第三話「見えていなかったもの」
ある女子中学生の場合
第三話「見えていなかったもの」
家を出てしばらくの間、女子中学生は何度も隣を確認していた。
そこには、今朝初めて姿を見た猫のようなものがいる。
本人は猫ではないと言い張っているし、人間が自分たちを「妖怪」と呼んでいることは知っていても、自分からそう名乗る感覚もないらしい。
昨日までなら、何もいないようにしか見えなかった場所だ。
「……やっぱりいる」
「いるよ」
「分かってるけど、確認したくなるの」
「何で?」
「昨日まで見えてなかったから」
猫のようなものにとっては、自分がそこにいることが普通なのだろう。
「ところで、学校ってどこ?」
「ついてくるって言ったのに知らないの?」
「知らないよ」
「まあ……そうだよね」
女子中学生は苦笑し、そのままいつもの通学路を歩いていった。
そして、その途中。
今までと同じはずだった景色の中に、昨日まではなかったものを見つけた。
◇
「…………」
足が止まる。
少し先の塀の上に、小さな何かが座っていた。
人間ではない。
かといって、見覚えのある動物でもない。
小さな身体に妙に大きな頭を乗せ、短い足をぶらぶらさせながら、通り過ぎていく人間たちを眺めている。
会社員がそのすぐ下を通った。自転車に乗った高校生も通り過ぎる。
誰も塀の上を見ない。
「ねえ」
「何?」
「あれ……」
女子中学生が声を落とす。
「塀の上にいるの、見える?」
「ああ、いるね」
「何、あれ?」
「知らない」
「知らないの?」
「知り合いじゃないし」
「そういう意味じゃなくて……あれも、人間が言うところの妖怪?」
「たぶんそうじゃない?」
「やっぱりいるんだ……」
思わず見つめていると、塀の上の何かがこちらを向いた。
目が合う。
女子中学生が固まり、向こうも固まった。
「……見えてる?」
先に口を開いたのは向こうだった。
「……うん」
「ほんとに?」
「うん」
「声も?」
「聞こえてる」
すると、その小さな妖怪は女子中学生以上に驚いた顔をした。
「見える人だ!」
「えっ?」
それだけ言うと、塀の向こうへ飛び降りて姿を消してしまった。
「…………」
女子中学生は呆然とする。
「逃げたね」
猫のようなものが言った。
「私、何もしてないんだけど」
「珍しかったんじゃない?」
「何が?」
「見える人」
その言葉を聞いて、女子中学生は鞄へ目を落とした。
そこには、バザーで買ったアクセサリーがいつものようについている。
◇
学校へ着いてから、偶然ではないことはすぐに分かった。
階段の踊り場や校庭の隅。普段あまり使われていない物置のそば。
どこにでもいるというほどではない。それでも注意していると、ときどき人間ではないものが景色の中に混じっている。
「……こんなにいたんだ」
昼休み。
女子中学生は窓から校庭を眺めながら、小さく呟いた。
「何が?」
隣にいた友達が聞く。
「あっ、何でもない」
「今日ずっと変じゃない?」
「そんなことないよ」
「朝から、誰もいないところ見たりしてるし」
「気のせい!」
何とか誤魔化しながら、もう一度校庭を見る。
植え込みの近くに、小さな妖怪がいた。
すぐそばでは何人もの生徒が話しているのに、誰も気づいていない。
女子中学生が見ていることに気づいたのか、その妖怪がこちらを見る。
少し迷ってから、向こうが小さく手を上げた。
女子中学生も、友達に気づかれないよう小さく手を上げ返す。
すると妖怪は嬉しそうに笑った。
それだけのことなのに、朝まで感じていた怖さが少しだけ薄れた。
昨日まで見えなかっただけで、彼らはずっと人間の近くにいたのかもしれない。
◇
放課後。
帰宅した女子中学生は、自分の部屋へ入るなり鞄を机の上へ置いた。
「やっぱり、これと関係あるよね」
「何が?」
「これ!」
鞄についたアクセサリーを指さす。
「これ買うまで、一度も妖怪なんて見たことなかったんだよ?」
「見えてなかっただけかもしれないよ」
「だから、それがこれのせいなんじゃないかって言ってるの」
「ああ」
「今分かったの?」
「うん」
「もう……」
猫のようなものに真剣な考察を期待するのは間違っている気がしてきた。
女子中学生はアクセサリーを外し、手のひらへ載せる。
「でも、いつからなんだろ」
「何が?」
「見えるようになったの」
買った直後からだったのかもしれない。
昨夜からだったのかもしれない。
確認する方法はない。
「私、これ買ってから毎晩お願いしてたじゃん。それで少しずつ――」
「何でお願いしたら、ぼくらが見えるようになるの?」
「……分かんないけど」
「ぼくも分かんない」
「じゃあ二人とも分かんないじゃん」
「そうだね」
思わず笑ってしまった。
言われてみれば、願い続けたから力が強くなったと考える理由はない。
買った直後から同じ状態だったとしても、妖怪に出会わなければ気づけないのだから。
「……試してみようかな」
「何を?」
「これが原因なのか」
◇
猫のようなものには部屋に残ってもらい、女子中学生はアクセサリーを机へ置いて廊下へ出た。
「まだ見える?」
