はじめて売れた!
はじめて売れた!
「これ、かわいいですね」
商品を手にした女性から声をかけられ、ミオと咲子は一瞬だけ顔を見合わせた。
「ありがとうございます!」
先に答えたのはミオだった。思ったより大きな声が出てしまい、女性が少し驚いた顔をする。
「あっ……すみません」
「何で謝るの」
咲子が小声で突っ込むと、女性は少し笑いながら手にした商品をもう一度眺めた。
「これ、手作りですか?」
「えっと……」
ミオの動きが止まり、咲子も一瞬だけ黙る。
ここで余計なことを言うわけにはいかない。
「はい。手作りのものです」
咲子が答えた。
「へえ、きれいですね」
「ありがとうございます!」
今度は二人の声が重なった。
女性は商品を裏返したり、角度を変えたりしながら、しばらく眺めている。
ミオは期待しながら待った。
これだけ見てくれている。かわいいとも、きれいだとも言ってくれた。
これはきっと――。
「ありがとうございます」
女性は商品を元の場所へ戻した。
「…………え?」
「ほかも見てきますね」
「あ、はい。ありがとうございました!」
女性はそのまま別の店へ向かっていった。
ミオは、さっきまで女性が持っていた商品を見る。
「……買わなかった」
「買わなかったね」
「かわいいって言ったのに」
「かわいいと思っても、買うとは限らないでしょ」
「そうなの?」
「私に聞かないでよ。私だって初めてなんだから」
咲子も正解を知っているわけではない。
「でも、ちゃんと話してくれたじゃん。さっきまでより進んだんじゃない?」
「……そっか」
ミオは商品を元の位置へ整えた。
売れなかったことだけを考えていたが、確かに初めて客と商品の話をした。
少しずつでも前には進んでいる。
「次は売れるかな」
「だから焦らないの」
◇
しばらくすると、今度は二人連れの客が足を止めた。
「これ、いくらですか?」
「はい!」
ミオが勢いよく答えようとして、念のため値札を見る。
「こちらは――」
値段を伝えると、二人は顔を見合わせた。
「どうする?」
「かわいいけど、ほかも見てからにしようか」
「そうだね」
二人はそのまま別の店へ向かっていった。
「……また買わなかった」
「でも値段聞かれたよ」
「値札あるのに?」
「確認したかったんじゃない?」
「そういうもの?」
「たぶん」
「咲子も『たぶん』じゃん」
「初めてなんだから仕方ないでしょ!」
少しすると、別の客が来た。
今度は安い価格の商品を手に取る。
「これ、百円?」
「はい!」
「へえ」
しばらく眺めたあと、元の場所へ戻して去っていった。
「百円でも売れない!」
「値段だけじゃないってことじゃない?」
「難しい……」
また別の客が来る。
今度は少し高めの商品を手に取った。
「これ、いいですね」
「ありがとうございます」
客は値札を確認し、少し考える。
「……ちょっと考えます」
商品を戻し、そのまま離れていった。
「今のは値段かな」
「かもしれないけど、まだ分かんないよ」
「うーん……」
ミオは腕を組んで商品を見る。
安ければ売れるわけではない。褒めてもらえたからといって、必ず買ってもらえるわけでもない。値段を聞かれても、それだけで決まるわけではなかった。
「お客さんって難しい」
「お客さんが難しいんじゃなくて、買うかどうか決めるのが簡単じゃないんじゃない?」
「同じじゃない?」
「ちょっと違う!」
◇
「これ、もう少し下げた方がいいかな」
ミオが中くらいの値段の商品を見ながら言った。
「また?」
「だって、さっきの人も値段見て戻したよ」
「でも、その前の人は百円のも戻したでしょ」
「そうなんだよね……」
二人で商品を見る。
準備のときには、値段を決めて値札をつければ、それで終わりだと思っていた。
実際に売ってみると、客が何を見ているのかさえ簡単には分からない。
「でも、今変える?」
「まだやめとこう」
「やっぱり?」
「もうちょっと見てから。始まったばっかりなのに変えたら、何のためにあんなに相談して決めたのか分かんないでしょ」
「でも売れなかったら?」
