バザーまで、あと一日
バザーまで、あと一日
「……これで全部?」
「たぶん」
「たぶんって言わないでよ」
咲子がすぐに返した。
テーブルの上には、明日のバザーで使う物が所狭しと並んでいる。商品はもちろん、値札や袋、釣り銭を入れるケース、売上を記録するためのものまで、準備を始めた頃には考えてもいなかった物がいつの間にか増えていた。
ミオは一つずつ指をさしながら、もう一度確認する。
「袋あるでしょ。値札もある。お釣りも準備したし……」
「商品は?」
「ある」
「数えた?」
「数えた」
「ほんとに?」
「数えたって!」
「ミオだからなあ」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
「ひどい!」
そんなことを言いながらも、二人で準備した物をもう一度確認していく。
最初にバザーの話が出た頃は、まだずっと先のことだと思っていた。
何を売るのか。いくらにするのか。誰が売るのか。そもそも本当に出店できるのか。
一つ決めれば、また次に決めることが出てきた。
途中では怪人騒ぎまで起きて、バザーのことを考えている場合ではない日もあった。それでも日付だけは少しずつ近づき、気がつけば、とうとう明日になっていた。
「……明日なんだね」
ミオが呟く。
「そうだよ」
「ほんとにやるんだ」
「そのために準備してきたんでしょ」
「そうなんだけどさ」
ミオはテーブルの上に並んでいる物を眺めた。
「なんか、明日ってなると急に変な感じ」
「それは分かる」
咲子も少しだけ表情を緩めた。
準備している間は、目の前のことを片づけるだけで精いっぱいだった。値段を決めたら次は値札。売ることを考えたら袋が必要になり、お金を受け取るなら釣り銭も用意しなければならない。
一つ終わるたびに次の準備が見つかった。
けれど、もう準備の先にあるものを考えなければならない。
本当に客が来る。
本当に商品を並べる。
そして、自分たちの店に誰かが足を止め、お金を払って買っていくかもしれない。
「……売れるかな」
ミオが言った。
「分かんない」
「一個も売れなかったらどうする?」
「今それ言う?」
「だって急に心配になってきた」
「私まで心配になるからやめてよ」
「咲子も不安なんじゃん」
「ちょっとはね」
二人は顔を見合わせた。
準備しているときには、こんなことはあまり考えなかった。
かわいく並べればいい。値段を決めればいい。必要な物を用意すればいい。
けれど、それと誰かが買ってくれるかどうかは別の話だ。
「一個くらいは売れるよね?」
「何で私に聞くの?」
「安心したいから」
「じゃあ売れる」
「適当!」
「聞いたのミオでしょ!」
二人は笑ったものの、不安がなくなったわけではなかった。
それでも、ここまで準備した以上は明日やってみるしかない。
◇
「それで、明日は二人だけで大丈夫なのか?」
ゴンさんに聞かれ、ミオと咲子は顔を見合わせた。
「……たぶん」
「またたぶんか」
「だって、やってみないと分かんないし」
ミオが答えると、咲子も頷いた。
売る物も用意した。値段も決めた。当日の流れも一応考えている。
けれど、実際に客を相手にしたことはない。
「お客さんが一人ずつ来てくれたら大丈夫だと思う」
「そんな都合よく来るかな」
「咲子、不安にさせないでよ!」
「現実的な話してるだけ!」
「二人で売るんだろ?」
ゴンさんが聞く。
「はい」
「はい」
「なら、最初は二人でやってみろ。困ったら声かけろ」
ミオの顔が明るくなる。
「手伝ってくれるの?」
「店の方もあるから、ずっと付きっきりは無理だぞ」
「それでも助かる!」
咲子も頭を下げた。
「ありがとうございます」
「まず自分たちでやってみろ。そのために今まで準備したんだろ」
「はい!」
二人の返事が重なった。
最初から誰かに任せるために準備してきたわけではない。
自分たちで売る。
そのために二人で相談しながら、ここまで進めてきた。
困ったときに頼れる大人がいる。それだけでも、明日への不安は少しだけ小さくなった。
◇
「これ、こっちでいい?」
「うん。壊れたりしないように気をつけて」
「分かってるって」
「ミオの『分かってる』はちょっと怖い」
「さっきから信用なさすぎない!?」
最後の荷物をまとめながら、二人は明日の持ち物を確認する。
