短編 第一話 代わりはいくらでもいる
短編 第一話 代わりはいくらでもいる
朝。
男は、いつもと同じ時間に会社へ着いた。
誰より早いわけでもない。
遅いわけでもない。
決められた時間に来て、決められた席へ座る。
パソコンを立ち上げ、メールを確認する。
いつもと同じ一日の始まりだった。
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう」
挨拶は返ってくる。
無視されているわけではない。
嫌われているわけでもない。
男も、それは分かっていた。
ただ。
それ以上が、なかった。
「昨日頼んでた資料、できた?」
上司に声をかけられる。
「はい」
男は印刷した資料を差し出した。
「一応、数字のところも確認してあります」
「おう、ありがと」
上司は受け取った。
それだけ。
午前中の会議。
男が作った資料を使って、上司が説明している。
「ここについては、こういう形でまとめています」
参加者たちが頷く。
「分かりやすいですね」
「この数字なら判断しやすい」
「ありがとうございます」
上司が答える。
男は少し離れた席で、それを聞いていた。
別に。
自分の名前を出してほしいわけじゃない。
仕事なんだから。
会社なんだから。
誰が作った資料かなんて、どうでもいい。
そう思う。
思っているはずだった。
「……」
男は黙って画面へ目を戻した。
◇
「悪い」
昼前。
同僚が書類を持ってやってきた。
「これ、今日中にいける?」
「今日?」
「うん。俺、午後から外なんだよ」
男は時計を見る。
自分の仕事も残っている。
「ちょっと今日は――」
「そんなかかんないって」
書類が机へ置かれた。
「お前、こういうの得意じゃん」
「……」
「頼むわ」
同僚は、そのまま自分の席へ戻っていった。
男は書類を見る。
そして。
「……分かった」
誰に言うでもなく呟いた。
少しして、別の同僚が来る。
「これもお願いしていい?」
「え?」
「前もやってもらったやつ」
「今日はちょっと――」
「急ぎだからさ」
「ああ……」
「助かる」
また仕事が増えた。
男は断らなかった。
いや。
断れなかった。
嫌だと思っているのに。
忙しいと思っているのに。
口から出てくるのは、いつも同じだった。
「いいよ」
それで終わる。
◇
昼休み。
男は一人で食事をしていた。
一人なのは珍しいことではない。
誰かと食べる日もある。
誘われれば行く。
でも、自分から誰かを誘うことはほとんどなかった。
スマートフォンが震える。
久しぶりに見る名前だった。
学生時代の友人。
男の顔が少し明るくなる。
「珍しいな」
メッセージを開く。
『久しぶり!』
その一文を見て、少し嬉しくなった。
続き。
『悪いんだけど、今度の日曜空いてる?』
さらに続く。
『引っ越すことになってさ。人手足りなくて』
男の表情が止まった。
「……ああ」
やっぱり。
そんな気がしていた。
指を動かす。
『いいよ』
送信。
すぐに返事が来た。
『マジ助かる! ありがとう!』
男は画面を見つめた。
「……俺に会いたかったわけじゃないよな」
小さく笑った。
そんなことを言う自分が嫌になる。
頼ってくれたんだからいいじゃないか。
必要とされたんだから。
そう思えばいい。
なのに。
胸の奥に残るものは消えなかった。
◇
午後。
男は自分の仕事を後回しにしながら、頼まれた作業を片付けていた。
「終わりました」
「お、早い!」
同僚が受け取る。
「やっぱお前に頼んで正解だわ」
「……そう」
「ありがとな」
同僚は戻っていった。
男は少しだけ笑った。
褒められた。
頼られた。
それなのに。
なぜか嬉しくなかった。
「俺じゃなくてもいいんだろ」
誰にも聞こえない声で呟く。
こういう仕事ができる人間なら、誰でも。
頼みやすい人間なら、誰でも。
自分である必要なんてない。
そこまで考えて、男は首を振った。
