第3話 ぬらりひょんは知っていた
第3話 ぬらりひょんは知っていた
その日、ぬらりひょんは、いつものように茶を飲んでいた。
一口すすり、静かに湯呑みを置く。特に変わったことのない、穏やかな時間だった。
――そのはずだった。
「…………」
ぬらりひょんの手が止まる。
少しだけ顔を上げ、遠くへ意識を向けた。
「なんじゃ?」
何かを感じた。
それも、よく知っている大きな力。
ただし、その気配は妙に小さく抑えられている。
「…………」
ぬらりひょんは目を細めた。
「まさかのう」
茶を置き、気配のする方へ意識を向ける。
そして。
「…………」
見つけた。
人間の姿をした朱雀。
そのそばには天女と、いつもの老成した配下。
三人とも、普通の人間から認識できるようになっている。
「……何をしておるんじゃ、あやつは」
ぬらりひょんは呆れた。
朱雀本人が下界へ来ている。
人の姿を取っている。
さらに配下まで人間から見えるようにしている。
一つでも問題なのに、三つまとめてやっていた。
「黄龍に見つかったら、また叱られるぞ」
少し考える。
「……まあ、わしに見つかった時点で同じか」
ぬらりひょんは、もう一度茶をすすった。
すぐに声をかけてもよかった。
だが。
何をしに来たのか。
少し気になった。
しばらく様子を見ていると、朱雀たちは咲子と合流した。
さらに、美緒がやって来る。
「なるほど」
ぬらりひょんは納得した。
「美緒に会いに来たのか」
以前から、美緒が妖怪側へ強い興味を持っていることは知っている。
朱雀もまた、下界の物に興味津々。
「…………」
ぬらりひょんは少し考えた。
「嫌な組み合わせじゃの」
その予感は、すぐに当たった。
朱雀と美緒は、あっという間に意気投合した。
服を見る。
小物を見る。
菓子を見る。
朱雀が何かを指さす。
美緒が楽しそうに説明する。
今度は美緒が何かを見つける。
朱雀が食いつく。
天女まで一緒に楽しんでいる。
その後ろでは、咲子と老成した配下だけがずっと苦労していた。
「……大変そうじゃのう」
ぬらりひょんは他人事のように呟いた。
そして、少しだけ近づいてみる。
すると、朱雀の表情が変わった。
周囲を警戒し始める。
老成した配下も何かに気づいたらしい。
「ほう」
ぬらりひょんは面白そうに見る。
さらに少し近づく。
朱雀たちが慌ただしくなった。
どうやら。
逃げるらしい。
「何をそんなに慌てておるんじゃ」
ぬらりひょんは首を傾げた。
もちろん。
理由は分かっていた。
朱雀が美緒へ何かを言う。
美緒が笑う。
そして、朱雀たちは急いで上界へ戻っていった。
「…………」
ぬらりひょんは、その場に残った。
少し考える。
「さて」
帰った。
ということは。
自分もやることがある。
「茶でも飲みに行くかの」
黄龍のもとには、いつものように茶が用意されていた。
「今日は珍しいな」
黄龍が言う。
「そうかの?」
「つい先日も飲んだだろう」
「茶は毎日でもよかろう」
「それはそうだが」
ぬらりひょんは何事もなかったように湯呑みを手に取る。
一口。
黄龍も茶を飲む。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
やがて。
ぬらりひょんが、思い出したように口を開く。
「そういえばのう」
「何だ?」
「今日、朱雀が下に来ておったぞ」
「…………」
黄龍の手が止まった。
「何?」
「人の姿になっての」
「…………」
「天女たちまで、普通の人間から見えるようにしておった」
「…………」
「美緒という娘と、ずいぶん楽しそうに遊んでおったぞ」
黄龍は静かに湯呑みを置いた。
「ぬらりひょん」
「なんじゃ?」
「それを、なぜ今言う」
「今思い出した」
「嘘をつけ」
「細かいことは気にするな」
黄龍はしばらく黙っていた。
そして。
「青龍たちを呼ぶ」
「そうするのか?」
「当然だ」
「朱雀も大変じゃのう」
「お前が言うな」
ぬらりひょんは、のんびり茶をすすった。
一方、その頃。
何も知らない朱雀は上界へ戻っていた。
「危なかったのう」
朱雀が満足そうに息をつく。
「ぬらりひょんには、ぎりぎり気づかれずに済んだようじゃ」
老成した配下が、不安そうに尋ねる。
「本当にでしょうか……」
「大丈夫じゃ」
「なぜ、そこまで自信がおありなのです?」
「わらわが気づく前に声をかけてこなかったからじゃ」
「…………」
「つまり、見つかっておらぬ」
「そうでしょうか……」
「心配性じゃな」
朱雀は上機嫌だった。
「さて。今日は楽しかったし、菓子もうまかった」
「朱雀様」
「なんじゃ?」
「少しは反省を――」
その時。
向こうから青龍が歩いてきた。
その後ろには白虎。
玄武。
そして。
黄龍。
「…………」
朱雀の笑顔が止まった。
「朱雀」
黄龍が呼ぶ。
「なんじゃ?」
「話がある」
「…………」
朱雀は少し考えた。
「明日では駄目か?」
「駄目だ」
「急用を思い出した」
「座れ」
「…………」
朱雀は老成した配下を見る。
「なぜじゃ?」
「私に聞かれましても……」
天女が小さく呟く。
「もしかして……」
朱雀も気づいた。
「まさか」
その頃。
ぬらりひょんは、また一人で茶を飲んでいた。
一口。
「うむ」
遠くで。
「ぬらりひょん――!」
朱雀の声がしたような気がした。
ぬらりひょんは湯呑みを置く。
「さて」
少し考えて。
「何のことかの」
そして、何事もなかったように、もう一口。
茶をすすった。




