見たいけど、つけたくない!
見たいけど、つけたくない!
「ねえ、則ちゃん」
「なに?」
「……ほんとに、そこにいるの?」
「いるよ?」
則人は不思議そうな顔で答えた。
その視線の先を悟も見る。しかし、やはり何も見えない。少なくとも悟の目には、いつもと変わらない景色が広がっているだけだった。
「こっち?」
「もうちょっと左」
「こっち?」
「行きすぎ」
「じゃあ、ここ?」
「そこ!」
言われた場所をじっと見つめる。目を細めてみても、少し角度を変えてみても、結果は同じだった。
「……ほんとに?」
「ほんとだよ」
「今、悟君に手を振ってるよ」
横からミオが言った。
「えっ、どこ!?」
「だから、そこ」
「見えないよ!」
悟が振り返ると、ミオの頭にはいつものカチューシャがついている。
則人には妖怪が見える。そして、本来なら見えないミオも、認識を助けるカチューシャをつけている今は普通にその姿を見ることができる。
いつもの三人の中で、見えていないのは自分だけだった。
「……また僕だけじゃん」
「え?」
則人が首を傾げる。
「何が?」
「妖怪!」
悟は少しむっとして二人を見る。
「則ちゃんは見えるじゃん!」
「うん」
「ミオちゃんも見えるじゃん!」
「うん。これつけてるからね」
ミオが自分のカチューシャを指さした。
「でも見えるじゃん!」
「悟君、見えないもんね」
「だから言ってるの!」
思わず声が大きくなり、則人とミオが顔を見合わせる。
「この前だってそうだったし……」
悟はもう一度、何も見えない場所へ目を向けた。
二人には、そこにいる妖怪が見えているらしい。妖怪が何かを話せば二人が返事をし、ときどき楽しそうに笑っている。
そのたびに悟は、「今、何て言ったの?」と聞かなければならない。
同じ場所にいるのに、自分だけが一歩外にいるような気がした。
「どんな顔してるの?」
「えっとね――」
則人が説明しようとすると、悟は首を振った。
「そうじゃなくて!」
「え?」
「僕も自分で見たいの! いつも僕だけ見えないじゃん!」
「あ」
ミオが何かに気づいたように、自分の頭へ手をやった。
「じゃあ、これ使う?」
「…………え?」
ミオは何でもないことのようにカチューシャを外した。
「これつければ見えるよ」
「…………」
「はい」
目の前に差し出されたカチューシャを、悟はじっと見つめる。
確かに、これをつければ見える。
解決方法は目の前にある。
「よかったじゃん!」
則人が嬉しそうに笑った。
「これで悟君も見えるよ!」
「…………」
「悟君?」
「……いい」
「え?」
ミオが目を瞬く。
「いらない」
「何で?」
「別に……見えなくてもいい」
「さっき『僕も見たい』って言ったじゃん」
「言ってない!」
「言ったよ」
「言ってない!」
「言ってたよ?」
則人まで加わった。
「二人ともうるさい!」
悟はぷいっと顔を背ける。
ついさっきまで「自分も見たい」と騒いでいたことくらい、自分でも分かっている。
それでも、差し出されたものを素直に受け取ることはできなかった。
◇
「何で嫌なの?」
則人が聞いた。
「嫌じゃない!」
「じゃあつければ?」
「それは嫌!」
「嫌なんじゃん」
「違う!」
自分でも何を否定しているのか、だんだん分からなくなってきた。
ミオは手に持ったカチューシャと悟を交互に見る。
「これが嫌なの?」
「…………」
「カチューシャ」
「…………」
「悟君?」
悟はしばらく黙っていたが、やがて小さな声で答えた。
「……女の子のじゃん」
「え?」
「それ!」
悟がカチューシャを指さす。
「女の子がつけるやつじゃん!」
「そう?」
ミオは手元のカチューシャを眺める。
「そうだよ!」
「でも、つけたら見えるよ?」
「そういうことじゃないんだよ!」
悟にとっては大問題なのに、ミオにはまるで伝わっていない。
隣にいる則人も同じだった。どうしてそれが問題になるのか、本当に分からないらしく首を傾げている。
「見たいんでしょ?」
「見たいよ!」
「じゃあ、つければいいじゃん」
「だから!」
悟は思わず頭を抱えた。
「則ちゃんには分かんないんだよ!」
「何が?」
「それが分かんないんだよ!」
「?」
