遅刻の理由は言えません!
遅刻の理由は言えません!
「あっ!」
ミオが突然、声を上げた。
「どうしたの?」
則人が振り返る。
ミオは慌てて時間を確認すると、顔色を変えた。
「バイト!」
「え?」
「バイトだった!」
完全に忘れていた。
「ごめん、則ちゃん! 私、行く!」
「う、うん」
「じゃあね!」
返事を最後まで聞くより早く、ミオは走り出した。
少し進んだところでもう一度時間を見るが、どう考えても間に合いそうにない。
「やばい……絶対怒られる」
ゴンさんにも怒られるだろうし、先に店へ入っている咲子にも何か言われるに決まっている。
だからといって、遅れた理由をそのまま話すわけにもいかない。
「何て言おう……」
考えても、いい言い訳は浮かばなかった。
◇
「すみませーん!」
勢いよく店へ飛び込むと、ほぼ同時に声が飛んできた。
「遅い!」
「ごめん!」
すでに仕事をしていた咲子が、じろりとミオを見る。
「何分遅れてると思ってるの?」
「それは……ごめん」
「ミオ」
今度はゴンさんの声がした。
「はい!」
「先に着替えてこい」
「はい!」
「急げ」
「はい!」
ミオは慌てて奥へ向かおうとする。
「それと」
「はい!」
「遅れた理由は?」
「…………」
足が止まった。
「えっと……ちょっと、いろいろあって」
「いろいろって何だ」
「いろいろは……いろいろで……」
「説明になってないぞ」
「……ですよね」
「まあいい。今は着替えてこい。次から遅れそうなら連絡しろ」
「ごめんなさい!」
ミオは頭を下げ、そのまま奥へ駆け込んだ。
◇
急いで着替えて仕事へ入ったものの、さっきから妙に視線を感じる。
ミオがそちらを見ると、咲子がじっとこちらを見ていた。
「……何?」
「別に」
「絶対別にじゃないでしょ」
「別に」
「じゃあ見ないでよ」
「見てない」
「見てるじゃん!」
「仕事して」
「咲子に言われたくない!」
「私は時間通り来ましたー」
「うっ」
何も言い返せない。
ミオは黙って仕事へ戻ったが、しばらくすると咲子がそっと近づいてくる。
「ねえ」
「何?」
「何してたの?」
「今聞く?」
「だって、ミオが理由言えないときって、大体ろくなことじゃないじゃん」
「そんなことないよ!」
「あるよ」
「……あとで話す」
「やっぱり何かあったんじゃん」
「だから、あとで!」
客のいるところで話せる内容ではない。咲子もそれ以上は追及せず、二人は仕事へ戻った。
◇
しばらくして客足が落ち着くと、咲子はすぐにミオへ近づいた。
「で?」
「近いって!」
「何があったの?」
ミオは周囲を確認してから、声を落とした。
「……怪人が出たの」
「は!?」
「声大きい!」
「ご、ごめん」
咲子も慌てて周囲を見ると、今度は小声になる。
「怪人って、着ぐるみモンスター?」
「うん」
「ちょっと待って。それで遅れたの?」
「……うん」
「また巻き込まれたの!?」
「またって言わないでよ!」
「だって、またじゃん!」
「今回は本当にたまたまだって!」
「ミオの『たまたま』、もう信用できないんだけど」
「ひどい!」
咲子は呆れた顔をしたあと、すぐに表情を変えた。
「それで、ミオは大丈夫だったの?」
「え?」
「怪我とかしてない?」
「ああ。私は大丈夫」
「ほんとに?」
「ほんと」
咲子はミオの顔や腕を確かめるように見て、ようやく少し肩の力を抜いた。
「ならいいけど……。どんな怪人だったの?」
「鳩っぽい着ぐるみで、頭の上に聖火台みたいなのがあって、そこに火が燃えてた。オリーブの枝も持ってたよ」
「鳩と聖火台とオリーブ……すごい組み合わせ」
「途中で炎がすごく大きくなって」
「ちょっと!」
「大丈夫だったって!」
「ミオはそういう大事なこと先に言ってよ!」
「今言ってるじゃん!」
「そういう意味じゃない!」
咲子は小さくため息をついた。
「それで?」
「則ちゃんも来てくれて」
「……則ちゃんも?」
「うん」
咲子の表情が少し曇った。
「また危ないところに行ったんだ」
「まあ……」
「ほんとはさ、則ちゃんだって、あんまりこういうことに関わってほしくないんだけどね」
ミオは少し黙った。
「まだ九歳だし。怪人が暴れてるところに行くなんて、普通だったら止めたいよ」
「……そうだね」
「でも、則ちゃんじゃないと元に戻せないんだもんね」
「うん」
「分かってるよ。だから困るんじゃん」
危ないところへ行ってほしくない。それでも、則人が行かなければ救えない人がいる。
咲子も、そのことは分かっていた。
「最後は?」
「ちゃんと元に戻ったよ」
