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着ぐるみモンスター Another  作者: 内田紀人
ミラーカメレオン編

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第一話 見えてねえって!

短編 第一話 見えてねえって!


最近。


ゴンさんには、一つ気になることがあった。


店が狭い。


いや。


正確には、店そのものの広さは変わっていない。


テーブルの数も。


椅子の数も。


厨房の広さも。


何一つ変わっていない。


なのに。


「……」


ゴンさんは、料理を二皿持ったまま厨房の出口で止まった。


目の前。


通路の真ん中に。


妖怪が二体いた。


しかも、楽しそうに話している。


「それでな、下界では――」


「ほう。それは面白い」


「……」


ゴンさんは黙って二体を見る。


当然。


見えている。


はっきり見えている。


そして。


邪魔である。


だが。


ゴンさんは、妖怪が見えることを隠していた。


つまり。


避けてはいけない。


(俺には見えてねえ)


自分へ言い聞かせる。


(何もいねえ)


一歩。


前へ出る。


妖怪たちは話し続けている。


(真っすぐ行け)


もう一歩。


(避けたら終わりだ)


さらに一歩。


さすがに妖怪の一体が気づいた。


「ん?」


ゴンさんが迫ってくる。


「お、おい」


「どうした?」


「ゴン殿が来るぞ」


「おっと!」


二体が慌てて左右へ避けた。


ゴンさんは何事もなかったように、その間を通過する。


(よし!)


そのまま客席へ。


「お待たせしました」


「ありがとう」


一般客の前へ料理を置く。


完璧。


見えていない。


何も気づいていない。


そういう店主である。


「ほっほっほ」


笑い声。


ゴンさんの眉がぴくっと動いた。


少し離れたところに、ぬらりひょんが座っている。


完全にこちらを見ながら笑っていた。


「……」


「……」


目が合う。


ぬらりひょんが、にこっと笑った。


ゴンさんは視線を逸らす。


(あのジジイ……)


◇


いつからこうなった。


最初の頃は、ぬらりひょんがいるくらいだった。


そのうち天女が来るようになった。


そして最近では。


下界へ来た妖怪が、


「ぬらりひょん様がいる」


「天女殿もよく来る」


「則人もいる」


「美緒や咲子とも話せる」


そんな理由で、少しずつ集まり始めていた。


もちろん。


一般の客には、ほとんど見えていない。


だから席を占領するわけではない。


注文をするわけでもない。


問題は。


ゴンさんには全部見えていることだった。


「ねえ、ゴンさん」


「ん?」


料理を運んでいた美緒が声をかける。


今日は、美緒と咲子の二人ともバイトに入っていた。


美緒の頭には猫耳カチューシャ。


「最近、妖――」


「美緒」


咲子が止めた。


「あ」


一般客がいる。


美緒は慌てて言い直す。


「最近、お客さん増えましたよね」


「そうか?」


「増えてない?」


咲子が店内を見る。


人間の客。


その間に妖怪。


人間。


妖怪。


妖怪。


人間。


咲子が苦笑した。


「……まあ、賑やかにはなったよね」


「だよね」


ゴンさんは二人を見る。


「余計なこと喋ってないで働け」


「はーい」


「はい」


二人が仕事へ戻る。


その後ろを、妖怪が通り過ぎていく。


ゴンさんは見ない。


見えていない。


絶対に見えていない。


「ゴン殿」


妖怪が声をかけてきた。


「……」


反応しない。


「ゴン殿?」


「……」


「聞こえておらぬのか?」


ゴンさんは一般客へ水を運ぶ。


完全無視。


妖怪が首を傾げた。


「おかしいな」


ぬらりひょんが茶をすすりながら言う。


「気にするでない」


「しかし」


「見えておらんことになっておるからの」


ゴンさんの手が止まりかけた。


(お前、やっぱり分かってんじゃねえか!)


振り返りたい。


ものすごく振り返りたい。


だが。


耐えた。


◇


そして。


ゴンさんには、もう一つ気になっていることがあった。


ぬらりひょんである。


「……」


今日もいる。


妖怪の姿で。


普通に座っている。


茶まで飲んでいる。


ゴンさんは知っていた。


ぬらりひょんは、人間の姿になれる。


ボランティアのおじいさん。


あの姿なら。


普通の人間からも見える。


普通に店へ入って。


普通に席へ座って。


普通に注文できる。


なのに。


なぜか、この店へ来る時は妖怪の姿。


(何でだよ)


ずっと不思議だった。


だが。


聞けない。


聞けば、人間体になれることを知っていると認めることになる。


だから。


我慢していた。


その時だった。


ぬらりひょんの隣の席に、常連客が座った。


「いただきます」


定食を食べ始める。


ぬらりひょんが見る。


「……」


ゴンさんも見る。


ぬらりひょんの手が、すーっと伸びた。


常連客の皿へ。


唐揚げを一つ。


ひょい。


ぱくっ。


「……!」


ゴンさんの目が見開く。


(おい!)