「見えるよ」
少しずつ距離を取る。
最初は何も変わらない。
さらに離れていくと――。
「まだ見え……」
女子中学生は言葉を止めた。
猫のようなものが、ふっと認識から抜け落ちた。
消えた、という感覚とは少し違う。
そこにいたことは覚えているのに、今その場所を見ると、最初から何もいなかったように感じる。
声も聞こえない。
「……ねえ?」
返事はない。
女子中学生は慌てて部屋へ戻った。
何歩か戻ったところで、不意に声が耳へ入る。
「聞こえる?」
「聞こえた!」
同時に、猫のような姿も再び認識できるようになった。
「今、いなくなった!」
「ぼくはずっといたよ」
「でも見えなくなったの!」
「じゃあ、君の方が見えなくなったんじゃない?」
「……そういうこと?」
もう一度試す。
結果は同じだった。
厳密に何歩離れたら駄目、というものではないらしい。それでもアクセサリーが自分の身近な範囲から離れると、猫の姿も声も認識できなくなる。
「……やっぱり、これだ」
女子中学生はアクセサリーを手に取った。
「これが近くにある間だけ、あなたたちが見える」
「みたいだね」
「何で?」
「知らない」
「そこは最後まで知らないんだ」
「ぼくが作ったんじゃないから」
「それ何回目?」
二人で笑った。
◇
バザーで千円で買った、小さなアクセサリー。
かわいいと思った。
お守りみたいだと思った。
『身につけてたら願い事とか叶いそうじゃない?』
友達と、そんな冗談を言った。
けれど実際に起きたことは、願いをそのまま叶えるような奇跡ではない。
この品物が身近にある間だけ、今まで認識できなかった存在が見え、声が聞こえる。
なぜ自分にはここまではっきり分かるのか。ほかの人でも同じなのか。
それは分からない。
「変なの買っちゃったなあ……」
「嫌なの?」
「うーん……」
女子中学生は少し考えた。
今朝は怖かったし、今日一日で何度も驚いた。
それでも、昼休みに手を振ってくれた妖怪の顔を思い出す。
「……今のところは、ちょっと面白いかも」
「そっか」
「でも急に驚かせないでよ」
「分かった」
「あと、私のお願いのこと絶対誰にも言わないで」
「分かったって」
猫のようなものが笑い、女子中学生もつられて笑った。
◇
その夜。
アクセサリーを枕元へ置き、女子中学生はベッドへ入った。
「ねえ。昔は、もっと見える人がいたって言ってたよね」
「うん。いたと思うよ」
「その人たちとは話してたの?」
「見えてればね。道を教えたり、落とし物を教えたり、探してる人が近くにいたら教えたり」
「……やっぱり招き猫っぽい」
「何で?」
「あなたの友達と同じことしてるじゃん」
「でも、ぼく福なんて呼べないよ」
「別に福を出してるって意味じゃないんじゃない?」
「じゃあ何?」
女子中学生は少し考える。
「そういうのが、人間からしたら『福を招いてくれた』ように見えたとか?」
「そうなのかな」
「たぶん」
「君もたぶんって言ってる」
「あ」
二人で笑った。
昨日までと同じ町で、同じ人たちが暮らしている。
妖怪たちが突然現れたわけではない。
以前からそこにいたのに、人間からは見えず、声も届かなかった。
それがほんの少し変わっただけで、こうして話ができる。
「ねえ」
猫のようなものが言った。
「お願い、今日もしないの?」
「…………」
女子中学生の顔が赤くなる。
「忘れてなかったの!?」
「忘れられないよ」
「もう!」
「仲良くなりたいんでしょ?」
「だから言わないで!」
女子中学生は布団を引き上げたが、今度は怖くて隠れたわけではなかった。
「……お願いするだけじゃ駄目なんでしょ」
「うん」
「分かってるよ。でも、どうすればいいか分かんないの」
猫のようなものは少し考えてから、何でもないことのように言った。
「じゃあ、ちょっと手伝おうか?」
布団が少し下がる。
「……何を?」
「仲良くなるの」
「できるの?」
「好きにさせるとかはできないよ。話しかけやすいときに教えるくらい」
「それだけ?」
「それだけ。あとは君がやる」
魔法でも、願いを叶える力でもない。
ただ、自分が気づかなかった小さなきっかけを教えてくれるだけ。
女子中学生は少し迷ってから頷いた。
「……じゃあ、お願いしてもいい?」
「いいよ」
「でも変なことしないでよ」
「しないよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
「じゃあ……よろしく」
「うん。明日からね」
「明日から!?」
「早い方がいいでしょ?」
「心の準備が!」
「お願いは毎日してたのに?」
「それとこれとは違う!」
猫のようなものが笑い、女子中学生も少し遅れて笑った。
願いを叶える魔法はない。
けれど、見えなかったものが見えるようになったことで、今までなら見過ごしていた小さなきっかけを教えてくれる相手ができた。
あとは、そのきっかけをつかめるかどうか。
それは、彼女自身にかかっていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




