まだ、売れない
まだ、売れない
「わあ……」
会場へ着いたミオは、思わず声を漏らした。
まだバザーの開始時刻までは余裕がある。それでも会場にはすでに多くの出店者が集まり、それぞれの場所で準備を始めていた。
机を運ぶ人、箱から商品を取り出して並べる人、値札を一枚ずつ確認する人。隣の店と話しながら準備を進めている人もいて、あちこちから声が飛び交っている。
昨日まで頭の中で想像していた「バザー」が、目の前で本物になっていた。
「ミオ、止まってないで行くよ」
「あ、うん!」
咲子に呼ばれ、ミオも荷物を持ち直した。
「私たちの場所、どこだっけ?」
「ちゃんと確認してきたでしょ」
「確認したけど、こんなにいっぱいあると思わなかったんだもん」
「ほら、あっち」
咲子が指さした先に、自分たちへ割り当てられた場所があった。
「あった!」
「まず荷物置こう」
「うん!」
二人は荷物を運び込み、昨日何度も確認した物を箱から取り出していく。
「商品」
「ある」
「値札」
「ある」
「袋」
「ある」
「お釣り」
「ある」
「売上つけるやつ」
「ある」
「昨日と同じことやってない?」
「確認は大事なの!」
「昨日、何回確認したと思ってるの?」
「今日なくなってたら困るでしょ!」
「勝手になくならないよ!」
言い合いながらも、二人の手は止まらない。
昨日までは箱の中に入れておくだけだった商品を、今日は客に見てもらうために並べる。
いよいよ、自分たちの店を作る時間だった。
◇
「これ、前に置いた方がよくない?」
「でも、それだとこっちが見えなくなるよ」
「じゃあ、こっちを前?」
「今度は値札が隠れる」
「難しい!」
準備の段階では、どこに何を置くかも一応考えていた。
ところが、実際の机へ並べてみると想像していたのとは少し違う。机の広さも、商品同士の間隔も、頭の中で考えていたときには気づかなかったことばかりだった。
「もっと広いと思ってた」
「私も」
「これ全部並ぶ?」
「並べないと売れないでしょ」
「それはそうだけど……」
二人は一度並べた商品を見て、揃って首を傾げた。
「……なんか違う」
「うん」
「お店っぽくない」
「じゃあ、やり直す?」
「やり直そう」
せっかく並べた商品を、また動かす。
「これはこっち」
「そっちは?」
「前かな」
「値札見える?」
「見える」
「袋は?」
「商品じゃないんだから下でいいでしょ」
「あ、そっか」
少しずつ形になっていく。
ところが、全部並べてみると今度は別の問題が出てきた。
「咲子」
「何?」
「これ、かわいいのに後ろだと見えなくない?」
「じゃあ前にする?」
「でも、それやったらこっちが隠れる」
「また最初からになるよ」
「うーん……」
二人で悩んでいると、横から声がした。
「まだやってるのか」
「あ、ゴンさん」
ゴンさんが二人の店を眺める。
「どう?」
ミオが聞いた。
「どうって?」
「お店っぽい?」
「バザーの店には見える」
「もうちょっと褒めてよ!」
「何を褒めるんだ」
「かわいいとか!」
「俺に聞くな」
咲子が思わず笑った。
「でも、全部見えるようにするのが難しくて」
「全部同じように見せようとするからじゃないか?」
「え?」
「目につきやすい物を前に置いて、細かい物は見やすいようにまとめればいいだろ。全部を一番前に置くことはできないんだから」
ミオと咲子が机を見る。
「……なるほど」
「それなら入りそう」
二人はもう一度商品を動かした。
「これを前」
「こっちはまとめる」
「値札、見える?」
「見える」
「これなら?」
「いいんじゃない?」
ようやく二人とも納得できる形になった。
「できた!」
ミオが一歩下がると、咲子も隣へ並んだ。
