↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
着ぐるみモンスター Another  作者: 内田紀人
ミラーカメレオン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/84

午前中の売れ筋・後編

午前中の売れ筋・後編


「ありがとうございました!」


 また一人、客を見送る。


 今度売れたのは二千円ほどの商品だった。


「やっぱり、この辺強いね」


「うん」


 二人は改めて机を見る。


 朝とは明らかに様子が違っていた。


 千円から二千円台の商品が並んでいた場所には隙間が目立ち、補充した商品も少しずつ減っている。


 三千円前後は売れてはいるものの、まだそれなりに残っていた。


 五千円以上の商品は何度も手に取られているのに、ほとんど減っていない。


 そして意外なことに、五百円以下の商品もまだかなり残っていた。


「こっち、安いのに残ってるね」


「朝よりは売れたけどね」


「もっと最初に売れると思ってた」


「私も」


 値段を決めたときには、安い商品ほど先に売れていくのではないかと思っていた。


 けれど、午前中の客を見ている限り、実際にはそうなっていない。


     ◇


「これ、かわいい」


 一人の女性が五百円の商品を手に取った。


 ミオが少し期待する。


 女性はしばらく商品を眺めていたが、その隣に並んでいた千二百円の商品にも目を留めた。


「あ、こっちもいいな」


 二つを手に取り、見比べる。


 五百円。


 千二百円。


 値段だけなら、最初の商品は半分以下だ。


「どっちがいいと思う?」


 女性が連れに聞く。


「私はこっちかな」


 指さしたのは千二百円の商品だった。


「やっぱり?」


「そっちの方が似合いそう」


「じゃあ……こっちにしようかな」


 女性は五百円の商品を戻した。


「これください」


「ありがとうございます!」


 会計を済ませ、客を見送る。


 ミオは残された五百円の商品を見る。


「安い方が負けた」


「だから勝負じゃないって」


「でも、七百円も違うよ?」


「それでも気に入った方を選んだんでしょ」


「そっか……」


 午前中に来ている大人の客は、値段だけを見て一番安いものを選んでいるわけではない。


 もちろん安さを気にする人もいる。


 けれど、無理なく買える範囲なら、自分がより気に入った方を選ぶ人も多かった。


「今来てるの、大人の人が多いからかな」


 咲子が会場を見回す。


「そうかも」


「五百円なら安いけど、千円とか千五百円でも気に入ったら買えるってことなんじゃない?」


「じゃあ、五百円だから絶対こっちってならないんだ」


「たぶんね」


「なるほど……」


 ミオはまた一つ、覚えたように頷いた。


     ◇


 しばらくして、今度は一人の女性が千八百円の商品を二つ手に取った。


「うーん……」


 右を見る。


 左を見る。


 また右を見る。


 もう一度左を見る。


 かなり迷っている。


 ミオと咲子は、声をかけずに待った。


「すみません」


「はい」


「これ、どっちの方が人気あります?」


「えっ?」


 ミオが咲子を見る。


 咲子もミオを見る。


「人気……」


「どっちだろ」


 まだ午前中だ。


 売れた数も、それほど大きな差があるわけではない。


「今のところ、こっちの方が少し多いかな?」


「たぶん」


「たぶん?」


 女性が笑う。


「あ、すみません! 今日初めてで!」


「そうなんですか?」


「はい」


「じゃあ、一緒に迷ってるんですね」


「そうなんです!」


「そこ自信満々に言わないの」


 咲子が小声で突っ込む。


 女性は楽しそうに笑い、もう一度二つの商品を見る。


「じゃあ、こっちにします」


「ありがとうございます!」


 会計を済ませる。


 客が離れてから、ミオが咲子を見る。


「人気聞かれるとは思わなかった」


「私も」


「次から数えとく?」


「そこまでやる?」


「でも聞かれたら答えられるよ」


「売上の記録見れば分かるんじゃない?」


「あ、そっか」


「記録つけててよかったね」


「うん」


 売れた数を残すことにも、売上金額以外の意味があるらしい。


