第二話 見ろよ
短編 第二話 見ろよ
翌朝。
男は、いつもと同じ時間に会社へ着いた。
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう」
昨日と同じ。
挨拶は返ってくる。
席へ座る。
パソコンを立ち上げる。
メールを確認する。
何も変わっていない。
男は鞄を机の横へ置いた。
昨日、黒服から渡された物も入ったままだった。
家へ帰ってから一度取り出して見たものの、結局何なのか分からなかった。
調べようにも、手掛かりになるようなものは何もない。
だから、そのまま鞄へ入れてきた。
男はパソコンへ目を向ける。
いつものように仕事を始めた。
◇
「これ、昨日の続きなんだけど」
午前中。
同僚がやってきた。
「今日も頼んでいい?」
「ああ……」
いつものように答えかけて。
男は止まった。
自分の画面を見る。
今日中に終わらせなければならない仕事がある。
昨日、頼まれた仕事を優先したせいで残ったものもあった。
「あのさ」
「ん?」
「今日は、ちょっと無理なんだ」
言った。
たった、それだけ。
なのに、妙に心臓が速くなる。
同僚は少し意外そうな顔をした。
「あ、そうなの?」
「うん」
「じゃあ、ほか当たるわ」
「……え?」
「ありがとな」
同僚は書類を持って、そのまま別の席へ向かった。
男は、その背中を見る。
「……」
終わった。
怒られなかった。
嫌な顔もされなかった。
ただ、別の人へ頼みに行った。
それだけだった。
男は少しだけ肩の力を抜いた。
「なんだよ……」
言えばよかっただけだった。
少しだけ。
昨日までの自分が馬鹿らしく思えた。
◇
だが。
その感覚は長く続かなかった。
「ちょっといいか?」
上司に呼ばれた。
「はい」
男は席を立つ。
「例の案件なんだけど」
「あ、はい」
男が何か月も関わってきた仕事だった。
資料を作った。
数字をまとめた。
細かい修正にも対応した。
「次から担当、代わってもらうことになったから」
「……え?」
「ほら、今度入った人いるだろ」
上司が少し離れた席を見る。
「あっちの方が、この分野は慣れてるんだよ」
「……」
「お前も今ほかの仕事あるし、ちょうどいいだろ」
悪意のない言葉だった。
男にも分かっていた。
仕事として考えれば、おかしな判断ではない。
経験がある人間へ任せる。
それだけのこと。
「……そうですか」
「引き継ぎだけ頼むな」
「はい」
「よろしく」
上司は次の仕事へ戻る。
男は、その場に少しだけ残った。
「……ちょうどいい」
自分が忙しいから。
経験のある人間が来たから。
合理的だ。
分かっている。
分かっているのに。
「じゃあ、俺じゃなくてもよかったんじゃん」
誰にも聞こえない声だった。
◇
引き継ぎは午後から始まった。
新しい担当者は、感じの悪い人間ではなかった。
「すみません。途中から入ることになっちゃって」
「いや」
男は資料を渡す。
「ここまで進んでます」
「助かります」
「この数字は毎週更新で。こっちは先方から連絡が来たら――」
「なるほど」
相手は真面目にメモを取っている。
「分かりやすいですね、この資料」
「……そうですか」
「はい。これなら引き継ぎやりやすいです」
褒められた。
男は笑う。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
何も悪くない。
この人は何も悪くない。
上司だって。
同僚だって。
友人だって。
誰も、自分を苦しめようとしているわけではない。
分かっている。
だから余計に。
どこへ怒りを向ければいいのか分からなかった。
◇
夕方。
上司が近くを通った。
男は顔を上げる。
「あの」
「ん?」
昨日、途中になった話。
会議で使った資料について。
今度こそ話そうと思った。
「昨日の資料のことで――」
「ああ、あれ」
上司が笑う。
「評判よかったぞ」
