪たちが願っていた人間との共存は、誰も知らないところで、彼らが思っていたよりもほんの少しだけ先へ進み始めていた。

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