     ◇


 さらに別の客が来た。


 今度は二千円台の商品を手に取る。


「これ、朝も見たんですけど」


「え?」


 ミオが顔を上げる。


 言われてみれば、見覚えがある。


 開場して間もない頃、一度商品を見て、そのまま別の店へ行った女性だった。


「やっぱり気になっちゃって」


 女性が笑う。


「まだあってよかった」


「あります!」


 ミオが嬉しそうに答える。


「これください」


「ありがとうございます!」


 会計を済ませ、商品を渡す。


 女性を見送ったあと、ミオが言った。


「戻ってきてくれた」


「最初の一個の人もそうだったよね」


「うん」


 最初の頃は、商品を戻されたら「売れなかった」としか思っていなかった。


 でも、その場で買わなかったからといって、もう終わりとは限らない。


 ほかの店を見て。


 少し考えて。


 それでも気になったら、また戻ってくる人もいる。


「だから、戻されたからっていちいち落ち込まなくていいんだね」


「今さら気づいたの?」


「今ちゃんと分かったの!」


「朝から何回言ったと思ってるの」


「実際に戻ってきてもらわないと分かんないじゃん!」


「はいはい」


 咲子は笑った。


     ◇


 もちろん、戻ってくる客ばかりではなかった。


「これ、いいなあ」


 三千円台の商品を手にした女性が、かなり長い間迷っていた。


 何度も商品を見る。


 値札を見る。


 隣の商品と比べる。


「どうしよう……」


 ミオは少し期待していた。


 これだけ長く見ているなら、今度こそ売れるかもしれない。


 しかし。


「やっぱり今日はやめときます」


「はい。ありがとうございました」


 女性は商品を戻して去っていった。


「…………」


 ミオが商品を見る。


「今度は戻ってくるかな」


「戻ってこないかもしれないよ」


「分かってる」


「大丈夫?」


「うん」


 ミオは商品を元の位置へ整える。


「でも、前ほど落ち込まなくなった」


「成長したじゃん」


「でしょ?」


「まだ午前中だけど」


「そこは褒めて終わってよ!」


 咲子が笑う。


     ◇


 客の流れが少し落ち着いたところで、二人は売上の記録を確認した。


「千円台……結構出てる」


「二千円台も」


「三千円くらいになると少し減るね」


「五千円以上は……」


 二人が揃って高価格帯の商品を見る。


「ほぼそのまま」


「だね」


「でも見てくれる人はいるんだよね」


「そこなんだよね」


 誰にも興味を持ってもらえないのなら、商品そのものに問題があるのかもしれない。


 しかし高価格帯の商品は、むしろ足を止めて長く見てもらえることが多い。


 褒めてもらえる。


 手にも取ってもらえる。


 それでも、値札を見て迷う。


「やっぱり値段かな」


「可能性は高そう」


「午後になったら下げる?」


「まだ決めなくていいんじゃない?」


「そっか」


「夕方まで残ってたら、そのとき考えてもいいし」


「うん」


 ミオは高価格帯の商品を見ながら頷いた。


「じゃあ、今はこのまま」


「そうしよう」


     ◇


 今度は、低価格帯の商品を見る。


 百円。


 三百円。


 五百円。


 朝から多少は売れたが、中価格帯ほど大きく減ってはいない。


「こっちはどうする?」


「別にどうもしなくていいんじゃない?」


「値段上げる?」


「何で!?」


「だって安いのに売れてないから」


「売れてないから値上げするってどういう発想!?」


「高い方がちゃんとして見えるとか」


「今から変えない!」


「冗談だって!」


「ミオの場合、たまに本気か分かんないんだよ!」


 ミオは笑った。


「でも午後になったら変わるかな」


「子供が増えたらね」


「小学生だったら五百円くらい?」


「お小遣い次第じゃない?」


「百円とか三百円なら買いやすいよね」


「たぶん」


 今の時間帯は、大人の客が中心だった。


 だから低価格帯があまり動いていないだけなのかもしれない。


「誰が来るかで、売れるものが変わるのかな」


「午後になったら分かるんじゃない?」


「楽しみ」


「朝は売れるかどうかであんなに不安がってたのに」


「今はちょっと実験みたいで面白い」


「お店で実験しないの」