「そっか。よかった」
「うん」
「則ちゃんも大丈夫?」
「大丈夫」
「他のみんなも?」
「うん」
「……なら、ほんとによかった」
咲子はようやく安心したように息を吐いた。
◇
「でも」
「何?」
咲子の目が細くなる。
「それでミオまで一緒に巻き込まれてどうするの」
「えっ、私!?」
「そうだよ!」
「たまたまそこにいただけで……」
「だから、その『たまたま』が信用できないって言ってるの!」
「何でよ!」
「何回こういうことに巻き込まれてると思ってるの!」
「数えてない!」
「数えたくもないよ!」
咲子は腕を組んだ。
「ミオって、何か起きててもそのまま首突っ込むでしょ」
「首突っ込んでないよ!」
「今回だって、結果的に最後までいたんでしょ?」
「それは……」
「ほら!」
「でも、則ちゃんたちがいたし」
「だからってミオまで危ないところにいなくていいでしょ。もうちょっと、自分が危ないかもって考えてよ」
「私だって好きで巻き込まれてるわけじゃないって!」
「分かってるけど!」
「じゃあ怒らないでよ!」
「心配してるの!」
ミオの動きが止まった。
「……心配してくれたの?」
「するでしょ、普通!」
咲子は少し照れたように目を逸らす。
「バイトの時間になっても来ないし、連絡もないし、やっと来たと思ったら理由言えないし。絶対また何かあったと思ったよ」
「……ごめん」
「ほんとだよ」
「ありがと」
「だから、そういう顔しないで」
「どういう顔?」
「嬉しそうな顔!」
「だって咲子、優しいじゃん」
「そういう話じゃない!」
◇
「お前ら」
二人の肩が同時に跳ねた。
「はい!」
振り返ると、ゴンさんが立っている。
「さっきから何の話してる」
「…………」
ミオと咲子が顔を見合わせた。
「えっと……」
「映画!」
咲子が答える。
「特撮!」
ほぼ同時にミオが答えた。
二人が一瞬見つめ合う。
「特撮映画!」
今度は声が重なった。
「そう! 特撮映画!」
「ちょっと怖いやつで!」
ゴンさんは二人をしばらく見た。
「……そうか」
「はい!」
「はい!」
「仕事中に特撮映画の話で盛り上がるな」
「……はい」
「すみません」
「手、動かせ」
「はーい」
「はーい」
二人は慌てて仕事へ戻った。
◇
しばらくは真面目に働いていたが、少しすると咲子がまた小声で話しかけてきた。
「ミオ」
「何?」
「今度、また何か変だなって思ったら、ちゃんと相談してよ」
「咲子に?」
「そう」
「一緒に来てくれるの?」
「行かないよ!」
「即答!?」
「何で私まで自分から巻き込まれに行かなきゃいけないの!」
「じゃあ相談しても意味ないじゃん!」
「相談には乗る! 必要だったら手伝う!」
「来てくれるんじゃん」
「必要だったらって言ってるの!」
ミオが笑う。
「咲子、やっぱり優しい」
「だから違うって!」
「じゃあ何?」
咲子は少し考えてから答えた。
「則ちゃん一人にさせるわけにもいかないでしょ。本当は危ないことなんてしてほしくないけど、則ちゃんにしか助けられないなら、必要なときは手伝うよ」
「うん」
「それに、ミオも放っておいたら何するか分からないし」
「私の扱いひどくない?」
「今までを思い出して」
「…………」
「ほら、言い返せない」
「ちょっとくらい言い返させてよ!」
咲子は小さく笑った。
「まあ……今回は私が巻き込まれなくてよかったけど」
「本音出た!」
「当たり前でしょ! 誰が好きで怪人事件に巻き込まれたいの!」
「それはそうだけど」
「でも、ミオも無事に帰ってきたし、則ちゃんも、怪人になった人も無事だったんでしょ?」
「うん」
「だったら、それでいいよ」
咲子はそう言って仕事へ戻ろうとしたが、すぐに振り返った。
「あ、でも次から遅れそうなら連絡して」
「それ、ゴンさんにも言われた」
「私、一人で大変だったんだから」
「そっちもごめん」
「次から気をつけてよね」
「はーい」
「返事が軽い!」
「ちゃんと気をつけるって!」
「お前ら!」
ゴンさんの声が飛んできた。
「しゃべってないで手を動かせ!」
「はーい!」
「はーい!」
二人の返事が綺麗に重なった。
ミオは仕事へ戻りながら、隣の咲子を見る。
「咲子」
「何?」
「心配してくれて、ありがと」
「……次はちゃんと連絡して」
「うん」
「あと、できれば巻き込まれないで」
「それは約束できないかも」
「そこは約束してよ!」
またゴンさんに怒られそうになり、二人は慌てて口を閉じた。
咲子は小さくため息をついたものの、隣でいつものように働いているミオを見て、今度は少しだけ笑った。