「そのとき考えようよ。値段のせいなのか、商品なのか、それともほかに理由があるのか、今はまだ分かんないんだから」
「……うん」
少なくとも、始まってすぐ値段を変えるのはやめる。
その代わり、どんな商品を客がよく見るのか、どの値段で迷うのか、二人とも少しずつ気にするようになっていた。
◇
「あ」
ミオが小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「さっきの人」
「え?」
最初に商品を褒めてくれた女性が、通路の向こうから戻ってきた。
「あ」
咲子も気づく。
「戻ってきた」
「ほんとだ」
二人は思わず姿勢を正した。
女性はほかの店を見たあと、もう一度二人の店の前で足を止める。
「さっきの、まだあります?」
「あります!」
ミオが即答した。
「これですよね?」
先ほどの商品を示す。
「そう、それです」
女性はもう一度手に取り、値札と商品を交互に見る。
ミオは何も言わず待った。
最初に来たときなら、何か言わなければと焦っていたかもしれない。けれど、何人かの客を見ているうちに、迷っている時間もその人にとって必要なのかもしれないと思えるようになっていた。
やがて女性が二人へ顔を向ける。
「これ、ください」
ミオと咲子が固まった。
さっきまで何人もの客が商品を見ていた。手に取った人もいたし、値札を確かめた人もいた。それでも最後には元の場所へ戻し、そのまま別の店へ向かっていった。
だから二人とも、一瞬だけ言葉の意味を理解するのが遅れた。
「え?」
女性が少し不思議そうにする。
「あっ!」
ミオが我に返った。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
二人の声が重なった。
◇
「えっと、お会計!」
「分かってる!」
「袋!」
「ある!」
「お釣り!」
「待って!」
「私、何すればいい!?」
「ミオ、落ち着いて!」
「咲子も慌ててるじゃん!」
何度も準備してきた。
釣り銭も用意した。袋も用意した。売上をどう記録するのかも決めてある。
それなのに、実際に目の前で「買います」と言われた途端、二人とも頭の中から手順が飛んでしまった。
「まず金額確認!」
「うん!」
「お預かりします」
咲子がお金を受け取り、釣り銭を確認する。
「これで合ってるよね?」
「うん……あ、待って」
「えっ!?」
「うん、合ってる!」
「びっくりさせないでよ!」
「ごめん!」
ミオは商品を袋へ入れる。
自分たちが何度も並べ直した商品の一つ。
昨日まで箱の中にあり、今朝は二人でどこへ置くか悩んでいたものが、今は誰かに持って帰ってもらうために袋の中へ入っていく。
「お待たせしました」
ミオが女性へ差し出す。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
女性は袋を受け取ると、笑顔を見せた。
「大事にしますね」
ミオが一瞬、言葉に詰まる。
「はい!」
今度の返事は、さっきより少しだけ大きかった。
女性が店を離れていく。
二人はその後ろ姿を、しばらく黙って見送った。
女性の持っている袋が、人混みの向こうへ少しずつ遠ざかっていく。
ミオが机を見る。
さっきまで商品が置いてあった場所が、一つだけ空いていた。
「……なくなった」
「え?」
「ここ。さっきまで、ここにあったのに」
「……うん」
「ほんとに持っていってくれた」
咲子も空いた場所を見る。
売れたのだから当たり前のことだった。
けれど、その小さな空間を見た瞬間、ようやく実感が追いついてきた。
「……売れたんだね」
「うん」
最初にバザーの話をしたときには、本当にできるのかさえ分からなかった。
何を売るのか考え、値段を決め、値札を作った。袋や釣り銭を用意し、どう並べるのかまで二人で何度も考えた。
今朝だって、本当に誰かが買ってくれるのか不安だった。
開場してからは何人もの客が前を通り過ぎ、商品を見ても去っていった。値札を確認して戻す人もいた。
もしかしたら本当に一つも売れないのではないかと、少しだけ思った。
それでも今、一つだけ空いた場所がある。
