午前中の売れ筋・後編
午前中の売れ筋・後編
「ありがとうございました!」
また一人、客を見送る。
今度売れたのは二千円ほどの商品だった。
「やっぱり、この辺強いね」
「うん」
二人は改めて机を見る。
朝とは明らかに様子が違っていた。
千円から二千円台の商品が並んでいた場所には隙間が目立ち、補充した商品も少しずつ減っている。
三千円前後は売れてはいるものの、まだそれなりに残っていた。
五千円以上の商品は何度も手に取られているのに、ほとんど減っていない。
そして意外なことに、五百円以下の商品もまだかなり残っていた。
「こっち、安いのに残ってるね」
「朝よりは売れたけどね」
「もっと最初に売れると思ってた」
「私も」
値段を決めたときには、安い商品ほど先に売れていくのではないかと思っていた。
けれど、午前中の客を見ている限り、実際にはそうなっていない。
◇
「これ、かわいい」
一人の女性が五百円の商品を手に取った。
ミオが少し期待する。
女性はしばらく商品を眺めていたが、その隣に並んでいた千二百円の商品にも目を留めた。
「あ、こっちもいいな」
二つを手に取り、見比べる。
五百円。
千二百円。
値段だけなら、最初の商品は半分以下だ。
「どっちがいいと思う?」
女性が連れに聞く。
「私はこっちかな」
指さしたのは千二百円の商品だった。
「やっぱり?」
「そっちの方が似合いそう」
「じゃあ……こっちにしようかな」
女性は五百円の商品を戻した。
「これください」
「ありがとうございます!」
会計を済ませ、客を見送る。
ミオは残された五百円の商品を見る。
「安い方が負けた」
「だから勝負じゃないって」
「でも、七百円も違うよ?」
「それでも気に入った方を選んだんでしょ」
「そっか……」
午前中に来ている大人の客は、値段だけを見て一番安いものを選んでいるわけではない。
もちろん安さを気にする人もいる。
けれど、無理なく買える範囲なら、自分がより気に入った方を選ぶ人も多かった。
「今来てるの、大人の人が多いからかな」
咲子が会場を見回す。
「そうかも」
「五百円なら安いけど、千円とか千五百円でも気に入ったら買えるってことなんじゃない?」
「じゃあ、五百円だから絶対こっちってならないんだ」
「たぶんね」
「なるほど……」
ミオはまた一つ、覚えたように頷いた。
◇
しばらくして、今度は一人の女性が千八百円の商品を二つ手に取った。
「うーん……」
右を見る。
左を見る。
また右を見る。
もう一度左を見る。
かなり迷っている。
ミオと咲子は、声をかけずに待った。
「すみません」
「はい」
「これ、どっちの方が人気あります?」
「えっ?」
ミオが咲子を見る。
咲子もミオを見る。
「人気……」
「どっちだろ」
まだ午前中だ。
売れた数も、それほど大きな差があるわけではない。
「今のところ、こっちの方が少し多いかな?」
「たぶん」
「たぶん?」
女性が笑う。
「あ、すみません! 今日初めてで!」
「そうなんですか?」
「はい」
「じゃあ、一緒に迷ってるんですね」
「そうなんです!」
「そこ自信満々に言わないの」
咲子が小声で突っ込む。
女性は楽しそうに笑い、もう一度二つの商品を見る。
「じゃあ、こっちにします」
「ありがとうございます!」
会計を済ませる。
客が離れてから、ミオが咲子を見る。
「人気聞かれるとは思わなかった」
「私も」
「次から数えとく?」
「そこまでやる?」
「でも聞かれたら答えられるよ」
「売上の記録見れば分かるんじゃない?」
「あ、そっか」
「記録つけててよかったね」
「うん」
売れた数を残すことにも、売上金額以外の意味があるらしい。
◇
さらに別の客が来た。
今度は二千円台の商品を手に取る。
「これ、朝も見たんですけど」
「え?」
ミオが顔を上げる。