「だって結果気になるじゃん!」


 咲子も少し笑った。


     ◇


「ありがとうございました!」


 また一人、客を見送る。


 今度売れたのも千円台の商品だった。


 空いた場所を見て、ミオが商品を補充しようとする。


「あれ?」


「どうしたの?」


「これ、もうあんまりない」


「え?」


 咲子も確認する。


 朝には十分な数があった商品が、残りわずかになっていた。


「ほんとだ」


「売れたんだ……」


「そりゃ売れたから減ったんでしょ」


「分かってるけど!」


 ミオは残りの商品を見ながら笑う。


「朝は全部売れ残ったらどうしようって思ってたのに」


「今度はなくなる心配?」


「ちょっとだけ」


「忙しいね」


「だって初めてなんだもん!」


 残っている商品を見やすい位置へ並べ直す。


 朝には商品でいっぱいだった机も、少しずつ形を変えていた。


 よく売れたところには隙間ができ、補充してもまた減っていく。


 動かない商品は、朝とほとんど同じ場所に残っている。


 ただ数字を見るだけではなく、机そのものが午前中の売れ方を表していた。


     ◇


 少しして、客足が途切れた。


「ふう……」


 ミオが肩を回す。


「疲れた?」


「ちょっと」


「私も」


「今、何時?」


 咲子が時間を確認する。


「もうすぐお昼」


「えっ、もう?」


「朝からずっとやってたからね」


「早い……」


 二人は改めて会場を見る。


 まだ人は多い。


 けれど、朝から店に立ち続けていた二人にとっては、気づけばかなりの時間が過ぎていた。


「お腹すいた」


「私も」


「どうする?」


「交代で何か買ってくる?」


「一人で店番?」


「二人ともいなくなるわけにいかないでしょ」


「そうだけど……」


 ミオは少し残念そうな顔をした。


「ほかのお店も見てみたい」


「私も見たいけど、今は仕方ないでしょ」


「天女は朝からずっと見てるのに」


「天女は売り子じゃないから!」


「いいなあ……」


「仕事中!」


 そんな話をしていると。


「おーい」


 聞き慣れた声がした。


「え?」


 二人が顔を上げる。


 人混みの向こうから、こちらへ歩いてくる二人の姿が見えた。


「あ」


 ミオの顔が明るくなる。


「ゴンさん!」


 ゴンさんが片手を上げる。


 その隣には、奥さんの姿もあった。


「どうだ?」


「売れてるよ!」


 ミオがすぐに答える。


「思ったよりずっと!」


「そうか」


 ゴンさんは机の上を見る。


 朝より減った商品。


 空いた場所。


 何度か並べ直された陳列。


 奥さんも店を眺めて、少し笑った。


「二人とも、ちゃんとやってるじゃない」


「ほんと?」


「朝からずっと二人でやってたんでしょ?」


「はい」


 咲子が答える。


「だったら、そろそろ休憩しなさい」


「え?」


 ミオと咲子が同時に奥さんを見る。


「お昼、まだなんでしょう?」


「まだです」


「お腹すいてた!」


「ミオ!」


「だってほんとだもん!」


 ゴンさんが二人を見る。


「ここはしばらく俺たちが見てる」


「えっ?」


「二人で飯食ってこい」


 ミオと咲子が顔を見合わせた。


「二人とも?」


「ああ」


「お店見て回ってもいい?」


「飯を食ってからな」


「やった!」


「遊びに来たんじゃないんだから、時間は守れよ」


「分かってる!」


 咲子がミオを見る。


「ほんとに?」


「今日は遅刻しない!」


「戻る時間の話!」


「分かってるって!」


 奥さんが笑う。


「行ってらっしゃい。こっちは大丈夫だから」


「ありがとうございます!」


「お願いします!」


 二人は頭を下げた。


 朝からずっと自分たちの店に立ち続けていた。


 ようやく、少しだけ店を離れられる。


「何食べる?」


「先に決めるのそこ?」


「だってお腹すいた!」


「私もだけど!」


 二人は笑いながら、バザー会場の中へ歩き出した。


 午前中の店番は、ひとまずここまで。


 そして午後を迎える前に、ミオと咲子にも少しだけバザーを楽しむ時間がやってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。