第四話「ちょっとだけ手伝う」
ある女子中学生の場合
第四話「ちょっとだけ手伝う」
「今」
「無理!」
「何で?」
「心の準備ができてない!」
「昨日、やるって言ったよね?」
「言ったけど!」
朝の昇降口。
女子中学生は靴を履き替えながら、足元にいる猫のようなものと言い争っていた。
少し先には、気になっている男子が一人で立っている。どうやら友達を待っているらしく、今なら確かに話しかけやすそうだった。
「ほら、今なら一人だよ」
「見れば分かる!」
「じゃあ行けば?」
「簡単に言わないでよ……」
女子中学生は靴箱の陰から男子を見る。
昨日、自分で頼んだのだ。話しかけやすいときがあったら教えてほしい、と。
猫は約束どおり、その機会を教えてくれた。
あとは自分が動くだけなのだが、それが一番難しい。
「何を話せばいいの?」
「おはよう、でいいんじゃない?」
「それだけ?」
「朝だから」
「そうだけど……」
このまま迷っているうちに、男子の友達が来てしまうかもしれない。
女子中学生は一度だけ深く息を吸った。
「……分かった」
靴箱の陰から出る。
「あ、あの!」
男子が振り返った。
「ん?」
「……おはよう」
「おはよう」
「…………」
「…………」
終わった。
何も続かない。
「じゃ、じゃあね!」
「うん。また教室で」
女子中学生は逃げるようにその場を離れた。
角を曲がったところで壁に背中をつけ、大きく息を吐く。
「無理……」
「できたじゃん」
「挨拶だけ!」
「でも話しかけたよ」
「もっと普通に話したかったの!」
「普通だったよ」
「私の中では普通じゃないの!」
猫のようなものは、本気で不思議そうに首を傾げた。
「人間って難しいね」
「あなたは簡単そうでいいよね!」
「ぼく、別に好きな人いないから」
「それ今言う!?」
◇
昼休み。
気になっている男子が数人の友人と教室を出ていく。
「行かないの?」
足元から猫の声がした。
「どこに?」
「あの子のところ」
「友達と一緒じゃん」
「じゃあ今はやめれば?」
「…………」
「何?」
女子中学生は少し意外に思って猫を見る。
「止めることもあるんだ」
「だって、今は話しかけにくそうだから」
てっきり男子を見つけるたびに「行け」と言われるのだと思っていた。
「何でも話しかければいいってわけじゃないんだ」
「嫌がられたら仲良くなれないでしょ」
「……意外とちゃんと考えてる」
「失礼だなあ」
「ごめん」
猫は人間の恋愛に詳しいわけではない。
相手の心が読めるわけでもなければ、誰かの気持ちを変える力があるわけでもない。
ただ、周囲を見ている。
一人なのか。忙しそうなのか。今なら話しかけても大丈夫そうなのか。
緊張していると女子中学生自身が見落としてしまう、そんな小さなことを横から教えてくれる。
それだけだった。
けれど彼女には、その「それだけ」がありがたかった。
◇
次の機会が来たのは放課後だった。
「今ならいいんじゃない?」
「え?」
教室にはまだ何人か残っている。
気になっている男子は、自分の席で鞄へ教科書を入れていた。
「一人だよ」
「見れば分かる」
「じゃあ行けば?」
「簡単に言わないでよ……」
「朝もできたよ」
「おはようって言っただけ!」
「でもできた」
女子中学生は少し黙った。
確かにそうだ。
昨日までなら、それすら迷っていたかもしれない。
「……何話そう」
「ぼくに聞かれても」
「手伝うって言ったじゃん」
「話すことまでは考えてないよ」
「役に立たない!」
「ひどい」
そのとき、男子の鞄から一冊の本が見えた。
「あ」
見覚えがある。
以前、二人とも好きだと分かった本だった。
「……あれなら」
今度は猫に教えてもらったわけではない。
自分で見つけた。
女子中学生は少し迷ってから、男子の席へ向かった。
「あのさ」
「ん?」
「それ、この前言ってた本?」
「ああ、これ?」
男子が鞄から本を出す。
「そう。読み直してる」
「やっぱり好きなんだ」
「うん。そっちも好きって言ってたよね?」
「覚えてたの?」
「この前話したじゃん」
「あ……うん」
自分との会話を覚えていてくれた。
それだけで嬉しくなる。
「続きも読んだ?」
「読んだよ」
「どうだった?」
「私は――」
そこからは、自然に話が続いた。
好きな場面や気になった登場人物、続きについての感想。最初は何を話せばいいのか分からなかったのに、共通の話題が一つあるだけで言葉は思った以上に出てくる。
気づけば数分が過ぎていた。
「じゃあ、また明日」
男子が言う。
「うん。また明日」
女子中学生は教室を出た。
廊下では、猫のようなものが待っている。
「いっぱい話せたね」
「……うん」
「よかったじゃん」
「うん!」
今度は素直に頷けた。
◇
それから何日か。
猫のようなものは、約束どおり小さなきっかけを教えてくれた。
「今、一人だよ」
「今日は無理!」
「じゃあやめる?」
「……やっぱり行く」
そんな日もあれば、
「今日は急いでるみたい」
「じゃあ話しかけない」
「うん」
と、何もしない日もある。
何でもかんでも背中を押すわけではない。