「……」
「次もあの感じで頼むな」
「あ……はい」
上司はそのまま歩いていった。
男は口を開いたまま、その背中を見る。
違う。
そうじゃない。
話したかったのは、それじゃない。
「……」
でも。
呼び止めなかった。
また。
言えなかった。
◇
仕事を終え、会社を出る。
駅へ向かう。
昨日と同じように、人が大勢歩いている。
男はその中を進んでいた。
前から来た人を避ける。
後ろから来た人に抜かれる。
誰かが笑っている。
誰かが電話をしている。
誰かと誰かが話している。
みんな。
誰かと繋がっているように見えた。
男は歩く。
一人で。
スマートフォンが震えた。
見る。
引っ越しを頼んできた友人だった。
『そういや段ボール足りないから、来る途中で買ってきてもらえる?』
男は立ち止まった。
画面を見る。
続けて届く。
『金はあとで払うから!』
いつもなら。
『いいよ』
そう返していた。
男の指が動く。
止まる。
また動く。
『それくらい自分で買えよ』
打った。
画面を見る。
消した。
『分かった』
打つ。
また消す。
結局。
何も送らなかった。
スマートフォンをポケットへ入れる。
「……なんなんだよ」
歩き出す。
◇
人混みの中。
男は思う。
会社では。
自分じゃなくてもいい。
友人にとっては。
手伝ってくれるなら、自分じゃなくてもいい。
誰かが隣を通り過ぎる。
誰も男を見ない。
「俺じゃなくてもいい」
また一人。
横を通り過ぎる。
「代わりなんて、いくらでもいる」
また一人。
「じゃあ俺は?」
足が止まる。
「俺は何なんだよ」
誰も振り返らない。
声が小さい。
人混みの音に消えていく。
「一回くらい……」
男の拳が震えた。
「一回くらい、俺を見ろよ」
誰も見ない。
「俺の話を聞けよ」
誰も止まらない。
昨日から。
いや。
もっと前から溜まり続けていたものが。
少しずつ。
少しずつ。
男の中で傾いていく。
「俺だって……」
胸が熱い。
息が苦しい。
「俺だって、ここにいるんだよ」
それでも、人の流れは止まらなかった。
「見ろよ」
男が呟く。
「一回くらい……」
顔を上げた。
「俺を見ろよ!」
◇
その瞬間だった。
男の身体を、何かが包んだ。
「……え?」
腕。
脚。
身体。
次々と、人間の姿が覆われていく。
「なんだ……?」
異様な形。
大きく膨らんだ腹部。
そこに備わる、巨大なスピーカー。
背中には、セミを思わせる翅。
人間だった姿が。
着ぐるみのような怪人へと変わっていく。
周囲の人間が、ようやく異変に気づいた。
「え?」
「何あれ?」
「着ぐるみ?」
「撮影?」
人の流れが止まる。
男は自分の手を見る。
「なんだよ……これ」
その瞬間。
腹部のスピーカーが震えた。
『なんだよ……これ!!』
轟音。
空気が震える。
「うわっ!」
「何!?」
「うるさっ!」
周囲の人々が一斉に耳を塞いだ。
男自身も驚く。
「え……?」
『え……!?』
また響く。
人々が離れていく。
「何なんだよ、こいつ!」
「耳痛い!」
「離れろ!」
「危ない!」
誰もが。
男を見ていた。
男は動きを止める。
右を見る。
人が見ている。
左を見る。
人が見ている。
前も。
後ろも。
みんな。
自分を見ている。
「……見てる」
『……見てる』
大音量になった声が響く。
人々がさらに距離を取る。
でも。
見ている。
男だけを。
男は、ゆっくり顔を上げた。
「やっと……」
スピーカーが震える。
『やっと……!』
男の口元が、わずかに笑った。
「やっと、俺のこと見た」
『やっと、俺のこと見たあああああ!!』
轟音が街中へ響き渡った。
人々は悲鳴を上げて逃げ出す。
それでも。
その瞬間の男には。
逃げていく人たちの姿さえ。
自分を見てくれた証拠のように思えていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