商品、値札、袋、釣り銭、それから売上を記録するためのもの。
必要な物を一か所へまとめていくと、思っていたより荷物が増えた。
「これ全部持ってくの?」
「明日使うんだから」
「準備してるときは、こんなにあると思わなかった」
「一個ずつ増えたからね」
咲子が荷物を見ながら苦笑する。
「最初は売る物があれば何とかなると思ってたのに」
「値段決めて、値札作って、袋用意して、お釣り用意して……」
「お店って大変なんだね」
「今さら?」
二人は笑った。
それでも、目の前にまとめられた荷物を見ていると、少しだけ達成感もあった。
最初は本当に何もなかった。
そこから一つずつ決め、一つずつ用意して、ようやくここまで来た。
明日はこれを全部持っていき、自分たちの店を作る。
「忘れ物ないよね?」
「たぶん」
「だから、たぶんって言わない!」
◇
一方、その頃。
「明日ですねえ」
天女が、どこか落ち着かない様子で呟いた。
「何がです?」
近くにいた執事が聞き返す。
「バザーですよ。明日なんです」
「それは先ほども聞きました」
「だって、気になるじゃないですか」
天女にとっても、自分たちに関わる品が人間たちの手に渡るかもしれないというのは、初めてのことだった。
「ちゃんと並べてもらえるでしょうか」
「準備は進めているのでしょう?」
「売れるでしょうか」
「それは明日にならなければ分かりません」
「一つも売れなかったらどうしましょう」
「あなたが心配しても結果は変わりませんよ」
「分かっていますけど……」
天女はそう言いながらも、やはり落ち着かない。
少し座っていたかと思えば立ち上がり、またしばらくすると同じことを聞く。
近くにいた配下たちも、口には出さないだけで似たような様子だった。
「……売れるといいですね」
その中の一人がぽつりと言う。
「ですよね!」
天女がすぐに反応した。
「きっと大丈夫ですよ!」
「先ほどまで一つも売れなかったらどうしようと言っていたのは誰です?」
「それとこれとは別です!」
「何が別なのです?」
「気持ちです!」
「よく分かりませんね」
執事は小さく息を吐いた。
「でも、人間の方が気に入ってくれたら嬉しいですね」
別の配下が言う。
「そうなんですよ!」
天女は何度も頷く。
「どんな人が手に取ってくれるんでしょうねえ」
「だから、それも明日にならなければ分かりません」
「分かってますよ!」
「でしたら、少し落ち着いてください」
「無理です!」
「即答ですか」
明日のバザーを気にしているのは、どうやら下界の二人だけではないらしい。
◇
その夜。
準備を終えたミオは、明日のことを考えていた。
客は来るだろうか。商品を手に取ってくれるだろうか。値段を見て、そのまま戻されるかもしれない。
もしかしたら、一つも売れないかもしれない。
考え始めると、急に不安になってくる。
けれど同時に、少し楽しみでもあった。
今まで準備してきたものが、ようやく明日、本当の店になる。
「……一個くらい、売れるよね」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
その答えが分かるまで、もう一日もない。
◇
そして翌朝。
「おはよう!」
「おはよう。早いね」
「咲子だって早いじゃん」
「遅刻されるよりいいから」
「まだ言う!?」
「この前遅刻したばっかりでしょ」
「今日はしてない!」
「今日はね」
「もう!」
朝からいつもの調子で言い合いながら、二人は荷物を確認した。
昨日、何度も確認した。それでも心配になって、もう一度確認する。
「商品」
「ある」
「値札」
「ある」
「袋」
「ある」
「お釣り」
「ある」
「売上つけるやつ」
「ある」
「忘れ物」
「……たぶんない」
「そこは『ない』って言ってよ!」
ミオが笑う。
「じゃあ、ない!」
「ほんとかなあ」
「咲子!」
二人は荷物を持った。
昨日までは、バザーについて何を話しても「予定」だった。
どんなふうに並べるか。
何人くらい来るのか。
本当に売れるのか。
いくら考えても、答えは出なかった。
けれど今日は違う。
もうすぐ、その答えが実際に分かる。
「行こっか」
「うん」
今日は、ずっと準備してきたバザーの日。
ミオと咲子は少しだけ緊張しながら、荷物を持って会場へ向かって歩き出した。