昨日まで箱の中に入っていた商品が机の上に並び、それぞれに値札がついている。袋も釣り銭も用意してあり、売上を記録する準備もできていた。
「……お店みたい」
ミオが呟いた。
「お店なんだけど」
「そうだけど!」
咲子も完成した机を眺める。
「でも……ちゃんとできたね」
「うん」
最初にバザーの話をした頃には、まだ何もなかった。
それが今は、目の前に一つの店として形になっている。
二人とも少しだけ笑った。
◇
「あと何分?」
「もうすぐ」
「何分?」
「さっきから三回目だよ」
「だって気になるんだもん!」
開始時刻が近づくにつれ、会場の雰囲気も変わってきた。
ほかの店も準備を終え始め、出店者たちが最後の確認をしている。会場の入口付近には少しずつ人も集まり、開始を待つ声も聞こえてきた。
それを見たミオの顔が固まる。
「咲子」
「何?」
「人いる」
「バザーなんだからいるでしょ」
「分かってるけど……ほんとに来るんだね」
「昨日も同じこと言ってなかった?」
「昨日はいなかったもん!」
ミオは自分たちの机を見る。
並べ方は大丈夫。
値札も見える。
釣り銭もある。
準備はしたはずなのに、人が集まっているのを見ると急に不安になってくる。
「ちゃんとできるかな」
「やるしかないでしょ」
「咲子、緊張してないの?」
「してない」
「ほんと?」
「…………ちょっとしてる」
「してるんじゃん!」
「ミオほどじゃない!」
二人は顔を見合わせて笑った。
そんなことを言っているうちに、開始を知らせる案内が聞こえた。
二人が同時に黙る。
「……始まった?」
「始まったね」
入口から人が入ってくる。
さっきまで準備をしている人ばかりだった通路を、今度は客が歩き始めた。
ミオと咲子は自然と背筋を伸ばした。
◇
一人目の客が近づいてくる。
ミオが身構え、咲子も少し姿勢を正す。
その人は、二人の店を見ることなく隣の店へ向かった。
「…………」
「…………」
「今、絶対こっち来ると思った」
「まだ始まったばっかりだから」
次の人が来る。
今度は二人の机をちらりと見た。
「……!」
ミオの顔が明るくなる。
しかし、その人は歩みを止めることなく通り過ぎていった。
「…………」
「ミオ」
「何?」
「いちいち落ち込まないの」
「だって見たじゃん!」
「見たね」
「なのに行っちゃった」
「見るだけの人だっているでしょ」
「そっか……」
その次に来た人は、少しだけ歩く速度を落とした。
商品を見る。
ミオと咲子が黙って様子をうかがう。
しかし、その人もそのまま通り過ぎた。
「……また行っちゃった」
「まだ三人くらいでしょ」
「三人とも買ってない」
「三人とも買ったら逆にすごいよ!」
それからも、人は何人も前を通った。
まったく興味を示さない人もいれば、ちらっと見るだけの人もいる。少し歩みを緩めても、すぐ別の店へ向かう人もいた。
中には店の前まで近づいてくる人もいる。
「……来た」
「静かに」
一人の客が、机の上の商品を眺める。
ミオは声をかけようか迷い、口を開きかけてやめた。
あまり勢いよく声をかけたら、かえって見づらいかもしれない。
客の視線が値札へ移る。
ミオは思わずその視線を追った。
しばらく見たあと、その人は商品へ手を伸ばすことなく離れていった。
ミオの顔が曇る。
「ねえ、咲子」
「何?」
「値段、高かったかな」
「え?」
「今の人、値札見てから行っちゃった」
「でも、その前の人は値札見る前に行ったよ」
「じゃあ商品が駄目ってこと!?」
「何で悪い方にしか考えないの!」
「だって誰も買わないんだもん!」
「まだ始まったばっかりでしょ」
「でも……」
ミオは机の上を見る。
準備のときには、二人で何度も相談して値段を決めた。
気軽に買える値段の物もあれば、少し考えてから買うような値段の物もある。それぞれに理由があって決めたつもりだった。