常連客は気づかない。


しばらく食べて。


皿を見る。


「あれ?」


首を傾げる。


「俺、もう一個食べたっけ?」


ぬらりひょんは何食わぬ顔で茶を飲んでいる。


「……まあいいか」


客は食事を続けた。


ゴンさんはぬらりひょんを睨む。


ぬらりひょんがこちらを見る。


にこっ。


(こいつ……!)


◇


別の日。


ぬらりひょんは、またいた。


そして。


また隣の客の料理へ手を伸ばす。


今度は煮物。


ひょい。


ぱくっ。


「……」


ゴンさんは見ている。


(やめろ)


ぬらりひょんは茶を飲む。


さらに。


別の皿を見る。


(やめろって)


手が伸びる。


ひょい。


ぱくっ。


ゴンさんのこめかみに青筋が浮かぶ。


客が皿を見る。


「あれ?」


まただ。


「今日、腹減ってんのかな」


客がゴンさんを呼ぶ。


「すみませーん」


「はい」


「追加で一品お願いしていい?」


「……はい」


注文を取る。


厨房へ戻る。


振り返る。


ぬらりひょん。


満足そう。


「……」


ゴンさんは歯を食いしばった。


◇


また別の日。


「……」


ぬらりひょん。


いる。


妖怪姿。


茶。


隣には一般客。


そして。


手が伸びる。


「……」


ゴンさんの限界が来た。


ちょうど客が途切れた時間。


美緒も咲子も、奥で片付けをしている。


ゴンさんはぬらりひょんの前へ立った。


「おい」


ぬらりひょんが顔を上げる。


「何じゃ?」


「お前さ」


「うむ」


「人間の姿になれるだろ」


「……」


一瞬。


沈黙。


ゴンさんも固まった。


「……あ」


言った。


ぬらりひょんの口元が、ゆっくり上がっていく。


「ほう」


「いや」


「何じゃ?」


「違う」


「何がじゃ?」


「……」


もう遅い。


ゴンさんは頭を掻いた。


「もういい!」


「何がじゃ?」


「分かってんだろ!」


「何のことやら」


「その顔やめろ!」


ぬらりひょんは楽しそうだった。


ゴンさんは声を落とす。


「で」


「うむ」


「何で人間の姿で来ねえんだよ」


ぬらりひょんは少し考えた。


そして。


ごく当然のことのように答えた。


「人間の姿で来たら、金を払わねばならんじゃろ」


「……」


ゴンさんが止まった。


ぬらりひょんは茶を一口。


「妖怪の姿なら、普通の人間には見えんからの」


「……お前」


「うむ?」


ゴンさんの拳が震える。


「ただ飯食うために妖怪のまま来てんのかよ!」


「茶も美味いぞ」


「茶までただで飲んでんじゃねえ!」


ゴンさんの声が店に響いた。


奥から美緒が顔を出す。


「ゴンさん?」


咲子も顔を出した。


「どうしたんですか?」


「……」


ゴンさんが固まる。


ぬらりひょんは、しれっと茶を飲んでいる。


美緒が首を傾げた。


「誰と話してたんです?」


「……」


ゴンさんは咳払いした。


「独り言だよ!」


「今の全部?」


「そうだ!」


「結構長かったですよ?」


「長い独り言もあるんだよ!」


咲子が、ぬらりひょんを見る。


ぬらりひょんは笑っている。


それからゴンさんを見る。


咲子も少し笑った。


「へえ」


「何だよ」


「別に」


「何だ、その顔!」


「何でもないですよ」


美緒はまだ不思議そうだった。


「ただ飯って何の話ですか?」


「何でもねえ!」


ゴンさんは厨房へ戻っていく。


その背中へ。


ぬらりひょんが声をかけた。


「ゴン殿」


ゴンさんの足が止まる。


「今日も茶を頼むぞ」


「……」


振り返らない。


見えていない。


聞こえていない。


そのはずだった。


ゴンさんは拳を握る。


「自分で入れろ……」


ぼそり。


「ほっほっほ」


後ろから笑い声が聞こえた。


ゴンさんは思った。


やっぱり。


あのジジイだけは。


いつか金を取ってやる。

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