知らない誰かが、自分たちの並べた商品の中から一つを選び、お金を払って持って帰ってくれた。
「……なんか、すごいね」
ミオが笑う。
「一個売れただけだよ」
咲子はそう言ったものの、その顔も笑っていた。
「でも、一個目じゃん」
「……そうだね」
「最初の一個だよ」
咲子は売上を記録する。
そこに初めて数字が入った。
準備を始めてから積み重ねてきたものが、初めて目に見える結果になった。
「ゼロじゃなくなった」
「うん!」
「ちゃんと売れた」
「うん!」
「私たちのお店で!」
「だから声大きいって!」
咲子に注意され、ミオは慌てて口を押さえる。
それでも笑顔は消えなかった。
「……嬉しいね」
今度は小さな声で言った。
咲子も少しだけ間を置いてから頷く。
「うん。嬉しい」
二人はもう一度、商品が一つなくなった場所を見る。
ほんの小さな空白だった。
けれど今の二人には、それが今日一番嬉しい景色に見えた。
◇
「いらっしゃいませ」
次に来た客へ、今度はミオから自然に声をかけられた。
その客は少し商品を見ただけで、そのまま去っていく。
それでも、もうさっきほど落ち込まなかった。
「見てくれたね」
「うん」
「次かな」
「どうだろうね」
別の客が来る。
今度は百円の商品を手に取った。
「これ、ください」
「はい!」
二人の顔が明るくなる。
二つ目。
最初ほど慌てはしたものの、今度は会計の手順もさっきより少しだけスムーズだった。
そのあと、同じくらいの価格の商品がもう一つ売れた。
「ねえ、咲子」
「何?」
「百円の、結構売れるね」
「まだ何個かだけどね」
「でも、さっきより動いてる」
「うん」
「これ、もうちょっと高くても売れたかな」
「もう値上げの話?」
「今日変えるって言ってないよ。次があったらって話!」
咲子も商品を見ながら少し考える。
「まあ……こういう安いのは、あまり迷わず買いやすいのかもね」
「じゃあ次は百五十円?」
「すぐ決めない!」
「二百円?」
「だから!」
「冗談だって」
「ミオの場合、本気に聞こえるんだよ!」
二人は笑った。
今度は、中くらいの値段の商品を客が手に取る。
しばらく見る。
値札を確認する。
別の商品と比べる。
そして元の場所へ戻す。
「…………」
「ミオ」
「分かってる。まだ値段変えない」
「よろしい」
「でも覚えとこう」
「それはいいと思う」
さらに別の客は、高めの商品をかなり長い時間眺めた。気に入っているようにも見えたが、最後には値札をもう一度確認して戻していった。
「今のはどう思う?」
「値段で迷った可能性はありそう」
「やっぱり?」
「でも、それだけとは限らないからね」
「うん」
二人は少しずつ、ただ商品を売るだけではなく、客が何を見て、何に迷い、どこで手を止めるのかを観察するようになっていた。
安い商品は比較的動きやすい。
中くらいの値段の商品は手に取る人こそいるものの、少し迷われる。
高めの商品になると、興味を示してもすぐには決めてもらえない。
もちろん、まだ始まったばかりだ。今の様子だけで何かを決められるほど経験もない。
それでも、準備しているだけでは分からなかったことが、少しずつ見え始めていた。
「終わったら反省会だね」
「もう次のこと考えてるの?」
「だって、せっかく分かってきたんだもん」
「まだ始まったばっかりだよ」
「あ、そうだった」
二人は顔を見合わせて笑った。
そのとき、また新しい客が店の前で足を止める。
「すみません、これ見てもいいですか?」
「はい、どうぞ!」
今度は二人とも、最初ほど慌てなかった。
まだ分からないことばかりだったし、このあと何が売れるのかも分からない。
それでも、最初の一つが売れる前と今とでは少しだけ違う。
一つの空いた場所と、売上記録に書かれた最初の数字。
その二つが、ここまで準備してきたことは無駄ではなかったと二人に教えてくれていた。
ミオと咲子のバザーは、ようやく本当に動き始めていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