話しかけやすそうなら教える。難しそうなら、それも教える。
そして最後にどうするかを決めるのは、いつも女子中学生自身だった。
勇気が出ずに行けない日もある。
声をかけても、ほとんど話が続かない日もある。
逆に、何気なく話しかけただけなのに、思った以上に会話が弾むこともあった。
そんな日々を繰り返しているうちに、いつしか猫に教えてもらわなくても、自分から声をかけられることが増えていた。
◇
「ねえ」
ある日の帰り道。
猫のようなものが声をかけてきた。
「何?」
「あそこ」
少し先を、気になっている男子が一人で歩いている。
「今なら話せるよ」
「…………」
「行かないの?」
女子中学生は男子の後ろ姿を見る。
以前なら、ここで何度も迷っただろう。
何を話そう。
迷惑ではないか。
変に思われないか。
そんなことばかり考えて、結局何もしないまま終わっていたかもしれない。
「……行ってくる」
「うん」
女子中学生は足を速めた。
「あの!」
男子が振り返る。
「あれ? 今帰り?」
「うん」
「俺も」
「……途中まで一緒に帰っていい?」
言った。
言ってしまった。
心臓が一気に速くなる。
「いいよ」
「……ほんと?」
「帰る方向、途中まで同じでしょ?」
「う、うん!」
二人で並んで歩き始める。
何を話したのか、あとになったら半分くらいしか覚えていなかった。
学校のこと。
例の本のこと。
先生のこと。
どれも特別な話ではない。
それでも、二人で帰ったということだけは、たぶんしばらく忘れない。
途中で一度だけ後ろを見る。
猫のようなものが少し離れたところから、こちらを見ていた。
何かをしたわけではない。
ただ、小さく前足を上げる。
女子中学生も男子に気づかれないよう、ほんの少し手を振り返した。
◇
「ただいま」
家へ帰り、自分の部屋へ入る。
鞄を置いた瞬間、女子中学生はベッドへ倒れ込んだ。
「疲れたぁ……」
「楽しかった?」
「……うん」
「ならよかった」
猫のようなものが床へ座る。
女子中学生はしばらく枕へ顔を埋めていたが、やがて身体を起こし、鞄についているアクセサリーを見た。
「ねえ」
「何?」
「これ……ほんとに願い叶えてるのかな」
「何で?」
「だって、これ買ってからちょっとずつ仲良くなってるし」
「でも、まだ付き合ってないよ」
「そこまでは言ってない!」
「仲良くなりたいってお願いだったでしょ?」
「……そうだけど」
「じゃあ、少し叶ってる?」
「だから聞いてるの!」
猫のようなものは首を傾げた。
「ぼくには分からないよ」
「あなた、こういう不思議なものに詳しくないの?」
「ぼくが作ったんじゃないし」
「またそれ!」
二人で笑う。
少しして、猫のようなものが言った。
「でも、今日、一緒に帰ろうって言ったのは君だよ」
「……うん」
「本の話をしたのも君」
「うん」
「朝、挨拶したのも君」
「それはあなたが教えてくれたからでしょ」
「ぼくは『今なら話せそう』って教えただけ。話したのは君だよ」
「…………」
女子中学生はアクセサリーを見る。
確かにそうだった。
これを買ってから、少しだけタイミングのいい偶然が増えたような気はする。
猫に教えてもらったこともたくさんある。
けれど、最後に声を出したのは自分だった。
「じゃあ、これのおかげじゃない?」
「知らない」
「もう!」
「でも、きっかけは増えたんじゃない?」
「きっかけ?」
「前より、あの子と一緒になること多いでしょ」
「……うん」
「ちょっと運がいいのかもね」
「あなたが何かしてるんじゃないの?」
「ぼく?」
「招き猫っぽいし」
「ぼく、何もしてないよ。話しかけやすそうなとき教えてるだけ」
「そっか……」
それなら、猫が奇跡を起こしているわけではない。
アクセサリーが男子の気持ちを変えているわけでもない。
ただ以前よりほんの少し、都合のいい偶然が重なっている。
猫はその中にある小さな機会を見つけて教えてくれる。
そして、それをつかむかどうかは自分で決める。
きっと、それくらいなのだ。
◇
その夜。
いつものようにアクセサリーを枕元へ置く。
「今日はお願いしないの?」
猫のようなものが聞いた。
「うん」
「もう仲良くならなくていいの?」
「そうじゃなくて」
女子中学生は少し考えてから答えた。
「明日、自分で話しかけてみる」
「そっか」
「でも、チャンスあったら教えてね」
「結局ぼくも手伝うんだ」
「いいじゃん」
「いいけど」
二人で笑った。
女子中学生は布団へ入り、目を閉じる。
願い事が叶ったのかどうかは、まだ分からない。
アクセサリーのおかげなのか。
偶然なのか。
猫の助言なのか。
それとも、自分が少しだけ勇気を出せるようになったからなのか。
きっと、一つだけではない。
ただ一つ確かなのは、願いを口にするだけだった彼女が、今では自分から一歩を踏み出し始めていることだった。
そして枕元には、明日もまた小さなきっかけを教えてくれるかもしれない、猫のような友達がいた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