則人はますます分からないという顔をした。
ミオが少し笑いながら、カチューシャを持ち上げる。
「一回つけてみる?」
「やだ!」
「似合うかもしれないよ」
「もっとやだ!」
「何でよ!」
ミオがカチューシャを持って近づくと、悟はすぐに一歩下がった。
「来ないで!」
「ちょっとだけ!」
「やだって!」
「つけないと見えないよ!」
「見たいけど、これは嫌なの!」
「どっちなの?」
「両方なの!」
悟が逃げると、ミオが追いかける。
「待って!」
「待たない!」
「悟君!」
「やだー!」
二人がぐるぐると走り回る様子を眺めながら、則人がぽつりと言った。
「見たいなら、つければいいのに」
「則ちゃんは黙ってて!」
◇
しばらくして、ようやく悟は逃げるのをやめた。
「もう追いかけない?」
「追いかけないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
ミオはカチューシャを手に持ったまま、その場に立っている。悟は少し離れたところから、まだ警戒するように見ていた。
「でも、何でそんなに嫌なの?」
「だから……」
「女の子のだから?」
「……うん」
「別に誰も気にしないと思うけど」
「気にするよ!」
「誰が?」
「学校のやつとか!」
「学校じゃないじゃん、ここ」
「そういうことじゃないんだよ!」
悟はむっとした。
今ここで学校の友達に見られるわけではない。それくらいは悟にも分かっている。
けれど、九歳の悟にとって「女の子みたい」と思われることは、それだけで十分に恥ずかしいことだった。
少し迷ってから、ようやく本音を口にする。
「女みたいって言われたら嫌なんだよ」
今度は、ミオも笑わなかった。
「そっか」
「……うん」
「じゃあ、無理につけなくてもいいよ」
「え?」
ミオはあっさり自分の頭へカチューシャを戻そうとする。
「嫌なのに無理につけなくてもいいじゃん」
「…………」
悟は黙った。
つけなくていい。
それなら恥ずかしい思いもしなくて済むし、誰かに似合うとか、かわいいとか言われる心配もない。
でも、それでは結局、今までと同じだった。
則人とミオには見えているものが、自分にだけは見えないままになる。
そのとき、則人がまた妖怪の方へ顔を向けた。
「え?」
「どうしたの?」
ミオもそちらを見る。
悟には何が起きているのか分からない。
「何?」
則人が何かを聞いている。
「ねえ、何て言ってるの?」
「あ」
則人が悟を見る。
「悟君に、ちゃんと姿を見てほしいって」
「……僕に?」
「うん」
悟は、何も見えない場所へ目を向けた。
「僕が見えないの、分かってるの?」
「分かってるって」
「…………」
そこにいることは、もう知っている。今だって同じ場所にいて、自分たちの話を聞いている。
ただ、自分だけがその姿を見ることができない。
悟はミオが持っているカチューシャへ視線を戻した。
見たい。
でも、つけるのは恥ずかしい。
どちらも本当の気持ちだった。
少し前なら、恥ずかしいというだけで「いらない」と言って終わっていたかもしれない。
けれど今は、見えないままでいることの方が少しだけ嫌だった。
「……貸して」
「え?」
ミオが聞き返す。
悟の顔が赤くなる。
「だから! 貸して!」
「カチューシャ?」
「それ以外ないでしょ!」
「いいよ」
ミオは笑って、もう一度カチューシャを差し出した。
「はい」
「…………」
悟は受け取ったものの、すぐにはつけなかった。
則人がじっと見ている。
「……見ないでよ」
「何で?」
「いいから!」
悟は二人に少し背を向け、カチューシャを頭へ持っていく。
そこで一度、手が止まった。
やっぱり恥ずかしい。
誰も笑っていないと分かっていても、つける瞬間だけは見られたくなかった。
それでも、今まで見えなかったものを自分の目で見てみたい気持ちの方が、ほんの少しだけ勝った。
悟は目をぎゅっと閉じ、思い切ってカチューシャを頭につけた。
「……つけた」
「うん」
「見える?」
「まだ目閉じてるから分かんない!」
「あ、そっか」
「もう!」
悟は恐る恐る目を開けた。
最初は何が変わったのか分からなかった。
