短編 第四話 まだ、いる
短編 第四話 まだ、いる
朝。
会社では、いつものように一日が始まっていた。
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう」
パソコンが立ち上がる。
電話が鳴る。
誰かがコピー機へ向かう。
誰かがコーヒーを入れる。
昨日までと同じ朝だった。
ただ。
一つだけ、空いている席があった。
「……あれ?」
同僚の一人が、その席を見る。
「今日、休み?」
「聞いてないけど」
「連絡来てない?」
「俺は知らない」
別の同僚も見る。
机の上には、昨日とほとんど変わらないものが残っていた。
男が使っていたパソコン。
書類。
筆記用具。
いつもなら、もうそこに座っている時間だった。
「遅刻かな」
「珍しいな」
そんな会話をして、それぞれが仕事へ戻ろうとした時。
上司がやってきた。
「まだ来てないのか?」
「みたいですね」
「電話は?」
「出ないです」
上司は少し眉を寄せた。
「何かあったのかな」
そう言ってから、時計を見る。
仕事は待ってくれない。
「とりあえず、今日やる予定だった分は分けよう」
「はい」
「この資料、誰か分かる?」
「あ、自分やります」
「じゃあ頼む」
「こっちは?」
「昨日引き継いだ人に回せると思います」
「そうしてくれ」
次々と仕事が振り分けられていく。
男がいなくても。
会社は動いていく。
◇
昨日、男から引き継ぎを受けた社員が資料を開いていた。
よく整理されている。
数字の場所も。
連絡先も。
注意点も。
細かく書かれていた。
「これ、本当に分かりやすいな」
隣の社員が覗き込む。
「誰が作ったの?」
「昨日まで担当してた人」
「ああ」
「今日休みみたいなんだけど」
「へえ」
それだけ。
社員は資料へ目を戻し、仕事を進める。
男が何か月もかけて覚えたことが、その資料を通じて別の人間へ渡っていく。
男がいなくても、仕事は進む。
けれど。
男がしてきたことまで、なくなったわけではなかった。
◇
同じ頃。
男は河川敷にいた。
昨日と同じ場所。
ほとんど眠れなかった。
怪人の身体のままでは、横になることさえうまくできなかった。
朝日が昇る。
男はゆっくり起き上がった。
「……朝か」
『……朝か』
大きな声が響く。
自分の声に驚くことは、もうなかった。
代わりに。
悲しくなった。
一晩経っても。
何も変わっていない。
頭を触る。
取れない。
腕を引っ張る。
外れない。
腹のスピーカーを見る。
消えていない。
「……夢じゃないんだな」
『夢じゃないんだな……』
男は黙った。
◇
少し離れた道路を、自転車に乗った人が通った。
男に気づく。
急ブレーキ。
「うわっ!」
男も振り返った。
反射的に声が出る。
「大丈夫!」
『大丈夫!!』
轟音。
自転車の人が耳を塞いだ。
「うるさっ!」
そのまま慌てて引き返していく。
「待って――」
男は途中で口を閉じた。
まただ。
声をかければ、もっと怖がらせる。
男はその背中を見送るしかなかった。
昨日まで。
誰にも見てもらえないと思っていた。
今は。
見つけられるたびに、逃げられる。
男は自分の腹のスピーカーを見た。
◇
男は、黒服から渡された物を取り出した。
「……これか?」
じっと見る。
何の変哲もない物。
「これのせいなのか?」
返事などあるはずもない。
男はしばらく見つめた。
そして、地面へ置いた。
少し離れる。
待つ。
何も起きない。
もっと離れる。
何も変わらない。
男は自分の身体を見る。
怪人のまま。
「……違うのかよ」
『違うのかよ……!』
戻って、それを拾う。
持っていても。
手放しても。
何も変わらない。
男には知る由もなかった。
その物自体には、最初から怪人化させる力などなかったことを。
ただ。
戻るための手掛かりかもしれないと思ったものまで、何の役にも立たなかった。
◇
昼前。
男のスマートフォンは、自宅に置かれたままだった。
画面に通知が増えていく。
会社からの着信。
メッセージ。
そして。
友人から。
『昨日から返事ないけど、どうした?』
少し時間が経つ。
『日曜のことなら無理でも全然いいから』
さらに。
『体調悪い?』
『大丈夫か?』
男は。
その言葉を知らない。
◇
「うーん」
ゴンさんの店。
則人が席に座りながら、メニューを見ていた。
「きょう、なににしようかな」
「ノリちゃん、さっきからそれしか言ってないよ」
料理を運びながら、咲子が言った。
今日は咲子がバイトの日だった。
美緒は休み。
「だって、まようんだもん」
「いつも同じくらい食べるでしょ」
「きょうはちがうの!」
「何が?」
「きぶん!」
「はいはい」
咲子が別のテーブルへ料理を運ぶ。
ゴンさんが厨房から声を飛ばした。
「則人! 決まったなら早く言え!」
「まだー!」
「いつまで悩んでんだ!」
「さっちゃんがいそがせるー!」
咲子が振り返った。
「私のせいにしないで!」
店には、いつもの声が響いていた。
則人は笑っている。
咲子は働いている。
ゴンさんは料理を作っている。
いつもと同じ。
誰も知らない。
遠く離れた町で。
一人の人間が。
セミスピーカーの姿のまま、帰れなくなっていることを。
◇
夕方。
男は川沿いを歩き始めた。
ここにいても何も変わらない。
でも。
どこへ行けばいいのか分からない。
街へ戻るか。
人のいない方へ行くか。
何度も足が止まる。
遠くに建物が見える。
あそこへ行けば人がいる。
もしかしたら。
誰かが助けてくれるかもしれない。
でも。
近づいたら、また逃げられる。
声を出せば、また迷惑になる。
「……どうすりゃいいんだよ」
『どうすりゃいいんだよおおおおお……!』
大きな声。
遠くで犬が吠えた。
男はまた黙った。
◇
日が暮れ始める。
男は歩く。
どこへ向かっているのか。
自分でも分からない。
その時。
遠くから一台の車がやってきた。
男は道の端へ寄る。
車が近づく。
運転手が男に気づいた。
速度が落ちる。
男は、ほんの少しだけ期待した。
「……」
止まるだろうか。
話を聞いてくれるだろうか。
助けを呼んでくれるだろうか。
車は男の少し手前で止まった。
運転手と目が合う。
男は何も言わない。
言えば。
きっとまた大きな音になる。
運転手の顔が引きつる。
そして。
車はゆっくり後退した。
方向を変える。
来た道を戻っていった。
男は。
ただ見送った。
◇
「……誰か」
『……誰か』
小さく言った。
それでも。
声は遠くまで届く。
返事はない。
男は歩き出した。
この怪人を。
則人は知らない。
この場所で。
一人の人間が怪人になったことも知らない。
ぬらりひょんも。
天狗も。
ここにはいない。
男自身も。
元に戻る方法が存在することを知らない。
戻る方法がないわけではない。
ただ。
今はまだ。
その方法と、この男が繋がっていない。
◇
男は歩く。
人がいる方へ行けば、騒ぎになる。
人のいない方へ行けば、誰にも会えない。
昨日まで。
男が欲しかったのは。
ほんの少し。
自分を見てもらうこと。
自分の話を聞いてもらうこと。
それだけだった。
男は立ち止まる。
空を見る。
それから。
また歩き出した。
「誰か……」
『誰かあああああ……』
セミスピーカーの声だけが。
誰もいない道へ。
いつまでも響いていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