言われてみれば、見覚えがある。
開場して間もない頃、一度商品を見て、そのまま別の店へ行った女性だった。
「やっぱり気になっちゃって」
女性が笑う。
「まだあってよかった」
「あります!」
ミオが嬉しそうに答える。
「これください」
「ありがとうございます!」
会計を済ませ、商品を渡す。
女性を見送ったあと、ミオが言った。
「戻ってきてくれた」
「最初の一個の人もそうだったよね」
「うん」
最初の頃は、商品を戻されたら「売れなかった」としか思っていなかった。
でも、その場で買わなかったからといって、もう終わりとは限らない。
ほかの店を見て。
少し考えて。
それでも気になったら、また戻ってくる人もいる。
「だから、戻されたからっていちいち落ち込まなくていいんだね」
「今さら気づいたの?」
「今ちゃんと分かったの!」
「朝から何回言ったと思ってるの」
「実際に戻ってきてもらわないと分かんないじゃん!」
「はいはい」
咲子は笑った。
◇
もちろん、戻ってくる客ばかりではなかった。
「これ、いいなあ」
三千円台の商品を手にした女性が、かなり長い間迷っていた。
何度も商品を見る。
値札を見る。
隣の商品と比べる。
「どうしよう……」
ミオは少し期待していた。
これだけ長く見ているなら、今度こそ売れるかもしれない。
しかし。
「やっぱり今日はやめときます」
「はい。ありがとうございました」
女性は商品を戻して去っていった。
「…………」
ミオが商品を見る。
「今度は戻ってくるかな」
「戻ってこないかもしれないよ」
「分かってる」
「大丈夫?」
「うん」
ミオは商品を元の位置へ整える。
「でも、前ほど落ち込まなくなった」
「成長したじゃん」
「でしょ?」
「まだ午前中だけど」
「そこは褒めて終わってよ!」
咲子が笑う。
◇
客の流れが少し落ち着いたところで、二人は売上の記録を確認した。
「千円台……結構出てる」
「二千円台も」
「三千円くらいになると少し減るね」
「五千円以上は……」
二人が揃って高価格帯の商品を見る。
「ほぼそのまま」
「だね」
「でも見てくれる人はいるんだよね」
「そこなんだよね」
誰にも興味を持ってもらえないのなら、商品そのものに問題があるのかもしれない。
しかし高価格帯の商品は、むしろ足を止めて長く見てもらえることが多い。
褒めてもらえる。
手にも取ってもらえる。
それでも、値札を見て迷う。
「やっぱり値段かな」
「可能性は高そう」
「午後になったら下げる?」
「まだ決めなくていいんじゃない?」
「そっか」
「夕方まで残ってたら、そのとき考えてもいいし」
「うん」
ミオは高価格帯の商品を見ながら頷いた。
「じゃあ、今はこのまま」
「そうしよう」
◇
今度は、低価格帯の商品を見る。
百円。
三百円。
五百円。
朝から多少は売れたが、中価格帯ほど大きく減ってはいない。
「こっちはどうする?」
「別にどうもしなくていいんじゃない?」
「値段上げる?」
「何で!?」
「だって安いのに売れてないから」
「売れてないから値上げするってどういう発想!?」
「高い方がちゃんとして見えるとか」
「今から変えない!」
「冗談だって!」
「ミオの場合、たまに本気か分かんないんだよ!」
ミオは笑った。
「でも午後になったら変わるかな」
「子供が増えたらね」
「小学生だったら五百円くらい?」
「お小遣い次第じゃない?」
「百円とか三百円なら買いやすいよね」
「たぶん」
今の時間帯は、大人の客が中心だった。
だから低価格帯があまり動いていないだけなのかもしれない。
「誰が来るかで、売れるものが変わるのかな」
「午後になったら分かるんじゃない?」
「楽しみ」
「朝は売れるかどうかであんなに不安がってたのに」
「今はちょっと実験みたいで面白い」
「お店で実験しないの」