けれど、さっきまで何もなかった場所へ目を向けた瞬間、悟の目が大きくなる。
「……いた」
そこには、確かに妖怪がいた。
「ほんとにいた……!」
則人が笑った。
「いたでしょ?」
「うん! こんな顔だったんだ!」
さっきまで感じていた恥ずかしさなど、一瞬でどこかへ飛んでいった。
今まで「そこにいる」と教えてもらうことしかできなかった相手が、ちゃんと自分の目の前にいる。
「ずっとここにいたの?」
悟が問いかけると、妖怪が答える。
今度は則人に教えてもらわなくても、その言葉が自分に届いた。
「聞こえた!」
悟が嬉しそうに振り返る。
「ミオちゃん! 僕にも聞こえた!」
「でしょ?」
「すごい!」
悟はすぐに妖怪へ向き直った。
「ねえ、さっき僕に何て言ったの?」
妖怪がもう一度答える。
「……うん。僕もちゃんと見たかった!」
今までも同じ場所にいた。
妖怪の存在を知らなかったわけでもない。
それでも、自分で見て、自分で聞いて、自分の言葉で返事をするだけで、まるで初めて同じ輪の中へ入れたような気がした。
「ねえ、則ちゃん。さっき手振ってたって言ってたよね?」
「うん」
「もう一回やって!」
悟が妖怪に頼む。
妖怪が手を振る。
「あ、本当だ!」
悟も大きく手を振り返した。
「見える! ちゃんと見える!」
「そんなに嬉しい?」
ミオが笑う。
「嬉しいよ! だって今まで全然見えなかったんだもん!」
今度は悟自身が、妖怪の仕草を則人やミオへ話し始める。
さっきまで二人に教えてもらう側だったのに、すっかり立場が逆になっていた。
◇
しばらく妖怪との会話を楽しんでいた悟だったが、ふと何かを思い出したように自分の頭へ触れた。
「あ」
「どうしたの?」
則人が聞く。
「…………」
カチューシャをつけていることを、すっかり忘れていた。
さっきまであれほど嫌がっていたのに、妖怪が見えるようになった途端、一度も気にしていなかった。
思い出した途端に恥ずかしさが戻ってきて、悟は則人を見る。
「……変じゃない?」
「何が?」
「これ」
悟がカチューシャを指さす。
「別に」
「ほんと?」
「うん」
則人は、本当にどうでもよさそうだった。
「女の子みたいじゃない?」
「悟君は悟君でしょ?」
「…………」
悟は少しだけ拍子抜けした。
今度は妖怪の方を見る。
「……変?」
妖怪も、何を気にしているのか分からないというように首を傾げる。
「…………なんだ」
「何が?」
「何でもない」
悟は少しだけ安心した。
つける前は、カチューシャをつけた瞬間にみんなから何か言われるような気がしていた。
けれど実際には、則人も妖怪もほとんど気にしていない。
自分が思っていたほど、大変なことではなかったのかもしれない。
だったら、もう少しくらいこのままでもいい。
「でも悟君」
ミオが言った。
「何?」
「結構似合ってるよ!」
「それ言うなよ!」
悟の顔が一気に真っ赤になった。
「えー! いいじゃん!」
「よくない!」
「かわいいよ!」
「もっと言うな!」
「じゃあ返す?」
ミオが手を出す。
「…………」
悟はカチューシャへ手をかけた。
今すぐ外して返せば、もう「似合う」も「かわいい」も言われない。
けれど、そのまま妖怪を見る。
こちらを見ながら笑っている姿が、今はちゃんと見えている。
これを外せば、また見えなくなる。
悟は少し迷ったあと、カチューシャから手を離した。
「……もうちょっとだけ貸して」
「いいよ!」
「でも、似合うとか言うなよ!」
「はいはい」
「絶対だからね!」
「分かったって」
「分かってない顔してる!」
ミオが笑い、則人も妖怪もつられて笑う。
「笑うなよ!」
悟はまだ顔を赤くしていた。
恥ずかしくなくなったわけではない。
女の子みたいと言われるのは、やっぱり嫌だった。
それでも今は、カチューシャを外すことより、このまま妖怪の姿を見ていたい気持ちの方が少しだけ強い。
悟は照れくさそうにカチューシャへ触れながら、もう一度妖怪の方を向いた。
「ねえ、それでさっきの話の続きは?」
今度はもう、誰かに通訳してもらう必要はなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