「何考えてんだよ」
仕事に戻る。
◇
夕方。
「すみません」
男は上司へ声をかけた。
「ん?」
「今日の会議で使った資料なんですけど」
「ああ」
「一か所、次から少し作り方を変えた方が――」
上司のスマートフォンが鳴った。
「あ、悪い」
画面を見る。
「これ出なきゃ」
「あ……」
「あとでいい?」
「はい」
「じゃあ頼む」
上司はそのまま席を離れた。
男は立ったまま、その背中を見送った。
数秒。
誰も自分を見ていない。
「……はい」
もう一度だけ答えて、自分の席へ戻った。
◇
仕事が終わる頃には、外は暗くなっていた。
男は駅へ向かって歩く。
会社帰りの人。
学生。
買い物帰りの家族。
スマートフォンを見ながら歩く人。
大勢の人間が行き交う中を、男も歩いていた。
誰かと肩がぶつかった。
「あっ」
男が振り返る。
相手はそのまま行ってしまった。
謝る声はない。
気づいていないのかもしれない。
男はしばらく、その背中を見る。
「……まあ、いいか」
歩き出す。
少しして、また誰かが横を通り過ぎる。
誰も自分を見ない。
そんなことは当たり前なのに。
その日は、妙に気になった。
「俺って」
男は立ち止まった。
人の流れが、自分の横を通り過ぎていく。
「ちゃんと見えてんのかな」
誰も答えない。
「……馬鹿みたいだな」
男は笑った。
◇
駅から少し離れた場所。
人通りが少なくなる。
男は、ふと足を止めた。
前に、黒い服を着た男が立っていた。
「……?」
いつからいたのか分からない。
少し避けて通ろうとする。
その時。
黒服が手を差し出した。
その手の上には、小さな物がある。
何の変哲もない。
どこにでもありそうな物だった。
男は黒服を見る。
「……何ですか?」
黒服は答えない。
ただ。
「どうぞ」
それだけ言った。
「いや……」
男は困る。
「何なんですか、これ」
返事はない。
黒服は、ただ手を差し出している。
「……」
男は周囲を見る。
誰もこちらを気にしていない。
まただ。
誰も見ていない。
男は黒服の手の上にある物へ視線を落とした。
「……どうも」
結局、受け取った。
黒服は、それ以上何も言わなかった。
男がもう一度顔を上げた時には、すでに歩き出している。
「ちょっと」
呼び止めようとする。
黒服は振り返らない。
男は手の中の物を見る。
特別なものには見えなかった。
「……何なんだよ」
ポケットへ入れた。
◇
自宅。
男は一人で食事をしていた。
テレビはついている。
笑い声。
芸能人の楽しそうな声。
誰かが誰かへ話しかける。
誰かが答える。
そして、また誰かが話す。
会話が続いていく。
男は箸を止めた。
スマートフォンを見る。
友人から。
『日曜よろしく!』
会社のグループには、
『今日の資料分かりやすかったです!』
というメッセージ。
その下に、上司からの返信。
『ありがとう』
男はしばらく画面を見つめた。
そして、閉じた。
別に。
誰も悪くない。
分かっている。
自分だって、何も言っていない。
自分が作ったと言ってほしいとも。
本当は忙しいとも。
頼まれるのが嫌だとも。
一緒に飯を食いたいとも。
もっと話をしたいとも。
何一つ言っていない。
それなのに。
「……なんで」
男は、ぽつりと言った。
テレビの笑い声に消される。
「なんで誰も分かんねえんだよ」
自分で言って。
自分で苦笑した。
「分かるわけないだろ」
言ってないんだから。
分かっている。
頭では、ちゃんと分かっている。
それでも。
胸の奥は納得しなかった。
男は椅子にもたれ、天井を見る。
「一回くらい」
声が漏れた。
「一回くらい……」
誰かに。
ちゃんと。
「俺の話、聞いてくれないかな」
部屋には。
テレビの声だけが流れていた。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