「だって結果気になるじゃん!」
咲子も少し笑った。
◇
「ありがとうございました!」
また一人、客を見送る。
今度売れたのも千円台の商品だった。
空いた場所を見て、ミオが商品を補充しようとする。
「あれ?」
「どうしたの?」
「これ、もうあんまりない」
「え?」
咲子も確認する。
朝には十分な数があった商品が、残りわずかになっていた。
「ほんとだ」
「売れたんだ……」
「そりゃ売れたから減ったんでしょ」
「分かってるけど!」
ミオは残りの商品を見ながら笑う。
「朝は全部売れ残ったらどうしようって思ってたのに」
「今度はなくなる心配?」
「ちょっとだけ」
「忙しいね」
「だって初めてなんだもん!」
残っている商品を見やすい位置へ並べ直す。
朝には商品でいっぱいだった机も、少しずつ形を変えていた。
よく売れたところには隙間ができ、補充してもまた減っていく。
動かない商品は、朝とほとんど同じ場所に残っている。
ただ数字を見るだけではなく、机そのものが午前中の売れ方を表していた。
◇
少しして、客足が途切れた。
「ふう……」
ミオが肩を回す。
「疲れた?」
「ちょっと」
「私も」
「今、何時?」
咲子が時間を確認する。
「もうすぐお昼」
「えっ、もう?」
「朝からずっとやってたからね」
「早い……」
二人は改めて会場を見る。
まだ人は多い。
けれど、朝から店に立ち続けていた二人にとっては、気づけばかなりの時間が過ぎていた。
「お腹すいた」
「私も」
「どうする?」
「交代で何か買ってくる?」
「一人で店番?」
「二人ともいなくなるわけにいかないでしょ」
「そうだけど……」
ミオは少し残念そうな顔をした。
「ほかのお店も見てみたい」
「私も見たいけど、今は仕方ないでしょ」
「天女は朝からずっと見てるのに」
「天女は売り子じゃないから!」
「いいなあ……」
「仕事中!」
そんな話をしていると。
「おーい」
聞き慣れた声がした。
「え?」
二人が顔を上げる。
人混みの向こうから、こちらへ歩いてくる二人の姿が見えた。
「あ」
ミオの顔が明るくなる。
「ゴンさん!」
ゴンさんが片手を上げる。
その隣には、奥さんの姿もあった。
「どうだ?」
「売れてるよ!」
ミオがすぐに答える。
「思ったよりずっと!」
「そうか」
ゴンさんは机の上を見る。
朝より減った商品。
空いた場所。
何度か並べ直された陳列。
奥さんも店を眺めて、少し笑った。
「二人とも、ちゃんとやってるじゃない」
「ほんと?」
「朝からずっと二人でやってたんでしょ?」
「はい」
咲子が答える。
「だったら、そろそろ休憩しなさい」
「え?」
ミオと咲子が同時に奥さんを見る。
「お昼、まだなんでしょう?」
「まだです」
「お腹すいてた!」
「ミオ!」
「だってほんとだもん!」
ゴンさんが二人を見る。
「ここはしばらく俺たちが見てる」
「えっ?」
「二人で飯食ってこい」
ミオと咲子が顔を見合わせた。
「二人とも?」
「ああ」
「お店見て回ってもいい?」
「飯を食ってからな」
「やった!」
「遊びに来たんじゃないんだから、時間は守れよ」
「分かってる!」
咲子がミオを見る。
「ほんとに?」
「今日は遅刻しない!」
「戻る時間の話!」
「分かってるって!」
奥さんが笑う。
「行ってらっしゃい。こっちは大丈夫だから」
「ありがとうございます!」
「お願いします!」
二人は頭を下げた。
朝からずっと自分たちの店に立ち続けていた。
ようやく、少しだけ店を離れられる。
「何食べる?」
「先に決めるのそこ?」
「だってお腹すいた!」
「私もだけど!」
二人は笑いながら、バザー会場の中へ歩き出した。
午前中の店番は、ひとまずここまで。
そして午後を迎える前に、ミオと咲子にも少しだけバザーを楽しむ時間がやってきた。