けれど、実際に客が値札を見て去っていく姿を目の前にすると、急に自信がなくなってくる。
「やっぱり少し下げる?」
「まだ駄目」
「何で?」
「始まったばっかりなのに変えたら、何のためにあんなに相談して決めたの」
「でも売れなかったら?」
「そのとき考えようよ。今はまだ、値段のせいなのかどうかも分かんないでしょ」
「……うん」
「それに」
咲子が通路を見る。
「見てくれる人はいるじゃん」
確かに、誰も興味を持っていないわけではない。
また一人、店の前で少しだけ歩みを緩めた。
商品を見る。
値札も見る。
そして離れていく。
「……また行った」
「だから落ち込まない!」
◇
時間が経つにつれて、二人も少しずつ客の動きに慣れてきた。
前を通ったからといって、必ず店を見るわけではない。
見たからといって、必ず立ち止まるわけでもない。
立ち止まって値札を確認しても、そのまま離れる人もいる。
逆に、一度通り過ぎたあと、少し離れたところからもう一度商品を見ている人もいた。
「あの人、さっきも見てなかった?」
「見てた」
「戻ってくるかな」
「分かんない」
「来てほしいなあ」
「じっと見たら来づらいから」
「あ、そっか」
ミオは慌てて視線を外す。
別の客は、安い値段の商品をしばらく眺めていた。
「……あれ、気になってるのかな」
「かもね」
「声かける?」
「もうちょっと待ったら?」
二人が様子を見ているうちに、その客も別の店へ向かっていった。
「あー……」
「仕方ないって」
「バザーって難しいね」
「まだ何も売ってないけどね」
「それ言わないで!」
準備しているときには、商品を並べれば誰かが見て、気に入れば買ってくれるくらいに考えていた。
実際には、その間にいくつもの段階があるらしい。
見る。
近づく。
値札を確認する。
迷う。
そして、そのまま去ることもある。
客が何を考えているのか、二人にはまだほとんど分からなかった。
「これ、売れ始めたら何が人気か分かるのかな」
「たぶんね」
「安いのばっかり売れたら?」
「そのとき考えようよ」
「もうちょっと高くてもよかったとか?」
「だから、まだ一個も売れてないって!」
「そうだった!」
咲子が思わず笑う。
「まず一個売ってから考えよう」
「うん」
「値段の反省会はそのあと」
「分かった」
ミオも笑った。
今のところ、値札を変える必要はない。
まだ始まったばかりなのだから、まずは自分たちで決めた値段のまま、客がどう反応するのかを見ることにした。
◇
そのとき、また一人の客が近づいてきた。
ミオはちらりと見る。
さっきまでならすぐに身構えていたが、今度は黙って様子を見ることにした。
客が店の前で歩みを緩める。
机の上を見る。
まだ去らない。
咲子も気づいたが、何も言わない。
客が一歩、机へ近づいた。
値札を見る。
それでも離れない。
そして、一つの商品へ手を伸ばした。
ミオと咲子の視線が、その手を追う。
今までにも商品を眺めた人はいた。
値札を見た人もいた。
けれど、実際に手に取った人は初めてだった。
客は商品を手にしたまま、表から裏へ返すようにして眺めている。
ミオは声をかけようとして、一瞬迷った。
さっきまでなら慌てて何か言っていたかもしれない。
けれど、今は少しだけ待つ。
客がもう一度商品を見て、それから二人へ顔を向けた。
「これ、かわいいですね」
「…………!」
ミオと咲子は顔を見合わせた。
初めて、店の前で足を止めた誰かから、自分たちへ言葉が向けられた。
まだ売れたわけではない。
けれど二人にとっては、それだけでも最初の一歩だった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




